腸に免疫細胞の70%——その70%を、誰が数えたのかを探しに行った
腸の中は、自分では一度も見たことがない。それなのに、腸についての数字はよく覚えている。誰も見に行けない場所の数字は、誰も確かめない——だから強くなる。
前の単位では、食事は一発の入力ではなく毎日の帳尻であり、その帳尻の数字がどう見せられるかを見た。ここではその上に、口から入れたものが、そこで何に変えられるかを置く。帳尻を合わせているのは、自分だけではない。
見えない場所についての報告は、たいてい後から作られる
体のなかで、腸ほど話題になりながら、本人がまったく見られない場所も少ない。血圧なら計器がある。皮膚なら鏡がある。腸の中は、内視鏡か、便という間接的な出力を通してしか見えない。
見えない場所については、二つのことが起きる。ひとつは、説明が後から作られること。調子がよかった日と、その日に食べたものを結びつけるのは、後づけの作業である。もうひとつは、数字が検算されないまま流通すること。誰も見に行けない場所の数字は、誰も確かめない。
値切り:「腸は免疫細胞の70%が集中」——探して、たどり着けなかった
この棚のもとになった資料には、「腸は免疫細胞の70%が集中」と書かれている。よく見かける数字である。では、誰が数えたのか。
査読論文のデータベースを、この数字の出どころに向けてさかのぼった。行き着いたのは、たとえば2008年に Clinical and Experimental Immunology の別冊へ載った総説である。要約にこう書かれている——「gut-associated lymphoid tissue (GALT) is the prominent part of mucosal-associated lymphoid tissue (MALT) and represents almost 70% of the entire immune system」。腸管に付随するリンパ組織は、免疫系全体のほぼ70%を占める、と。
ここで二つのことに気づく。第一に、この文には測定の出典が付いていない。 総説の記述であって、数えた研究の報告ではない。この種の文を引いた別の総説がまた引かれ、そのたびに主語が短くなる。第二に、言っていることが少し違う。 元の文は「免疫系全体のほぼ70%」であって、「免疫細胞の70%」ではない。組織の話が、細胞の数の話にすり替わっている。
同じ数字をさらに古い一次情報へさかのぼろうとしたが、測定に基づく報告にはたどり着けなかった。無いと断定するつもりはない。ただ、査読誌のデータベースと、その総説が挙げている参照先の範囲では、見つからなかった。見つからなかったという事実は、それ自体が読み方の材料になる。
数え直すと、免疫細胞はどこにいたのか
数えた研究が無いわけではない。2023年に Proceedings of the National Academy of Sciences へ出た推計は、文献の調査と、組織の画像解析、およびメチル化のパターンから細胞種を推定する手法を統合して、体じゅうの免疫細胞の数と質量を見積もった。
体重73kgの基準となる男性で、免疫細胞はおよそ 1.8×10¹²個(95%信頼区間 1.5〜2.3×10¹²)、質量にして 1.2kg(0.8〜1.9kg)。内訳はこうだった——リンパ球は細胞数の40%・質量の15%を占め、その多くはリンパ節と脾臓にいる。好中球も細胞数では同じくらいの割合を占めるが、その多くは骨髄にいる。マクロファージは細胞数では10%だが、体が大きいため質量ではおよそ半分を占める。
腸が免疫にとって重要でない、という話ではまったくない。腸は外界と接する最大の面であり、そこに厚い免疫の層が置かれているのは確かである。言えるのは、数として最も多い場所は腸ではなかった、ということだけである。 70%という一語が、この内訳の全部を隠していた。
ついでに、10対1という数字も直されている
腸まわりには、もうひとつ有名な数字がある。腸内細菌は人の細胞の10倍いる、というものだ。2016年に PLOS Biology へ出た推計が、これを数え直した。冒頭の一文が身も蓋もない——「Reported values in the literature on the number of cells in the body differ by orders of magnitude and are very seldom supported by any measurements or calculations.」体の細胞数として報告されている値は桁で食い違っており、測定や計算に裏づけられていることは非常にまれである、と。
数え直した結果は、細菌がおよそ 3.8×10¹³個、ヒトの細胞がおよそ 3.0×10¹³個。10倍ではなく、だいたい同じ桁である。細菌の総質量はおよそ0.2kg。10対1という数字は、40年以上、検算されないまま引かれ続けていた。
平均が隠す個人差:同じものを飲んでも、着く人と着かない人がいる
数字の話から、もっと厄介な話へ移る。腸の中身は、人によって違う。
2018年に Cell へ出た研究は、健康な人に同じ製品を一定期間とってもらい、便ではなく内視鏡で腸の粘膜から直接採取して、そこに定着したかどうかを調べた。結果は、人によって・腸の部位によって・菌の株によって定着の仕方が違うというものだった。しかも、便を調べても定着したかどうかは見分けられなかった。定着しやすいかどうかは、飲む前のその人の腸内細菌と体質の特徴からある程度予測できた。粘膜の状態への影響は一時的で、人ごとに違った。
つまり、効いた・効かないの分かれ目は、製品の側ではなく、飲んだ人の側にあった。平均を取れば「わずかに変化した」になる。個人で見れば、大きく変わった人と、何も起きなかった人がいる。平均は、その二つを1つの数字に潰す。
同じ形は食事でも見えている。2015年に Cell へ出た研究は、800人の血糖を1週間続けて測り、46,898食への反応を集めた。同じ食事に対する血糖の反応は、人によって大きく違っていた。 著者らは、その人の特徴から反応を予測するしくみを作り、別の100人で確かめている。万人向けの食事の助言に限界がある理由が、ここに具体的な形で出ている。
では、その違いは何で決まるのか。2016年に Science へ出た住民調査は、ベルギーの1,106人とオランダの1,135人(統合解析では合わせて3,948人)を対象に、生活と臨床の項目を並べて、腸内細菌の組成との関連を調べた。69もの項目が組成の違いと関連していた。そして最も大きな効果を持っていたのは、生き方でも信念でもなく、便の硬さだった。
時間・変化:数字は、確かめられないまま古びる
70%も、10対1も、生まれた時点では悪意のない要約だったのだろう。問題はその後である。誰も見に行けない場所の数字は、引かれるたびに強くなり、検算されない。 10対1は40年以上、70%は少なくとも十数年、そのまま流通した。数え直しは、どちらもここ10年ほどの仕事である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、手応えである。腸の中は見えないので、何かを始めた後に調子がよくなったと感じたら、それを結びつける以外にやりようがない。これは怠慢ではなく、見えない場所についての報告がそうなるというだけのことだ。
ここでこの棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、ほぼすべて欧米の成人を対象に採られており、腸内細菌の研究は標本が小さいものが多い。日本人を対象にした追試はほとんど無い。そして観察研究で見えた関連は、健康な人ほどその習慣を持てる、という逆向きを排除できない。加えて、ここに出てくるのはいずれも健康な成人の話であり、妊娠中の人・子ども・持病のある人・薬を飲んでいる人にそのまま当てはめることはできない。腸の不調が続くとき、原因を食事の組み立てに求める前に、まず医療の側で診てもらうほうが早い。
助けるのは、自分の側の記録である。平均が自分に当てはまるかどうかは、平均を見ても分からない。分かるのは、自分のデータだけである。ただしその記録も、腸の中身ではなく、あくまで自分の感じたことの記録である——それ以上のものとして扱わない。
最初の一歩は5分。自分が体に良いと思って続けている食べ物を1つ選び、それを始めた理由の出どころを1行書く。人から聞いたのか、記事で読んだのか、広告で見たのか、なんとなくなのか。正解はない。「なんとなく」と書けたら、それが今日の収穫である。
次の単位は 019「睡眠」——ここまでの2つは、体に入るものの話だった。次は、入れたものを片づけている時間の話になる。そして睡眠は、腸よりもさらに厄介である。腸は内視鏡で見られるが、眠っている自分は、原理として自分では見られない。
- 腸は本人がまったく見られない場所であり、見えない場所については二つのことが起きる。説明が後から作られること、そして数字が検算されないまま流通すること。誰も見に行けない場所の数字は、誰も確かめない
- 設計資料の「腸は免疫細胞の70%が集中」の出どころを査読誌のデータベースからさかのぼると、2008年に Clinical and Experimental Immunology の別冊へ載った総説の要約に、腸管に付随するリンパ組織は免疫系全体のほぼ70%を占めるという一文がある。だがこの文に測定の出典は付いておらず、さらに古い一次情報にはたどり着けなかった。無いとは断定しないが、この範囲では見つからなかった
- 元の文は「免疫系全体のほぼ70%」であって「免疫細胞の70%」ではない。組織の話が、細胞の数の話にすり替わっている。引用の連鎖のなかで主語が短くなる典型である
- Sender ら 2023(Proceedings of the National Academy of Sciences 120(44))の推計では、体重73kgの基準となる男性の免疫細胞は約 1.8×10¹² 個(95%信頼区間 1.5〜2.3×10¹²)・約1.2kg(0.8〜1.9kg)。リンパ球は数の40%・質量の15%で多くはリンパ節と脾臓に、好中球も数では同程度の割合で多くは骨髄に、マクロファージは数では10%だが質量ではほぼ50%を占めた
- Sender, Fuchs & Milo 2016(PLOS Biology 14(8))は、体の細胞数として報告されている値が桁で食い違い、測定や計算に裏づけられていることは非常にまれだと述べたうえで数え直した。細菌は約 3.8×10¹³ 個、ヒトの細胞は約 3.0×10¹³ 個で、10対1ではなくほぼ同じ桁だった。細菌の総質量は約0.2kg
- Zmora, Suez ら 2018(Cell 174(6))は、便ではなく内視鏡で腸の粘膜から直接採取して定着を調べ、人によって・部位によって・菌の株によって定着の仕方が違うこと、便を調べても定着したかどうかは見分けられないことを示した。効いた・効かないの分かれ目は、製品の側ではなく飲んだ人の側にある
- Zeevi ら 2015(Cell 163(5))は800人の血糖を1週間続けて測り、46,898食への反応を集めて、同じ食事に対する反応が人によって大きく違うことを示した(予測のしくみは別の100人で検証)。Falony ら 2016(Science 352(6285))はベルギー1,106人・オランダ1,135人(統合3,948人)で69もの生活・臨床の項目が腸内細菌の組成と関連することを示し、最大の効果を持っていたのは便の硬さだった
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 免疫細胞の70%は腸に集まっている | この数字の一次情報を探したが、たどり着けなかった。行き着いたのは2008年の総説の要約にある「腸管に付随するリンパ組織は免疫系全体のほぼ70%を占める」という一文で、測定の出典は付いていない。しかも元の文は組織についての記述で、細胞の数の話ではない。実際に数え直した2023年の推計では、リンパ球の多くはリンパ節と脾臓に、好中球の多くは骨髄にいた。腸が免疫にとって重要でないという話ではなく、数として最も多い場所は腸ではなかった、というだけである |
| 腸内細菌は人の細胞の10倍いる | 2016年に PLOS Biology へ出た推計が数え直したところ、細菌は約 3.8×10¹³ 個、ヒトの細胞は約 3.0×10¹³ 個で、ほぼ同じ桁だった。細菌の総質量は約0.2kgである。同じ論文は冒頭で、体の細胞数として報告されている値は桁で食い違っており、測定や計算に裏づけられていることは非常にまれだと述べている。10対1という数字は40年以上、検算されないまま引かれ続けた |
| 腸に良いとされるものは、飲めば誰にでも同じように働く | 内視鏡で粘膜から直接採取して調べた2018年の研究では、同じものを同じ期間とっても、定着する人と、まったく定着しない人がいた。定着の仕方は人によって・腸の部位によって・菌の株によって違い、便を調べても定着したかどうかは見分けられなかった。平均を取れば「わずかに変化した」になるが、その平均は、大きく変わった人と何も起きなかった人を1つの数字に潰している |
腸の話には、商売として理想的な条件がそろっている。誰も自分の中を見られない。効果が出たかどうかは本人の感想でしか測れない。しかも中身は人によって違うので、効かなかった人には「あなたの腸には合わなかった」と言える。反証の逃げ道が、最初から仕様に組み込まれているのだ。皮肉なのは、その「人によって違う」という逃げ口上が、内視鏡で確かめてみたら、いちばんよく裏づけられた事実だったことである。売り文句のほうが、たまたま当たっていた。
Q1. 2023年に Proceedings of the National Academy of Sciences へ出た推計では、体重73kgの基準となる男性の免疫細胞は約 ____ 個・約 ____ kg で、リンパ球は細胞数の ____% を占め、その多くは ____ と脾臓にいた。穴埋め
Q2. 「腸は免疫細胞の70%が集中」という数字について、どこまで探して何が分かったか。到達した文と、その文と元の主張とのずれに触れて答えよ。一問一答
Q3. 2018年に Cell へ出た研究が、便ではなく内視鏡で粘膜から採取したことによって何が分かったか。「効いた・効かない」の分かれ目がどこにあるかに触れて答えよ。一問一答
Q4. 2016年に PLOS Biology へ出た推計が「腸内細菌は人の細胞の10倍」という数字について示したこととして正しいものはどれか。選択
Q5. Falony ら 2016(Science)がベルギーとオランダの住民調査で示したこととして、本文の内容に合うものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。自分が体に良いと思って続けている食べ物や飲み物を1つだけ選ぶ。何でもよく、続いている期間も問わない。それを1行で書く。次に、それを始めた理由の出どころを1行で書く——人から聞いた、記事で読んだ、広告で見た、家でずっとそうしていた、なんとなく。どれでも正解であり、やめる必要も変える必要もない。誰かに確かめたり、その人に理由を尋ねたりはしない。最後に、書いた2行を一度だけ読み返す。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Vighi G., Marcucci F., Sensi L., Di Cara G., Frati F. (2008) 'Allergy and the gastrointestinal system', Clinical and Experimental Immunology 153(Suppl 1):3-6 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Sender R., Weiss Y., Navon Y. et al. (2023) 'The total mass, number, and distribution of immune cells in the human body', Proceedings of the National Academy of Sciences 120(44):e2308511120 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Sender R., Fuchs S., Milo R. (2016) 'Revised Estimates for the Number of Human and Bacteria Cells in the Body', PLOS Biology 14(8):e1002533 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Zmora N., Zilberman-Schapira G., Suez J. et al. (2018) 'Personalized Gut Mucosal Colonization Resistance to Empiric Probiotics Is Associated with Unique Host and Microbiome Features', Cell 174(6):1388-1405 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Zeevi D., Korem T., Zmora N. et al. (2015) 'Personalized Nutrition by Prediction of Glycemic Responses', Cell 163(5):1079-1094 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Falony G., Joossens M., Vieira-Silva S. et al. (2016) 'Population-level analysis of gut microbiome variation', Science 352(6285):560-564 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov