本人は「ちゃんと探した」と言った。目の記録は、同じ場所しか見ていなかった
行き詰まったら発想を横にずらせ、と言われる。ずらせない人は、意志が足りないのだと言われる。ところが同じ現象を目の動きごと記録した実験では、本人は最後まで探しているつもりで、目だけが最初の答えの周りから離れていなかった。
最初の案が、次の案を隠す
ラテラル思考は、いま乗っている線から降りて、別の線に移るための道具として語られる。売り方はほぼ決まっていて、まず「最初に思いついた案に固執するな」と言い、次に固執を外すための手順を売る。
この売り方には、確かめられていない前提が一つ入っている。固執は意志の問題である、という前提だ。捨てる気になれば捨てられる、と。
この前提が正しいかどうかは、測れる。行き詰まっている人の目がどこを見ているかを記録すればいい。実際に記録された結果は、意志の話ではなかった。
見つけたつもりで、見ていない
2008年に Cognitive Psychology へ出た研究が、この現象に数字を与えている。チェスの詰み筋を解く課題を使った。ある盤面には、よく知られた長い手順と、それより短い手順の二つの解がある。同じ盤面から長いほうの解だけを消すと、短い解だけが残る。この2種類を、腕前の違う60人に解かせた。
結果はきれいに段になった。二つの解が同時にある盤面で、最上位のグランドマスターは全員が短い解を見つけた。その一つ下の国際マスターは半分。さらに下のマスターは18%。そのまた下の候補マスターは、1人も見つけられなかった。ところが短い解だけが残された盤面では、全員が短い解を見つけた。知らなかったのではない。知っているものが、見えなくなっていた。
原典の言い方はこうである——既知の解があるだけで、熟達者の問題解決の成績は、腕前が3段階ぶん下の人と同じところまで落ちる。この現象はアインシュテルング効果と呼ばれる。1942年の Psychological Monographs に載った水差しの課題が最初の報告で、決まった手順で解ける問題を何度か解いたあと、もっと短い手順で解ける問題が出ても、人は長いほうの手順を使いつづけた。
隠れるのは手順だけではない。ものの用途も隠れる。1945年に Psychological Monographs へ出た報告に、ろうそくと画鋲の課題がある。机の上のものだけを使って、ろうそくを壁に取り付けて灯せ、と言われる。画鋲は箱に入って出てくる。このとき箱は「画鋲の入れ物」として目に入っているので、壁に留めてろうそくの台にするという別の用途に回りにくい。同じ箱を空にし、画鋲を横に出しておくと、解けやすくなる。ものの用途についての先入観が解に至るのを妨げるこの観察が、機能的固着という呼び名の出どころである。先に与えられた役割が、次の役割を隠す。
目の記録
同じ2008年に Cognition へ出たもう一つの論文が、この落ち方の中身を見せた。今度は視線を記録している。二つの解がある盤面を見せた熟達者たちは、短い解を1人も見つけなかった。同じ腕前で、短い解だけが残された盤面を見せられた人たちは、全員が見つけた。
記録された目の動きはこうだった。二つの解がある盤面を見た人たちの視線は、最初に気づいた既知の手順に関わる駒とマスの上に留まりつづけた。短い解に必要なマスには、ほとんど時間が使われていない。そのあいだ、本人たちは「短い解を探している」と報告していた。
この棚が16回くり返している手つきの二つめが、ここにきれいに出る。人は自分がどう考えたかを自分では見られない。だから「ちゃんと探した」という報告は、探した記録ではなく、探したつもりの記録である。
2013年に PLOS ONE へ出た別の研究室の追試も、同じ形を確かめている。カナダの評価点で平均2223点の熟達者17人と、点数のついていない愛好家17人。既知の手が最適ではなく、といって明らかな悪手でもない、やや不利な選択肢である問題では、どちらのグループでも17人中8人が既知の手を選んだ。腕前の差は出なかった。いっぽう既知の手が明らかな悪手である問題では、熟達者は全員がそれを避けた。効くのは腕前ではなく、既知の手がどれくらい「悪くないか」である。
教えても、なお残る
では、別の手があると教えればいいのか。2022年に Scientific Reports へ出た米国の研究が、そこを直接試した。米国の大学生67人に、3手かかる手順を覚えさせたあと、1手で済む近道が使える場面を混ぜた。近道を使わなかった人は89.6%である。視線の記録では、近道の場所は見ていた。見えていないのではなかった。
そのあと、近道を実演する動画を見せた。使う人は増えた。それでも29.4%は、動画を見たあとも3手の手順を使いつづけた。著者の結論は素っ気ない——近道が見えないのではなく、試さないのだ、と。
つまり、この現象への対処は「気づかせる」では足りない。別の案を出すことと、別の案を試すことは、別の操作である。
六つの帽子を探しにいく
ラテラル思考という言葉と、色分けした帽子をかぶり分けて視点を切り替える手法は、1960年代から1980年代にかけて出た一般向けの著作に由来する。研修教材では、この手法によって集団の思い込みが減る、という主張がしばしば添えられる。
その主張の一次情報を探した。心理学系の文献データベース、創造性研究の主要誌、そして手法の発行元が公開している資料に当たり、手法名・提唱者名・集団の意思決定という主題を組み合わせて検索した。査読された検証にたどり着けなかった。存在しないと断定はしない。ただ、確かめようとした側がたどり着けない場所にある主張は、根拠としては使えない。
見つかったものはあった。2019年に Thinking Skills and Creativity へ出たトルコの2実験である。ボル・アバント・イゼット・バイサル大学の学生119人と56人が参加した。ただし、これは帽子どうしを比べた研究であって、帽子を使う集団と使わない集団を比べたものではない。結果は、緑の帽子の条件で独自のアイデアが多く、赤の帽子の条件で少ない、というものだった。著者の結論は「六つの帽子すべてではなく、いくつかが創造性に有効である」。集団の思い込みが減ったかどうかは、この研究では測られていない。
売り文句と、査読された版のあいだにあるのは、嘘ではない。測られていない領域である。
時間・変化:固着は、あとから強くなる
この現象の厄介さは、時間の中での形にある。
最初の数秒で見つけた案は、そのあと自分を守りはじめる。視線の記録が示したのは、時間が経つほど別の場所を見にいくのではなく、時間が経つほど同じ場所に戻る、という形だった。探している時間が長いほど、探せていないことに気づきにくくなる。
第二に、腕前が上がっても消えない。2008年の研究で候補マスターが0%だったのは、彼らが弱いからではなく、既知の解を強く知っていたからである。知識は、見つける力であると同時に、見にいかない理由にもなる。
第三に、既知の案が「悪くない」ときがいちばん危ない。2013年の追試で腕前の差が消えたのは、既知の手がそこそこ悪くない場面だった。明らかな悪手なら、人はちゃんと降りる。降りられないのは、いま乗っている線がそこそこ走っているときである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、行き詰まりを意志の問題として扱うことだ。意志の話にすると、打てる手は気合いと研修だけになり、目の動きという観察できる変数が視野から消える。
第二の妨げは、案を「出す」ところで満足することである。2022年の研究が示したのは、見えていても試さない人が3割近く残る、という形だった。出した別案を1つだけでも実際に動かすところまでが操作である。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた証拠は、チェスの盤面と、実験室の画面上の課題と、大学生の被験者に集中している。実験室で数分の課題として測られたものが、締切のある本物の判断にそのまま当てはまるとは限らない。英語圏に大きく偏っており、日本語での追試はほとんど見当たらない。解けた人のデータは残るが、途中で投げ出した人のデータは残らない。
助けるのは、最初の案を禁じることだ。捨てるのではなく、今日はこれを使わない、と決めるだけでいい。使わないと決めた瞬間、目は別の場所を見にいく理由を持つ。
最初の一歩は5分。行き詰まっている件を1つ選び、最初に思いついた案の使用を禁じたうえで、別案を3つ書く。良し悪しは付けない。
次の単位は 189「逆算思考」——ラテラル思考が、いま見ている場所から目を移す道具なら、こちらは、まだ見えていない終点のほうから道を引く道具である。引き出しは別で、どちらを先に開けてもかまわない。
- Bilalić, McLeod & Gobet 2008(Cognitive Psychology 56(2):73-102)は腕前の違うチェス選手60人に、よく知られた長い解と短い解が同時にある盤面を解かせた。短い解を見つけたのはグランドマスター全員、国際マスター50%、マスター18%、候補マスター0%だった。同じ盤面から長い解を取り除くと、全員が短い解を見つけた
- 同じ研究の結論は、既知の解があるだけで熟達者の成績が腕前3段階ぶん下の人と同じところまで落ちる、というものである。これがアインシュテルング効果で、最初の報告は1942年の Psychological Monographs 54(6) の水差し課題——決まった手順で解ける問題を続けたあと、より短い手順が使える問題でも長い手順を使いつづけた
- Bilalić, McLeod & Gobet 2008(Cognition 108(3):652-661)は視線を記録した。二つの解がある盤面を見た熟達者は短い解を1人も見つけず、短い解だけの盤面を見た同程度の熟達者は全員が見つけた。視線は既知の手順に関わる駒とマスに留まりつづけ、そのあいだ本人たちは「短い解を探している」と報告していた
- Sheridan & Reingold 2013(PLOS ONE 8(10):e75796)の追試では、カナダの評価点で平均2223点の熟達者17人と点数のついていない愛好家17人のうち、既知の手がやや不利な選択肢である問題で既知の手を選んだのはどちらも17人中8人だった。既知の手が明らかな悪手である問題では熟達者は全員がそれを避けた
- Pope-Caldwell & Washburn 2022(Scientific Reports 12:2179)は米国の大学生67人に3手の手順を覚えさせ、1手の近道が使える場面を混ぜた。近道を使わなかった人は89.6%で、視線の記録では近道の場所は見ていた。近道を実演する動画を見せたあとでも、29.4%が3手の手順を使いつづけた
- 色分けした帽子で視点を切り替える手法によって集団の思い込みが減る、という主張の一次情報を、心理学系の文献データベース・創造性研究の主要誌・手法の発行元の公開資料で探したが、査読された検証にたどり着けなかった
- 見つかったのは Göçmen & Coşkun 2019(Thinking Skills and Creativity 31:284-295)のトルコの2実験(大学生119人と56人)で、これは帽子どうしを比べた研究である。緑の帽子の条件で独自のアイデアが多く赤の帽子で少ないという結果で、著者の結論は「六つすべてではなく、いくつかが有効」。集団の思い込みが減ったかどうかは測られていない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 色分けした帽子で視点を切り替えると、集団の思い込みが減ることが実証されている | その主張の一次情報を、心理学系の文献データベース・創造性研究の主要誌・手法の発行元の公開資料で探したが、査読された検証にたどり着けなかった。見つかったのは Göçmen & Coşkun 2019(Thinking Skills and Creativity)のトルコの2実験で、これは帽子どうしを比べたもの——緑の帽子で独自のアイデアが多く、赤で少ない。著者の結論は「六つすべてではなく、いくつかが有効」であり、集団の思い込みは測られていない。嘘ではなく、測られていない領域である |
| 最初の案から離れられないのは、意志が足りないからだ | Bilalić ら 2008(Cognition)が視線を記録したところ、二つの解がある盤面を見た熟達者の目は既知の手順に関わる駒とマスに留まりつづけ、そのあいだ本人たちは「短い解を探している」と報告していた。意志の問題ではなく、どこを見にいくかの問題である。同じ人が、既知の解を取り除いた盤面では全員短い解を見つけた |
| 別の案があると教えれば、人はそちらを使う | Pope-Caldwell & Washburn 2022 の米国の大学生67人の実験では、1手の近道を使わなかった人が89.6%いた。視線の記録では、近道の場所は見えていた。近道を実演する動画を見せたあとでも、29.4%は3手の手順を使いつづけた。著者の結論は、近道が見えないのではなく試さないのだ、というものである。別の案を出すことと、別の案を試すことは別の操作だ |
「ちゃんと探しました」は、会議でいちばん反論しにくい一言である。反論するには、相手の目がどこを見ていたかの記録が要るが、そんなものは誰も持っていない。そして持っていないのは、言った本人も同じだ。皮肉なことに、この現象がいちばん濃く出るのは、その道の一番詳しい人が、いちばん自信をもって「もう検討しました」と言うときである。
Q1. Bilalić ら 2008(Cognitive Psychology)は腕前の違うチェス選手 ____ 人に課題を出した。よく知られた長い解と短い解が同時にある盤面で短い解を見つけたのは、国際マスターで ____%、マスターで ____%、候補マスターで ____% だった。同じ盤面から長い解を取り除くと ____ が短い解を見つけた。穴埋め
Q2. Pope-Caldwell & Washburn 2022 の米国の大学生 ____ 人の実験では、1手の近道を使わなかった人が ____% いた。近道を実演する動画を見せたあとでも、____% が3手の手順を使いつづけた。著者の結論は、近道が ____ のではなく ____ のだ、というものである。穴埋め
Q3. Bilalić ら 2008(Cognition)の視線の記録が示したこととして、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q4. Sheridan & Reingold 2013 の追試について、本文の記述に合うものはどれか。選択
Q5. 色分けした帽子の手法について、本文が「探して確かめたこと」として書いているのはどれか。選択
いま行き詰まっている件を1つ選んで、手元のメモに一行で書く。仕事でも家のことでもよく、自分の手元で完結するものにする。次に、その件について最初に思いついている案を1行で書き、その行の頭に「今日は使わない」と付ける。捨てるのではなく、今日は使わないと決めるだけでよい。そのうえで、別の案を3つ書き出して記録する。3つとも実行できそうかどうかは問わない。3つ目が出ないときは、最初の案の一部だけを変えたものではなく、まったく別の入口から入るものを1つ探す。書いたら、3つのうちどれが最初の案と最も遠いかに印を1つ付けて終わる。他人に相談したり、誰かの判断を評価したりはしない——この課題は自分のメモの中だけで完結する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Bilalić M., McLeod P., Gobet F. (2008) 'Inflexibility of experts—Reality or myth? Quantifying the Einstellung effect in chess masters', Cognitive Psychology 56(2):73-102 — neuroscienceofexpertise.com
- Bilalić M., McLeod P., Gobet F. (2008) 'Why good thoughts block better ones: The mechanism of the pernicious Einstellung (set) effect', Cognition 108(3):652-661 — philpapers.org
- Sheridan H., Reingold E.M. (2013) 'The Mechanisms and Boundary Conditions of the Einstellung Effect in Chess: Evidence from Eye Movements', PLOS ONE 8(10):e75796 — journals.plos.org
- Pope-Caldwell S.M., Washburn D.A. (2022) 'Overcoming cognitive set bias requires more than seeing an alternative strategy', Scientific Reports 12:2179 — www.nature.com
- Göçmen Ö., Coşkun H. (2019) 'The effects of the six thinking hats and speed on creativity in brainstorming', Thinking Skills and Creativity 31:284-295 — www.sciencedirect.com
- Luchins A.S. (1942) 'Mechanization in problem solving: The effect of Einstellung', Psychological Monographs 54(6):i-95 — www.semanticscholar.org
- Duncker K. (1945) 'On problem-solving', Psychological Monographs 58(5):i-113 — psycnet.apa.org