炎症を抑えると聞いて2万5千人が5年飲んだ。心臓の事故は386件と419件だった
炎症は敵だと教わる。だが、ぶつけたところが赤く腫れるのは、修理の現場に人手と資材が届いているからだ。困るのは火が点くことではなく、火が消えないことのほうで、しかもその「消えていない」を測る物差しは、まだ決まっていない。
火事ではなく、修理の現場
前の単位では、1日1万歩という目標の数字が査読された研究ではなく商品の名前から来ていたことと、歩数と死亡率の関係が途中で頭打ちになることを見た。ここではその上に、体の内側の火加減の話を置く。
炎症は、体が壊れた場所に人手と資材を送り込む仕組みである。2008年に Nature へ出た総説は、感染と組織の損傷を炎症の古典的な引き金として挙げ、白血球と血漿タンパクがその場所へ動員される反応として整理している。赤く、熱く、腫れて、痛いのは、工事が始まっている印だ。
同じ総説は、これとは別の形も指摘している。感染も損傷も無いのに、組織が慢性的にうまく回っていないときに立ち上がる、弱くて長い反応である。この弱い反応のほうが、現代の病気に結びついているらしい、と書かれている。火事ではなく、消し忘れた熾火のほうだ。
ここまでは、比喩としてよくできている。よくできているので、そのまま売り文句になった。抗炎症の食事、抗炎症のサプリメント、抗炎症の生活。どれも「火を消す」という絵の上に乗っている。ところが原典に降りていくと、その絵の下にあるはずの床が、まだ張られていない。
「慢性炎症」には、まだ物差しが無い
ここで足が止まる。2019年に Nature Medicine へ出た総説は、全身の慢性炎症について、こう書いている——健康を損なう慢性炎症が存在することを示すための標準的な指標は、現在のところ存在しない。急性の炎症を測るいくつかの指標を組み合わせただけでは足りず、この分野にはそれを超える指標が切実に必要だ、とも書いている。
つまり、病気との結びつきは繰り返し報告されているのに、「あなたに慢性炎症があります」と言うための線引きは、まだ誰も決めていない。何日続いたら慢性なのか。どの数字がどこを超えたら該当するのか。血液を見ればわかるのか。どれも標準が無い。売り文句の側だけが、この空白を気にせず先に進んでいる。
物差しが無いことは、この先を読むときにずっと効いてくる。下げると宣言することはできる。下がったと感じることもできる。だが、下がったと確かめることが、いまのところ誰にもできない。効果が確かめられないものについては、効かないという証明も同じくらい難しい——だからこの空白は、売る側にとって都合がよい。
2万5,871人に配って、5年待った
この棚の元になった資料には「オメガ3が炎症を抑制」という一文が、出典なしで置かれている。関連を見た観察研究は確かに多い。では、配って待つとどうなるか。
2019年に New England Journal of Medicine へ出たVITAL試験は、米国の50歳以上の男性と55歳以上の女性、合計2万5,871人を無作為に割り付けた。追跡期間の中央値は5.3年。結果はこうである。主要な心血管イベントは、オメガ3脂肪酸の群で386件、そうでない群で419件。ハザード比は0.92、95%信頼区間は0.80から1.06で、有意差は出なかった。がんの診断は820件と797件、ハザード比1.03、信頼区間0.93から1.13。こちらも差は無い。
件数で見ておくのが大事だ。33件の差は、5年間・2万5千人ぶんの差である。相対リスクが8%下がったように見える数字も、絶対の件数に直せばこの大きさになる。そして信頼区間は1をまたいでいる——つまり、この差は偶然の範囲から出ていない。
1件の試験だけで決めるのは乱暴なので、まとめたものも見ておく。2020年に公表された系統的レビューは、無作為化試験86件・16万2,796人ぶん、試験期間は12か月から88か月に及ぶデータを集めた。長鎖のオメガ3脂肪酸を増やしても、あらゆる原因による死亡はリスク比0.97、心血管系のイベントは0.96で、いずれも「ほとんど、あるいはまったく効果が無い」と結論され、証拠の確実性は高いと評価されている。
面白いのは、同じレビューが別のことも書いている点だ。中性脂肪はおよそ15%下がった。つまり、血液検査の数字は動く。動くけれども、その先の出来事は動かない。これがこの単位の骨である——数字が動くことと、身に起きることが減ることは、別々の話だ。
CRPは、原因ではなく掲示板だった
炎症を数字で見たいとき、いちばんよく使われるのがCRPである。この数字の性質を、2003年に Journal of Clinical Investigation へ出た総説が整理している。刺激が1回あると、血中の濃度はおよそ6時間で5 mg/Lを超え、48時間あたりで頂点に達する。上がり幅は最大で1万倍に届く。上げるものは、感染、けが、手術、組織の壊死、炎症性の病気、悪性腫瘍——ほぼ何でもだ。総説の言い方は率直である。CRPの値はそれだけでは診断にならず、他のすべての臨床所見と併せてしか読めない。
では、その数字を下げれば病気が減るのか。ここに、きれいな答えがある。2011年に BMJ へ出た国際共同研究は、15か国・47の研究から19万4,418人分のデータを集め、CRPと心疾患の関係を2通りに測った。ふつうに観察すると、CRPが1標準偏差ぶん高い人の心疾患のリスク比は1.33(1.23から1.43)だった。ところが、生まれつきCRPが高くなる遺伝的な違いで同じだけ高い人を見ると、リスク比は1.00(0.90から1.13)。何も上がらない。
論文の結論はこうだ——CRPの濃度そのものは、心疾患のささやかな原因ですらないと考えられる。CRPは火事を映す掲示板であって、火そのものではなかった。掲示板の数字を下げることと、火を消すことは、別の作業である。
時間・変化:火が消えるまでの3つの時間
火加減の話は、3つの時間に分けると見通しがよくなる。
第一に、点くまでの時間。刺激から数時間で、血中の指標は動き始める。ここは速い。
第二に、消えるまでの時間。急性の反応には、終わらせるための仕組みが備わっている。2019年の総説は、感染のあとに炎症を収束させる方向へ働く分子が作られることを挙げている。反応が始まることと、終わることは、別々に用意された作業である。
第三に、消えないまま続く時間。ここには数字が無い。何日続いたら慢性なのかも、どの値を超えたら危ないのかも、標準は決まっていない。売り文句がいちばん強く、証拠がいちばん薄いのが、この第三の時間である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、測れない対象に数値目標を置くことだ。物差しが決まっていないものは、下がったことも確かめられない。
第二の妨げは、代理の数字とアウトカムを取り違えることである。19万4,418人分のデータが示したのは、まさにその取り違えだった。中性脂肪が15%下がっても死亡は動かなかった、というレビューの結果も、同じ取り違えの裏返しである。
第三の妨げは、体感である。飲みはじめて調子がよくなったという報告は、たいてい正直な報告だ。ただし、体の中は自分では見えない。見えないものについての説明は、後から作られる。だから体感は、効いたかどうかの証拠には使えない——これはこの棚がくり返し戻ってくる場所である。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、欧米の中年以上を対象にした観察研究と、期間の短い無作為化試験で採られている。日本人を対象にした追試はほとんど見当たらない。そして観察研究で見えた関連は、健康な人ほどその習慣を持てる、という逆向きを排除できない。妊娠中の人、子ども、持病のある人、薬を飲んでいる人には、ここまでの数字はそのままは当てはまらない。
助けるのは、火加減そのものではなく、火加減を悪くする側の条件——眠れていない、動いていない、口の中が腫れている——を、いつもの生活の中で見つけておくことだ。この棚の下の層が整っていないと、上の層の手当ては効きにくい。
痛み、腫れ、熱、続く不調があるなら、読み物より受診が先である。 ここに書いたのは、健康情報の読み方であって、症状の扱い方ではない。
最初の一歩は3分。直近1か月で「なんとなく調子が悪い」と感じた日を1つ思い出し、その日に自分が原因だと考えたものを1行だけ書く。当たっているかどうかは、いま確かめなくてよい。
次の単位は 022「毒素回避」——ここでは体の内側の火加減を見た。その上に、外から毎日わずかに入ってきて、しかも自分では感じ取れないものの話を積む。
- Manson ら 2019(New England Journal of Medicine 380(1):23-32)のVITAL試験は、米国の2万5,871人を無作為に割り付け、追跡期間の中央値5.3年で追った。主要な心血管イベントはオメガ3脂肪酸の群386件、そうでない群419件、ハザード比0.92(95%信頼区間0.80から1.06)で有意差なし
- 同じVITAL試験で、がんの診断は820件と797件、ハザード比1.03(0.93から1.13)だった。33件と23件という件数の差が、5年・2万5千人ぶんの差である。相対の%だけを見ると差が大きく見え、絶対の件数に直すとこの大きさになる
- Furman ら 2019(Nature Medicine 25:1822-1832)は、健康を損なう慢性炎症が存在することを示すための標準的な指標は現在のところ存在しない、と書いている。急性炎症の指標をいくつか組み合わせるだけでは足りず、それを超える指標が必要だとも述べている
- Pepys & Hirschfield 2003(Journal of Clinical Investigation 111(12):1805-1812)によれば、CRPは刺激からおよそ6時間で5 mg/Lを超え、48時間あたりで頂点に達し、上がり幅は最大1万倍に達する。上げるものは感染・けが・手術・組織の壊死・炎症性疾患・悪性腫瘍で、値だけでは診断にならない
- C Reactive Protein CHD Genetics Collaboration 2011(BMJ 342:d548)は、15か国・47研究・19万4,418人(うち心疾患4万6,557人)で、観察上のリスク比は1標準偏差あたり1.33(1.23から1.43)、遺伝的にCRPが高い場合は1.00(0.90から1.13)と報告した。CRPは心疾患のささやかな原因ですらない可能性が高い
- Medzhitov 2008(Nature 454:428-435)は、感染と組織損傷を古典的な引き金とする急性炎症を、白血球と血漿タンパクを患部へ動員する適応的な反応として整理し、それとは別に、組織のストレスに応じて立ち上がる弱く長い反応が現代の慢性の病気に関わると論じた
- この棚の元になった資料の「オメガ3が炎症を抑制」という一文には出典が付いていない。関連を報告した観察研究は多いが、2万5,871人を5年追った無作為化試験では、心血管イベントでもがんでも差が出なかった
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 炎症は体に悪いものなので、下げれば下げるほどよい | 急性の炎症は、壊れた場所に人手と資材を送る修理の仕組みである(Medzhitov 2008, Nature 454:428-435)。問題は火が点くことではなく、感染も損傷も無いのに弱い反応が続くことのほうだ。しかも Furman ら 2019(Nature Medicine 25)は、その「続いている状態」を示す標準的な指標が現在のところ存在しないと書いている。下げる目標を置く前に、何を測るのかが決まっていない |
| オメガ3のサプリメントを飲めば炎症が抑えられ、心臓の病気を防げる | 米国の2万5,871人を無作為に割り付けたVITAL試験(Manson ら 2019, New England Journal of Medicine 380(1))では、追跡期間の中央値5.3年で主要な心血管イベントが386件と419件、ハザード比0.92(0.80から1.06)。がんの診断も820件と797件で差が無かった。観察研究で見えていた関連は、配って待つ形の試験では出なかった |
| CRPが高ければ、体の中で慢性炎症が起きている証拠になる | CRPは刺激からおよそ6時間で動き、感染・けが・手術・歯ぐきの炎症・悪性腫瘍など、ほぼ何によっても上がる非特異的な指標である(Pepys & Hirschfield 2003, Journal of Clinical Investigation 111(12))。さらに19万4,418人分のデータでは、観察上のリスク比1.33に対し、生まれつきCRPが高い人のリスク比は1.00だった(BMJ 342:d548, 2011)。掲示板であって、火ではない |
炎症という語の便利さは、ちょうどよい位置にあることだ。医学の語彙なので科学の匂いがし、しかし定義が決まっていないので何にでも掛かる。おかげで、下げると宣言することはできても、下がったと確かめられた人は誰もいない。掲示板の数字を眺めているうちに、掲示板を磨く商売だけが育った。
Q1. Manson ら 2019 のVITAL試験は、米国の ____ 人を無作為に割り付け、追跡期間の中央値5.3年で追った。主要な心血管イベントはオメガ3脂肪酸の群で ____ 件、そうでない群で ____ 件、ハザード比0.92(95%信頼区間0.80から1.06)で有意差は出なかった。穴埋め
Q2. 2011年にBMJへ出た19万4,418人の共同研究では、ふつうに観察するとCRPが1標準偏差ぶん高い人の心疾患のリスク比は ____ だったが、生まれつきCRPが高くなる遺伝的な違いを持つ人で見ると ____ だった。論文は、CRPの濃度そのものは心疾患の ____ ですらないと結論している。穴埋め
Q3. Pepys & Hirschfield 2003 によれば、CRPは単回の刺激からおよそ ____ 時間で 5 mg/L を超え、____ 時間あたりで頂点に達し、上がり幅は最大でおよそ ____ 倍に達する。穴埋め
Q4. 「慢性炎症を下げる」という言い方が、証拠の読み方として扱いにくいのはなぜか。本文が挙げた2つの理由を述べよ。一問一答
Q5. この単位が扱った「観察研究と無作為化試験のずれ」の説明として、本文の内容に合うものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。直近1か月のうち、「なんとなく調子が悪い」と感じた日を1日だけ思い出す。はっきりした病気の日ではなく、理由がよく分からないまま重かった日のほうがよい。まず、その日がいつごろだったかを1行で書く。次に、その日に自分がその不調の原因だと考えたものを1行で書く——寝不足、天気、食べたもの、仕事、何も思い当たらなかった、のどれでもよい。最後に、その原因を自分が何をもとに決めたのかを1行だけ添える(前にもそうだったから、誰かに聞いたから、なんとなく、など)。当たっているかどうかを、いま確かめる必要はない。誰にも見せなくてよい。痛み・腫れ・熱・続く不調があるなら、この課題より受診が先である。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Manson J.E. et al. (2019) 'Marine n−3 Fatty Acids and Prevention of Cardiovascular Disease and Cancer', New England Journal of Medicine 380(1):23-32 — www.natap.org
- C Reactive Protein Coronary Heart Disease Genetics Collaboration (2011) 'Association between C reactive protein and coronary heart disease: mendelian randomisation analysis based on individual participant data', BMJ 342:d548 — www.bmj.com
- Furman D. et al. (2019) 'Chronic inflammation in the etiology of disease across the life span', Nature Medicine 25:1822-1832 — www.uclastresslab.org
- Pepys M.B., Hirschfield G.M. (2003) 'C-reactive protein: a critical update', Journal of Clinical Investigation 111(12):1805-1812 — www.jci.org
- Medzhitov R. (2008) 'Origin and physiological roles of inflammation', Nature 454:428-435 — www.nature.com
- Abdelhamid A.S. et al. (2020) 'Omega-3 fatty acids for the primary and secondary prevention of cardiovascular disease', Cochrane Database of Systematic Reviews CD003177.pub5 — www.cochrane.org