失敗の報告は1件も見つからなかった、とその論文自身が書いている
待ち時間を減らす手法の効果は、よく集計されている。集計の要旨に、広く探したが失敗の報告は1件も見つからなかった、と書いてあることは、あまり紹介されない。題名にも、成功した適用事例、と最初から書いてある。
前の単位では、流れを見えるようにして測ることを扱った。ここでは、その流れのなかで何がどれだけ待っているのかを扱う。ここから段はひとつ進んで、流れを実際に動かす側の話になる。
この単位が扱うのは一点——待ち時間を短くする手が、どこまで確かめられているのかである。 どの手法を入れるべきかは扱わない。優劣も断定しない。
題名に「成功した」と書いてある集計
待ち時間を減らす考え方のうち、集計がいちばんよく整っているのは、制約に注目する方法論である。2003年に *International Journal of Operations & Production Management* 23(6):568-595 に出た論文が、公表された適用の結果を文献から集めて数え上げている。
要旨はこう書く。利用できる量的データにもとづく、80件を超える成功した適用事例のメタ分析の結果をここに示す。 操業の面でも財務の面でも大きな改善が達成された、と続く。そのすぐ後ろに、この単位の中心になる一文がある。
“Despite extensive searches, the research found no reports of failures.”——広範な探索にもかかわらず、この研究は失敗の報告を見つけなかった。
そして題名の副題は “Analysis and discussion of successful TOC applications” である。 成功した適用事例の分析と議論、と最初から書いてある。隠されてはいない。要旨の3文目と題名の後半に、そのまま出ている。
失敗が0件であることは、失敗が無かったことではない
この棚が16回くり返す手つきの一つが、ここに出る。この分野の助言は、続いている組織からしか書かれていない。 うまくいかなかった適用は、たいてい論文にならない。だから「失敗の報告が0件」は、方法の性能ではなく、公表という関門の性能を測った数字でもある。 ここではこれ以上展開しない。棚の入口で扱っている。
もう一つ、同じ要旨が書いていることがある。“While reports are mainly from manufacturing organisations, the findings may be generalisable to other types of organisations”——報告の大半は製造業の組織からのものであり、他の種類の組織へ一般化できるかもしれない。著者自身が、業種の偏りと、一般化が推量にとどまることを書いている。
そして事例の件数には、原典の内部で食い違いがある。掲載版の要旨は80件を超えると書き、同じ著者2人の会議発表版は “seventy-seven different companies”——77社と書いている。 著者の順序も、掲載版と発表版で入れ替わっている。ここでは掲載版の「80件を超える」を採る。 発表版に載っている改善率——リードタイム69%短縮といった数字——は、掲載版の表と一致するかを確認できていないので、この単位では出さない。
「リードタイム50%短縮」の出どころ
流通している数字のほうも辿れる。「リーンを入れた製造業でリードタイムが平均50%短くなった」の出どころとして挙げられるのは、1990年に出た一般書である。 米国の大学の自動車産業の研究計画にもとづいて書かれた。
ここで一つだけ事実を置く。この本は査読の手続きを通っていない。 これは内容の正誤の判定ではない。ただし、査読済みの証拠を挙げたことにはならない。
もう一つ、よく並ぶ数字がある。「納期の遵守率が60%から95%になった」というものである。2026年8月に探した範囲では、この数字の出どころにたどり着けなかった。 制約の方法論について査読誌にある集計は先の2003年の論文であり、そこには失敗の報告が見つからなかったと書いてある。
そもそも「リーン」が何を指すかが定まっていない
2007年に *Journal of Operations Management* 25(4):785-805 に出た論文は、この語そのものを扱っている。要旨の書き出しが率直である。
“Our research addresses the confusion and inconsistency associated with ‘lean production.’”——我々の研究は、リーン生産という語にまつわる混乱と不一致を扱う。“the semantic confusion surrounding lean production”——意味の混乱、とも書く。
この論文は、文献をたどって候補を48の項目に絞り、そこから10の下位の成分を実証的に取り出した。2007年の時点で、この語が何を指すのかを決め直す作業が必要だったということである。
同じ著者2人の2003年の論文(*Journal of Operations Management* 21(2):129-149)は、22の製造の実践を扱い、それらが4つの束——必要なときに必要なだけ作る仕組み、品質の管理、設備の保全、人の配置と育成——として動くことを示した。要旨によれば、業種と文脈の効果を除いたあとで、操業成績のばらつきの約23%をこれらの束が説明した。
データは米国の製造業向け雑誌の事業所調査から採られている。何社かは要旨に無いので、ここでは書かない。 そして23%は「23%改善した」ではない。ばらつきのうち、その割合を説明できた、という値である。 残る4分の3は、この束の外にある。
向きが反転しうる、と書いた論文
2009年に *Journal of Operations Management* 27(1):23-44 に出た論文は、逆側から入る。要旨はこう書く。
“However, not all lean implementations have produced such results. Apparently, this effect is moderated by several factors, potentially even to the point of reversal.”——すべての導入がそうした結果を生んだわけではない。この効果はいくつかの要因によって調整され、場合によっては反転する点にまで至るらしい。
調整する要因として挙がるのは、新しさ・複雑さ・不安定さ・緩衝の有無の4つである。そして結論の一句が効く。“the elimination of tasks will not guarantee cost reduction”——作業を取り除くことは、費用の低下を保証しない。
ただし証拠の強さは正確に読む。 これは米国のある軍用機の生産の仕組みを扱った単一の事例研究であり、11の命題を提示した理論構築である。 仮説検定ではない。「反転することが実証された」と書けば、原典と食い違う。 書けるのは、反転しうると著者が命題の形で述べた、までである。
時間・変化:導入からの経過で、成果の出方が変わる
2016年に *Production and Operations Management* 25(6):1106-1120 に出た論文は、成果が出る形そのものを扱った。ある1社の世界規模の導入について、社内の量的データから理論を組み立てている。
見つかった形はS字である。要旨の言葉では、“its operational performance improves slowly first, then grows rapidly, and finally tapers off”——操業成績はまず緩やかに改善し、次に急速に伸び、最後に平らになる。前半は探索の段階、後半は成果を取り出す段階だと整理されている。
この形が本当なら、「導入したのに効かない」という報告と「導入したら大きく効いた」という報告は、同じ導入の別の時点を見ているだけかもしれない。 裏づけには5大陸にある45の工場への訪問と210件の聞き取りが使われている。1社の内部データにもとづく理論構築であり、多数の企業を比べた検定ではない。
待ち行列の式は、定理であって効果の証拠ではない
この分野でいちばん引かれるのは、待ち行列の長さと到着の割合と待ち時間の関係を表す式である。2011年に *Operations Research* 59(3):536-549 に出た50周年の総説で、提唱した本人がこう書いている。
“Basically, it is a theorem in queuing theory.”——基本的には、これは待ち行列理論の定理である。
定理は、証明されるものであって、効果が検証されるものではない。 到着の割合が同じなら、仕掛かりを減らせば待ち時間は短くなる——これは測定の結果ではなく、定義から出てくる関係である。逆に言えば、この式は、どの手を打てば仕掛かりが減るのかについては何も言っていない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、待ち時間が誰の目にも入らない形で発生していることである。手が動いている時間は記録されやすく、待っている時間は記録されにくい。記録されない時間は、改善の対象にならない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国と欧州の、上場企業と製造業に大きく偏っている。 80件を超える適用事例、48項目と10成分、22の実践と4つの束、1社の45工場と210件の聞き取り、1件の軍用機の生産——いずれも、調査票に答える余裕のある組織か、公表する意思のあった組織から採られている。 日本の業務プロセスを対象にした査読研究はごく少ない。リードタイムが何を指すかも、研究ごとに違う。 そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 途中でやめた導入、記録に残らなかった手戻り、担当者が替わって消えた手順は、たいてい最初から標本に入っていない。
助けになるのは、自分の持ち場の時間を、動いていた時間と待っていた時間に分けて記録してみることである。割合を目標にしない。 どこに集まるかを見るだけでよい。
もう一つ助けになるのは、数字を見たときに「何件を数えて、何件が失敗だったか」を先に訊くという順番である。失敗の件数が0と書いてある集計は、方法が完璧なのではなく、失敗が集計の入口を通っていない可能性が高い。
最初の一歩は、今日の作業を30分ごとに区切り、手が動いていたか待っていたかだけを記録することである。どちらが良いという話ではない。
次の単位は 214「意思決定スピード」——速く決める組織は伸びるという言い方が、何を「速い」と呼び、誰に訊いて測られたのかという話へ進む。
- 制約に注目する方法論の集計(2003年、International Journal of Operations & Production Management 23(6):568-595)は、80件を超える成功した適用事例を扱い、要旨に “Despite extensive searches, the research found no reports of failures.”(広く探したが、失敗の報告は見つからなかった)と記している。題名の副題にも「成功した適用事例」と書かれている
- 同じ要旨は “While reports are mainly from manufacturing organisations, the findings may be generalisable to other types of organisations” と述べ、報告の大半が製造業からのものであること、他業種への一般化が推量にとどまることを著者自身が書いている
- 事例の件数は原典のなかで食い違う。掲載版の要旨は「80件を超える」、同じ著者2人の会議発表版は “seventy-seven different companies”(77社)である。著者の順序も逆になっている。この単位では掲載版の「80件を超える」を採り、発表版にしか無い改善率の数字は使わない
- 「リーンでリードタイムが平均50%短縮」の出どころは1990年の一般書であり、査読の手続きを通っていない。「納期遵守率が60%から95%へ」という数字は、2026年8月に探した範囲では出どころにたどり着けなかった
- 「リーン」が何を指すかは定まっていなかった。2007年の Journal of Operations Management 25(4):785-805 は要旨で “the confusion and inconsistency associated with ‘lean production.’” と書き、48項目・10成分に整理し直した。同じ著者2人の2003年の論文(21(2):129-149)は22の実践を4つの束にまとめ、業種と文脈の効果を除いたあとで操業成績のばらつきの約23%を説明した。「23%改善した」ではない
- 2009年の Journal of Operations Management 27(1):23-44 は “Apparently, this effect is moderated by several factors, potentially even to the point of reversal.” と書き、新しさ・複雑さ・不安定さ・緩衝の有無で効果が反転しうると述べた。ただし単一事例にもとづく11の命題であり、仮説検定ではない
- 2016年の Production and Operations Management 25(6):1106-1120 は、導入からの経過に対して成果がS字を描くと報告した——まず緩やかに改善し、次に急速に伸び、最後に平らになる。1社の内部データにもとづく理論構築で、5大陸45工場への訪問と210件の聞き取りが裏づけに使われている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 制約に注目する方法論は、集計研究で大きな効果が確かめられている。80件を超える事例で改善が出ているのだから確かだろう | その集計の要旨には “Despite extensive searches, the research found no reports of failures.”(広く探したが、失敗の報告は見つからなかった)と書かれており、題名の副題も「成功した適用事例の分析と議論」である。失敗が0件なのは方法の性能とは限らず、失敗が公表という関門を通っていないことの反映でもある。同じ要旨は、報告の大半が製造業からのもので、他業種への一般化は推量だとも述べている |
| リーンを導入すればリードタイムはおよそ半分になる | 「平均50%短縮」の出どころとして挙がるのは1990年の一般書で、査読の手続きを通っていない。査読側で測られているのは別の量である。2003年の Journal of Operations Management 21(2):129-149 は、4つの束が操業成績のばらつきの約23%を説明したと報告している。これは短縮率ではなく、ばらつきの説明割合である。さらに2009年の同誌27(1):23-44 は、条件によっては効果が反転しうると命題の形で述べている |
| 待ち行列の式が示すとおり、仕掛かりを減らせばリードタイムは必ず短くなるのだから、効果は証明済みだ | 2011年の Operations Research 59(3):536-549 で提唱者本人が “Basically, it is a theorem in queuing theory.”(基本的にはこれは待ち行列理論の定理である)と書いている。定理は証明されるものであって、効果が検証されるものではない。そして、どの手を打てば仕掛かりが実際に減るのかについて、この式は何も言っていない |
皮肉なのは、いちばん正直な一文が、いちばん読まれないところに置かれていることである。広く探したが失敗の報告は見つからなかった——これは要旨の3文目に、堂々と書いてある。題名の副題にも、成功した適用事例、と書いてある。それでも外に出ていくときには、80件を超える改善という部分だけが荷物に入り、失敗が0件という但し書きは置いていかれる。もっとも、失敗が1件も報告されない方法があるとしたら、疑うべきなのは失敗のほうではなく、報告のほうだろう。
Q1. 2003年の集計論文の要旨には、【 ① 】件を超える成功した適用事例のメタ分析であること、そして広く探したが【 ② 】の報告は見つからなかったことが書かれている。題名の副題にも【 ③ 】適用事例、と記されている。穴埋め
Q2. この集計論文について、事例の件数が原典のなかで食い違っている。掲載版と会議発表版は、それぞれ何と書いているか。またこの単位ではどちらを採用したか。一問一答
Q3. 2003年の Journal of Operations Management に出た論文が報告した「約23%」とは、何の何割か。「23%改善した」との違いを含めて答えよ。一問一答
Q4. 待ち行列の長さ・到着の割合・待ち時間の関係を表す式について、2011年の総説で提唱者本人が書いた性格づけはどれか。選択
Q5. 2016年の論文が報告した、導入からの経過にともなう成果の出方を、早い時点から順に並べよ。(ア)急速に伸びる(イ)平らになる(ウ)緩やかに改善する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書き、その下に30分ごとの区切りを12行つくる。各行に、その30分のあいだ主に「手が動いていた」のか「何かを待っていた」のかを、どちらか一方だけ記録する。迷ったら、長いほうを採る。仕事の中身は書かない。人の名前も書かない。待っていた理由も書かない。区切りを埋めるだけでよい。1日の終わりに上から見返し、待っていたと記録した行がどこに集まっているかを眺める。割合を目標にしない。良い悪いの判定もしない。いま組織に属していない場合や、一人ですべてを回している場合は、いま自分が続けている作業や調べものについて同じ形で30分ごとに記録すれば成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Mabin V.J., Balderstone S.J. (2003) 'The performance of the theory of constraints methodology: Analysis and discussion of successful TOC applications', International Journal of Operations & Production Management 23(6):568-595, doi:10.1108/01443570310476636 — api.crossref.org
- Balderstone S.J., Mabin V.J. 'A Review of Goldratt's Theory of Constraints (TOC) – lessons from the international literature', School of Business and Public Management, Victoria University of Wellington(会議発表版、査読誌ではない、2026年8月閲覧) — www.researchgate.net
- Shah R., Ward P.T. (2003) 'Lean manufacturing: context, practice bundles, and performance', Journal of Operations Management 21(2):129-149, doi:10.1016/S0272-6963(02)00108-0 — doi.org
- Shah R., Ward P.T. (2007) 'Defining and developing measures of lean production', Journal of Operations Management 25(4):785-805, doi:10.1016/j.jom.2007.01.019 — doi.org
- Browning T.R., Heath R.D. (2009) 'Reconceptualizing the effects of lean on production costs with evidence from the F-22 program', Journal of Operations Management 27(1):23-44, doi:10.1016/j.jom.2008.03.009 — doi.org
- Netland T.H., Ferdows K. (2016) 'The S-Curve Effect of Lean Implementation', Production and Operations Management 25(6):1106-1120, doi:10.1111/poms.12539 — api.crossref.org
- Little J.D.C. (2011) 'OR FORUM—Little's Law as Viewed on Its 50th Anniversary', Operations Research 59(3):536-549, doi:10.1287/opre.1110.0940 — doi.org
- Womack J.P., Jones D.T., Roos D. (1990) The Machine That Changed the World, Rawson Associates/Macmillan(一般書。査読誌ではない) — archive.org