「買わない」を「そのお金を他のことに使う」と書き換えただけで、購入率が75%から55%になった
選択肢が多すぎると人は選べなくなる、という話は有名すぎて、もう検証されていないように見える。実際には検証された。50件の実験を集めた平均効果は、ほぼゼロだった。いっぽう、消えなかった効果もある。選択肢の書き方を1行変えるだけで、購入率が20パーセントポイント動くほうだ。
選ぶとは、置いておくものを決めること
トレードオフ思考という道具は、1つを選ぶという行為を、選ばなかったものを引き受ける行為として書き直すためのものである。
何かを選ぶと、選ばなかったものは視界から消える。消えるのは自然なことで、消えないと次の作業に進めない。問題は、消えたものが、そのあとも消えたままになることだ。あとで振り返ると、選んだ道の良し悪しだけが記憶に残り、そのとき同時に諦めた2つか3つは、最初から無かったことになっている。
この道具の出力は、判断そのものではない。判断のときに、諦めた側を1行ぶんだけ書き残すことである。書き残すと何が変わるかは、測られている。
24種類のジャムと6種類のジャム
この領域でいちばん有名な実験から始める。米国で2000年に Journal of Personality and Social Psychology へ出たもので、食料品店に試食の台を出し、ある時間帯は24種類のジャムを、別の時間帯は6種類を並べた。
台の前を通った買い物客のうち、立ち止まったのは24種類のときが60%(242人中145人)、6種類のときが40%(260人中104人)だった。多いほうがよく人を集めている。ところが、立ち止まった人のうち実際にジャムを買ったのは、6種類のときがおよそ30%(31人)、24種類のときが3%(4人)だった。
この1本の実験から、選択肢が多いと選べなくなる、という話が広まった。話としては完成している。実験としては、1つの店の、1つの商品の、限られた時間帯の記録である。
50件を集めると、平均はほぼゼロ
2010年に Journal of Consumer Research へ出たメタ分析が、この主張をまとめて測り直した。2000年から2009年のあいだに得られた、査読誌に載った13本の論文と未公刊の16本の原稿から、50の実験・63のデータ点・のべ5,036人を集計している。
全体の平均効果は D=0.02、95%信頼区間は −0.09 から 0.12 だった。ほぼゼロで、しかも区間はゼロをまたいでいる。
2015年に Journal of Consumer Psychology へ出た別のメタ分析も、同じ場所に着地している。53本の研究、99の観測、のべ7,202人。条件を考えに入れないと、選択肢の数の効果は統計的に有意にならなかった。
ここで気をつけたいのは、これを「選択過多は存在しない」と読まないことである。2015年のメタ分析は、条件を入れると効果が現れることも同時に示している。
条件を特定しないと、再現しない
2015年のメタ分析が特定した条件は4つだった。選択肢の集まりが複雑であること。決める作業そのものが難しいこと。自分の好みがはっきりしていないこと。そして、なるべく手間をかけずに決めたいという目的で臨んでいること。この4つが揃うほど、選択肢の多さが効いてくる。
つまりこの話の正しい形は、「選択肢が多いと選べなくなる」ではない。「自分の好みが決まっておらず、比べるのが面倒で、早く済ませたいときに限り、選択肢の多さが効く」である。長い。だから講演では短いほうが使われる。
実務での使い方も変わる。選択肢を減らすことが常に正しいのではなく、好みがまだ定まっていない相手に、比べにくい選択肢を、急かして選ばせている場面を探すことになる。
「買わない」を「他のことに使う」と書き換える
値切ったあとに残るものを見る。同じ選択でも、選ばなかった側の書き方を変えると、判断が動く。
米国で2009年に Journal of Consumer Research へ出た一連の実験が、これを測った。最初の実験では、大学の学生150人に、ある映像作品を14.99ドルで買うかどうかを尋ねる。片方の群の選択肢は「買う」と「買わない」。もう片方は「買う」と「買わない(その14.99ドルを他の買い物のために取っておく)」。括弧の中を足しただけである。
買うと答えたのは、前者で75%、後者で55%だった(χ²(1)=6.57、p<.05)。
同じ形が、価格帯の違う2つの携帯音楽プレーヤーの選択(196人)でも出た。差額を明示せずに尋ねると安いほうを選ぶ人は37%だったが、「100ドルが手元に残ります」と1行足すと73%になった。実際に商品を選ばせた実験(88人)でも40%から60%へ、音響機器の選択(110人)でも59%から82%へ動いた。
人は機会費用を計算していないのではない。目の前に書かれていないと、そもそも計算の対象にしていない。
メタ分析にかけると、どうなるか
この効果も、まとめて測り直されている。2025年に Journal of the Economic Science Association へ出たメタ分析は、公刊・未公刊を合わせた39の実験、のべ14,005人を集計した。効果は統計的に有意で、Cohen の d は0.22。最初の論文が報告した0.45から0.85よりは、かなり小さい。
小さくなったが、消えなかった。この差が、この単位が選択過多ではなく機会費用のほうを主役に置く理由である。
予算が見えているときだけ
もう一つ、効く条件が分かっている。2011年に Journal of Consumer Research へ出た研究は、機会費用を自分から考えるのは、予算の制約が意識されているときだと示した。
学生85人に、同じ総額を週ごとに配る条件と月ごとに配る条件を作ると、週ごとの条件のほうが、先のことを考える頻度が高かった(.26 対 .18、t(83)=2.20、p=.03)。別の実験では、学生168人に朝食の買い物を想像させ、使える金額を10ドルに制約した条件のほうが、制約のない40ドルの条件より、機会費用を自発的に考えていた(B=.91、Wald χ²(1)=4.05、p<.05)。
つまり、諦めたものが見えるのは、財布の底が見えているときである。見えていないときは、書き足すしかない。
2×2に置く
道具の形にすると、こうなる。縦に「選んだ/選ばなかった」、横に「書き出した/書き出していない」を置く。4つの枠のうち、判断のあとで残るのは「選んだ・書き出した」の枠だけである。残りの3つは消える。
いちばん厄介なのは「選ばなかった・書き出していない」の枠だ。ここには、諦めたものが入っているはずなのに、中身が空に見える。空に見えるので、あとで「あのとき他に選択肢は無かった」という記憶が作られる。
この道具がやるのは、その枠に2行だけ文字を入れることである。2行入れておくと、次に似た判断をするときに、その2行が選択肢として戻ってくる。
時間・変化:諦めたものは、いつ見えなくなるか
消える速さには順序がある。
第一に、決めた直後。決めた瞬間から、選んだ側の良いところが集まり始める。これは記憶の作り替えというより、注意の向け先が変わることによる。
第二に、他人に説明したとき。説明は、選んだ理由を1本にまとめる作業である。まとめた時点で、諦めた2つ目と3つ目は説明から落ちる。落ちた候補は、次の説明でも出てこない。
第三に、結果が出たとき。うまくいけば「正しい判断だった」、うまくいかなければ「あれしか無かった」になる。どちらの言い方も、諦めた候補を消す。
だから、諦めた側を書き残すなら、決めた直後しかない。1日たつと、書けるのは1件になる。1週間たつと、書けるのはゼロになる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、選択肢を減らすことを目的にすることである。2010年と2015年の2つのメタ分析が示したのは、数そのものの効果がほぼゼロだということだった。減らして良くなるのは、条件が揃った場面だけである。
第二の妨げは、この道具を人に向けることだ。相手の選択について「他に何を諦めたのか」と問う使い方は、ここで扱うものではない。書くのは自分の判断についてだけである。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、米国の大学生と、店頭の買い物客と、オンラインで集められた成人から採られている。実験室で数分の課題として測られたものが、締切のある本物の判断にそのまま当てはまるとは限らない。買うか買わないかを紙の上で答えることと、実際に財布を開くことは同じではない。金額はいずれも米ドルで、円に換算していない。日本での追試はほとんど見当たらない。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実である。なお、ここで扱うのは判断の書き方であって、お金の使い方や資産の運用についての助言ではない。それらは金運の棚と開運の棚の持ち場である。
助けるのは、選ばなかった側に名前を付けることだ。「やらない」ではなく「そのかわりに何をする時間になったか」と書く。2009年の実験が書き足したのは、まさにこれだった。
最初の一歩は3分。今日やると決めたことを1つ選び、それをやることで諦めたことを2件書き出す。2件出なければ1件でよい。0件なら、それは選んでいないということである。
次の単位は 187「発散思考」——トレードオフ思考が、選ばなかったものを見えるところに置く道具なら、こちらは、そもそも選択肢を何件そこに並べられるかを扱う道具である。引き出しは隣にあり、どちらから開けてもよい。
- Iyengar & Lepper 2000(Journal of Personality and Social Psychology 79(6):995-1006)の食料品店の実験では、24種類のジャムのとき台に立ち止まった買い物客は60%(242人中145人)、6種類のときは40%(260人中104人)だった。ところが立ち止まった人のうち購入したのは、6種類でおよそ30%(31人)、24種類で3%(4人)である。1つの店の、1つの商品の、限られた時間帯の記録である
- Scheibehenne, Greifeneder & Todd 2010(Journal of Consumer Research 37(3):409-425)のメタ分析は、2000年から2009年の査読誌13本と未公刊16本から、50の実験・63のデータ点・のべ5,036人を集計した。全体の平均効果は D=0.02、95%信頼区間は −0.09 から 0.12 で、ほぼゼロかつゼロをまたいでいる
- Chernev, Böckenholt & Goodman 2015(Journal of Consumer Psychology 25(2):333-358)の53研究・99観測・のべ7,202人のメタ分析でも、条件を考えに入れないと選択肢の数の効果は有意にならなかった。ただし4つの条件——選択肢の集まりの複雑さ、決める作業の難しさ、自分の好みの不確かさ、手間をかけずに済ませたいという目的——を入れると効果が現れる。「存在しない」ではなく「条件を特定しないと再現しない」
- Frederick, Novemsky, Wang, Dhar & Nowlis 2009(Journal of Consumer Research 36(4):553-561)の最初の実験では、学生150人に映像作品を14.99ドルで買うかを尋ね、選択肢を「買わない」から「買わない(その14.99ドルを他の買い物のために取っておく)」に書き換えるだけで、買うと答えた割合が75%から55%へ下がった(χ²(1)=6.57、p<.05)
- 同じ論文の他の実験でも同じ形が出た。価格帯の違う2つの携帯音楽プレーヤーの選択(196人)では、差額を明示すると安いほうを選ぶ割合が37%から73%へ。実際に商品を選ばせた実験(88人)では40%から60%へ、音響機器の選択(110人)では59%から82%へ動いた
- Maguire, Persson & Tinghög 2025(Journal of the Economic Science Association 9(2):176-192)のメタ分析は、公刊・未公刊を合わせた39の実験・のべ14,005人を集計し、機会費用の見落としの効果は統計的に有意で Cohen の d=0.22 と報告した。最初の論文が報告した0.45から0.85よりかなり小さいが、消えてはいない
- Spiller 2011(Journal of Consumer Research 38(4):595-610)は、機会費用を自分から考えるのは予算の制約が意識されているときだと示した。学生85人で、同じ総額を週ごとに配る条件は月ごとの条件より先を考える頻度が高く(.26 対 .18、t(83)=2.20、p=.03)、学生168人の実験では使える金額を10ドルに制約した条件のほうが40ドルの条件より機会費用を自発的に考えていた(B=.91、Wald χ²(1)=4.05、p<.05)
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 選択肢が多すぎると人は選べなくなる、という有名な実験がある | その実験はある。ただし1つの食料品店の、1つの商品の、限られた時間帯の記録である。2010年のメタ分析は50の実験・63のデータ点・のべ5,036人を集計して、平均効果を D=0.02(95%信頼区間 −0.09 から 0.12)と報告した。2015年の53研究・7,202人のメタ分析でも、条件を入れないと有意にならない。効果が存在しないのではなく、条件を特定しないと再現しない、という形である |
| 選択肢を減らせば、相手は決めやすくなる | Chernev et al. 2015 が特定した4つの条件——選択肢の集まりが複雑、決める作業が難しい、自分の好みがはっきりしていない、手間をかけずに済ませたい——が揃うほど、選択肢の多さが効く。減らして良くなるのは、その条件が揃った場面だけである。数そのものを減らすことは目的にならない |
| 人は、何かを買うときに、そのお金で他に何ができるかを当然考えている | Frederick et al. 2009 の最初の実験では、選択肢を「買わない」から「買わない(その14.99ドルを他の買い物のために取っておく)」に書き換えるだけで、買うと答えた割合が75%から55%へ下がった(学生150人)。39実験・14,005人を集めた2025年のメタ分析でも、効果は d=0.22 で残っている。人は機会費用を計算できないのではなく、書かれていないと計算の対象にしていない |
諦めたものを書き残さないことには、たいへん優れた性質がある。手間がかからず、後悔も生まれず、しかもあとから振り返ったとき、自分はいつも唯一の道を通ってきたことになる。皮肉なのは、その唯一の道が、書き残していれば3本あったと分かることだ。1行足すのに10秒しかかからない。10秒を惜しんだ判断だけが、選択ではなく運命の顔をして残る。
Q1. Frederick ら 2009 の最初の実験では、学生 ____ 人に映像作品を14.99ドルで買うかを尋ねた。選択肢を「買わない」から「買わない(その14.99ドルを他の買い物のために取っておく)」に書き換えるだけで、買うと答えた割合は ____ % から ____ % へ下がった。穴埋め
Q2. 選択肢が多いと選べなくなるという主張について、2つのメタ分析が何をどれだけ集計し、何を報告したかを答えよ。あわせて、本文がこれをどう読むべきだと書いているかを1文で書け。一問一答
Q3. Chernev ら 2015 が特定した、選択肢の多さが効いてくる4つの条件を挙げよ。一問一答
Q4. Iyengar & Lepper 2000 のジャムの実験の数字として、正しい組み合わせはどれか。選択
Q5. 本文が示した「諦めたものが見えなくなる」3つの段階を、早い順に並べよ。(結果が出て、正しい判断だった、またはあれしか無かった、になる/他人に説明して、選んだ理由が1本にまとまる/決めた直後に、選んだ側の良いところへ注意が向く)並べ替え
今日やると決めたことを1つ選ぶ(作業でも、外出でも、連絡でも、休むことでもよい)。それをやることで、同じ時間に諦めたことを2件、紙かメモアプリに書き出す。書き方は「そのかわりに何をする時間になったか」の形にする——たとえば「資料を作った→そのかわりに、たまっている連絡の返信をしなかった」「早く帰った→そのかわりに、明日の準備をしなかった」。金額を伴うものなら、金額も書いてよい(お金の使い方についての助言ではないので、良し悪しの判断は書かない)。2件出なければ1件でよい。0件なら、それは選んでいないということで、そう記録する。書き終えたらチェックを入れる。誰にも見せない。他人の選択について「他に何を諦めたのか」を問うことはしない。この課題は自分の手元だけで完結する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Iyengar S.S., Lepper M.R. (2000) 'When Choice is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?', Journal of Personality and Social Psychology 79(6):995-1006 — faculty.washington.edu
- Scheibehenne B., Greifeneder R., Todd P.M. (2010) 'Can There Ever Be Too Many Options? A Meta-Analytic Review of Choice Overload', Journal of Consumer Research 37(3):409-425 — scheibehenne.com
- Chernev A., Böckenholt U., Goodman J. (2015) 'Choice overload: A conceptual review and meta-analysis', Journal of Consumer Psychology 25(2):333-358 — chernev.com
- Frederick S., Novemsky N., Wang J., Dhar R., Nowlis S. (2009) 'Opportunity Cost Neglect', Journal of Consumer Research 36(4):553-561 — bear.warrington.ufl.edu
- Maguire J., Persson E., Tinghög G. (2025) 'Opportunity cost neglect: a meta-analysis', Journal of the Economic Science Association 9(2):176-192 — www.cambridge.org
- Spiller S.A. (2011) 'Opportunity Cost Consideration', Journal of Consumer Research 38(4):595-610 — bear.warrington.ufl.edu