改善は出た。ただし、出た場所が違っていた
ばらつきを減らす手法を入れると、たしかに利益率は上がる。ただし原典を開くと、上がった分のほとんどは間接費が減ったぶんで、作ること自体が安く速くなった側には有意な改善が見えていない。すでに認証を持っている組織ほど、上乗せは小さい。
前の単位では、外から来るものの質を扱った。ここでは、自分の持ち場から出ていくもののばらつきを扱う。ここから段はひとつ進んで、出ていくものの質と、その手前で気づくことの話になる。
この単位が扱うのは一点——ばらつきを減らすと名のついた手法や認証を入れることが、どこまで何に効くと確かめられているかである。 どの手法を選ぶべきかは扱わない。
ばらつきを減らす、という言い方の中身
まず道具から見る。工程から出てくるものを順に測って点を打ち、真ん中に線を引き、その上下に限界の線を引く。点がその線の外に出たら、いつもの揺れではない何かが起きたと見なす——これが管理図である。1920年代に考えられた描き方で、いまも品質管理の教科書の最初に出てくる。
問題になるのは図の描き方ではない。その上に載せられる「手法」のほうである。
2008年に *Journal of Operations Management* 26(4):536-554 へ出た論文は、書き出しでこう述べる。シックスシグマは産業界で勢いを増しているが、学術の側はこの新しく現れた現象についてほとんど研究をしてこなかった。シックスシグマを理解するには、まず概念上の定義を与え、その基礎にある理論を特定することが必要である。 そして限られた文献から定義と理論を組み立て直し、こう結論する。シックスシグマの道具と技法は、それ以前の品質管理の手法と驚くほど似ているが、それ以前には見られなかった組織上の構造を提供している。
この論文が効果を測ったものではないことに注意がいる。2008年の時点で学術の側がやっていたのは、効くかどうかを測ることではなく、「それは何を指す言葉なのか」を先に決めることのほうだった。
同じ年、同じ誌に出たもう1本(26(5):630-650)は、この問いを実証の側から扱う。要旨は批判をそのまま書き写すところから始まる。シックスシグマは従来の品質管理の実務を新しい包装に入れ直しただけだ、という批判がある。 そのうえで著者たちは、従来と区別できる3つの実務を特定した——役割構造、構造化された改善手順、指標への注力である。米国の製造工場226を対象にした検定で、この3つは従来の実務とは別のもので、それを補完して業績を改善していた。新しかったのは、この3つだけだった。
「5年で何倍」の出どころは、2026年8月に探しても出てこなかった
この分野で長く流通している数字が二つある。業界の専門メディアが2010年に行ったとされる、導入企業の投資回収が5年で何倍になるという数字と、品質を落としたことによる費用が売上の何割に当たるという幅のある数字である。2026年8月に、発行元のページと公開資料の該当箇所を探したが、どちらも元になった調査や推計に行き着かなかった。 だからここではどちらの数値も書かない。 分かるのは、どちらの発行元も査読誌ではないという事実だけである。
200社を統制群と比べたら、改善は間接費からしか出ていなかった
数字の取れる側に移る。2012年に *Journal of Operations Management* 30(6):437-453 へ出た論文は、こう書いている。我々は、シックスシグマを導入した200社の財務データを、分析の統制群となる対応づけられた企業のデータと比較する、事象研究の手法によって、導入の運用上の効果を評価する。 結果はこうである。総資産利益率への正の効果を示す強い証拠が得られた。興味深いことに、この総資産利益率の改善は、そのほとんどが間接費の大幅な削減から生じており、直接費と資産生産性の有意な改善は認められない。
間接費とは、ものを直接作るのに紐づかない側の費用である。 管理の手間、検査のやり直し、書類を回す時間——そういうものが減った、と読める。「作ること自体が安く速くなったか」の側には、有意な改善が見えていない。 そして同じ要旨に、もう1文ある。シックスシグマの導入による売上成長の小さな改善も見出した。
ここは取り違えやすい。「売上には効かない」ではない。小さな改善は見出されている。 逆に、多くの資料が主語に据える「作る側が効率的になる」という側のほうに、有意な改善が認められていない。流通している要約と、原典の結論は、向きが半分入れ替わっている。
すでに整っている組織ほど、上乗せが小さい
同じ論文の断面分析には、条件についての報告が二つある。ひとつめ——製造業とサービス業のあいだで、シックスシグマの効果の違いは無視できる程度である。 ふたつめ——シックスシグマ導入の業績への効果は、その企業の品質システムの成熟度(先行するISO 9000認証によって示される)と負の相関を持つ。
「効かない」ではない。「すでに整えてある組織ほど、上乗せが小さい」である。 手を入れて大きく動くのは、動く余地が残っている側である。どれだけ余地が残っているかは、それまでに何を積んできたかで決まっていて、これから入れる手法の側では決まらない。
なお、この論文に「効果は大きい企業に偏る」という発見は無い。 規模は比べる相手を選ぶ条件であって、発見ではない。
同じ認証について、逆を向いた3つの報告
ISO 9000という認証を巡っては、結論の向きが揃っていない。3つ並べる。
1997年に *Journal of Operations Management* 15(1):1-18 へ出た論文は、オーストラリアとニュージーランドの製造業の、大きな無作為標本を主に分析して、こう書く。中心的な発見は、ISO 9000認証が、総合的品質管理の環境がある場合にもない場合にも、組織の業績に有意な正の効果を持つとは示されなかった、ということである。
2005年に *Management Science* 51(7):1046-1059 へ出た論文は、逆を向いている。米国のSICコード2000〜3999に属する、上場しているISO 9000認証取得製造業のすべてについて、1987年から1997年までの財務業績を追い、こう報告した。企業が最初のISO 9000認証を求めるという決定のあとには、実際に、業績の有意な異常な改善が続いた。ただし、この効果の正確な時期と大きさは、統制群の設定の仕方に依存する。 著者たちはそこから、事象研究は常に広範な感度分析を含むべきであるという方法の話を引き出している。
この2本は「効く/効かない」で割れているのではない。誰と比べたかで数字が動いている。
3本目は2008年、*Journal of Operations Management* 26(5):611-629。自動車部品を供給する産業の長期のパネルを使って、こう書く。そうした制度の提唱者は、効率と収益性の改善という約束を強調する。しかし研究は、この見込みを一貫して裏づけてはこなかった。 そして——ある産業のなかで大多数の企業がISO 9000を採用してしまうと、遅れて採用した企業はもはやこの実務から財務上の便益を得られない。
国も、標本の作り方も、時期も違う3つの調査が、違う向きの答えを出している。 一つを取り出して「ISOは効く」とも「効かない」とも言えない。
義務にしたら下がる、とは限らなかった
ばらつきを減らす道具として広く配られたものが、もうひとつある。手順を紙に落として、その場で読み上げて確かめる表である。観察研究で目覚ましい改善が報告され、急速に広まった。では、義務にしたらどうなったか。
2014年に *New England Journal of Medicine* 370(11):1029-1038 へ出た研究が、それを測っている。標本は手術室である。 カナダ・オンタリオ州がこの確認表を病院に広く採用させる方針をとったことを自然実験として使い、州内のすべての急性期病院に調査をかけて採用の時期を特定し、採用前後の3か月ずつを比べた。 対象は101の病院、採用前が109,341件、採用後が106,370件の手術である。
結果はこうだった。院内または術後30日以内の死亡の調整済みリスクは、実施前が0.71%(95%信頼区間 0.66〜0.76)、実施後が0.65%(0.60〜0.70)。オッズ比は0.91(0.80〜1.03)、P値は0.13。合併症の調整済みリスクは、実施前が3.86%(3.76〜3.96)、実施後が3.82%(3.71〜3.92)。オッズ比は0.97(0.90〜1.03)、P値は0.29。 結論の一文は短い。オンタリオ州における手術安全確認表の導入は、術中術後の死亡または合併症の有意な減少とは結びついていなかった。
ここで医療の是非を論じるつもりはない。 読むべきはこの形である。観察研究で大きな改善が出たものを広く義務づけたとき、同じ大きさの改善が出るとは限らない。 観察研究に入るのはたいてい自分から採り入れた組織で、義務化のあとに入ってくるのはそうしなかった組織も含めた全体である。測っている相手が入れ替わっている。
時間・変化:1997年から2014年まで、何が起きたか
順に置く。1997年、豪州とニュージーランドの製造業の無作為標本で、認証と業績に有意な正の効果は示されなかった。2005年、米国の上場製造業では改善が見つかったが、統制群の設定で時期も大きさも変わった。2008年、学術の側はまずシックスシグマの定義を作り直していた。同じ年、従来の品質管理と区別できるのは3つの実務だけだと特定され、産業内で採用が行き渡ると後発の便益が消えることも報告された。2012年、200社と統制群の比較で、改善は間接費からしか出ていないことと、先に認証を持つ企業ほど効果が小さいことが示された。2014年、手術室で義務化された確認表は、死亡と合併症の有意な減少とは結びつかなかった。
17年で消えたのは手法ではない。「入れれば効く」という言い方のほうである。残ったのは、誰と比べたか・何を測ったか・すでに何が入っていたかという条件の話で、条件は外に出るときにたいてい落ちる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「入れたこと」と「使っていること」が同じ言葉で語られることである。認証の番号も、手法の名前も、資格を持った人の数も、入れたことの側にあり、しかもそちらのほうがはるかに測りやすい。仕事の流れは、測れるところだけが測られている。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国・オーストラリア・ニュージーランド・カナダの、上場企業と製造業と病院から採られたものが大半で、規模は200社、226工場、101病院、21万件あまりの手術である。調査票に答える余裕のある組織だけが標本に入っている。日本の業務プロセスを対象にした査読研究はごく少ない。 効果が測られた期間も短い。そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 続いている改善、まだ更新されている認証、答えられる担当者のいる組織だけが調査に入っていて、途中でやめた取り組みや、答える人がいなくなった会社は、たいてい最初から入っていない。
助けになるのは、手法の名前を先に置かず、自分の手元のばらつきを一度だけ測ってみるという一手である。同じ作業を2回して、かかった時間の差を見る。 効き目は差の大きさではなく、「自分は何をばらつきと呼んでいたのか」がはっきりすることのほうにある。
もうひとつは、数字を見たときの順番を決めておくことである。まず「誰と比べたか」、次に「どの費目に出たか」、最後に「もともと何が入っていた組織か」。
最初の一歩は10分。同じ作業を2回して、かかった時間の差を記録する。差がゼロでもよい。
次の単位は 218「財務・経理プロセスの正確性」——ものやサービスではなく、数字そのものの正確さは、どこまで測られているのかという話へ進む。
- 2012年に *Journal of Operations Management* 30(6):437-453 へ出た事象研究は、シックスシグマを導入した米国企業200社を統制群と比べた。総資産利益率への正の効果は確認されたが、要旨は、その改善のほとんどが間接費の大幅な削減から生じており、直接費と資産生産性の有意な改善は認められない、と明記している。
- 同じ論文は売上成長についても「小さな改善を見出した」と書いている。「売上成長には効かない」という要約は誤りで、原典が「認められない」としているのは直接費と資産生産性のほうである。
- 同じ論文の断面分析は、製造業とサービス業の効果の差は無視できる程度だとし、業績への効果が、先行するISO 9000認証で示される品質システムの成熟度と負の相関を持つと報告している。すでに整えてある組織ほど上乗せが小さい。この論文に「効果は大きい企業に偏る」という発見は無い。
- 2008年に *Journal of Operations Management* 26(4):536-554 へ出た論文は、シックスシグマを理解するにはまず概念上の定義を与えることが必要だ、と書き出している。効果測定ではない。同じ年の 26(5):630-650 は、米国の製造工場226を標本に、従来の品質管理と区別できる実務は役割構造・構造化された改善手順・指標への注力の3つだけだと特定した。
- ISO 9000については結論の向きが揃っていない。1997年の *JOM* 15(1):1-18 は豪州とニュージーランドの製造業の無作為標本で有意な正の効果は示されなかったとし、2005年の *Management Science* 51(7):1046-1059 は米国の上場認証製造業の1987〜1997年の財務で改善が続いたとしたうえで、時期と大きさは統制群の設定に依存すると書いている。
- 2008年の *JOM* 26(5):611-629 は、自動車部品を供給する産業の長期パネルから、産業内で大多数が採用してしまうと後発の企業はもはや財務上の便益を得られない、と報告している。同じ手が、いつ入れたかで効き方を変える。
- 2014年に *New England Journal of Medicine* 370(11):1029-1038 へ出た研究は、オンタリオ州の急性期病院101、採用前3か月109,341件・採用後3か月106,370件の手術(標本は手術室である)を比べ、死亡の調整済みリスクは0.71%から0.65%(オッズ比0.91、P=0.13)、合併症は3.86%から3.82%(オッズ比0.97、P=0.29)で、有意な減少とは結びついていなかった。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| シックスシグマのような手法を入れれば、作る側の効率が上がって利益率も上がる。投資回収の倍率まで調査で分かっている | 米国企業200社を統制群と比べた2012年の事象研究では、総資産利益率の改善は主に間接費の削減から生じており、直接費と資産生産性には有意な改善が認められていない。売上成長には小さな改善がある。投資回収の倍率としてよく引かれる数字は、2026年8月に発行元のページを探しても元の調査に行き着かず、その発行元は査読誌ではない。 |
| 認証を取れば品質も業績も上がる。それは実証されている | 結論の向きが揃っていない。1997年の豪州・ニュージーランドの製造業の無作為標本では有意な正の効果は示されず、2005年の米国上場製造業の1987〜1997年の財務では有意な改善が続いたが、著者自身が、その時期と大きさは統制群の設定に依存すると書いている。2008年の研究は、産業内で採用が行き渡ると後発の企業は便益を得られないと報告している。 |
| 効果が確かめられた手順を義務づければ、同じ効果が広く出る | 2014年にオンタリオ州の急性期病院101・21万件あまりの手術(標本は手術室である)を比べた研究では、確認表の採用後に死亡の調整済みリスクは0.71%から0.65%(オッズ比0.91、P=0.13)、合併症は3.86%から3.82%(オッズ比0.97、P=0.29)で、有意な減少とは結びついていなかった。自分から採り入れた組織を測った研究と、全体を測った研究では、測る相手が入れ替わっている。 |
皮肉なのは、この分野でいちばん正確に測られてきたのが、たぶん「入れたかどうか」だという点である。認証の番号には日付が付き、資格を持った人には人数が付き、確認表には配った枚数が付く。どれも数えやすい。数えにくいのはその先で何が減ったのかで、原典を開くと、減っていたのは書類を回す手間の側だった。ばらつきを減らす手法の効き目のうちいちばん確かなのは、たぶん、ばらつきを測る習慣が残ることである。
Q1. 2012年の事象研究によれば、シックスシグマ導入企業【 ① 】社と統制群の比較で、総資産利益率の改善のほとんどは【 ② 】の削減から生じており、【 ③ 】と資産生産性には有意な改善が認められなかった。穴埋め
Q2. 「シックスシグマは売上成長には効かない」という要約は、2012年の原典に照らして正しいか。正しくない場合、原典は何と書いているか。一問一答
Q3. 2012年の論文が報告した、シックスシグマの業績への効果と負の相関を持つ条件は何か。また、この論文に「効果は大きい企業に偏る」という発見はあるか。一問一答
Q4. 2014年にオンタリオ州の手術室で行われた研究の標本と、死亡の調整済みリスクの結果を、数値を添えて述べよ。一問一答
Q5. ISO 9000を扱った1997年(豪州・ニュージーランド)と2005年(米国)の2本が違う向きの結論になったことを、本文はどう読んでいるか。選択
今日のうちに、自分の手元でくり返している短い作業を1つ選ぶ。5分前後で終わるものがよい——決まった書式に何かを書き写す、同じ手順で確かめる、いつもの段取りで準備する、といったものでよい。紙かメモアプリに今日の日付と作業の名前を書く。1回目を始めた時刻と終えた時刻を書き、所要時間を分か秒で書く。少し間をおいて同じ作業をもう1回して、同じように時刻と所要時間を書く。最後に2回の差を1つの数として書く。差がゼロでもよい。速くしようとしない。手順を変えない。原因の分析も書かない。数だけを残す。いま組織に属していない場合や一人で全部を回している場合は、自分がいま続けている作業や調べもの——買い物の記録をつける、決まった手順で片づける——を1つ選び、同じ形で2回測ればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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