「学ぶ力」を測ったことになっている数字は、研究開発費を売上で割ったものだった
外から知識を取り込む力のことを、吸収能力という。原典に当たると、この論文が実際に数字として扱っているのは、自社が負担した研究開発の支出を売上で割った割合である。学ぶ力ではなく、支出である。
前の単位では、前提を問い直したという判定が、後からしか下せないことを見た。ここではその上に、外から来たものをそもそも受け取れるかどうかという、もっと手前の条件を置く。
号令は、いちばん効かない相手に向けて出される
この領域の中心にある主張は、単純で、そして少し意地が悪い。外の知識を取り込める量は、すでに中にある関連した知識の量で決まる。知っている分野の新しい話は、価値にすぐ気づけて、取り込みも速い。何も知らない分野の話は、目の前を素通りする。
この主張が正しいとすると、困ったことが起きる。外を見よう、という号令がいちばん効かないのは、外の話に引っかかる下地がまだ無い相手である。号令は、効く相手には要らず、要る相手には効かない。
だからこの単位で確かめるのは、この主張の当否ではない。この主張を支えていることになっている数字が、実際には何を測っているかである。
原典が数字として扱っているもの
1990年に Administrative Science Quarterly へ出た論文が、この概念の原典である。定義はこう置かれている——新しく外にある情報の価値を認識し、それを取り込み、商業的な目的に応用する企業の能力。
ここまでは、たしかに広い意味の「学ぶ力」に読める。だが原典の後半、実際にデータを当てはめる段になると、扱われているものが変わる。使われたのは、米国の製造業について研究開発の管理者から集められた調査と、連邦取引委員会が集めていた事業単位ごとの経営データである。318社・1,719の事業単位・151の事業分野、1975年から1977年。そして中心に置かれた変数は、自社が負担した研究開発の支出を、その事業単位の売上に対する割合で表したものだった。
つまりこの論文が数字として扱っているのは、研究開発への支出の多さである。学ぶ力という言葉から普通に想像されるもの——読む、聞く、思い出す、つなぐ——は、この数字のどこにも入っていない。原典が悪いのではない。原典は製造業の研究開発投資を説明しようとしていた。言葉のほうが、その後ひとりで広がったのである。
値切り:289本が共有していた5つの前提
2006年に Academy of Management Review へ出たレビューが、その広がり方を調べている。集められたのは、14の学術誌に載った289本の吸収能力の論文である。レビューはそれらを詳しく分析し、この分野の研究が5つの決定的な前提に駆動されていること、その結果として概念がそれ自体で実在するもののように扱われるようになったこと、そしてその扱いがこの領域の研究をかえって行き詰まらせたことを論じた。
ここで断っておく。この棚は当初、引用した論文の件数と、そのうち実際に概念を掘り下げていた件数を並べて示すつもりだった。原典に当たったところ、確かめられたのは14誌・289本という分母と、5つの前提と実体化という結論までである。掘り下げた件数の内訳は、原典の表に当たれる範囲では確認できなかった。確認できなかった数字は書かない。そのかわりに書けるのは、分母の側の話である——289本が同じ5つの前提を共有していたということは、289回別々に検討されたのではなく、289回同じものが前提として受け渡されたということだ。
概念のほうも、途中で作り直されている
2002年に同じ誌へ出た論文は、この概念を潜在的な吸収能力と実際に発揮される吸収能力の2つに分けて定義し直した。外の知識を手に入れて自分のものにするところまでが前者、それを変換して実際に使うところが後者である。両者が競争上の優位にどう効くかを分けて考えるべきだ、という提案だった。
ただしこれも概念の提案であって、効果の検証ではない。手に入れる側だけが高くて使う側が低い状態がある、という指摘は有益だが、それが実際にどれくらいの頻度で起きているかは、この論文には書かれていない。
2010年に Organization Science へ出た総括はもっと率直である。1990年の論文から19年後、この領域は理論の立場も実証の蓄積も豊富になったが、書誌の地図を描いてみると3つの偏りが見えた——関心が目に見える成果の側に集まりすぎていること、組織の設計と個人の水準の先行条件が手薄なままであること、そして個人・組織・組織間のふるまいから、この能力がどう立ち上がってくるのかが不明のままであることである。
2017年に International Business Review へ出た書誌計量の研究は、25年分の文献を共引用で整理し、336本を一方の道具で、2,088本をもう一方の道具で分析して、5つの研究の流れを描き出した。量は疑いなく増えている。増えたぶんだけ、元の定義から離れた使われ方も混ざっている。
値切ったあとに残るもの
言葉の使われ方を値切っても、下地が効くという関連そのものが消えるわけではない。
2009年に Research Policy へ出た研究は、スペインの2,265社について、2000年と2002年の企業革新調査のデータを使った。ここでの吸収能力は、支出だけではない。社内の研究開発費、常設の研究開発部門があるかどうか、研究開発に関する訓練を行っているか、従業員に占める研究者の割合——この4つをまとめて1つの指標にしている。
結果として、外から流れ込む知識と吸収能力の掛け合わせの項が、正の向きで強く有意だった。外の知識が革新に効く度合いは、受け取る側の下地に大きく依存する。しかもこの依存は、環境の変化が速い業種や、権利の保護が強い業種でとくにはっきりしていた。
下地が効く、という主張は生き残る。生き残らないのは、その下地を研究開発費だけで代表させてよい、という部分である。
時間・変化:言葉が広がるときに落ちるもの
1990年の定義、2002年の分割、2010年の総括、そして日常の言い回し。並べると、落ちていくものの順番が見える。
最初に落ちるのは対象である。製造業の事業単位という限定は、早い段階で消える。次に落ちるのが測り方だ。研究開発費の割合という中身は、学ぶ力という言い換えに置き換わる。最後に残るのは、知っているほど学べるという短い一文になる。この一文は間違ってはいない。ただ、それを支えている数字が何であったかは、もうどこにも書かれていない。
逆向き——限定が増える方向——には、まず動かない。だから概念の名前を見たら、悪意を探すより、この論文はそれを何で測ったのかという一行を探すほうが早い。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、外の情報の量を増やすこと自体を目的にすることである。下地が無いところに量を足しても、素通りする量が増えるだけだ。第二の妨げは、受け取れなかったことを、受け取る側の意欲の問題として説明することである。原典が示していたのは意欲ではなく、すでに中にあるものの量だった。
標本の偏りを断っておく。ここまでの数字は、米国の製造業、スペインの企業革新調査、そして欧米の経営学の文献に偏っている。30人規模の組織を対象にした研究はほとんど無く、日本の企業を対象にした同種の追試も見当たらない。指標の多くは企業の会計や調査票から採られたもので、個人が何をどう受け取ったかを直接測ったものではない。そして、こうした横断的な調査で見えた関連は、学ぼうとする人ほど学ぶ機会を得やすい、という逆向きを排除できない——研究開発に多く出せる企業ほど外の知識に触れる機会も多く、原因と結果を分けられない。
助けるのは、受け取れたものの隣に、それが引っかかった相手を書いておくことである。何に引っかかったかが残っていれば、次に何を足せばいいかが見える。
最初の一歩は3分。直近1か月で外から仕入れた知識を1件だけ選び、それを理解できたのは自分の中にすでに何があったからかを、1行だけ書く。思い当たらなければ「思い当たらない」と書く。それは下地が無かったという意味ではなく、まだ探していないという意味である。
次の単位は 208「メタ学習能力(学び方の学び)」——ここでは、受け取る力を測ったことになっている数字が、別のものを測っていたことを見た。その上に、学び方そのものについて信じられている数字を置いて、この棚を閉じる。
- Cohen & Levinthal 1990(Administrative Science Quarterly 35(1):128-152)は吸収能力を「新しく外にある情報の価値を認識し、取り込み、商業的な目的に応用する企業の能力」と定義したが、実際に数字として扱ったのは自社が負担した研究開発の支出を事業単位の売上に対する割合で表したものである
- 同論文が使ったデータは、米国の製造業の研究開発管理者から集めた調査と、連邦取引委員会の事業単位別の経営データで、318社・1,719の事業単位・151の事業分野、1975年から1977年である。読む・聞く・思い出す・つなぐといった意味での学ぶ力は、この数字に入っていない
- Lane, Koka & Pathak 2006(Academy of Management Review 31(4):833-863)は14の学術誌に載った289本の吸収能力論文を詳しく分析し、この分野が5つの決定的な前提に駆動されていること、その結果として概念が実体のように扱われるようになり、研究がかえって行き詰まったことを論じた
- Zahra & George 2002(Academy of Management Review 27(2):185-203)は、外の知識を手に入れて自分のものにする潜在的な吸収能力と、それを変換して実際に使う実現された吸収能力に分けて定義し直した。ただしこれは概念の提案であって、効果の検証ではない
- Volberda, Foss & Lyles 2010(Organization Science 21(4):931-951)は1990年の論文から19年後の書誌の地図を描き、関心が目に見える成果に集まりすぎていること、組織の設計と個人の水準の先行条件が手薄なこと、この能力が個人・組織・組織間のふるまいからどう立ち上がるかが不明のままであることの3つの偏りを指摘した
- Apriliyanti & Alon 2017(International Business Review 26(5):896-907)は25年分の文献を共引用で整理し、一方の道具で336本、もう一方で2,088本を分析して5つの研究の流れを描いた。量が増えたぶんだけ、元の定義から離れた使われ方も混ざっている
- Escribano, Fosfuri & Tribó 2009(Research Policy 38(1):96-105)はスペインの2,265社について2000年と2002年の企業革新調査を用い、社内の研究開発費・常設の研究開発部門の有無・研究開発の訓練・研究者比率の4つをまとめた指標を使った。外部からの知識の流入と吸収能力の掛け合わせの項は正の向きで強く有意だった
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 吸収能力の研究は、組織が新しいことを学ぶ力を測っている | 1990年に Administrative Science Quarterly へ出た原典が数字として扱っているのは、自社が負担した研究開発の支出を、その事業単位の売上に対する割合で表したものである。データは米国の318社・1,719の事業単位・151の事業分野、1975年から1977年。原典は製造業の研究開発投資を説明しようとした論文であって、読む・聞く・思い出す・つなぐという意味での学ぶ力を測ったものではない。広い言葉のほうが、その後ひとりで広がった |
| 外の知識に触れる機会を増やせば、組織は学ぶようになる | この領域の中心的な主張は逆向きである。外の知識を取り込める量は、すでに中にある関連した知識の量で決まる。したがって、外を見ようという号令がいちばん効かないのは、外の話に引っかかる下地がまだ無い相手になる。2009年に Research Policy へ出たスペインの2,265社の研究でも、外から流れ込む知識と受け取る側の下地の掛け合わせの項が正の向きで強く有意で、外の知識が効く度合いが下地に依存していた。量を足すだけでは、素通りする量が増える |
| この概念は繰り返し検証されて確立している | 検証されたものと提案されたものが混ざっている。2002年の潜在/実現の分割は概念の提案であって効果の検証ではない。2006年のレビューは14誌289本を調べて、この分野が5つの前提に駆動され、概念が実体のように扱われるようになったと論じた。2010年の総括は、19年たっても、この能力が個人・組織・組織間のふるまいからどう立ち上がるかは不明のままだと書いている。確かめられているのは、下地が効く、という向きまでである |
吸収能力という言葉には、たいへん都合のよい性質がある。学ぶ力のことだと読めば感動的で、研究開発費の割合のことだと読めば計算できる。この二つは同じ紙の上に並んでいて、引用のたびに、感動的なほうだけが運ばれていく。皮肉なのは、この概念がいちばん正確に説明しているのが、他ならぬ自分自身の広がり方だということである。中身をよく知らない読み手ほど、元の定義に引っかからずに通り過ぎる。素通りした量が、そのまま引用数になった。
Q1. 1990年に Administrative Science Quarterly へ出た吸収能力の原典が、実際に数字として扱っているのは、自社が負担した ____ の支出を、その事業単位の ____ に対する割合で表したものである。データは米国の318社・____ の事業単位・151の事業分野、1975年から1977年だった。穴埋め
Q2. 2006年に Academy of Management Review へ出たレビューが調べた範囲と結論として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q3. 2010年に Organization Science へ出た総括が指摘した3つの偏りに含まれないものはどれか。選択
Q4. 2009年に Research Policy へ出たスペインの2,265社の研究について、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. この概念が広がる過程で、何がどの順番で落ちていくと本文は述べているか。3つ挙げて説明せよ。一問一答
紙かメモアプリを開く。直近1か月で社外から仕入れた知識を1件だけ選ぶ。読んだ記事でも、聞いた話でも、動画でも、講座でもよい。それを1行で書いたら、その下にもう1行だけ書く——それを理解できたのは、自分の中にすでに何があったからか。過去にやった仕事、前に読んだもの、まったく別の分野の経験、どれでもよい。思い当たらなければ「思い当たらない」と書く。それは下地が無かったという意味ではなく、まだ探していないという意味である。組織に所属していない場合は、社外という言葉を、自分がふだん扱っている範囲の外、と読み替えてよい。誰にも見せなくてよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Cohen W.M., Levinthal D.A. (1990) 'Absorptive Capacity: A New Perspective on Learning and Innovation', Administrative Science Quarterly 35(1):128-152 — josephmahoney.web.illinois.edu
- Lane P.J., Koka B.R., Pathak S. (2006) 'The Reification of Absorptive Capacity: A Critical Review and Rejuvenation of the Construct', Academy of Management Review 31(4):833-863 — journals.aom.org
- Zahra S.A., George G. (2002) 'Absorptive Capacity: A Review, Reconceptualization, and Extension', Academy of Management Review 27(2):185-203 — ink.library.smu.edu.sg
- Volberda H.W., Foss N.J., Lyles M.A. (2010) 'PERSPECTIVE—Absorbing the Concept of Absorptive Capacity: How to Realize Its Potential in the Organization Field', Organization Science 21(4):931-951 — pubsonline.informs.org
- Apriliyanti I.D., Alon I. (2017) 'Bibliometric analysis of absorptive capacity', International Business Review 26(5):896-907 — ideas.repec.org
- Escribano A., Fosfuri A., Tribó J.A. (2009) 'Managing external knowledge flows: The moderating role of absorptive capacity', Research Policy 38(1):96-105 — www.sciencedirect.com