「30%低下」は、撤回されたあとで、少し小さな声で言い直された
食事の本には、いつも一発逆転の項目が1つ置かれている。だが体は、ひとつの食品ではなく、毎日の帳尻でできている。そして帳尻の話は、見出しになりにくい。
食事の話には、いつも一発逆転の項目がある
健康の話のなかで、食事はいちばん先に手が伸びる場所である。毎日3回あり、自分で決められ、しかも決めた翌日から結果が出そうに見える。だから食事の本には、いつも一発逆転の項目が1つ置かれている。ある年は油で、ある年は糖で、ある年は特定の地域の食卓の名前で。
ところが体の側から見ると、食事は一発の入力ではない。毎日の帳尻である。今日の一皿がどれだけ立派でも、それは365枚のうちの1枚にすぎない。逆に、今日の一皿がひどくても、それも365枚のうちの1枚である。この当たり前が、食事の本ではいちばん売れない。
体の中で、食べたものはどう扱われているか
口から入ったものは、分解されて、燃料と材料の2つに分かれる。燃料は使われ、余れば蓄えられる。材料のほうは、体を作り替えるために使われる。体は完成品ではなく、少しずつ交換されつづける建物であって、今日の材料は今日の壁にはならない。数週間から数か月かけて、平均的な材料の質が、平均的な壁の質になる。
だからひとつの食品の効果は、原理として小さくなる。ひとつの食品が一日の材料に占める割合が小さく、しかも人はそれ以外のものも食べているからだ。効果が小さいことと、効果が無いことは別である。 ただし効果が小さいほど、それを大きく見せる書き方の余地は広くなる。
値切り:「地中海食が心疾患リスクを30%低下」
この棚のもとになった資料には、「地中海食が心疾患リスクを30%低下」という一文が置かれている。出どころをたどると、スペインの無作為化試験にたどり着く。参加者7,447人、追跡期間の中央値4.8年。2013年に The New England Journal of Medicine に載ったとき、結論はこう書かれていた——「Among persons at high cardiovascular risk, a Mediterranean diet supplemented with extra-virgin olive oil or nuts reduced the incidence of major cardiovascular events.」減らした、という他動詞である。多変量調整後のハザード比は 0.70(95%信頼区間 0.54〜0.92)。ここから「30%低下」が出た。
2018年、著者らはこの論文を撤回した。理由は結果の捏造ではなく、割り付けの手続きである。再出版された版の要約に、こう書かれている——「We subsequently identified protocol deviations, including enrollment of household members without randomization, assignment to a study group without randomization of some participants at 1 of 11 study sites, and apparent inconsistent use of randomization tables at another site.」同居している家族が無作為化を経ずに登録されていた。11の実施施設のうち1つでは、一部の参加者が無作為化なしに群へ割り当てられていた。別の施設では、無作為化の表の使い方が一貫していなかった。
同じ2018年、同じ雑誌に、これらを踏まえて解析をやり直した版が再出版された(378巻25号 e34)。主要評価項目のイベントは全体で288件。地中海食にオリーブ油を加えた群で96件(3.8%)、木の実を加えた群で83件(3.4%)、脂質を減らす対照食の群で109件(4.4%)。ハザード比は 0.69(95%信頼区間 0.53〜0.91)と 0.72(0.54〜0.95)。数値そのものは、ほとんど動いていない。
動いたのは結論の文のほうだった。再出版版はこう書く——「the incidence of major cardiovascular events was lower among those assigned to a Mediterranean diet supplemented with extra-virgin olive oil or nuts than among those assigned to a reduced-fat diet」。減らしたが消え、割り付けられた人たちのほうが少なかったになっている。他動詞が自動詞になった。予防できたという主張から、関連が観察されたという記述への後退である。
30%と、0.6パーセントポイント
では「30%」は何に対する30%だったのか。
再出版版の数字で計算し直すと、対照食の群で4.4%、オリーブ油を加えた群で3.8%。差は0.6パーセントポイントである。これを対照群の4.4%で割ると、およそ14%——ではなく、ハザード比0.69は追跡時間まで込みにした比なので、相対では約31%低いと読む。同じ結果に、31%という言い方と、0.6パーセントポイントという言い方がある。前者は相対リスクの減り方、後者は絶対リスクの減り方で、どちらも嘘ではない。
どちらを見せられるかで、受け取り方は変わる。2011年に発表されたコクランの系統的レビューは、同じ結果を相対で示す場合と絶対で示す場合を比べた35件・83の比較を集計した。理解の正確さはほとんど変わらない(標準化平均差 0.02、95%信頼区間 −0.39〜0.43)。変わるのは受け取り方のほうで、相対で示されたときのほうが効果は大きく見え(0.41、0.03〜0.79)、説得力があると受け取られた(0.66、0.51〜0.81)。売り文句が相対を選ぶのは、嘘をつくためではない。そのほうが効くからである。
料理本から食材を50個選ぶと、何が起きるか
一発逆転の項目が生まれる仕組みは、2013年に The American Journal of Clinical Nutrition へ出た変わった調査がよく示している。著者らは料理本の中から無作為に選んだレシピの食材50個を取り出し、それぞれについて、がんとの関連を報告した論文を探した。
50個のうち40個(80%)に、関連を報告した論文があった。個別の研究による判定は264件。そのうち191件(72%)が、その食材はリスクを上げる(103件)か下げる(88件)と結論していた。ところが、その判定の75%は統計的な裏づけが弱いか無かった。単独の研究が挙げた相対危険度の中央値は、上げると結論したもので 2.20、下げると結論したもので 0.52。かなり大きい。
同じ食材についてメタ分析(複数の研究をまとめ直した解析)が行われている場合、その相対危険度の中央値は 0.96 だった。まとめると、ほとんど1に戻る。 料理本を開けば、そこにある食材のほとんどについて、何かを言っている論文が見つかる。そして見つかった数字は、集めた瞬間に縮む。
目安の数字は、あるにはある
では数字は何も無いのか。公的な目安はある。世界保健機関が公表している健康的な食事のファクトシート(2026年1月更新)は、10歳を超える人について果物と野菜を合わせて1日400g以上、遊離糖は総エネルギーの10%未満、脂質は30%以下、飽和脂肪酸は10%以下、トランス脂肪酸は1%未満、食塩は1日5g未満という数字を挙げている。
ただしこれは集団に向けた目安であって、個人への処方ではない。特定の誰かが今日いくつ食べるべきかを決める数字でもない。数字の性格が違うものを、同じ強さで読まないほうがよい。
時間・変化:数字は、引用されるたびに丸くなる
2013年の論文が出る。ハザード比0.70という数字が載る。翌年、総説がそれを「約30%の減少」と書く。数年後、一般向けの記事が「30%低下」と書く。さらに数年後、見出しは「地中海食で心疾患が3割減る」になる。信頼区間も、対象が心血管の高リスク者だったことも、追跡が4.8年だったことも、途中の乗り換えで落ちていく。
2018年に撤回と再出版が起きても、この列車は止まらない。撤回は元の論文には印が付くが、その論文を引いた記事には印が付かない。 2019年のコクラン・レビューは、地中海食型の食事を扱った無作為化試験30件(参加者12,461人)を集めたうえで、この試験が撤回され、11施設の無作為化に懸念があるとして再解析されたことを記し、効果についてはなお不確かさが残ると結論している。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、数字の単位が省略されることである。30%と言われたとき、何に対する30%かが書かれていないなら、それは読者が補うしかない。そして人は、たいてい自分に都合のいい分母を補う。
ここでこの棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、ほぼすべて欧米の中年以上を対象に採られている。無作為化試験は期間が短く、代理の指標で終わっているものが多い。日本人を対象にした追試はほとんど無い。そして観察研究で見えた関連は、健康な人ほどその習慣を持てる、という逆向きを排除できない。加えて、ここに出てくる数字はいずれも成人集団の平均であり、妊娠中の人・子ども・持病のある人・薬を飲んでいる人にそのまま当てはめることはできない。当てはめようとした時点で、それは一般論ではなく個別の判断になる。
助けるのは、数字を見たときに分母を1つ探す習慣である。何人のうち何人か。何年のあいだか。比べた相手は誰か。この3つが書かれていない健康の数字は、まだ読める形になっていない。
最初の一歩は5分。今日か昨日、目にした健康の情報を1つ選ぶ。そこに出てきた数字について、何に対する何%かを自分の言葉で書けるかどうかを確かめる。書けたら○、書けなかったら×。×が付いても構わない。×が付いたという事実のほうが、数字そのものより長く残る。
次の単位は 018「腸内環境」——ここでは、口から入れたものがそこで何に変えられるかを見る。帳尻を合わせているのは自分だけではなく、自分の中に住んでいるものたちでもある。そして彼らの働きは、外からは一切見えない。
- 食事は一発の入力ではなく毎日の帳尻である。体は少しずつ交換されつづける建物なので、今日の材料は今日の壁にはならず、数週間から数か月の平均が効く。ひとつの食品の効果が原理として小さくなるのはこのためで、効果が小さいことと効果が無いことは別である
- 設計資料の「地中海食が心疾患リスクを30%低下」の出どころは、スペインの無作為化試験(参加者7,447人、追跡期間の中央値4.8年)である。2013年に The New England Journal of Medicine に載った版の多変量調整後のハザード比は 0.70(95%信頼区間 0.54〜0.92)で、この 0.70 が「30%低下」になった
- 2018年、著者らはこの論文を撤回した。理由は結果の捏造ではなく割り付けの手続きで、再出版版は、同居家族が無作為化を経ずに登録されていたこと、11の実施施設のうち1施設で一部の参加者が無作為化なしに群へ割り当てられていたこと、別の施設で無作為化の表の使い方が一貫していなかったことを挙げている
- 同じ2018年に同誌へ再出版された版(378巻25号 e34)では、主要評価項目のイベントは288件——オリーブ油を加えた群96件(3.8%)、木の実を加えた群83件(3.4%)、脂質を減らす対照食の群109件(4.4%)、ハザード比 0.69(0.53〜0.91)と 0.72(0.54〜0.95)。数値はほとんど動かず、結論の動詞が「減らした」から「割り付けられた人たちのほうが少なかった」へ変わった
- 同じ結果に、相対で約31%低いという言い方と、4.4%から3.8%へ0.6パーセントポイント下がったという言い方がある。2011年のコクランの系統的レビュー(35件・83の比較)では、相対と絶対で理解の正確さはほとんど変わらない(標準化平均差 0.02、95%信頼区間 −0.39〜0.43)一方、相対で示されたほうが効果は大きく見え(0.41)、説得力があると受け取られた(0.66、0.51〜0.81)
- Schoenfeld & Ioannidis 2013(The American Journal of Clinical Nutrition 97(1))は、料理本から選んだ食材50個のうち40個(80%)にがんとの関連を報告した論文があり、個別の判定264件のうち191件(72%)が上げる(103件)か下げる(88件)と結論し、その75%は統計的な裏づけが弱いか無かったと報告した。単独研究の相対危険度の中央値は 2.20 と 0.52 だが、メタ分析では中央値 0.96 とほぼ1に戻る
- 公的な目安はある。世界保健機関の健康的な食事のファクトシート(2026年1月更新)は、10歳を超える人について果物と野菜を合わせて1日400g以上、遊離糖は総エネルギーの10%未満、脂質は30%以下、飽和脂肪酸は10%以下、トランス脂肪酸は1%未満、食塩は1日5g未満を挙げる。ただしこれは集団に向けた目安であって、個人への処方ではない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 地中海食は心疾患のリスクを30%下げると、大きな試験で証明されている | その30%の出どころである2013年の論文は2018年に撤回され、同じ年に解析をやり直した版が同誌へ再出版された。撤回の理由は、同居家族の無作為化を経ない登録、11施設のうち1施設での無作為化なしの割り当て、別の施設での無作為化の表の不統一である。再出版版のハザード比は 0.69(0.53〜0.91)で数値はほとんど動かなかったが、結論の動詞は「減らした」から「割り付けられた人たちのほうが少なかった」へ後退した。予防できたという主張ではなく、関連が観察されたという記述である |
| 30%も下がるなら、それは大きな効果だ | 何に対する30%かで大きさは変わる。再出版版の数字では、対照食の群で4.4%、オリーブ油を加えた群で3.8%——中央値4.8年の追跡で、差は0.6パーセントポイントである。相対では約31%低い。どちらも同じ一つの結果で、どちらも嘘ではない。2011年のコクランの系統的レビューでは、相対で示されたときのほうが効果は大きく見え、説得力があると受け取られた(標準化平均差 0.66、95%信頼区間 0.51〜0.81)。売り文句が相対を選ぶのは、そのほうが効くからである |
| 特定の食品に、体を大きく変える力がある | 料理本から無作為に選んだ食材50個のうち40個に、がんとの関連を報告した論文があった。個別の判定264件のうち191件(72%)が関連ありと結論し、単独研究の相対危険度の中央値は 2.20 と 0.52 だったが、同じ食材のメタ分析では中央値 0.96 とほぼ1に戻る。関連を報告する論文はほとんどの食材について見つかり、その数字は集めた瞬間に縮む |
食事の情報には、都合のいい性質がある。効果が出るまでに数年かかるので、その数年のあいだ、誰も間違いを証明できないのだ。しかも失敗したときには、続けなかった本人の側に理由を置ける。皮肉なのは、いちばん確かな一発逆転の項目が、食べ物ではなく、数字の読み方のほうだということである。30%と0.6パーセントポイントを見分けられるようになるのに、費用は1円もかからない。もっとも、そのぶん誰も売ってくれない。
Q1. 「地中海食が心疾患リスクを30%低下」の出どころである2013年の論文は、参加者 ____ 人・追跡期間の中央値 ____ 年の無作為化試験で、多変量調整後のハザード比は ____ だった。この論文は2018年に撤回された。穴埋め
Q2. 2018年に再出版された版では、主要評価項目のイベントは全体で288件。脂質を減らす対照食の群で ____%、地中海食にオリーブ油を加えた群で ____% だった。差は ____ パーセントポイントである。穴埋め
Q3. 2018年の撤回と再出版で、数値と結論の文のどちらがどう変わったか。撤回の理由にも触れて答えよ。一問一答
Q4. Schoenfeld & Ioannidis 2013 の「料理本の系統的レビュー」の結果として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. 2011年のコクランの系統的レビュー(35件・83の比較)が、相対リスク減少と絶対リスク減少の見せ方について報告したこととして正しいものはどれか。選択
今日か昨日に見聞きした健康の情報を1つだけ選ぶ。記事でも広告でも、人から聞いた話でもよい。そこに出てきた数字を1つ書き写す。次に、その数字が何に対する何%かを、自分の言葉で1行書けるかどうかを試す——何人のうち何人か、何年のあいだか、比べた相手は誰か。書けたら○、書けなかったら×を付ける。×でよい。調べ直す必要はなく、誰にも見せなくてよい。情報の出し手に問い合わせたり、その話をした相手に確かめたりはしない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Estruch R., Ros E., Salas-Salvadó J. et al. (2013) 'Primary Prevention of Cardiovascular Disease with a Mediterranean Diet', New England Journal of Medicine 368(14):1279-1290(2018年に撤回) — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Estruch R., Ros E., Salas-Salvadó J. et al. (2018) 'Primary Prevention of Cardiovascular Disease with a Mediterranean Diet Supplemented with Extra-Virgin Olive Oil or Nuts', New England Journal of Medicine 378(25):e34 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Akl E.A., Oxman A.D., Herrin J. et al. (2011) 'Using alternative statistical formats for presenting risks and risk reductions', Cochrane Database of Systematic Reviews (3):CD006776 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Schoenfeld J.D., Ioannidis J.P.A. (2013) 'Is everything we eat associated with cancer? A systematic cookbook review', The American Journal of Clinical Nutrition 97(1):127-134 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Rees K., Takeda A., Martin N. et al. (2019) 'Mediterranean-style diet for the primary and secondary prevention of cardiovascular disease', Cochrane Database of Systematic Reviews (3):CD009825 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- World Health Organization (2026) 'Healthy diet' Fact sheet — www.who.int