下落の多くは、公表される前の年に起きていた
供給が止まると株価が4割下がる、という話がある。原典の要旨を開くと、その4割は公表日の前後ではなく、公表の1年前から2年後までの3年間の累積で、しかも下落の多くは公表される前の年に起きていた、と書いてある。標本はすべて、混乱を公表した企業である。
前の単位では、限られた手をどこへ配るのかを扱った。ここでは、外から来るものの質を扱う。
この単位が扱うのは一点——外から来るものが止まったとき、何が、いつ、誰について測られたのかである。 どこから買うべきかは扱わない。一社に絞るべきだとも、複数から買うべきだとも書かない。 外部への委託の是非にも触れない。そして株価の話が出てくるが、買え・売れの話は一切しない。
「40%」は、いつからいつまでの40%か
よく引かれる数字がある。供給の中断が起きると株価が4割下がる、というものである。 原典は2005年に *Production and Operations Management* 14(1):35-52 に出た論文で、要旨はこう書く。
“a sample of 827 disruption announcements made during 1989-2000”——1989年から2000年になされた827件の中断の公表にもとづく、とある。
“Stock price effects are examined starting one year before through two years after the disruption announcement date. Over this time period the average abnormal stock returns of firms that experienced disruptions is nearly -40%.”——株価への影響は公表日の1年前から2年後までを調べた。この期間を通じた平均の異常な株式収益率は、およそ−40%である。
−40%は3年間の累積であって、公表の日に起きた下落ではない。 そして次の一文が続く。“Much of this underperformance is observed in the year before the announcement, the day of the announcement, and the year after the announcement.”——この下振れの多くは、公表の前の年と、公表の日と、公表の翌年に観察される。
「混乱が起きたから4割下がった」と書くと、原典と食い違う。 下落の相当部分は、混乱が公表されるより前に始まっている。何が原因で何が結果かを、この窓の取り方だけから言うことはできない。
同じ要旨には、もう一つ数字がある。“The equity risk in the year after the announcement is 13.50% higher when compared to the equity risk in the year before the announcement.”——公表の翌年の株式の危険度は、公表の前年と比べて13.50%高い。これは下落率ではない。値動きの振れ幅の話である。混同しない。
標本は「公表した企業」だけである
要旨の一語に立ち止まる。announcements——公表、である。 標本にあるのは827件の中断ではなく、827件の中断の公表である。
公表しなかった企業は入っていない。公表せずに済ませられた中断も、公表する前に消えた会社も入っていない。 そして標本はすべて株式が公開されている企業である。公表の義務も慣行も、そこにしかない。
著者が標本の偏りを自認していると書くには、要旨の外の逐語が要る。ここでは取得していない。 書けるのは、著者が標本を「公表された中断」として定義している、までである。それで十分に効く。
同じ2人が、短い窓を別に測っている
混同されやすいので並べておく。同じ著者2人が、2003年に別の論文を出している(*Journal of Operations Management* 21(5):501-522)。こちらは519件の公表、同じく1989年から2000年で、測るのは短い窓の株主価値である。
要旨によれば、“an abnormal decrease in shareholder value of 10.28%”——およそ10.28%の異常な減少と結びついている。さらに、規模の大きい企業ほど市場の反応が弱く、成長の見込みが高い企業ほど反応が強いとも書かれている。
519件で−10.28%と、827件で−40%は、別の論文の別の量である。標本も窓も違う。片方をもう片方の裏づけとして引かない。
中断の頻度を上げるもの
次に、中断が起きる頻度の話に移る。2015年に *Journal of Operations Management* 36(1):215-228 に出た論文は、上流の複雑さを3つの次元に分けて、中断の頻度を予測する模型を検定した。
要旨によれば、水平の複雑さ・垂直の複雑さ・空間の複雑さという3つの要因はいずれも中断の頻度を高め、しかも互いに作用し合って、相乗的に効果を増幅する。 取引先の数、段数、地理的な広がり——組み合わさると増幅する。
標本の社数と国は要旨に書かれていないので、ここでは書かない。
回復を速くするものは、逆を向いている
ここがこの単位の骨である。2022年に *Manufacturing & Service Operations Management* 24(2):846-863 に出た論文は、中断からの回復の速さを測った。使ったのは250万件を超える輸入の積荷目録で、そこから海上の調達取引を取り出し、米国の株式公開企業の回復率を推定している。
結果はこうである。“supplier diversification is associated with slower recovery from sourcing interruptions, whereas the use of long-term relationships is associated with faster recovery”——供給元を分散させているほど回復は遅く、長期の関係を使っているほど回復は速い。
大きさも書かれている。分散の度合いが標準偏差1つ分低いことは16%速い回復と、長期の関係が標準偏差1つ分高いことは20%速い回復と結びついていた。
頻度を下げようとして取る手と、回復を速くする手は、同じ方向を向いていない。 複雑さを増やせば頻度が上がる。しかし分散を減らすと回復は速くなる。 同じ「分散」という手が、測る量を変えると逆に働く。
だからこの単位は、どちらの助言も書かない。 一社に絞れとも、複数から買えとも書かない。書けるのは、頻度と回復は別々に測られており、同じ手が両方に同じ向きで効くという証拠は無い、というところまでである。
「4倍」と「12%」を探した
流通している数字も見ておく。「単一の供給元に頼ると中断の危険が4倍になる」の出どころとして挙げられるのは、2004年の経営誌の記事である。この媒体は査読誌ではない。
2026年8月に公開されている範囲を見たかぎり、そこに「4倍」という数値は見当たらなかった。 記事が単一調達の帰結として挙げているのは、2社の対比の事例であって、倍率ではない。ただし公開されているのは記事の冒頭部分だけである。「無い」とは書かない。
もう一つ、「供給元の品質管理を体系化した企業は調達費用が平均12%下がる」という2015年の研究の話もある。探した先は2つ——一般の検索と、その研究機関の公開資料である。到達したのは業界の記事とコンサルティング会社の資料だけで、いずれも出どころを示していなかった。一次情報にたどり着けなかった。
中断は避けられない、という前提から書かれた命題
2007年に *Decision Sciences* 38(1):131-156 に出た論文は、なぜある中断が別の中断より深刻になるのかを扱っている。ここで性格を正確に書く。著者自身がこれを “conceptual note”——概念的な覚書、と呼んでいる。 成果物は6つの命題であって、検定された仮説ではない。
出発点が独特である。“supply chain disruptions are unavoidable and, as a consequence, ... all supply chains are inherently risky.”——中断は避けられず、したがってすべての供給の連鎖は本質的に危うい。
深刻さに関わるとされたのは、密度・複雑さ・結節点の重要度という3つの設計上の特徴と、回復と警告という2つの緩和の能力である。そして著者らは、これらの知見が供給元の絞り込みや、地球規模の調達や、産地の集積からの調達といった実務の賢明さに疑問を投げかけると書いている。これは命題であって、実務への指示ではない。
時間・変化:測る先が、株価から回復の速さへ移った
順に並べる。2003年、519件の公表について、短い窓の株主価値がおよそ10.28%減ると報告される。2005年、827件の公表について、3年間の累積がほぼ−40%で、その多くが公表前年に生じていると報告される。2006年、供給の脆弱さそのものを測る実証研究が *Journal of Purchasing and Supply Management* 12(6):301-312 に出る。2007年、中断は避けられないという前提から6つの命題が提示される。2015年、複雑さの3つの次元が頻度を高め互いを増幅すると報告される。2022年、250万件を超える積荷目録から、回復の速さが測られる。
20年で移ったのは、測る先である。 株価から、頻度へ、そして回復の速さへ。そして測る先が変わるたびに、同じ手の評価が変わった。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、外から来るものが、来ているあいだは見えないことである。材料も、データも、許可も、返事も、届いているかぎり数えられない。止まってはじめて、それが一本の線だったことが分かる。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国と欧州の、株式が公開されている大企業に大きく偏っている。827件の公表、519件の公表、250万件を超える積荷目録から取り出した米国の公開企業——いずれも、公表の義務と慣行があり、記録が外から見える組織である。 日本の調達を対象にした査読研究はごく少ない。「中断」が何を指すかも、研究ごとに違う。 そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 公表せずに済んだ中断、公表する前に消えた会社、記録の残らない小さな取引は、たいてい最初から標本に入っていない。
助けになるのは、自分の仕事に必要なもののうち、外から来るものを書き出して数えることである。代わりの有無に印を付けるところまでで止める。 代わりを用意する話はしない。
もう一つ助けになるのは、株価や下落率の数字を見たときに「いつからいつまでの数字か」を先に訊くという順番である。同じ−40%でも、1日の下落と3年間の累積は別のものである。
最初の一歩は10分。外から来るものを3つ書き出し、代わりがあるかどうかの印を付けて、いちど見返す。
次の単位は 217「品質管理・ばらつき低減力」——出ていくものの質を揃えるという手が、どこまで、何の費目に効いていたのかという話へ進む。
- 2005年の Production and Operations Management 14(1):35-52 の標本は、1989年から2000年になされた827件の中断の「公表」である。観察窓は公表日の1年前から2年後までで、その期間を通じた平均の異常株式収益率がおよそ−40%だった。公表日前後の下落率ではない
- 同じ要旨は “Much of this underperformance is observed in the year before the announcement, the day of the announcement, and the year after the announcement.” と書く。下振れの多くは公表される前の年に観察されている。「混乱が起きたから4割下がった」と書けば原典と食い違う
- 同じ要旨のもう一つの数字は、公表翌年の株式の危険度が前年比13.50%高いというものである。これは下落率ではなく値動きの振れ幅であり、−40%と混同できない
- 標本は「中断」ではなく「中断の公表」である。公表しなかった企業、公表せずに済んだ中断、公表前に消えた会社は入っていない。著者が偏りを自認していると書くには要旨の外の逐語が要るため、ここでは「著者が標本を公表された中断として定義している」までを書く
- 同じ著者2人の2003年の論文(Journal of Operations Management 21(5):501-522)は、519件の公表について短い窓の株主価値が10.28%減少すると報告した。827件で−40%とは標本も窓も違う別の量であり、互いの裏づけにはならない
- 2015年の Journal of Operations Management 36(1):215-228 は、水平・垂直・空間という3つの複雑さがいずれも中断の頻度を高め、互いに作用して相乗的に増幅すると報告した。標本の社数と国は要旨に無いため書けない
- 2022年の Manufacturing & Service Operations Management 24(2):846-863 は、250万件を超える輸入の積荷目録から米国の公開企業の回復率を推定し、供給元の分散は回復が遅く、長期の関係は回復が速いことと結びつくと報告した。分散の度合いが標準偏差1つ分低いことは16%速い回復と、長期の関係が標準偏差1つ分高いことは20%速い回復と結びついていた。頻度と回復で、同じ手が逆に働く
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 供給の中断が起きると、株価はおよそ40%下がる | 原典の要旨は、−40%が公表日の1年前から2年後までの3年間を通じた平均の異常収益であると明記し、さらに下振れの多くは公表の前の年に観察されると書いている。公表日前後の下落率ではない。同じ要旨にある13.50%は、公表翌年の株式の危険度が前年比で高いという値で、下落率ではなく値動きの振れ幅である |
| 827件のデータがあるのだから、中断が企業に与える影響は代表的に測られている | 標本に入っているのは827件の中断ではなく、827件の中断の「公表」である。公表しなかった企業も、公表せずに済んだ中断も、公表する前に消えた会社も入っていない。しかもすべて株式が公開されている企業で、公表の義務と慣行はそこにしかない。何が測られたかは、誰が標本に入ったかで決まっている |
| 供給元を分散させておけば、中断に強くなる | 頻度と回復は別々に測られており、同じ手が同じ向きに効くという証拠は無い。2015年の研究は、上流の複雑さの3つの次元がいずれも中断の頻度を高め、互いを増幅すると報告した。一方2022年の研究は、供給元の分散が「遅い回復」と結びつくと測っている。この単位は、一社に絞れとも複数から買えとも書かない。書けるのは、測る量を変えると同じ手の評価が変わる、というところまでである |
皮肉なのは、いちばんよく引かれる4割という数字が、いちばん長い時間を測っていたことである。公表の1年前から2年後まで。下がりはじめは、誰かが何かを発表するより前にあった。それでも数字は、公表の日に貼り付けられて出回る。そして標本の全員が、公表した企業である——その時点でまだ存在していて、発表する相手がいて、毎日値段の付く場所にいた企業だけが、この4割の中にいる。黙って止まった側の値動きは、どこにも記録されていない。
Q1. 2005年の研究の標本は、1989年から2000年になされた【 ① 】件の中断の【 ② 】である。観察窓は公表日の【 ③ 】から2年後までで、この期間を通じた平均の異常株式収益率はおよそ−40%だった。穴埋め
Q2. 同じ要旨は、この下振れの多くが【 ① 】の前の年と、公表の日と、公表の翌年に観察されると書いている。また公表翌年の株式の【 ② 】は、前年と比べて13.50%高いとある。これは下落率では【 ③ 】。穴埋め
Q3. 2022年の研究が、供給元の分散について報告した向きはどれか。選択
Q4. 2007年の Decision Sciences に出た論文の性格として、原典に明記されているものはどれか。選択
Q5. この単位で扱った報告を、発表された年の早い順に並べよ。(ア)250万件を超える積荷目録から回復の速さが測られる(イ)519件の公表について短い窓の株主価値の減少が報告される(ウ)3つの複雑さが中断の頻度を高め互いを増幅すると報告される(エ)827件の公表について3年間の累積がほぼ−40%だと報告される(オ)中断は避けられないという前提から6つの命題が提示される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。その下に、自分の仕事を進めるために必要なもののうち、外から来るものを3つ書き出す。材料でも、データでも、許可でも、返事でも、届いて当たり前になっているものでよい。取引先の名前や人の名前は書かない。「毎朝届く一覧」「月末に来る確認」のように、来るものの名前だけを書く。次に、それぞれの右に「代わりがある」「代わりがあるか分からない」のどちらかの印を付ける。分からないものに印を付けても、それは調べる合図ではない。誰かに確かめにいく必要もない。代わりを用意する話は、この課題ではしない。書き終えたら、いちど上から見返して終わる。いま組織に属していない場合や、一人ですべてを回している場合は、自分の作業に必要で外から届くものを同じ形で3つ書けば成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Hendricks K.B., Singhal V.R. (2005) 'An Empirical Analysis of the Effect of Supply Chain Disruptions on Long-Run Stock Price Performance and Equity Risk of the Firm', Production and Operations Management 14(1):35-52, doi:10.1111/j.1937-5956.2005.tb00008.x — api.crossref.org
- Hendricks K.B., Singhal V.R. (2003) 'The effect of supply chain glitches on shareholder wealth', Journal of Operations Management 21(5):501-522, doi:10.1016/j.jom.2003.02.003 — doi.org
- Bode C., Wagner S.M. (2015) 'Structural drivers of upstream supply chain complexity and the frequency of supply chain disruptions', Journal of Operations Management 36(1):215-228, doi:10.1016/j.jom.2014.12.004 — doi.org
- Jain N., Girotra K., Netessine S. (2022) 'Recovering Global Supply Chains from Sourcing Interruptions: The Role of Sourcing Strategy', Manufacturing & Service Operations Management 24(2):846-863, doi:10.1287/msom.2021.0967 — api.crossref.org
- Craighead C.W., Blackhurst J., Rungtusanatham M.J., Handfield R.B. (2007) 'The Severity of Supply Chain Disruptions: Design Characteristics and Mitigation Capabilities', Decision Sciences 38(1):131-156, doi:10.1111/j.1540-5915.2007.00151.x(概念的な覚書) — doi.org
- Wagner S.M., Bode C. (2006) 'An empirical investigation into supply chain vulnerability', Journal of Purchasing and Supply Management 12(6):301-312, doi:10.1016/j.pursup.2007.01.004 — doi.org
- Chopra S., Sodhi M.S. (2004) 'Managing Risk to Avoid Supply-Chain Breakdown', MIT Sloan Management Review 46(1):53-61(査読誌ではない、2026年8月閲覧) — sloanreview.mit.edu