店に入る人と出る人のグラフは95%が読めた。店の中に何人いるかは、44%しか答えられなかった
浴槽に水を入れながら、栓も少し抜いておく。蛇口の量と排水の量のグラフを見せられれば、どちらが多いかはすぐ分かる。ところが、その2本から水位を描いてくださいと言われた瞬間に、正答率は半分近くまで落ちる。難しいのは出入りではない。たまっている量のほうである。
たまっている量と、出入りの量
システム思考という道具は、時間をまたいで互いに効き合う仕組みを扱うためのものである。中心にある区別は1つだけで、たまっている量と、出入りの量を分けることだ。
浴槽の水位はたまっている量である。蛇口から入る水と栓から出る水は出入りの量だ。水位は、入る量と出る量の差を時間ぶんだけ積み上げたものになる。だから蛇口を細くしても、出る量より多ければ水位は上がり続ける。入る量が減ったことと、たまっている量が減ることは別である。
この区別は、書いてしまえば当たり前に見える。当たり前に見えるのに、測ると外れる。そこがこの単位の中身である。
先に持ち場を狭めておく。組織の基盤の棚が扱ったのは制度どうしの整合であり、ここで扱うのは思考の道具としての、遅れとループの捉え方である。
浴槽の水位を描かせる
2000年に System Dynamics Review へ出た調査は、まさに浴槽で測った。参加者は、米国の経営大学院でシステムダイナミクスの入門講義を受けている大学院生である。数学と理科の素地が強く、出身は35か国にわたる。
課題はこうだ。浴槽への流入量と流出量を時間ごとのグラフで示し、水の量がどう動くかを描かせる。いちばん易しい形での平均得点は77%だった。それでも5人に1人は、流入が流出より多いときに水位が上がるという形すら正しく描けなかった。
同じ構造をお金の出入りに置き換え、流入が鋸の歯のように上下する形にすると、平均は48%まで落ちた。製造の場面に置き換えた課題では41%で、しかも89%が、入った量と出た量の勘定が合わない線を描いた。
出入りは読めるのに、たまった量が読めない
もっと単純にした課題でも同じことが起きる。2009年に Organizational Behavior and Human Decision Processes へ出た研究は、店に入る人と出る人のグラフを示して4つの質問をした。参加者は米国の経営大学院の大学院生173人である。
いちばん多くの人が入った時間帯は、96%が正しく答えた。いちばん多く出た時間帯は95%。ところが、店の中の人数がいちばん多い時間帯は44%、いちばん少ない時間帯は31%しか正しく答えられなかった。
研究者たちは、提示の仕方が悪いのではないかと考えて、折れ線・棒グラフ・表・文章に変えて試した。単純にした折れ線の条件でも、たまっている量を問う質問の正答率は52%と41%だった。話の設定を店・浴槽・自動車に変えても、統計的に意味のある差は出ず、いずれも38%を下回った。
読めないのはグラフではない。積み上げるという操作のほうである。
週4箱が8箱になると、工場は32箱作る
この取り違えが時間の遅れと組み合わさると、何が起きるか。1989年に Management Science へ出た実験が、いちばん有名な形を作った。
4人1組で小売・卸・流通・工場の立場に分かれ、ビールの在庫と発注だけを管理する。相談は禁止で、見えるのは自分の在庫と隣から来た注文だけである。注文が届くまでにも、品が着くまでにも数週間の遅れがある。4年間で48回、のべ192人ぶんの記録が集まった。
最初は全員が週4箱で釣り合っている。5週目に、予告なく顧客の注文が週8箱に増える。増えるのはこの1回だけで、以後はずっと8箱である。
結果はこうだった。発注のピークは、小売で週15箱、卸で19箱、流通で27箱、工場で32箱。もとの増分は4箱なので、工場に届くころには増分が7倍に膨らんでいる。チームの平均費用は2,028ドルで、最適な運転の指標である204ドルのおよそ10倍だった。
人が悪いのではない。注文を出したあと、まだ届いていない分を数え忘れるとこうなる。届いていない分は、たまっている量の一種である。見えないところにたまっているものは、勘定から落ちる。
遅れが、振動を作る
因果ループ図は、この構造を描くための枠組みである。在庫が減れば発注が増える。発注が増えれば、しばらくして在庫が増える。在庫が増えれば発注が減る。これだけなら落ち着くはずの輪だが、輪のどこかに遅れが入ると、行き過ぎては戻る動きが生まれる。
断っておくと、因果ループ図そのものは実証ではない。矢印を引けば理解したことになるわけではない。図は、いま何を数え忘れているかを探すための骨組みとして使う。
1995年に Organizational Behavior and Human Decision Processes へ出た実験は、それを裏側から示した。単純な在庫管理の課題で、副作用の強さと時間の遅れを大きくしていくと、参加者の成績は急激に悪化する。仕組みが複雑になったのではない。輪の中の遅れが伸びただけである。
効いた対策が、次の問題を作る
もう少し長い時間で見ると、別の形が出る。2002年に Administrative Science Quarterly へ出た研究は、工程改善が続かない仕組みを扱った。短期に効く対策——とにかく手を動かす量を増やす——は、その場の数字を改善する。だがその時間は、仕組みを直す作業から引かれている。仕組みが直らないので、次もまた手を動かす量で埋める。そして人はこの失敗を、仕組みではなくやる気や能力のせいだと説明し、その説明が次も同じ対策を選ばせる。
資源の使い方でも同じ形が出る。2004年に System Dynamics Review へ出た実験では、システムダイナミクスを学んでいる大学院生にトナカイの放牧地を管理させた。餌となる地衣類が回復するには時間がかかる。参加者は最初、群れを増やしすぎて餌を食い尽くし、あとで足りなくなる。3回繰り返すと2回目には改善するが、その先は小さい。1回目で最初から適切に振る舞えた人と思い切って群れを減らせた人は、合わせて17%だった。
これらはいずれも、対策が間違っていたという話ではない。効いた対策が、別の場所に、遅れて現れる結果を作った、という話である。
値切り:学習する組織の効果検証を探しにいく
システム思考を実務に広めた本として最も知られているのは、1990年に出た一般書である。5つの規律を挙げ、そのうちシステム思考を要とする、という構成になっている。
この本が挙げる考え方を導入した組織で、何がどれだけ改善したかを測った査読された検証を探した。経営学・組織研究・教育学の学術データベース、および学術検索で、書名、5つの規律、学習する組織という語を、成果・生産性・離職・品質といった結果変数と組み合わせて当たった。
見つかったのは、主に別の種類の研究だった。5つの規律を測る質問票を作り、その質問票が統計的にきれいな構造を持つかを確かめた研究である。たとえば2008年に Asia Pacific Education Review へ出た研究は、韓国の職業高校17校の教員976人を対象に、35項目の質問票が5つの規律に対応する形にまとまることを示している。ただしこれは、質問票が測りたいものを測れているかの検証であって、導入すると何が良くなるかの検証ではない。
導入の効果そのものを測った査読された検証には、たどり着けなかった。存在しないと断定はしない。ただ、確かめようとした人がたどり着けない場所にある効果は、根拠としては使えない。
値切ったあとに残るものは、はっきりしている。5つの規律の効果は測られていない。だが、たまっている量と出入りの量を取り違えるという現象のほうは、複数の課題と複数の国で繰り返し測られている。役に立つのは規律ではなく、取り違えが起きる場所のほうだ。
時間・変化:遅れの長さは、どこで効くか
遅れは3か所に入る。どこに入るかで、起きることが変わる。
第一に、気づくまでの遅れ。数字が集計されて手元に来るまでの時間である。ここが長いと、すでに終わったことに対策を打つことになる。
第二に、打った手が効くまでの遅れ。人を増やしても、戦力になるまでには時間がかかる。ここが長いと、効いていないと判断してもう一手を打ち、あとで2つぶんが同時に効く。
第三に、効果が消えるまでの遅れ。短期の対策はたいてい短期で消える。消えたころには、その対策を打ったこと自体が忘れられている。
1989年の実験で費用が10倍になったのは、2つめが効いたからである。発注済みでまだ届かない分を数え忘れると、同じ発注を何度も繰り返す。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、矢印の多い図を描くことである。図の複雑さは、理解の深さを表さない。2009年の研究が示したのは、いちばん単純な形——2本の線と1つのたまり——ですら正答率が半分に届かないということだった。
第二の妨げは、この見方を人の評価に使うことだ。全体が見えている人と見えていない人を分ける使い方は、ここで扱うものではない。1989年の実験で費用が10倍になったのは、192人のうち特定の誰かのせいではない。構造が同じなら、誰がやっても同じ形が出た。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、米国とノルウェーと韓国の、経営大学院の学生や教員を対象にした課題で採られている。実験室で数分から数十分の課題として測られたものが、締切のある本物の判断にそのまま当てはまるとは限らない。しかも参加者の多くは、システムダイナミクスを学んでいる最中の人たちだった。日本語での追試もほとんど見当たらない。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、対策を打つときに「これはたまっている量に効くのか、出入りの量に効くのか」を1行書くことだ。たいていの対策は出入りに効き、たまっている量には遅れて届く。
最初の一歩は5分。解決したのに元に戻ったことを1件思い出し、効いた対策を1行、その対策が生んだ副作用を1行書く。思い当たらなければ、思い当たらないと書く。
次の単位は 186「トレードオフ思考」——システム思考が、時間をまたいで効き合う仕組みを見る道具なら、こちらは、1つを選ぶことで諦めたものを見えるところに置く道具である。引き出しは隣にあり、どちらから開けてもよい。
- Cronin, Gonzalez & Sterman 2009(Organizational Behavior and Human Decision Processes 108(1):116-130)では、米国の経営大学院の大学院生173人に店に入る人と出る人のグラフを見せた。いちばん入った時間帯は96%、いちばん出た時間帯は95%が正答したのに、店の中の人数が最多の時間帯は44%、最少の時間帯は31%しか正答できなかった
- 同じ研究は、提示を折れ線・棒グラフ・表・文章に変えても、話の設定を店・浴槽・自動車に変えても結果が変わらないことを示した。単純化した折れ線でも正答率は52%と41%。設定を変えた条件では統計的に意味のある差が出ず、いずれも38%を下回った
- Booth Sweeney & Sterman 2000(System Dynamics Review 16(4))では、システムダイナミクスの入門講義を受けている大学院生に、流入量と流出量のグラフから水量の変化を描かせた。いちばん易しい浴槽の課題の平均得点は77%で、5人に1人は流入が流出より多いときに水位が上がるという形すら描けなかった。鋸の歯型の流入では48%、製造の場面では41%まで落ち、89%が材料の保存を満たさない線を描いた
- Sterman 1989(Management Science 35(3):321-339)のビール配給ゲームは、4人1組で小売・卸・流通・工場を担当し、相談なしに在庫と発注だけを管理する。4年間で48回、のべ192人ぶんの記録が集められた。5週目に顧客の注文が週4箱から8箱へ一度だけ増えると、発注のピークは小売15箱、卸19箱、流通27箱、工場32箱まで膨らんだ。増分は4箱なので工場では7倍である
- 同じ実験で、チームの平均費用は2,028ドルで、最適な運転の指標である204ドルのおよそ10倍だった。原因は、発注済みでまだ届いていない分を勘定から落とすことにある。見えないところにたまっているものは、数え忘れられる
- Repenning & Sterman 2002(Administrative Science Quarterly 47(2):265-295)は、短期に効く対策が仕組みを直す時間を奪い、その失敗を人のやる気や能力のせいだと説明することで同じ対策が繰り返し選ばれる構造を記述した。Moxnes 2004(System Dynamics Review 20(2):139-162)の放牧地の課題では、1回目で適切に振る舞えた人と思い切って群れを減らせた人は合わせて17%だった
- 1990年の一般書が挙げる5つの規律を導入した組織で何がどれだけ改善したかを測った査読された検証を、経営学・組織研究・教育学の学術データベースおよび学術検索で、成果・生産性・離職・品質と組み合わせて探したが、たどり着けなかった。見つかったのは主に質問票の妥当性の検証で、Park 2008(Asia Pacific Education Review)は韓国の職業高校17校の教員976人で35項目の質問票が5つの規律に対応する構造を持つことを示している
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 『第五の規律』が挙げる5つの規律を導入すれば、組織の成果が上がる | 導入の効果を測った査読された検証を、経営学・組織研究・教育学の学術データベースと学術検索で、成果・生産性・離職・品質を結果変数として探したが、たどり着けなかった。見つかったのは主に、5つの規律を測る質問票が統計的にきれいな構造を持つかを確かめた研究である(韓国の職業高校17校の教員976人を対象にした2008年の研究など)。質問票の妥当性の検証は、導入の効果の検証ではない |
| ストックとフローの区別は当たり前で、教育を受けた人なら間違えない | Cronin, Gonzalez & Sterman 2009 では、米国の経営大学院の大学院生173人のうち、出入りの多い時間帯は96%と95%が答えられたのに、たまっている量の最多・最少は44%と31%しか答えられなかった。提示の形も設定も変えて試したが、正答率は38%を下回ったままである。Booth Sweeney & Sterman 2000 の製造の課題では、89%が材料の保存を満たさない線を描いている |
| 在庫が乱高下するのは、担当者の判断が甘いからだ | Sterman 1989 では、顧客の注文が週4箱から8箱へ一度だけ増えただけで工場の発注のピークが週32箱まで膨らみ、チームの平均費用は最適な運転の指標のおよそ10倍になった。のべ192人、48回の記録で同じ形が出ている。原因は、発注済みでまだ届いていない分を勘定から落とすことであり、構造が同じなら誰がやっても同じ形になる |
全体を見る、という言い方には、たいへん便利な性質がある。誰も反対できず、図を描けば仕事をした証拠になり、しかもその図が正しいかは誰にも確かめられない。皮肉なのは、矢印を20本描ける人でも、蛇口2本と浴槽1つの問題で半分しか当たらないことだ。全体を見る前に、たまっている量を1つ数える。そちらのほうが、たぶん難しい。
Q1. Cronin, Gonzalez & Sterman 2009 では、米国の経営大学院の大学院生 ____ 人に、店に入る人と出る人のグラフを見せた。いちばん多く入った時間帯は96%、いちばん多く出た時間帯は95%が正答したが、店の中の人数がいちばん多い時間帯は ____ %、いちばん少ない時間帯は ____ % しか正答できなかった。穴埋め
Q2. Sterman 1989 のビール配給ゲームでは、5週目に顧客の注文が週4箱から ____ 箱へ一度だけ増える。発注のピークは小売15箱、卸19箱、流通27箱、工場 ____ 箱まで膨らんだ。チームの平均費用は2,028ドルで、最適な運転の指標である204ドルのおよそ ____ 倍だった。穴埋め
Q3. 『第五の規律』が挙げる5つの規律について、本文はどこをどう探して、何が見つかったと書いているか。選択
Q4. Booth Sweeney & Sterman 2000 の課題の結果として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. 本文が挙げた「遅れが入る3か所」を、出来事の順に並べよ。(打った手が効くまでの遅れ/効果が消えるまでの遅れ/気づくまでの遅れ)並べ替え
いったん解決したのに、しばらくして元に戻ったことを1件思い出す。仕事でも、家の中のことでも、自分の習慣でもよい(片づけた場所がまた散らかった、遅れを取り戻したがまた遅れた、連絡の行き違いを直したのにまた起きた、など)。紙かメモアプリに3行書く。1行目は、そのとき効いた対策。2行目は、その対策が生んだ副作用——何かの時間を奪った、別の場所に負担を移した、確認の手間が増えた、など。3行目は、副作用が現れるまでにかかった時間を日か週の単位で。副作用が思い当たらなければ、思い当たらないと書く。書けないと分かること自体が結果である。誰にも見せない。誰かの対策を批評したり、他人の判断を評価したりはしない。組織に所属していない場合も、家の中や自分の習慣から1件選べば同じように書ける。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Cronin M.A., Gonzalez C., Sterman J.D. (2009) 'Why don't well-educated adults understand accumulation? A challenge to researchers, educators, and citizens', Organizational Behavior and Human Decision Processes 108(1):116-130 — www.mit.edu
- Booth Sweeney L., Sterman J.D. (2000) 'Bathtub dynamics: initial results of a systems thinking inventory', System Dynamics Review 16(4) — web.mit.edu
- Sterman J.D. (1989) 'Modeling Managerial Behavior: Misperceptions of Feedback in a Dynamic Decision Making Experiment', Management Science 35(3):321-339 — pubsonline.informs.org
- Diehl E., Sterman J.D. (1995) 'Effects of Feedback Complexity on Dynamic Decision Making', Organizational Behavior and Human Decision Processes 62(2):198-215 — www.sciencedirect.com
- Repenning N.P., Sterman J.D. (2002) 'Capability Traps and Self-Confirming Attribution Errors in the Dynamics of Process Improvement', Administrative Science Quarterly 47(2):265-295 — journals.sagepub.com
- Moxnes E. (2004) 'Misperceptions of basic dynamics: the case of renewable resource management', System Dynamics Review 20(2):139-162 — onlinelibrary.wiley.com
- Park J.H. (2008) 'Validation of Senge's learning organization model with teachers of vocational high schools at the Seoul megalopolis', Asia Pacific Education Review 9(3):270-284 — files.eric.ed.gov