行動規範があるかどうかは、ほとんど何も予測しない。予測するのは、破られたときに何が起きたかだ
倫理規範は、掲げた時点でいちばん立派に見える。掲げた紙は残り、破られた日の記録は残らないからだ。研究が見つけているのは、その逆の順序である——効いているのは紙のほうではない。
変わらないと決めたもの
前の単位では、変わるべきときに変わるまでの日数を見た。ここではその上に、変わらないと決めたものを載せる。方針は変わってよい。変わってはいけないものを、どこで見分けるかという話である。
この単位が扱うのは一点だけだ。短期的には得なのに、誰も見ていない場面でも選ばれない行動が、その組織にあるか。規範があるかどうかではない。安全管理そのものは病気の棚と健康の棚、お金の使い方の倫理は金運の棚、判断の型は思考法の棚の持ち場なので、ここでは扱わない。
監視のない場面という条件が要点である。見られている場面での行動は、規範ではなく監視を測っている。
値切り:掲げれば行動が変わる
キシュ=ゲッパート、ハリソン、トレヴィーニョが2010年に Journal of Applied Psychology へ発表したメタ分析は、職場での非倫理的な選択について、30年ぶんの研究を統合した。個人の性質、案件の性質、そして組織の環境の3つに分けて整理したものである。
ここで組織の側を見ると、順序がはっきり出る。以下の数値はいずれも「非倫理的な選択」との相関なので、負の値は非倫理的な選択が少ないという意味になる。行動規範の文書が存在するかどうかと、非倫理的な選択との関連は −0.038 で、ほぼゼロ、つまりほとんど何も予測しない。いっぽう、その規範が実際に運用され、違反が罰せられうると認識されているかどうかとの関連は −0.459 だった。運用されている組織ほど、非倫理的な選択ははっきり少ない。
風土のほうも同じ向きを指している。自己利益を優先する風土は非倫理的な選択と正の関連(0.121)を持ち——つまり非倫理的な選択が増える側で——他者への配慮を重んじる風土は負の関連(−0.272)を持っていた。
つまり、紙と行動のあいだにあるのは、掲示ではなく運用である。紙は −0.038、運用は −0.459。この差が、この単位のほぼ全部だ。
宣言の力を、最もよく検証した例
「掲げれば行動が変わる」という考えを、最も具体的な形で試したのが、書類の最初に署名させるという手法だった。末尾ではなく冒頭に正直の宣誓を置くと、自己申告が正直になる——2012年に Proceedings of the National Academy of Sciences に載ったこの発見は、各国の行政機関にまで採用された。
2020年、同じ雑誌に追試が出る。クリスタルらは、5つの概念的な追試(合計4,559人)と、原著者と共同で行った事前登録済みの直接追試(1,235人)を実施した。署名を先にする効果は、どこにも見つからなかった。
そして2021年、元の論文は撤回された。
この経過は、宣言型の介入がどれも無意味だという話ではない。示しているのは順序である——政策に採用されるまでの速さと、検証が追いつくまでの遅さは、まったく釣り合っていない。掲げるのは1日で終わり、確かめるのに9年かかった。
罰を付けても、規範は戻ってこない
運用が効くなら、罰を付ければよいのか。ここに、経済学の側から出た有名な反例がある。
グニージーとルスティキーニが2000年に The Journal of Legal Studies へ発表した現地実験は、イスラエル・ハイファの私立の保育施設10か所を対象に、1998年1月から6月までの20週間を追った。5週目から、10か所のうち6か所で、迎えが10分以上遅れた場合に子ども1人あたり NIS 10 の罰金を導入した。
遅れる保護者は減らなかった。増えた。罰金の前は週におよそ8〜9件だった遅刻が、導入後は落ち着いたところで週15〜16件になった。そして17週目に罰金を撤廃しても、件数は元に戻らなかった。
著者らの解釈はこうだ。罰金は、それまで曖昧だった契約に情報を与えてしまった——遅刻は「先生に迷惑をかける行為」から「NIS 10 で買える延長」に変わった。値段が付いた瞬間に、規範のほうが消えたのである。しかも値段を外しても、規範は戻ってこなかった。
運用するというのは、罰則表を作ることではない。ここは間違えやすい。
値切り:良いことをする会社は儲かる
もう一つ、この領域でいちばん流通している主張がある。社会や環境に配慮する企業のほうが業績が良い、というものだ。
オーリツキー、シュミット、ラインズが2003年に Organization Studies へ発表したメタ分析は、52の研究・のべ33,878の観測を統合した。相関は確かに正で、観察された平均相関は 0.18、測定の不完全さなどを補正した推定値は 0.36 である。
問題は、その内訳のほうだ。何で測るかによって、数字がまるで別物になる。評判にもとづく指標を使うと 0.73、情報開示にもとづく指標だと 0.09。評判の指標というのは、要するにその会社が良い会社だと思われている度合いである。良い会社だと思われている度合いと、儲かっている度合いの相関が大きいのは、あまり驚くべきことではない。
公平のために書いておくと、この著者らは出版バイアスの検討もしていて、結論を覆すには無に近い結果の研究が1,037件必要だと計算している。相関そのものは消えない。ただ、測り方を変えると8倍動く数字を、経営の根拠として使うのは無理がある。
因果に寄せた仕事も1本ある。フラマーが2015年に Management Science へ発表した研究は、僅差で可決された社会的責任に関する株主提案と、僅差で否決された提案を比べた。僅差の可否は、ほぼ偶然の割り当てに近い。可決された企業では、公表時の株価の反応が正で、その後の会計上の成果、労働生産性、売上成長が上がっていた。相関だけの分野に、数少ない因果の手がかりがある——ただしこれは米国の上場企業の株主提案という、かなり特殊な場面の話である。
探しても見つからなかったもの
この単位の設計資料には、創業初期に定めた倫理規範が、組織が大きくなったあとも文化の根として機能する、という主張があり、根拠として著名なテクノロジー企業2社の事例が挙げられていた。
探した。査読誌のデータベースで、社名と行動規範・企業文化を組み合わせて当たり、両社が公開している文書と、報道の一次記事にも当たった。見つかるのは、企業自身の公表資料と、それを要約した記事だけだった。創業初期の規範の有無と、その後の行動を測って比べた研究には、たどり着けなかった。
存在しないと断定はしない。ただ、確かめようとした人がたどり着けない場所にある主張を、根拠として使うことはできない。加えて、この形の話には構造上の問題がある——生き残った会社の初期の文書だけが読まれ、同じ文書を持っていて消えた会社の分は、誰も集めていない。だからこの単位では、模範として掲げる会社を1社も出さない。
時間・変化:規範は、掲げた日ではなく破られた日に決まる
規範の強さは、平時には測れない。測定の機会は、破られたときにしか来ないからだ。
だから観察点は3つになる。第一に、直近で規範が破られたのはいつか。第二に、そのとき何が起きたか——公になったか、内々に処理されたか、何も起きなかったか。第三に、その扱いが相手の地位によって変わったかどうか。3つとも、規範の文面には書かれていない。
そして、この3つの記録は時間とともに劣化する。人が入れ替われば、前回どう扱われたかを知る人がいなくなり、規範は文面だけに戻る。運用が −0.459 という大きさで効くのは、それが継続的な記録だからであって、一度の厳しい処分だからではない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、規範を増やすことで運用の空白を埋めようとすることである。条項が増えるほど、どれが実際に運用されているのかは見えにくくなる。
第二の妨げは、値段を付けてしまうことだ。罰金の実験が示したのは、規範を金額に翻訳した瞬間に、規範のほうが消えるという順序である。
標本の偏りを断っておく。この単位の証拠は、米国とイスラエルと西欧の、上場企業・学生・公的部門に偏る。読者の組織はおそらく30人以下だが、ここまでの数字のほとんどは数百人以上の組織や上場企業で採られたものだ。しかも規範を破って消えた組織は、調査に答えないし取材もされない。日本の商慣行や法制度にそのまま当てはまる保証もない。数字は向きだけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、自分の側の一行を書いておくことだ。組織の規範ではなく、自分が「短期的には得だが、やらない」と決めていることを1つ、言葉にしておく。書いてあれば、判断の速さが変わる。
最初の一歩は10分。その一行を書き、なぜやらないのかを一言添える。誰にも見せなくてよい。
次の単位は 176「組織再生力(レジリエンス)」——ここまでで、変わらないと決めたものの運用を置けた。次はその上に、外から衝撃が来たときに何が残るかを載せて、この棚を閉じる。
- この単位が扱うのは、短期的には得なのに、誰も見ていない場面でも選ばれない行動が組織にあるかどうかだけである。見られている場面での行動は、規範ではなく監視を測っている
- Kish-Gephart, Harrison & Treviño 2010(Journal of Applied Psychology 95(1):1-31)は職場での非倫理的な選択について30年ぶんの研究を統合した。行動規範の文書が存在するかどうかと非倫理的な選択との関連は −0.038 でほぼゼロ、規範が実際に運用され違反が罰せられうると認識されているかどうかとの関連は −0.459 で、運用されている組織ほど非倫理的な選択は少ない(負の値は非倫理的な選択が減る向きを指す)
- 同じメタ分析では、自己利益を優先する風土は非倫理的な選択と正の関連(0.121)、他者への配慮を重んじる風土は負の関連(−0.272)を持っていた。効いているのは掲示ではなく、風土と運用のほうである
- 書類の冒頭に正直の宣誓の署名を置くと自己申告が正直になるという2012年の発見(Proceedings of the National Academy of Sciences)は各国の行政機関に採用されたが、Kristal ら 2020(PNAS 117(13):7103-7107)が5つの概念的追試(合計4,559人)と原著者と共同の事前登録済み直接追試(1,235人)で効果を再現できず、元の論文は2021年に撤回された
- Gneezy & Rustichini 2000(The Journal of Legal Studies 29(1))は、イスラエル・ハイファの私立の保育施設10か所を1998年1月から6月まで20週間追い、5週目から6か所で10分以上の遅れに子ども1人あたり NIS 10 の罰金を導入した。遅刻は週およそ8〜9件から15〜16件へ増え、17週目に罰金を撤廃しても元には戻らなかった
- Orlitzky, Schmidt & Rynes 2003(Organization Studies 24(3):403-441)は52研究・のべ33,878の観測を統合し、社会や環境への配慮と財務成果の観察された平均相関を 0.18、補正後の推定値を 0.36 とした。ただし評判にもとづく指標では 0.73、情報開示にもとづく指標では 0.09 で、測り方によって8倍動く
- Flammer 2015(Management Science 61(11):2549-2568)は、僅差で可決された社会的責任に関する株主提案と僅差で否決された提案を比べる回帰不連続の設計を用い、可決された企業で公表時の株価の反応が正であり、その後の会計上の成果・労働生産性・売上成長が上がっていたことを示した。相関ばかりのこの領域で、数少ない因果の手がかりである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 行動規範を定めて周知すれば、組織の行動は変わる | 30年ぶんの研究を統合したメタ分析では、規範の文書が存在するかどうかと非倫理的な選択との関連は −0.038 でほぼゼロ、ほとんど何も予測しなかった。−0.459 の関連を持っていたのは、その規範が実際に運用され、違反が罰せられうると認識されているかどうかのほうである。紙と行動のあいだにあるのは掲示ではなく運用で、しかもその運用は破られた日にしか観察できない |
| 守らせたいなら、破ったときの罰則を決めておけばよい | イスラエルの保育施設10か所での現地実験では、迎えの遅れに罰金を導入した施設で遅刻が週およそ8〜9件から15〜16件へ増えた。金額が付いた瞬間に、遅刻は迷惑をかける行為から購入できる延長に変わったからである。しかも罰金を撤廃しても件数は元に戻らなかった。運用するというのは罰則表を作ることではない |
| 良いことをする会社のほうが儲かる、という関係はデータで確立している | 52研究・のべ33,878の観測を統合したメタ分析で、観察された平均相関は 0.18、補正後で 0.36 と正ではあった。しかし評判にもとづく指標を使うと 0.73、情報開示にもとづく指標では 0.09 と、測り方によって8倍動く。評判の指標が測っているのは、その会社が良い会社だと思われている度合いである。僅差の株主提案を使った因果に寄せた研究は正の効果を示しているが、それは米国の上場企業という特殊な場面の話である |
倫理規範のいちばん優れた性質は、費用がかからないことである。書けば掲げられ、掲げれば掲示され、掲示されれば「うちには規範がある」と言える。関連 −0.038 という、ほぼゼロのものが、これほど広く採用された例はそう多くない。しかも都合のよいことに、その規範が実際に試されるのは、たいてい業績が苦しい年の、いちばん相談しづらい相手との案件で、真夜中に近い時刻である。そのとき参照されるのは壁の額縁ではなく、前に同じことが起きたときにこの組織が何をしたか、という記憶のほうだ。だから規範を書き足すより先に、前回の記録を探すほうが早い。見つからなければ、それが答えである。
Q1. 30年ぶんの研究を統合した2010年のメタ分析が示した、行動規範の存在と、その運用の効きめの違いを数値で答えよ。一問一答
Q2. イスラエルの保育施設で行われた罰金の現地実験について、導入前後と撤廃後の遅刻件数の変化を説明し、著者らの解釈を1文で述べよ。一問一答
Q3. 社会や環境への配慮と財務成果の関係を52研究・のべ33,878の観測で統合したメタ分析では、観察された平均相関は ____ 、補正後の推定値は ____ 。ただし評判にもとづく指標では ____ 、情報開示にもとづく指標では ____ だった。穴埋め
Q4. 書類の冒頭に正直の宣誓の署名を置くと自己申告が正直になる、という発見のその後として正しいものはどれか。選択
Q5. 創業初期の倫理規範が組織の拡大後も文化の根として機能する、という主張について、この単位はどう扱っているか。選択
今日1回、10分。手元の紙かメモアプリに、自分が「短期的には得だが、自分はやらない」と決めていることを1つだけ書く。仕事の場面に限る必要はないが、抽象的な徳目(誠実である、など)ではなく、具体的な行動の形で書く——たとえば、聞かれていない不利な情報を伏せたまま話を進める、期限に間に合わせるために確認の工程を1つ飛ばす、といった粒度にする。書いたら、その下に一言だけ理由を添える。理由は立派でなくてよい(あとで自分が困るから、で構わない)。最後に、それを最後にやりそうになったのはいつかを思い出して日付を書く。思い出せなければ「記憶なし」と書く。他人の行動については書かない。同僚や取引先を評価する記述も書かない。誰にも見せず、自分の手元に置いておく。組織に所属していない場合(フリーランス・休職中・求職中など)も、そのまま自分の仕事や活動について書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Kish-Gephart J.J., Harrison D.A., Treviño L.K. (2010) 'Bad Apples, Bad Cases, and Bad Barrels: Meta-Analytic Evidence About Sources of Unethical Decisions at Work', Journal of Applied Psychology 95(1):1-31 — pure.psu.edu
- Kristal A.S., Whillans A.V., Bazerman M.H., Gino F., Shu L.L., Mazar N., Ariely D. (2020) 'Signing at the beginning versus at the end does not decrease dishonesty', Proceedings of the National Academy of Sciences 117(13):7103-7107 — www.pnas.org
- Proceedings of the National Academy of Sciences (2021) 'Retraction for Shu et al., Signing at the beginning makes ethics salient and decreases dishonest self-reports in comparison to signing at the end', PNAS 118(38):e2115397118 — www.pnas.org
- Gneezy U., Rustichini A. (2000) 'A Fine is a Price', The Journal of Legal Studies 29(1) — www.journals.uchicago.edu
- Orlitzky M., Schmidt F.L., Rynes S.L. (2003) 'Corporate Social and Financial Performance: A Meta-analysis', Organization Studies 24(3):403-441 — journals.sagepub.com
- Flammer C. (2015) 'Does Corporate Social Responsibility Lead to Superior Financial Performance? A Regression Discontinuity Approach', Management Science 61(11):2549-2568 — papers.ssrn.com