同じ細いつながりが、片方の荷物では近道になり、もう片方では回り道になる
知識は流れる、と言う。流れるものなら、水路を広げれば速くなるはずである。ところが同じ水路で、荷物によっては遅くなった。流れていたのは水ではなく、形の定まらない荷物だったからだ。
流れているのは水ではない
前の単位では、書けたものと書けなかったものの境目を見た。ここではその上に、その二つが人から人へ渡るとき、運び方のほうが逆になるという話を置く。
先に持ち場を狭めておく。つながりの弱さそのもの——遠い縁がなぜ新しい機会を運ぶのか——は、開運の棚が扱った。転職や巡り合わせの話には踏み込まない。ここで扱うのは、同じ変数の効果が、運ぶ荷物の種類で符号ごと反転するという一点だけである。社内の道具やサービスの良し悪しも扱わない。
設計の欄に置かれている一文
人材開発の設計資料には、こう書かれていることがある。「組織内の弱いつながりが知識移転の主要経路である」。代表文献として挙げられるのは1998年の書籍で、査読を受けていない。
この一文が落としているのは、量ではなく向きである。何が移るときの話なのかが書かれていない。
原典の設計
1999年に Administrative Science Quarterly 44巻1号へ出た研究が、この分野でいちばん引かれる1本である。舞台は、年商50億米ドルを超える米国の電機・コンピュータ企業。この会社の41の事業部が過去3年——1993年から1995年——に手がけた新製品開発の一覧を作り、各プロジェクトの責任者に質問紙を送った。返ってきたのは120件、回答率85%である。金額は米ドルのままにしておく。
要旨はこう書いている。弱い事業部間のつながりは、プロジェクトチームが他の下位単位にある有用な知識を探すのを助けるが、複雑な知識の移転は妨げる。複雑な知識の移転には、当事者どうしの強いつながりが必要になる傾向がある。弱い事業部間のつながりを持っていることは、知識が複雑でないときにはプロジェクトを速め、移すべき知識がきわめて複雑なときには遅らせる。
符号が入れ替わる、とはどういうことか
一つの変数を、二つの段階に分けて見ているのがこの研究の要点である。
第一の段階は、探すこと。この会社のどこかに、自分たちが必要としている知識があるかどうか。ここでは、めったに会わない相手とのつながりが役に立つ。理由は単純で、いつも顔を合わせている相手は、だいたい同じことを知っているからである。
第二の段階は、移すこと。見つけた知識を、実際に自分たちの手元で使える形にする。ここでは向きが逆になる。荷物が複雑で、言葉になりきっていないほど、何度も行き来し、細かく確かめる必要が出てくる。めったに会わない相手との細い線は、その往復に耐えない。
結果として、同じ「つながりが弱いこと」が、プロジェクトの完了までの時間を短くもし、長くもする。平均だけを見ると、この二つは打ち消し合って消える。
複雑さは、一直線ではない
もう1本、別の材料で同じ形を確かめた研究がある。2006年に Research Policy 35巻7号へ出た論文は、1990年の5月と6月に付与された米国の実用特許17,264件を出発点に、それらを引用した1990年7月から1996年6月までの後続特許60,999件を集めた。作られたダイアドは130,055組、そのうち双方の発明者が米国内に住んでいる72,801組を推定に使っている。
結論は、著者たちが核心の仮説と呼ぶものへの強い支持だった。社会的に近い発明者どうしのほうが引用が起こりやすいという傾向は、知識が中程度の複雑さのときに最も大きくなる。単純な知識は、遠くの受け手でも自分で探し直せるので、近い側の優位が残らない。きわめて複雑な知識は、近くにいても手に負えないので、やはり優位が残らない。近さが効くのは、真ん中だけである。
「つながりが多いほど知識が流れる」という言い方が使いにくいのは、このためである。効果の大きさが条件で変わるだけなら、平均を出せばよい。符号と山の位置が変わるなら、平均は何も言っていないことになる。
運び方が二つあるとき
荷物の種類で運び方が変わるなら、運び方を二つ用意している組織では何が起きるか。2007年に Strategic Management Journal 28巻11号へ出た研究が、それを分けて測っている。舞台は米国の経営コンサルティング会社で、100を超える拠点に10,000人以上が所属する。対象は、新しい契約の入札に向けて提案書を作っていた182の営業チームである。
結果は、きれいに割れた。電子文書という形で明文化された知識を使うことは、作業時間の節約にはなったが、提案書の品質を上げることはなく、顧客に対して自分たちの能力を示すことにもならなかった。いっぽう、人から直接受けた助言は、品質を上げ、能力を示すことにもつながったが、時間の節約にはならなかった。
前の単位で見たことが、ここで別の形で戻ってくる。書き出せたものは、書き出せたという性質のぶんだけ、運ぶのが簡単で、そのぶん差がつきにくい。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
つながりの強さだけを見るのが、いちばんの妨げである。2003年に Administrative Science Quarterly 48巻2号へ出た研究は、米国中西部の中規模都市にある受託研究開発企業を調べた。従業員113人、回答率92%——113人のうち104人が答えた。分析に使われたのは102人が挙げた1,626件の関係で、1人あたり平均15.94件である。結果は、つながりが強いことそのものの効果とは別に、その関係がまわりの人々にどれだけ支えられているかと、その人のつながりがどれだけ幅広い領域に届いているかが、移転のしやすさを説明した、というものだった。
2004年に Management Science 50巻11号へ出た研究は3社を調べ、強いつながりと有用な知識の受け取りの結びつきが、相手の能力への信頼と善意への信頼を通っていたと報告している。この二つを統制すると、弱いつながりの構造的な利点のほうが浮かび上がった。そして能力への信頼は、暗黙的な知識を受け取るときにとりわけ重要だった。
証拠の性質は断っておく。これらはいずれも、ある時点で一斉に測った横断的な調査である。よく知っている相手だから知識が移ったのか、知識が移ったからよく知る相手になったのかを、データの側から切り分けることはできない。2012年に Journal of Management 38巻4号へ出た体系的なレビューは、この分野の実証研究を分野横断で並べ直し、水準の内でも水準をまたいでも、理論的な議論と実証結果には一致点と対立点の両方があると整理している。1本の結論には、まだなっていない。
標本の偏りも書いておく。舞台になっているのは欧米の大企業と研究開発組織で、日本の小さな組織を対象にした研究はほとんど見当たらない。そして、聞ける相手を多く持っている人ほど成果が出やすい、という向きは排除できない——学ぼうとする人ほど学ぶ機会を得やすい、という逆向きも、同じデータから同じくらい読める。
助けるのは、誰に聞いたかを数えることではなく、何を聞いたかを二つに分けて記録することである。調べれば分かることだったのか、その人しか知らないことだったのか。この二つは、必要な関係の太さが違う。
最初の一歩は3分。直近1か月で誰かに聞いて解決したことを1件だけ思い出し、どちらだったかに印を付ける。
時間・変化:20年並べても、1本の線にならない
1999年、2003年、2004年、2006年、2007年、2012年。この分野の主要な研究を年代順に並べても、効果は一方向へ収束していない。収束していないのは、研究の質が低いからではなく、測っている条件が違うからである。
そして条件は、プロジェクトの中でも時間とともに変わる。前半は探す時期で、後半は移す時期だ。同じ相手との同じ関係が、前半では近道になり、後半では回り道になる。だから「あの人に聞いてよかった」と「あの人に聞いたせいで時間がかかった」は、同じ1件について、時期を変えれば両方とも正しい。
次の単位は 203「実践コミュニティ(CoP)」——ここでは、荷物の種類で運び方が逆になることを見た。その上に、その運び合いが続いている場に付けられた名前が、そもそも何を指しているのか、という問いを置く。
- Hansen 1999(Administrative Science Quarterly 44(1))は、年商50億米ドルを超える米国の電機・コンピュータ企業の41事業部が1993年から1995年に手がけた新製品開発120件を調べた(回答率85%)。弱い事業部間のつながりは有用な知識を探す段階を助けたが、複雑な知識を移す段階では妨げになった
- 同じ研究の要旨は、弱い事業部間のつながりを持っていることは、知識が複雑でないときにはプロジェクトを速め、移すべき知識がきわめて複雑なときには遅らせる、と書いている。効果の大きさではなく符号が入れ替わるので、平均を出すと二つが打ち消し合って消える
- Sorenson, Rivkin & Fleming 2006(Research Policy 35(7):994-1017)は、1990年5月と6月に付与された米国の実用特許17,264件と、それらを引用した1990年7月から1996年6月までの後続特許60,999件を集め、130,055組のダイアドのうち双方の発明者が米国内に住む72,801組で推定した。社会的に近い側の優位は、知識が中程度の複雑さのときに最大になり、単純な知識でもきわめて複雑な知識でも残らなかった
- Haas & Hansen 2007(Strategic Management Journal 28(11))は、100を超える拠点に10,000人以上が所属する米国の経営コンサルティング会社の182の営業チームを調べた。電子文書として明文化された知識は作業時間を節約したが品質を上げず能力の示しにもならず、人から受けた助言は品質を上げ能力を示したが時間は節約しなかった
- Reagans & McEvily 2003(Administrative Science Quarterly 48(2))は米国中西部の受託研究開発企業(従業員113人、回答率92%=104人)で、102人が挙げた1,626件の関係を分析した。つながりの強さそのものとは別に、その関係がまわりにどれだけ支えられているかと、どれだけ幅広い領域に届いているかが、移転のしやすさを説明した
- Levin & Cross 2004(Management Science 50(11):1477-1490)は3社を調べ、強いつながりと有用な知識の受け取りの結びつきが、能力への信頼と善意への信頼を通っていたと報告した。この二つを統制すると弱いつながりの構造的な利点が現れ、能力への信頼は暗黙的な知識の受け取りでとりわけ重要だった
- これらはいずれも一時点で測った横断的な調査であり、よく知っている相手だから知識が移ったのか、移ったからよく知る相手になったのかを切り分けられない。Phelps, Heidl & Wadhwa 2012(Journal of Management 38(4):1115-1166)は、この分野の実証研究に一致点と対立点の両方があると整理している
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 組織のなかでは、弱いつながりが知識移転の主要な経路である | Hansen 1999(Administrative Science Quarterly 44(1))が米国の41事業部・新製品開発120件で示したのは、弱いつながりが有用な知識を探す段階では助けになり、複雑な知識を移す段階では妨げになるということだった。同じ変数の符号が段階と荷物の種類で入れ替わるので、どちらか一方を主要経路と呼ぶことはできない。設計資料が代表文献に挙げる1998年の著作は書籍である |
| 知識が複雑なほど、近くにいる人から学ぶ利点が大きくなる | Sorenson, Rivkin & Fleming 2006(Research Policy 35(7))が米国の実用特許17,264件と後続特許60,999件から推定したのは、近い側の優位が中程度の複雑さで最大になり、両端では残らないということだった。単純な知識は遠くの受け手でも自分で探し直せるため、きわめて複雑な知識は近くにいても手に負えないため、どちらも近さの優位が消える |
| 社内に文書が増えれば、仕事の質が上がる | Haas & Hansen 2007(Strategic Management Journal 28(11))は米国の経営コンサルティング会社の182の営業チームで、電子文書として明文化された知識の利用が作業時間を節約した一方、提案書の品質を上げることも顧客に能力を示すこともなかったと報告した。品質と能力の示しにつながったのは人から受けた助言のほうで、そちらは時間の節約にはならなかった |
「知識を流通させる」という言い方には、上流と下流がある前提が入っている。上流に詳しい人がいて、下流で待っていれば届く、という絵だ。実際の研究が示しているのは、荷物のほうが運び手を選ぶ、という話である。しかも運び手の選び方は、探している時期と運んでいる時期で逆になる。上流と下流のかわりに、荷ほどきの手間だけがある。流通という語が便利なのは、その手間を勘定に入れなくてよくなるからだ。
Q1. 1999年に Administrative Science Quarterly 44巻1号へ出た研究の要旨は、弱い事業部間のつながりは有用な知識を( )のを助けるが、複雑な知識の移転は妨げる、と書いている。穴埋め
Q2. 2006年に Research Policy 35巻7号へ出た研究が、米国の実用特許17,264件と後続特許60,999件から示した結果はどれか。選択
Q3. 2007年に Strategic Management Journal 28巻11号へ出た、米国の経営コンサルティング会社の182の営業チームを調べた研究の結果として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q4. 本文が引いた研究を、発表の古い順に並べよ。(米国の実用特許と後続特許から近さの優位の山を示した研究/米国の41事業部・新製品開発120件で符号の反転を示した研究/米国の経営コンサルティング会社の182チームで二つの運び方を分けた研究/米国中西部の受託研究開発企業で凝集性と範囲を測った研究)並べ替え
Q5. 本文がたどった、別の部署にある知識が自分の手元で使えるようになるまでの道筋を、起きる順に並べよ。(複雑な荷物ほど往復が増える/どこに知識があるかを探し当てる/完了までの時間として結果が現れる/見つけた相手との関係の太さが問われる)並べ替え
直近1か月を思い返して、誰かに聞いたことで解決した事柄を1件だけ挙げる。仕事のことでも、手続きのことでも、道具の使い方でもよい。挙げたら、それが(A)調べれば分かることだったか、(B)その人しか知らないことだったか、どちらかに印を付けて記録する。どちらとも言えない場合は、どちらとも言えないと書いてよい。相手の名前は書かない。相手を評価したり、感謝を伝えたり、あらためて連絡を取ったりする必要はない。この課題で動かすのは自分の記録だけである。組織に所属していない場合は、家族・取引先・オンラインの掲示板・窓口の担当者など、聞いた相手が誰であっても構わない——聞いた相手が思い当たらなければ「無かった」と記録すればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Hansen M.T. (1999) 'The Search-Transfer Problem: The Role of Weak Ties in Sharing Knowledge across Organization Subunits', Administrative Science Quarterly 44(1):82-111 — study.sagepub.com
- Sorenson O., Rivkin J.W., Fleming L. (2006) 'Complexity, Networks and Knowledge Flow', Research Policy 35(7):994-1017 — funginstitute.berkeley.edu
- Haas M.R., Hansen M.T. (2007) 'Different knowledge, different benefits: toward a productivity perspective on knowledge sharing in organizations', Strategic Management Journal 28(11):1133-1153 — knowledge.wharton.upenn.edu
- Reagans R., McEvily B. (2003) 'Network Structure and Knowledge Transfer: The Effects of Cohesion and Range', Administrative Science Quarterly 48(2):240-267 — www.bebr.ufl.edu
- Levin D.Z., Cross R. (2004) 'The Strength of Weak Ties You Can Trust: The Mediating Role of Trust in Effective Knowledge Transfer', Management Science 50(11):1477-1490 — ideas.repec.org
- Phelps C., Heidl R., Wadhwa A. (2012) 'Knowledge, Networks, and Knowledge Networks: A Review and Research Agenda', Journal of Management 38(4):1115-1166 — journals.sagepub.com