1日1万歩は、日本で1965年に売り出された歩数計の名前から始まった
体は、使わない機能から先に手放す。だからといって、増やせば増やすほど得になるわけでもない。この二つのあいだに、売りやすい数字が1つ挟まっている。
前の単位では、8時間という数字を推奨している合意声明が見つからないことを見た。ここではその上に、体を動かす側の数字を置く。こちらにも1つ、有名な数字が待っている。
体は、使わない機能から先に手放す
まず、動かさないと何が起きるかから見ておく。
2013年に The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism へ出た実験は、健康な若い男性12人(24±1歳)の片脚を、14日間だけ固定した。もう一方の脚は普段どおりに使う。両脚を比べれば、日常生活の他の条件を揃えたまま、使わないことの効果だけを取り出せる。
14日後、固定した側の大腿四頭筋の断面積は 8.4%±2.8% 減り、筋力は 22.9%±2.6% 落ちた。断面積の減り方より、筋力の落ち方のほうが2倍以上大きい。さらに、たんぱく質をとった後に筋が作られる反応も 31%±12% 鈍っていた。材料を入れても、以前ほど使われなくなっている。
体は、使っていない機能の維持費を、静かに削る。ただしこれはギプスで完全に固定した実験であり、健康な若い男性12人という小さな標本の話である。日常の活動が減ることと同じではない。方向だけを持ち帰る。
値切り:1日1万歩は、どこから来たのか
では、どれだけ動けばいいのか。ここで1万歩が出てくる。
2004年に Sports Medicine へ出た総説が、この数字の出どころを書いている。「A value of 10 000 steps/day is gaining popularity with the media and in practice and can be traced to Japanese walking clubs and a business slogan 30+ years ago.」——1日1万歩という値は、日本の歩く会と、30年以上前の商売の売り文句にさかのぼれる、と。
続く記述はもっと具体的だ。同じ総説は、日本の研究者が2001年に米国スポーツ医学会の年次大会で行った説明を引いている。「According to Dr Hatano, a pedometer came onto the Japanese commercial market in 1965 under the name of manpo-kei (literally translated, 'ten thousand steps meter').」——日本では1965年に、1万歩を数える計器という意味の名前をつけた歩数計が発売された。
つまり1万歩は、査読された研究から出た基準ではない。商品の名前である。査読誌でこの基準の由来を探しても、根拠となる一次情報にはたどり着けない。たどり着けるのは、この数字が商業的な由来を持つと述べている総説のほうだ。2022年に The Lancet Public Health へ出たメタ分析も、冒頭でこう書いている——「Although 10 000 steps per day is widely promoted to have health benefits, there is little evidence to support this recommendation.」
目標の数字は、売り物の名前として先に決まり、研究は後から追いついた。
研究は、どこまで追いついたか
追いついた結果は、1万歩を支持していない。
2019年に JAMA Internal Medicine へ出た研究は、米国の高齢女性16,741人(平均72.0±5.7歳)に加速度計を着けてもらい、平均4.3年追跡した。歩数の平均は1日5,499歩、死亡は504件。歩数を4つの群に分けると、最も少ない群(平均2,718歩)に対して、平均4,363歩の群のハザード比が 0.59(95%信頼区間 0.47〜0.75)。ここですでに大きく下がっている。以降は 0.54(5,905歩)、0.42(8,442歩)と、下がり方が緩む。論文はこう書いている——ハザード比は歩数が多いほど下がっていくが、およそ7,500歩あたりで横ばいになった。
頭打ちの位置は、対象によって動く。2022年のメタ分析は15の集団・47,471人・死亡3,013件(追跡期間の中央値7.1年)を集計し、60歳以上ではおよそ6,000〜8,000歩、60歳未満ではおよそ8,000〜10,000歩あたりで、リスクの下がり方が緩むと報告した。四分位の中央値でみると、3,553歩に対して5,801歩で 0.60(0.51〜0.71)、7,842歩で 0.55(0.49〜0.62)、10,901歩で 0.47(0.39〜0.57)。
いっぽう2020年に JAMA へ出た米国の研究(40歳以上の4,840人、追跡10.1年、死亡1,165件)では、4,000歩と比べて8,000歩でハザード比 0.49(0.44〜0.55)、12,000歩で 0.35(0.28〜0.45)と、はっきりした横ばいは見えていない。
3つを並べると、言えることと言えないことが分かれる。言えるのは、少ないところから増えた最初の区間の差がいちばん大きいということ。 言えないのは、頭打ちがどこにあるかである。そして、どの研究も1万歩という区切りを支持していない。 1万歩は、多い側の群のたまたまの平均値として出てくるだけである。
なお、これらはいずれも観察研究である。歩数を割り付けた実験ではないので、歩数が死亡率を下げたとは言えない。よく歩ける人はもともと健康だ、という向きが常に残る。
速さより、合計
もうひとつ、売り文句になりやすいのが速さである。2020年の米国の研究は、歩数の合計を考慮に入れたうえで、歩く速さ(1分あたりの歩数)と死亡率の関連を調べた。速さの上位群と下位群のハザード比は 0.90(0.65〜1.27)で、傾向の検定でも差は見えなかった。 効いていたのは合計のほうだった。
目安の数字は、範囲として置かれている
公的な目安もある。世界保健機関が2020年に出した身体活動と座位行動の指針は、成人について中強度で週150〜300分、高強度で週75〜150分、またはその組み合わせを挙げ、あわせて筋を使う活動を勧めている。座っている時間を減らすことも勧められているが、どこからが長すぎるかを数量化するには証拠が足りないと明記されている。
この指針は幅で書かれている。1つの数字ではない。そして指針そのものが、少しでも動くことは何もしないよりよいという書き方をしている。目標を1点に決めているのは、指針ではなく、その要約のほうである。
時間・変化:商品名が基準になるまで
1965年、日本で商品名が付く。1990年代から2000年代にかけて、その数字が各国の啓発活動の合言葉になる。2001年、日本の研究者が国際学会でその由来を説明する。2004年、総説が「商業的な由来」と明記する。2010年代に加速度計が普及し、実際の歩数と死亡率の関係が測られはじめる。2019年から2022年にかけて、頭打ちは1万歩より手前にあるという報告が並ぶ。2022年のメタ分析は、1万歩を支持する証拠は乏しいと冒頭に書く。
それでも1万歩は生き残っている。基準として便利だからである。 覚えやすく、切りがよく、計器がその数を表示する。研究のほうが後から来ても、先に置かれた数字は動かない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、目標が高すぎて、届かない日を失敗として数えてしまうことである。1万歩を基準にすると、4,000歩の日は失敗になる。だが研究が示しているのは、その4,000歩あたりの区間こそ差が大きいということだ。基準の置き方ひとつで、同じ一日が成功にも失敗にもなる。
ここでこの棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、ほぼすべて欧米の中年以上を対象にした観察研究から採られている。加速度計は歩数を推定しているのであって、直接数えているわけではない。日本人を対象にした追試はほとんど無い。そして観察研究で見えた関連は、健康な人ほどその習慣を持てる、という逆向きを排除できない。加えて、ここに出てくる数字はいずれも一般成人集団の平均であり、妊娠中の人・子ども・持病のある人・薬を飲んでいる人にそのまま当てはめることはできない。動くと痛みや息苦しさが出るときは、量の話より先に、医療の側で診てもらうほうが早い。
助けるのは、歩数ではなく区間で数えることである。何歩かは計器にしか分からないが、どこからどこまで歩いたかは自分で言える。区間なら、少ない日でも0にはなりにくい。
最初の一歩は5分。今日の移動のうち、歩いた区間を思い出せるだけ書き出し、その件数を数える。計器の数字は使わない。0件でも構わない——0件だったという事実のほうが、8,000という数字より自分についての情報を持っている。
次の単位は 021「炎症制御」——ここまでの4つで、体に入るものと出るものを見た。次からは階を1つ上がって、その体が置かれている環境と、体の側の反応の話になる。動かさないことも、動かしすぎることも、同じ一つの仕組みの火加減として現れる。
- Wall ら 2013(The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 98(12))は健康な若い男性12人(24±1歳)の片脚を14日間ギプスで固定し、大腿四頭筋の断面積が 8.4%±2.8%、筋力が 22.9%±2.6% 減り、たんぱく質摂取後に筋が作られる反応が 31%±12% 鈍ることを示した。断面積の減りより筋力の落ちのほうが2倍以上大きい。ただし完全な固定であり、日常の活動が減ることと同じではない
- 1日1万歩の出どころは査読された研究ではない。Tudor-Locke & Bassett 2004(Sports Medicine 34(1))は、この値が日本の歩く会と30年以上前の商売の売り文句にさかのぼれると書き、日本では1965年に、1万歩を数える計器という意味の名前をつけた歩数計が発売されたと記している
- 2022年のメタ分析は冒頭で、1日1万歩は健康によいと広く宣伝されているが、この推奨を支持する証拠はほとんどないと述べている。目標の数字は売り物の名前として先に決まり、研究は後から追いついた
- Lee, Shiroma ら 2019(JAMA Internal Medicine 179(8))は米国の高齢女性16,741人(平均72.0±5.7歳、平均1日5,499歩)を平均4.3年追跡し、死亡504件。最も少ない群(平均2,718歩)に対して、平均4,363歩の群のハザード比は 0.59(95%信頼区間 0.47〜0.75)、5,905歩で 0.54、8,442歩で 0.42。ハザード比はおよそ7,500歩あたりで横ばいになった
- Paluch ら 2022(The Lancet Public Health 7(3))は15の集団・47,471人・死亡3,013件(追跡中央値7.1年)を集計し、3,553歩を基準に5,801歩で 0.60、7,842歩で 0.55、10,901歩で 0.47。下がり方が緩むのは60歳以上でおよそ6,000〜8,000歩、60歳未満でおよそ8,000〜10,000歩だった
- Saint-Maurice ら 2020(JAMA 323(12))は米国の40歳以上4,840人を10.1年追跡し(死亡1,165件)、4,000歩と比べて8,000歩でハザード比 0.49(0.44〜0.55)、12,000歩で 0.35(0.28〜0.45)。いっぽう歩く速さは、歩数の合計を考慮すると死亡率と有意に関連しなかった(上位群対下位群 0.90、0.65〜1.27、傾向の検定 P=.34)。効いていたのは合計のほうだった
- 世界保健機関の2020年の指針(Bull ら, British Journal of Sports Medicine 54(24))は、成人について中強度で週150〜300分、高強度で週75〜150分、またはその組み合わせを挙げ、筋を使う活動も勧めている。座位時間についてはどこからが長すぎるかを数量化するには証拠が足りないと明記し、少しでも動くことは何もしないよりよいと述べる。指針は1点ではなく幅で書かれている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 1日1万歩は、研究で確かめられた健康の基準である | 査読された研究から出た基準ではない。2004年に Sports Medicine へ出た総説は、この値が日本の歩く会と30年以上前の商売の売り文句にさかのぼれると明記し、日本では1965年に1万歩を数える計器という意味の名前の歩数計が発売されたと記している。2022年のメタ分析も冒頭で、1万歩を支持する証拠はほとんどないと述べている。目標の数字は、売り物の名前として先に決まった |
| 歩数は多ければ多いほど効果が上がっていく | 米国の高齢女性16,741人の研究では、最も少ない群(平均2,718歩)に対して平均4,363歩の群でハザード比 0.59、5,905歩で 0.54、8,442歩で 0.42と、下がり方はしだいに緩み、およそ7,500歩あたりで横ばいになった。2022年のメタ分析では緩む位置が60歳以上でおよそ6,000〜8,000歩、60歳未満でおよそ8,000〜10,000歩。頭打ちの位置は研究によって動くが、下がり方の大半が最初の区間で出ている点は共通している。なお、いずれも観察研究であり、歩数が死亡率を下げたとは言えない |
| 同じ歩数なら、速く歩いたほうが効く | 2020年に JAMA へ出た米国の研究は、1日の歩数の合計を考慮に入れたうえで歩く速さと死亡率の関連を調べ、速さの上位群と下位群のハザード比を 0.90(95%信頼区間 0.65〜1.27)、傾向の検定で P=.34 と報告した。速さのほうには関連が見えず、効いていたのは合計のほうだった |
1万歩には、目標として理想的な性質がある。誰にでも同じ数字で言えて、計器が勝手に数えてくれて、しかも達成できなかった日は本人の努力の問題にできる。研究のほうは、4,400歩あたりで差の大半が出ていて、その先は緩やかだと言っている——つまり、いちばん効いている区間は、目標を掲げるほどの大きさではないところにある。皮肉なのは、1965年に商品名を付けた人が、半世紀後の論文よりも先に、覚えやすい数字の力を正しく見積もっていたことである。あちらは売るために選び、こちらは測るのに10年かかった。
Q1. 米国の高齢女性16,741人(平均72.0歳)を平均4.3年追跡した2019年の研究では、最も少ない群(平均2,718歩)に対して平均 ____ 歩の群のハザード比が ____ だった。ハザード比はおよそ ____ 歩あたりで横ばいになった。穴埋め
Q2. 1日1万歩という数字の出どころについて、原典で確かめられることを、国と年を添えて答えよ。一問一答
Q3. Paluch ら 2022(15の集団・47,471人)が報告した、リスクの下がり方が緩む位置として正しいものはどれか。選択
Q4. 歩く速さと死亡率について、2020年に JAMA へ出た米国の研究(40歳以上4,840人)が報告したこととして正しいものはどれか。選択
Q5. 1万歩という数字をめぐる出来事を、古い順に並べよ。(総説が商業的な由来を明記/メタ分析が支持する証拠は乏しいと書く/日本で1万歩を数える計器という意味の名前の歩数計が発売される/加速度計の観察研究がおよそ7,500歩での頭打ちを報告)並べ替え
紙かメモアプリを開く。今日の移動を思い出し、そのうち自分の足で歩いた区間を、思い出せるだけ書き出す。玄関から角まで、駅の構内、部屋から部屋へ——長さは問わない。1行に1区間、行き先の名前は書かなくてよい。書けたら件数を数え、数字だけを記録する。歩数計やアプリの数字は使わない。思い出せない区間は数えなくてよく、0件でも構わない。今日これから歩きに行く必要はなく、あくまで思い出して数えるだけの作業である。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Tudor-Locke C., Bassett D.R. Jr. (2004) 'How Many Steps/Day Are Enough? Preliminary Pedometer Indices for Public Health', Sports Medicine 34(1):1-8 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Lee I-M., Shiroma E.J., Kamada M., Bassett D.R., Matthews C.E., Buring J.E. (2019) 'Association of Step Volume and Intensity With All-Cause Mortality in Older Women', JAMA Internal Medicine 179(8):1105-1112 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Paluch A.E., Bajpai S., Bassett D.R. et al. (2022) 'Daily steps and all-cause mortality: a meta-analysis of 15 international cohorts', The Lancet Public Health 7(3):e219-e228 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Saint-Maurice P.F., Troiano R.P., Bassett D.R. et al. (2020) 'Association of Daily Step Count and Step Intensity With Mortality Among US Adults', JAMA 323(12):1151-1160 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Wall B.T., Snijders T., Senden J.M.G. et al. (2013) 'Disuse Impairs the Muscle Protein Synthetic Response to Protein Ingestion in Healthy Men', The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism 98(12):4872-4881 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Bull F.C., Al-Ansari S.S., Biddle S. et al. (2020) 'World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour', British Journal of Sports Medicine 54(24):1451-1462 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov