「成功要因」の一覧は、成果ではなく432人の意見からできていた
小さな改善を積み重ねれば生産性は2倍になる、とよく言われる。その数字の足元にあるのは、1989年から90年にかけて調べた自動車組立工場62か所のデータで、要旨に倍率は書かれていない。そして「成功要因」の一覧のほうは、実務家432人が何を効きそうだと思っているかの集計だった。
前の単位では、決まりを守らせる制度を入れたときに何が起き、何が起きないかを扱った。ここでは、日々の小さな改善が続く条件を扱う。
ここから段はひとつ進んで、いまある流れを作り替える側の話になる。
この単位が扱うのは一点——「改善が続いている場所は何が違うのか」が、どこまで測られているかである。手法そのものの使い方も、どの進め方が優れているかも扱わない。
小さな変更を出しつづける、という形をしたもの
言葉の中身を先に確かめておく。ここでいう改善は、大きな作り替えではない。手元の作業を少しだけ変え、うまくいけば残し、だめなら戻す。それを止めないでおく——一つひとつの変更が小さく、回数が多いという形をしている。
売りになっているのは、その積み重ねがやがて大きな差になる、という主張である。よく引かれるのが「この文化を持つ工場の生産性は2倍以上」という一句だった。この数字の足元を見る。
「2倍」の足元にあるのは、1989〜90年に調べた組立工場62か所である
この一句の出どころとしてよく指し示されるのは、1990年に出た一般向けの著書である。一般書であって査読誌ではない。 その学術側の中核にあたるのが、**MacDuffie J.P. が1995年に *Industrial and Labor Relations Review* 48(2):197-221 に出した論文である(査読誌**)。
要旨の言葉はこうである——“Using a unique international data set from a 1989–90 survey of 62 automotive assembly plants”。1989年から90年にかけて、世界の自動車組立工場62か所を調べた国際データである。 何が言われているかというと、“innovative HR practices affect performance not individually but as interrelated elements in an internally consistent HR ‘bundle’ or system”——個々の施策としてではなく、たがいに噛み合った束として業績に効く、という形である。そして “Flexible production plants with team-based work systems … and low inventory and repair buffers consistently outperformed mass production plants”。
ここで足を止めたい。この要旨に、倍率の数値は出てこない。 「2倍以上」という数字を、この論文から取ることはできない。取れるのは、1989〜90年の、自動車組立工場62か所という標本と、単独の施策ではなく組み合わせで見たときに差が出たという形だけである。行政も学校も病院も、社員数人で経理も調達も回している場所も、この62か所には入っていない。
続く条件を調べた研究は、効果を測っていない
では「続く条件」のほうは、どこまで分かっているのか。この問いを正面から扱った代表格が、**Anand G., Ward P.T., Tatikonda M.V. & Schilling D.A. が2009年に *Journal of Operations Management* 27(6):444-461 に出した論文である(査読誌**)。要旨にこうある——“We present a framework of infrastructure based on the idea that continuous improvement can serve as a dynamic capability when it includes a comprehensive organizational context.”
基盤という切り口を提案した論文である。 そして続く一文が肝心である——“Further, we study continuous improvement initiatives in five companies … This research adds to the conceptual understanding of continuous improvement and results in grounded propositions about critical areas of infrastructure for continuous improvement.”
5社である。そして得られたものは「命題」である。 効果の測定ではない。統制群も、前後比較の数値も、この論文は持っていない。だからここから「基盤を整えれば改善は続く」とは言えない。言えるのは、基盤という切り口で5社を見た研究があり、そこから確かめるべき命題が立てられた、というところまでである。枠組みを提案した論文と、効果を測った論文は、別のものである。
方法の効き目と、気持ちの効き目は、別のところに出る
**Choo A.S., Linderman K.W. & Schroeder R.G. が2007年に *Management Science* 53(3):437-450 に出した論文(査読誌)は、改善の取り組みのなかで働く二つの仕組みを分けて測っている。要旨の言葉——“This study investigates two mechanisms of knowledge creation—one that is method driven and the other that is psychologically driven.**”
結果はこうである。“The method mechanism directly influences learning behaviors, while the psychological mechanism directly affects knowledge creation. The effects of both mechanisms on knowledge creation are complementary, yet independent.” 決められた手順を守ることは、学ぶ行動のほうに直接効く。気持ちの側は、知識が生まれることのほうに直接効く。二つは補い合うが、独立している。
さらに一文——“the value of adhering to a method may lie in modifying the learning behaviors that subsequently create knowledge.” 手順を守ることの値打ちは、そのあとに知識を生む学び方を変えるところにあるのかもしれない。
注意しておきたいのは、どちらが優れているとは書かれていないことである。 手順さえあれば足りる、とも、やる気さえあれば足りる、ともこの論文は言っていない。別々の場所に出る、と言っている。 なお要旨に標本の記述が無いので、何社・何件を調べたかはここには書かない。
他所のやり方を調べる活動は、うまくいくことと結びついていなかった
もうひとつ、向きのはっきりした実証がある。**Tucker A.L., Nembhard I.M. & Edmondson A.C. が2007年に *Management Science* 53(6):894-907 に出した論文である(査読誌。第3著者に Edmondson が入るが、よく引かれる1999年の論文とは別の仕事である)。標本は新生児集中治療室23か所——新しい手順を入れようとしていた現場である。ここでは医療そのものの是非には触れない。手順を入れる側の話だけを見る。**
要旨は、学ぶ活動を二つに分けている。“two distinct factors: learn-what (activities that identify current best practices) and learn-how (activities that operationalize practices in a given setting).” いま何が最良の手順とされているかを調べる活動と、それを自分の現場で動くようにする活動である。
結果——“Learn-how was positively associated with implementation success, but learn-what was not.” 現場で動かす側は導入がうまくいくことと結びつき、何が最良かを調べる側は結びついていなかった。
23か所という標本である。 それでも、事例集を集めることと、それが自分の持ち場で回ることのあいだに測られた隔たりがある、という一点は立っている。
「成功要因」は、成果ではなく、意見で測られている
改善の本や研修の資料には、たいてい「成功要因」の一覧が載っている。あれは何を根拠に作られているのか。 そこを見せる査読論文がある。**Netland T.H. が2016年に *International Journal of Production Research* 54(8):2433-2448 に出した単著である(査読誌**)。
方法の記述はこうである——“A survey asked 432 practitioners from 83 factories belonging to two multinational companies for their opinions about what managers should do to ensure the success of the factory-level implementation of lean production.” 2つの多国籍企業に属する83工場の実務家432人に、意見を訊いた調査である。
結果は、予想される向きの逆である——“In general, the analysis supports a generic list of critical success factors, but with some minor exceptions. For example, the stage of lean implementation in a factory influences to a slight extent which factors are perceived as more effectual than others.” 「状況によって成功要因は変わる」ではない。「概ね共通の一覧を支持する。ただし実装の段階によってわずかに違う」である。
ここが、この単位のいちばん大事なところである。 この研究は、成功要因と成果のあいだの因果を測っていない。 測っているのは、432人が何を効きそうだと思っているかである。よく見かける「成功要因の一覧」の少なくとも一部は、成果の記録ではなく、意見の集計からできている。
それが悪いという話ではない。意見の集計は意見の集計として役に立つ。 悪いのは、それが「こうすれば成果が出ると測られた」として引かれるときである。何を成功と呼び、誰がそれを答えたのか。 一覧を見たら、そこを先に探すとよい。
なお、この論文は書誌が割れている。著者が公開している刷り出しのヘッダは 53(19):5836-5855 だが、出版社と書誌データベースはともに 54(8):2433-2448(2016年) である。ここでは後者を採る。
査読の手続きを通っていない言葉が、そのまま定着していることがある
この分野でよく引かれるものの多くは、査読誌の外から来ている。改善の現場をていねいに書いた1993年の *Harvard Business Review* 71(1):97-108 の記事(査読誌ではない)は、いまも「標準化は縛りではない」という言い方の出どころとして引かれつづけている。読み物として優れていることと、効果が確かめられていることは別である。
**Bessant J., Caffyn S. & Gallagher M. が2001年に *Technovation* 21(2):67-77 に出した論文(査読誌)は、改善の行動が段階を追って育つという成熟度の模型を提示している。これも効果の測定ではなく、模型の提示である。** 当てはめた先で成果が出たかは、この論文には書かれていない。
時間・変化:改善が記録に残るまでの順番
順番はだいたい決まっている。まず手元で誰かが何かを少し変える。次に、それが続く。次に、続いたものが手順として書かれる。次に、書かれたものが事例として外へ出る。最後に、外へ出たものが成功要因の一覧に載る。
逆向きにはほとんど動かない。途中でやめた変更が事例集に載ることはない。 担当が替わって誰も引き継がなかった手順も、載らない。そして調査票が届くのは、いまも回っている場所である。続いた改善からしか、改善の話は書かれない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、続かないことを、人の意識の低さとして読むことである。ここまで見てきた研究のどれも、そういう測り方をしていない。どれも、やる気の量を測ってはいない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国と欧州の、上場企業と製造業に大きく寄っている。自動車の組立工場62か所、多国籍企業2社の83工場、新生児集中治療室23か所——どれも、調査票に答える余裕のある組織である。 日本の業務の進め方を対象にした査読研究はごく少なく、測られている期間も短い。「生産性」や「成功」が何を指すかは、研究ごとに違う。さらに——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 いまも続いている改善、いまも答えられる担当者がいる場所だけが標本に入り、やめた改善と消えた手順は最初から抜けている。
助けるのは、自分の手元で、変える前と変えた後の手数を数えてみるという一手である。良くなったかどうかを判定しなくてよい。数えられる形にしておくこと自体が、あとで効く。
最初の一歩は10分。今日、1つだけ小さく変えて、変える前と後の手数を書く。他の人には何も頼まない。
次の単位は 222「実験・検証サイクル(Build-Measure-Learn)」——小さく試して確かめる、という言い方は、何を確かめられて、何を確かめられないのか。
- よく引かれる「生産性2倍」の出どころは1990年の一般向けの著書であり、査読誌ではない。その学術側の中核にあたる MacDuffie J.P. の1995年の論文(Industrial and Labor Relations Review 48(2):197-221、査読誌)の要旨に、倍率の数値は書かれていない
- MacDuffie 1995 の標本は、1989年から90年にかけて調べた世界の自動車組立工場62か所である。要旨が言っているのは、個々の施策としてではなく、たがいに噛み合った束として業績に効く、という形である
- 改善が続く条件を扱った Anand G. ら の2009年の論文(Journal of Operations Management 27(6):444-461、査読誌)は、5社の事例研究から命題を立てた研究であって、効果の測定ではない。統制群も前後比較の数値も持っていない
- Choo A.S. ら の2007年の論文(Management Science 53(3):437-450、査読誌)は、手順を守る仕組みは学ぶ行動のほうに直接効き、気持ちの側は知識が生まれることのほうに直接効く、と報告している。二つは補い合うが独立していて、どちらが優れているとは書かれていない
- Tucker A.L. ら の2007年の論文(Management Science 53(6):894-907、査読誌)は、新生児集中治療室23か所で、自分の現場で動くようにする活動は導入の成否と結びついていたが、何が最良の手順かを調べる活動は結びついていなかった、と報告している
- Netland T.H. の2016年の論文(International Journal of Production Research 54(8):2433-2448、査読誌)は、2つの多国籍企業の83工場に属する実務家432人への意見調査であり、概ね共通の成功要因の一覧を支持する、と結論している。測っているのは成果ではなく意見である
- この分野でよく引かれる1993年の Harvard Business Review 71(1):97-108 の記事は査読誌ではない。Bessant J. ら の2001年の論文(Technovation 21(2):67-77、査読誌)は成熟度の模型の提示であって、効果の測定ではない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| この文化を持つ工場の生産性は、持たない工場の2倍以上になる | よく引かれる出どころは1990年の一般向けの著書で、査読誌ではない。その学術側の中核にあたる MacDuffie J.P. の1995年の論文(Industrial and Labor Relations Review 48(2):197-221、査読誌)の要旨に、倍率の数値は出てこない。要旨から取れるのは、1989〜90年に調べた自動車組立工場62か所という標本と、個々の施策ではなく噛み合った束として業績に効く、という形だけである |
| 成功要因の一覧は、成果を出した組織を調べて作られている | Netland T.H. の2016年の論文(International Journal of Production Research 54(8):2433-2448、査読誌)は、2つの多国籍企業に属する83工場の実務家432人に、成功のために管理する側が何をすべきかについての意見を訊いた調査である。測られているのは成果ではなく、432人が何を効きそうだと思っているかである。しかも結果は概ね共通の一覧を支持する向きで、実装の段階による違いはわずかだった |
| 他所でうまくいった手順を調べて持ってくれば、自分の現場でも回る | Tucker A.L., Nembhard I.M. & Edmondson A.C. の2007年の論文(Management Science 53(6):894-907、査読誌)は、新生児集中治療室23か所で学ぶ活動を二つに分けた。いま何が最良の手順とされているかを調べる活動と、それを自分の現場で動くようにする活動である。要旨は、後者は導入がうまくいくことと結びついていたが、前者は結びついていなかった、と書いている |
改善が続く条件については、確かに研究がある。5社を見て命題を立てたもの、83工場の432人に意見を訊いたもの、23か所で学び方を比べたもの。どれも真面目な仕事で、どれも別のものを測っている。皮肉なのは、そこから抜き出された「成功要因」の一覧だけが、測ったものの違いを落としたまま、研修の資料と改善の本のあいだをきれいに循環していることである。一覧に載っているのは、成果ではなく、答えた人が効きそうだと思ったことだった。
Q1. Netland T.H. の2016年の論文(International Journal of Production Research 54(8))は、2つの多国籍企業に属する ____ 工場の実務家 ____ 人に、成功のために何をすべきかについての ____ を訊いた調査である。測られているのは成果ではない。穴埋め
Q2. 「この文化を持つ工場の生産性は2倍以上」という一句について、MacDuffie J.P. の1995年の論文の要旨から取れることと、取れないことを、それぞれ1つずつ書きなさい。一問一答
Q3. Anand G. ら の2009年の論文(Journal of Operations Management 27(6))について、標本の規模と、この論文から言えないことを書きなさい。一問一答
Q4. Tucker A.L. ら の2007年の論文(Management Science 53(6)、新生児集中治療室23か所)が報告したこととして、本文に書かれているものはどれか。選択
Q5. Choo A.S. ら の2007年の論文(Management Science 53(3))について、本文の記述と合うものはどれか。選択
今日くり返す作業を1つ選ぶ。書類の並べ方でも、確認する順番でも、道具の置き場所でもよい。まず、変える前の手数を数えて書く。手数とは、指を動かした回数でも、開いた画面の数でも、立ち上がった回数でもよい——自分で数えられるものなら何でもよいが、途中で数え方を変えないこと。次に、その作業のどこか1か所だけを小さく変える。そして同じ数え方で、変えた後の手数を数えて書く。良くなったかどうかは判定しない。続けるかどうかも決めない。他の人には何も頼まず、誰かのやり方を観察もしない。組織に属していない場合や一人で全部を回している場合も、この課題はそのまま成立する——いま自分が続けている作業や調べものを1つ選んで、同じ形で数えればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- MacDuffie J.P. (1995) 'Human Resource Bundles and Manufacturing Performance: Organizational Logic and Flexible Production Systems in the World Auto Industry', Industrial and Labor Relations Review 48(2):197-221, doi:10.1177/001979399504800201 — journals.sagepub.com
- Anand G., Ward P.T., Tatikonda M.V., Schilling D.A. (2009) 'Dynamic capabilities through continuous improvement infrastructure', Journal of Operations Management 27(6):444-461, doi:10.1016/j.jom.2009.02.002 — doi.org
- Choo A.S., Linderman K.W., Schroeder R.G. (2007) 'Method and Psychological Effects on Learning Behaviors and Knowledge Creation in Quality Improvement Projects', Management Science 53(3):437-450, doi:10.1287/mnsc.1060.0635 — api.crossref.org
- Tucker A.L., Nembhard I.M., Edmondson A.C. (2007) 'Implementing New Practices: An Empirical Study of Organizational Learning in Hospital Intensive Care Units', Management Science 53(6):894-907, doi:10.1287/mnsc.1060.0692 — api.crossref.org
- Netland T.H. (2016) 'Critical success factors for implementing lean production: the effect of contingencies', International Journal of Production Research 54(8):2433-2448, doi:10.1080/00207543.2015.1096976 — doi.org
- Bessant J., Caffyn S., Gallagher M. (2001) 'An evolutionary model of continuous improvement behaviour', Technovation 21(2):67-77, doi:10.1016/S0166-4972(00)00023-7 — doi.org
- Adler P.S. (1993) 'Time-and-Motion Regained', Harvard Business Review 71(1):97-108(査読誌ではない) — hbr.org