ギャップを縮めるという話で、いちばん怪しいのは理想ではなく現在地のほうだ
理想の自分と現在地のギャップが、学びの原動力になる——という話には、静かな前提がひとつ入っている。現在地のほうは、正しく測れているという前提である。
前の単位では、学ぶ理由が一つではなく、しかも成果とよく結びつくのは面白さより納得のほうだったことを見た。だが理由が揃っても、どこから伸ばすのかが分からなければ動きようがない。ここでは理由の上に、現在地の見え方を積む。
この単位が扱わないこと
最初に範囲を狭めておく。どれだけ練習すれば熟達するか、意図的な練習とは何か、10,000時間という数字はどこから来たか——これらはまるごと芸道の棚の持ち場である。 ここでは踏み込まない。
この単位が扱うのは、その手前にある一点だけだ。自分がいま、どのあたりにいるのかを、自分でどれくらい正しく言い当てられるか。
値切り:クリエイティブ・テンションという説明
学習する組織の話でいちばんよく引かれる「自己マスタリー」の説明は、こうである。自分の内側にあるビジョンと、いまの現実とのあいだに張力が生まれ、その張力が学習のエネルギーの源泉になる。
この説明の出どころは1990年の一般向けの書籍である。書籍そのものの是非は、思考法の棚がすでに扱っている。 ここで言うのは一点だけ——この「張力が学習のエネルギーになる」という主張を、測って検証した査読研究に、たどり着けなかったということだ。探したのは、心理学と経営学の文献データベースの検索、この語を使った実証研究の引用元、そして自己評価の正確さを扱ったメタ分析の変数一覧である。無いと断定はしない。見つからなかった、と書く。
そのうえで、この説明にはもっと素朴な穴がある。張力は、ビジョンと現在地の差である。 差を計算するには、両方の位置が要る。ビジョンのほうは、当人が決めるのだから当人が知っている。では現在地は、誰が知っているのか。
自己評価と、外から見た評価
ここは、測られている。しかも繰り返し測られている。
2014年に公表されたまとめは、能力の自己評価と客観的な出来の関係を扱った22件のメタ分析を並べ直した。学業、知能、語学、医療の技能、運動、職業上の技能。個々のメタ分析の値は .09 から .63 まで散らばり、平均の相関は .29(標準偏差 .11)。一致は高くない。しかも一致が高くなる条件が分かっている——評価する領域が具体的なとき、課題が客観的なとき、慣れているとき、複雑でないときである。裏返せば、曖昧で、複雑で、慣れていない仕事ほど、自己評価は当てにならない。 学習が必要な仕事の多くは、そちら側にある。
職場に絞った数字もある。2009年に Journal of Applied Psychology へ出た分析は、自己評価と上司評価の一致を扱った128の標本を集めた。両者の相関は .22、測定の誤差を補正しても ρ = .34(115標本、37,752人)。しかも一致の度合いだけでなく、水準そのものがずれている。欧米の標本では、自己評価は上司評価より甘い側に寄っていた(d = 0.32、補正後 Δ = .49、89標本、35,417人)。
医療の分野では、もっと直接的な集計がある。2006年に JAMA へ出た系統的レビューは、725本の文献から条件を満たす17件を採り、自己評価と外部からの評価を突き合わせた20の比較を得た。そのうち13は、ほとんど関係が無いか、逆を向いていた。 正の関連が出たのは7つである。論文は、技能がいちばん低い人と、いちばん自信のある人で、自己評価の正確さがとくに低かったとも述べている。
知能についても同じ形が出る。2012年に Psychological Bulletin へ出た分析は、41件の公表研究・154個の効果量をまとめ、自分で見積もった認知能力と、検査で測った認知能力の平均相関は .33 と報告した。
分野が違い、対象が違い、測り方が違うのに、値はどれも .2 から .35 のあたりに落ちる。 現在地は、こういう精度で見えている。
この数字の読み方を、ひとつ確認しておく。これは相関係数であって、効果量ではない。 .29 という値は「29%当たっている」という意味でもない。おおまかに言えば、自己評価が高い人と低い人を並べたとき、実際の出来もその順にゆるく並ぶ、という程度である。順番はある。ただし、個々の人については、大きく外れることがふつうに起きる。平均としての傾向はあるが、自分の1件については何も保証されない——自己評価の数字は、そういう性質のものだ。
ずれの向きは、一様ではない
ずれには向きがある。自分を平均より上に置く傾きは、社会心理学の分野で最もよく再現されている現象のひとつで、2020年に公表されたまとめは124本の論文・291の独立した標本・95万人超を集計し、効果量 dz = 0.78(95%信頼区間 0.71〜0.84) と報告した。
この傾きは一様ではない。能力そのものより性格の特徴で大きく、望ましい方向の項目で大きく、東アジアの標本では欧米より小さい。 つまり「自分を高く見積もる」は、人間一般の定数ではなく、何を、どう聞かれたかで大きく変わる。
時間・変化:伸びているあいだ、感触は逆を向くことがある
ここまでは「どのくらい当たっているか」の話だった。もう一段やっかいなのは、伸びている最中の感触である。
2019年に PNAS へ出た米国の実験は、大学の物理の授業で、同じ教材・同じ教員のまま、進め方だけを無作為に振り分けた(149人)。測って比べると、手を動かす形の授業のほうが学習量は大きかった——およそ 0.46 標準偏差ぶん。 ところが同じ学生に「どれくらい学べたと感じるか」を尋ねると、手を動かした側のほうが低かった——およそ 0.56 標準偏差ぶん。
実際の学習と、学べた感触が、逆を向いた。 しかも学生は、感触のほうを信じて、講義形式を好むと答えている。
これは学習の場で起きる、独特のずれである。負荷がかかっているあいだ、うまくいっていない感触がする。 感触は、進み具合ではなく、そのときの負荷の大きさを反映している。だから「今日はよく分かった」という日の記憶は、あとから見ると、あまり残っていないことがある。
時間の側からもう一言。現在地の情報は、放っておくと古くなる。 半年前に人に見てもらったきりの作業について、自分が持っている現在地は、半年前の位置である。そのあいだに周りの水準が動いていれば、位置は動いていなくても相対的な現在地は変わっている。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、現在地を、感触で更新してしまうことである。うまくいった気がした、手応えがあった、前より楽になった——これらはすべて自己申告であり、上で見た精度で外れる。
ここでこの棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、欧米の大学生・医師・企業の従業員から採られたものが大半である。30人規模の組織を対象にした研究はほとんど無い。 自己評価の研究は、外部の評価が取れる職種に偏っており、そもそも外から評価される機会が少ない働き方では、同じ検証ができない。学習の成果は自己申告で測られたものが大半で、客観指標まで追った研究はその一部にすぎない。そして、学ぼうとする人ほど学ぶ機会を得やすい、という逆向きを排除できない。 日本の職場を対象にした追試も、この主題ではほとんど見あたらない。
もうひとつ、この単位の数字が使えない場面がある。外から評価される機会そのものが少ない働き方では、上の研究と同じ検証ができない。 ひとりで働いていれば上司評価は存在しないし、成果が世に出るまでに何か月もかかる仕事なら、外部の評価は遅れて届く。そういう場合、現在地の代わりに使えるのは、自分の過去の記録である。半年前に自分が書いたものを読み返せば、少なくとも「そのときの自分」という外部の目に近いものが手に入る。
助けるのは、現在地の情報の日付を確かめることである。自分が「できる」と思っている作業について、それを最後に人に見てもらったのはいつか。この一点だけで、現在地の鮮度が分かる。
最初の一歩は3分。自分が「できる」と思っている作業を1つ選び、それを直近で人に見てもらったのはいつかを書く。 思い出せなければ「思い出せない」と書けばよい。思い出せないと書けることのほうが、適当な日付を置くより正確である。
次の単位は 196「学習エージェンシー」——現在地がぼやけていても、学ぶことを自分で決められる状態は作れる。だが決められる状態と、決めたことが実際に起きる状態は、別の問題である。現在地の上に、実行を積む。
- 学習する組織の説明にある「内側のビジョンと現実のギャップが張力を生み、それが学習のエネルギーの源泉になる」という主張は、1990年の一般向け書籍が出どころで、これを測って検証した査読研究にたどり着けなかった。探したのは心理学と経営学の文献データベースの検索、この語を使った実証研究の引用元、自己評価の正確さを扱ったメタ分析の変数一覧である
- Zell & Krizan 2014(Perspectives on Psychological Science 9(2))は、能力の自己評価と客観的な出来の関係を扱った22件のメタ分析を並べ直し、個々の値は .09〜.63、平均の相関は .29(標準偏差 .11)と報告した。一致が高くなるのは、領域が具体的で、課題が客観的・慣れている・複雑でないときである
- Heidemeier & Moser 2009(Journal of Applied Psychology 94(2)、128標本)は、自己評価と上司評価の相関を .22、測定誤差を補正して ρ = .34(115標本、37,752人)と報告した。欧米の標本では自己評価が上司評価より甘い側に寄っていた(d = 0.32、補正後 Δ = .49、89標本、35,417人)
- Davis ら 2006(JAMA 296(9))は725本の文献から17件を採り、自己評価と外部評価を突き合わせた20の比較のうち13が、ほとんど関係が無いか逆を向いていたと報告した。正の関連は7つ。技能がいちばん低い人と、いちばん自信のある人で、自己評価の正確さがとくに低かった
- Freund & Kasten 2012(Psychological Bulletin 138(2)、41件の公表研究・154個の効果量)は、自分で見積もった認知能力と検査で測った認知能力の平均相関を .33 と報告した。分野も対象も測り方も違うのに、値はどれも .2 から .35 のあたりに落ちる
- Zell ら 2020(Psychological Bulletin 146(2)、124本の論文・291の独立標本・95万人超)は、自分を平均より上に置く傾きの効果量を dz = 0.78(95%信頼区間 0.71〜0.84)と報告した。傾きは能力より性格の特徴で大きく、東アジアの標本では欧米より小さい
- Deslauriers ら 2019(PNAS 116(39)、大学の物理の授業・149人)は、手を動かす形の授業のほうが学習量がおよそ0.46標準偏差ぶん大きかった一方、学べたと感じる度合いはおよそ0.56標準偏差ぶん低かったと報告した。実際の学習と学べた感触が逆を向いた
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 理想と現在地のギャップを意識すれば、学習のエネルギーが生まれる | この説明の出どころは1990年の一般向け書籍で、張力が学習のエネルギーになるという主張を測って検証した査読研究にたどり着けなかった。それ以前に、差を計算するには両方の位置が要る。ビジョンは当人が決めるので当人が知っているが、現在地のほうは自己評価と客観指標の相関が平均 .29 という精度でしか見えていない。ギャップの片側は、いつもぼやけている |
| 自分の得意・不得意は、自分がいちばんよく分かっている | 22件のメタ分析をまとめた平均の相関は .29。職場では自己評価と上司評価の相関が .22(補正後 .34)で、しかも自己評価は甘い側に寄る。医師を対象にした系統的レビューでは20の比較のうち13がほとんど関係が無いか逆向きだった。一致が高いのは、領域が具体的で課題が客観的・慣れている・複雑でないときであり、学習が必要な仕事の多くはその外側にある |
| 手応えがあった日は、よく学べた日である | 大学の物理の授業を無作為に振り分けた149人の実験では、手を動かす形の授業のほうが学習量は0.46標準偏差ぶん大きく、学べたと感じる度合いは0.56標準偏差ぶん低かった。感触は進み具合ではなく、そのときの負荷の大きさを反映している。学生は感触のほうを信じて、講義形式を好むと答えていた |
自己マスタリーという言葉には、静かな安心がある。誰の許可も要らず、今日から始められて、進み具合を自分で判定できるからだ。皮肉なのは、その最後のひとつ——自分で判定できるという点こそが、この単位でいちばん徹底的に測られ、そして最も当たっていなかった部分だったことである。ギャップを縮める作業のうち、いちばん先に必要なのは、現在地に日付を入れることだった。
Q1. 能力の自己評価と客観的な出来の関係を扱った ____ 件のメタ分析を並べ直すと、個々の値は .09〜 ____ に散らばり、平均の相関は ____ だった。一致が高くなるのは、領域が ____ で、課題が客観的・慣れている・複雑でないときである。穴埋め
Q2. 医師を対象にした2006年の系統的レビューは、725本の文献から ____ 件を採り、自己評価と外部評価を突き合わせた ____ の比較のうち ____ が、ほとんど関係が無いか逆を向いていたと報告した。正の関連が出たのは ____ である。穴埋め
Q3. 「内側のビジョンと現実のギャップが学習のエネルギーになる」という説明について、この単位が指摘している二つの問題を述べよ。一問一答
Q4. 2019年に PNAS へ出た149人の実験は、実際の学習と学べた感触について何を示したか。数値に触れて答え、そこから導かれる感触の読み方も書け。一問一答
Q5. 自分を平均より上に置く傾きについて、2020年のまとめ(124本の論文・291標本・95万人超)の内容に合うものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。自分が「これはできる」と思っている作業を1つだけ選んで書く。仕事の作業でなくてよく、書類の書き方でも、荷造りでも、料理でも構わない。次にその下へ、その作業を最後に誰かに見てもらった、あるいは出来について何か言われたのはいつかを書く。日付でも「去年の春」でも構わない。思い出せなければ「思い出せない」と書けばよく、そのほうが適当な日付を置くより正確である。誰かに見せに行く必要はなく、今から頼む必要もない。組織に所属していない場合は、家族や取引先や講座の講師など、その作業について何か言った人がいた最後の機会に置き換えて構わない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Zell E., Krizan Z. (2014) 'Do People Have Insight Into Their Abilities? A Metasynthesis', Perspectives on Psychological Science 9(2):111-125 — journals.sagepub.com
- Heidemeier H., Moser K. (2009) 'Self-Other Agreement in Job Performance Ratings: A Meta-Analytic Test of a Process Model', Journal of Applied Psychology 94(2):353-370 — kris.kl.ac.at
- Davis D.A., Mazmanian P.E., Fordis M., Van Harrison R., Thorpe K.E., Perrier L. (2006) 'Accuracy of Physician Self-assessment Compared With Observed Measures of Competence: A Systematic Review', JAMA 296(9):1094-1102 — jamanetwork.com
- Freund P.A., Kasten N. (2012) 'How smart do you think you are? A meta-analysis on the validity of self-estimates of cognitive ability', Psychological Bulletin 138(2):296-321 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Zell E., Strickhouser J.E., Sedikides C., Alicke M.D. (2020) 'The better-than-average effect in comparative self-evaluation: A comprehensive review and meta-analysis', Psychological Bulletin 146(2):118-149 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Deslauriers L., McCarty L.S., Miller K., Callaghan K., Kestin G. (2019) 'Measuring actual learning versus feeling of learning in response to being actively engaged in the classroom', Proceedings of the National Academy of Sciences 116(39):19251-19257 — www.pnas.org