5、10、20、30、50、75、90——測定から出た数字は、こんなにきれいには並ばない
人に教えると90%残る、という数字がある。出どころを尋ねられた発行元は、正確だと信じているが、それを裏づける元の研究はもう手元になく、見つけることもできない、と答えた。それでも数字は残った——端数が一つも無いからである。
前の単位では、受け取る力を測ったことになっている数字が、実際には研究開発の支出だったことを見た。ここでは、学び方そのものについて信じられている数字を置く。個人の勉強法——覚え方、復習の間隔、思い出す練習——は学業の棚の持ち場なので踏み込まない。ここで扱うのは、組織が自分たちの学び方について信じていることである。
端数が一つも無い
研修の資料でいちばんよく見かける図が、これである。読んだことの10%、講義で聞いたことの5%、視聴覚で見たことの20%、実演を見たら30%、話し合ったら50%、実際にやってみたら75%、人に教えたら90%が残る。七段の三角形に積まれ、下へ行くほど数字が大きい。
最初に見るべきなのは、数字の中身ではない。並び方である。5、10、20、30、50、75、90。すべて5の倍数で、しかも上から下へきれいに増えていく。
実際に人の記憶を測ると、こうはならない。測定から出る数字には端数が付く。集団によって、課題によって、測る時期によって上下する。信頼区間が付く。7つ並べて全部が5の倍数になる確率は、測定の側からは出てこない。端数が無いことは、精度が高い徴候ではなく、そもそも測っていない徴候である。
出どころを尋ねた人たちがいる
2007年、米国の教育学の雑誌 Education に載った論文が、この図の裏づけを探した。著者たちは、この数字を掲げている団体に直接問い合わせている。返ってきた答えが、そのまま論文に引かれている——その数値は正確だと考えているが、それを裏づける元の研究はもう手元になく、見つけることもできない。
同じ論文は、この図がしばしば1946年に示された経験の円錐に結びつけられることにも触れ、もとの円錐は学び方を連続した幅として並べたものであって、定着率の順位表ではないと指摘している。そして結論はこうだ——この図を裏づける、特定できる信頼に足る研究は見つからなかった。さらに、どの方法にもそれぞれの定着があり、どれか一つが一貫して優れているわけではないとも書いている。
160年さかのぼっても、実証は出てこない
2018年、Cogent Education に出た研究が、起源そのものをさかのぼった。電子化された図書館を横断して検索した結果、この種のモデルの版は160年以上前から存在していたことが分かった。そして——それらは実証研究から生まれたものではなかった。
この研究が扱っているのは、一つの図ではない。ラーニングピラミッドと呼ばれることのあるモデルの一群である。同じ名前のもとで、数字も項目も違う版がいくつも流通してきた。そして、そのどれについても——どこから生まれたのか、実証の裏づけがあったのかを、誰も知らない。これがこの研究の出発点に置かれた一文である。
同じ研究は、もう一つ本質的なことを書いている。現在のラーニングピラミッドは認知心理学の発展についてこられておらず、そこに含まれている記憶の捉え方は、今日の理解とはかなり違う。
学術の中でも、広まっていた
これが研修の資料だけの話なら、まだ分かる。だが2016年に Journal of Curriculum Studies へ出た研究は、学術文献のなかでの広まり方を調べた。対象は、裏づけの無い定着率の俗説の一群——その一部が、ラーニングピラミッドと呼ばれているものである。
結果として、これらの俗説は学術出版のなかで広く流布し、相当の信用を得ていた。研修の資料の中だけの話ではなかった、ということである。
研究の側は、この状態を「学術の文脈で未検証の主張を広めることは、教育の政策と実践についての議論そのものを損なう危険がある」と書いている。査読を通っていることは、その一文が確かめられたことを意味しない。
批判が、批判した説の根拠として引かれる
では、批判すれば直るのか。この図そのものについて、それを確かめた研究がある。2020年に Medical Education へ出た調査は、2013年に出た批判的レビューのあと、医学教育の文献でこの図の引用がどう変わったかを、同じ手順で調べ直した。対象は2012年9月から2018年4月まで。初期検索の992件から、条件に合う41件が残った。見つかった傾向はこうである——引用は劇的に増えており、新しい出どころが使われ始め、この図への反証が、この図を支える材料として使われ、弱さを認めた研究者でさえなお引用している。結論の一文は、2013年のレビューにもかかわらず状況は悪化した、である。
同じことは、別の俗説でも数えられている。起源を掘り起こした著者たちが2019年に PLoS ONE で調べたのは、ホーソン効果と呼ばれる別の俗説である。学習ピラミッドの話ではない。だが、そこで測られた引用のふるまいは、いま見たものとそのまま重なる。
調べたのは、その俗説を否定した3本の批判論文を引用した合計613本である。内訳は、468本が当の説を支持し、40本が否定的、105本が中立だった。およそ12対1である。批判論文を引いておきながら、その批判が否定したはずの説を支持する材料として使っている論文が、大量にあった。
つまり、否定は引用されるが、否定として運ばれない。批判が広まるほど、批判された説の名前も一緒に広まる。ここまでこの棚が何度か触れてきた、限定の語がいちばん先に落ちる、という現象の、いちばん極端な形である。
代表文献の種類を分けておく
学び方の学びという主題では、二つの文献が代表として挙がることが多い。ひとつは1972年の論文集で、学習の水準が階層として語られている。これは書籍である。もうひとつは1991年に経営の実務誌に載った記事で、優秀な人ほど自分の前提を疑いにくい、という論旨のものだ。これは実務誌の記事であって、査読を経た研究論文ではない。
どちらも読む価値はある。ただ、そこにあるのは主張であって、効果の測定ではない。
訓練そのものに投じられている額は小さくない。2012年に Psychological Science in the Public Interest へ出た総説は、米国の組織が従業員の訓練に年間およそ1,350億ドルを投じていると述べている。その支出の傍らに置かれている図の出どころが、こういう状態だということである。
時間・変化:数字が整っていく順番
並べてみると、変化の向きは一定である。最初にあるのは、割合の付かない言い回しだった——読むより聞くほうが、聞くより自分でやるほうが残る。次に数字が付き、同じ名前のもとで版がいくつも枝分かれする。そして三角形という形が与えられる。形が与えられた瞬間、それは順位表になった。最後に、その図は学術文献のなかへ入り、批判が出たあとも引用が増えていった。
逆向きには、まず動かない。数字が付いた図から数字が外れることは、まず起きない。だから学び方についての図を見たら、悪意を探すより、端数があるかどうかを見るほうが早い。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、この数字を人に教える理由として使うことである。人に教えると自分の理解が進む、という経験そのものは否定されていない。否定されているのは、それが90%だという数字のほうだ。第二の妨げは、否定を読んだのに、名前だけを覚えてしまうことである。613本の集計が示したのは、まさにそれだった。
標本の偏りを断っておく。ここまでの検討は、英語の学術文献と英語圏の教育・研修の資料を対象にしたものである。日本語の資料のなかでこの図がどれだけ流通しているかを数えた研究は見当たらない。そして、この棚の他の単位と同じく、学ぼうとする人ほど学ぶ機会を得やすい、という逆向きを排除できない——研修に出られる人も、資料を読む時間がある人も、はじめから偏っている。
助けるのは、図を見たときに端数を探すという一手である。端数が無ければ、それは測定ではない。
最初の一歩は5分。この棚を読んで自分の学び方について変えようと思ったことを1件だけ書き出し、その根拠が数字だったのか、言われ方だったのかに印を付けて、書いたものを一度だけ読み返す。
二つめの空白に戻る
この棚は16回、同じことをした。ある要素について、それが学習の何を指しているのかを書き、どこまで効くと確かめられているのかを探し、その範囲の外で何が起きるかを書いた。
16回とも、最後は同じ場所に着いた。学習は、学んだ本人にも、教えた側にも見えない。覚えた量も、伸びた幅も、直接は観察できない。見えるのは、分かった気がするという感触と、自分で書いた申告だけである。だから毎回、見えないものの位置に数字が置かれていた。置かれた数字は、正しいから残ったのではない。扱いやすいから残った。
この単位の数字が、その最後の見本になっている。誰も自分の定着率を測れない。だから90%という数字は、反証されないまま何十年も走れた。そして同じ理由で、育ったという判断も、学習する組織になったという判断も、走り続ける。どちらも、当事者には見えないものについての判断だからだ。説明は、結果が出たあとに選ばれている。うまくいけば、あの研修が効いた、あの人が育った、文化が変わった。うまくいかなければ、別の説明が同じだけ用意できる。用意できることと、それが原因であることは違う。
だからこの棚が最後に置くのは、学び方の正解ではない。端数を探す、という一手である。図の中に端数が無ければ、それは誰かが測った跡ではなく、誰かが整えた跡である。整えた跡は、たいてい売り物の側にある。見えないものは、これからも見えないままだ。だが、端数の有無は見える。
- 研修資料でよく使われる定着率の七段の図は、講義で聞いた5%、読んだ10%、視聴覚20%、実演を見た30%、話し合った50%、実際にやった75%、人に教えた90%という数字を並べる。7つすべてが5の倍数であり、端数が一つも無いこと自体が、測定から出た数字ではない徴候である
- Lalley & Miller 2007(Education 128(1):64-79)は裏づけを探し、この数字を掲げている団体から「その数値は正確だと考えているが、それを裏づける元の研究はもう手元になく、見つけることもできない」という回答を得た。論文は、この図を裏づける特定できる信頼に足る研究は見つからなかったと結論している
- 同論文は、この図がしばしば結びつけられる1946年の経験の円錐について、もとの円錐は学び方を連続した幅として並べたものであって定着率の順位表ではないと指摘し、どの方法にもそれぞれの定着があり、どれか一つが一貫して優れているわけではないと述べている
- Letrud & Hernes 2018(Cogent Education 5(1):1518638)は電子化された図書館を横断して検索し、この種のモデルの版が160年以上前から存在すること、そしてそれらが実証研究から生まれたものではないことを示した。現在のラーニングピラミッドは認知心理学の発展についてこられておらず、その記憶の捉え方は今日の理解とかなり違う
- Masters 2020(Medical Education 54(1):22-32)は、2013年の批判的レビューののち医学教育の文献での引用がどう変わったかを同じ手順で調べ直し、2012年9月から2018年4月までの初期検索992件から条件に合う41件を得た。引用は劇的に増え、この図への反証がこの図を支える材料として使われ、弱さを認めた研究者でさえ引用を続けていた。結論は、2013年のレビューにもかかわらず状況は悪化した、である
- Letrud & Hernes 2016(Journal of Curriculum Studies 48(3):291-302)は、裏づけの無い定着率の俗説の一群が学術出版のなかで広く流布し、相当の信用を得ていることを示した。研修の資料の中だけの話ではない。査読を通っていることは、その一文が確かめられたことを意味しない
- Letrud & Hernes 2019(PLoS ONE 14(9):e0222213)は、別の俗説であるホーソン効果を否定した3本の批判論文を引用した合計613本を調べ、468本が当の説を支持し、40本が否定的、105本が中立だったと報告した。およそ12対1であり、否定は引用されても否定としては運ばれない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 人に教えると学んだことの90%が残る、というのは研究で確かめられた数字である | 2007年に Education へ出た論文が発行元に問い合わせたところ、その数値は正確だと考えているが元の研究はもう手元になく見つけることもできない、という回答が返ってきた。同論文はこの図を裏づける特定できる信頼に足る研究を見つけられなかったと結論している。2018年に Cogent Education へ出た研究は、この種のモデルの版が160年以上前から存在し、実証研究から生まれたものではないことを示した。人に教えると理解が進むという経験そのものが否定されているのではない。否定されているのは90%という数字のほうである |
| 査読論文にも載っている図なのだから、根拠はあるはずだ | 2016年に Journal of Curriculum Studies へ出た研究は、この一群の俗説が学術出版のなかで広く流布し相当の信用を得ていることを示した。医学教育の文献に限っても、2013年の批判的レビューののちを調べ直した2020年の調査(Masters, Medical Education 54(1))で、初期検索992件から41件が条件に合い、引用は減るどころか増えていた。査読を通っていることは、その一文が確かめられたことを意味しない。研究の側は、学術の文脈で未検証の主張を広めることが教育の政策と実践についての議論そのものを損なう危険があると書いている |
| 誤りが指摘されれば、その説はやがて消える | 2019年に PLoS ONE へ出た調査は、別の俗説であるホーソン効果を否定した3本の批判論文を引用した合計613本を調べた。468本が当の説を支持し、否定的だったのは40本、中立が105本で、およそ12対1である。批判論文を引きながら、その批判が否定したはずの説を支持する材料として使っている論文が大量にあった。否定は引用されるが、否定として運ばれない。批判が広まるほど、批判された説の名前も一緒に広まる |
この図には、教材として理想的な性質がある。七段あって覚えやすく、下へ行くほど数字が大きくて話の展開に使いやすく、そして誰も自分の定着率を測れないので、決して反証されない。発行元自身が、元の研究は手元に無いと認めてもなお、図は生き延びた。認めた側の言葉には端数が無く、代わりに「見つけることもできない」という限定が入っていたからである。そして限定の語は、運ばれる途中でいちばん先に落ちる。90%という数字だけが、今日もどこかの資料の最下段で、静かに定着している。
Q1. 定着率の七段の図に並ぶ数字は、講義で聞く ____ %、読む ____ %、視聴覚20%、実演を見る30%、話し合う50%、実際にやってみる ____ %、人に教える90%である。7つすべてが ____ の倍数であり、端数が一つも無いこと自体が、測定から出た数字ではない徴候である。穴埋め
Q2. 2007年に Education へ出た論文が、この図の数字を掲げている団体から得た回答はどれか。選択
Q3. 2018年に Cogent Education へ出た研究が、起源をさかのぼって示したこととして正しいものはどれか。選択
Q4. 2019年に PLoS ONE へ出た調査(別の俗説を否定した3本の批判論文を引用した合計613本)の内訳として正しいものはどれか。選択
Q5. 本文がたどった数字の系譜を、古い順に並べよ。(三角形という形が与えられ、順位表になる/割合の付かない言い回しの原型/批判が出たあとも学術文献での引用が増える/数字が付き、同じ名前のもとで版が枝分かれする)並べ替え
紙かメモアプリを開く。この棚を読んで、自分の学び方について変えようと思ったことを1件だけ書く。2件以上あっても1件に絞る。その下に2つの選択肢を書き、どちらかに印を付ける。ひとつめ、そう思った根拠は具体的な数字だった。ふたつめ、そう思った根拠は言われ方や語感だった。次に、根拠として自分が思い出せる具体的な数字を、思い出せるだけ書き出し、その件数を数える。0件でよい。最後に、書いたもの全体を一度だけ読み返し、数えた件数を記録する。組織に所属していない場合も、そのまま同じ手順でできる。誰にも見せなくてよく、明日から何かを始める必要もない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Lalley J.P., Miller R.H. (2007) 'The Learning Pyramid: Does It Point Teachers in the Right Direction?', Education 128(1):64-79 — eric.ed.gov
- Letrud K., Hernes S. (2016) 'The diffusion of the learning pyramid myths in academia: an exploratory study', Journal of Curriculum Studies 48(3):291-302 — eric.ed.gov
- Letrud K., Hernes S. (2018) 'Excavating the origins of the learning pyramid myths', Cogent Education 5(1):1518638(全17ページ) — eric.ed.gov
- Letrud K., Hernes S. (2019) 'Affirmative citation bias in scientific myth debunking: A three-in-one case study', PLoS ONE 14(9):e0222213 — journals.plos.org
- Masters K. (2020) 'Edgar Dale’s Pyramid of Learning in medical education: Further expansion of the myth', Medical Education 54(1):22-32 — asmepublications.onlinelibrary.wiley.com
- Salas E., Tannenbaum S.I., Kraiger K., Smith-Jentsch K.A. (2012) 'The Science of Training and Development in Organizations: What Matters in Practice', Psychological Science in the Public Interest 13(2):74-101 — www.psychologicalscience.org