レジリエンスという言葉を、危機の前に何を余らせておいたかの台帳に置き換える
危機を乗り越えた組織を後から集めて、共通点を数える。共通点は必ず見つかる——乗り越えられなかった組織は、そもそも集められていないからだ。この棚が入口で値切った手つきが、最後の単位にそのまま戻ってくる。
規範の次に来るもの
前の単位では、変わらないと決めたものが監視なしで守られているかを見た。ここではその上に、外から衝撃が来たときに何が残るかを載せて、この棚を閉じる。
最初に範囲を決めておく。この単位が扱うのは組織の話だけである。個人が落ち込みから立ち直る力は開運の棚の持ち場で、心身の回復そのものは病気の棚と健康の棚の持ち場になる。ここでは、人の心の強さには一切触れない。組織が衝撃を受けたときに、何が最初に減り、何が最後まで残ったか——それだけを見る。
値切り:回復が2〜3倍速い、という数字
レジリエンスの資料で最もよく引かれる数字がある。危機に強い組織は、そうでない組織より回復が2〜3倍速い、という形のものだ。出どころとして名前が挙がるのは、大手コンサルティング会社が2020年前後に公表した一連のレポートである。
探した。査読誌のデータベースで、組織のレジリエンスと回復速度を組み合わせて当たり、その会社が公開しているレポート本体にも当たった。この2〜3倍という数値を報告した査読論文には、たどり着けなかった。
そして意外なことに、レポート本体にもその数字は無い。書かれているのは別の分解である。危機の局面における相対的な株主総利回りのうち、衝撃そのものを小さく抑えたことで説明できる部分が63%、回復の速さで説明できる部分が23%。標本は米国の時価総額30億ドル以上の企業およそ1,800社、期間は1995年から2020年。危機に当たる四半期は全体の11%しかないが、長期の相対的な利回りの30%を占めるとも書かれている。
つまり、この数字の元にされている当のレポートが、速さより浅さを指しているのである。
断っておくと、コンサルティング会社の自社レポートは一次情報ではない。査読を経ておらず、追試の対象にもならないからだ。ただしこの件では、レポートの側が標本と定義を明示していて、そこから離れた場所で2〜3倍という数字だけが歩いている。犯人はレポートではなく、伝言のほうである。
定義が乱立していると、循環が始まる
リンネンルーケが2017年に International Journal of Management Reviews へ発表したレビューは、1977年から2014年までに出た論文・書籍・章のうち影響力のある339件を、133の媒体から集めて体系的に整理した。
結果は5つの流れに分かれた。外部の脅威への組織の対応、組織の信頼性、従業員の強み、事業のかたちの適応性、そして供給網の設計原理である。そして著者はこう書いている——レジリエンスは研究の流れごとにかなり異なる形で概念化され、操作化もばらばらで、将来の逆境への耐性を検出する実証についての知見はほとんど無い。
ここから循環が始まる。前もって測れないなら、判定は事後になる。危機を乗り越えた組織を集めて、レジリエントだったと呼ぶ。共通点を数える。共通点は必ず見つかる。乗り越えられなかった組織は、そもそも集められていない——この棚の入口で値切った手つきが、最後の単位でそのまま戻ってくる。
ウィリアムズらが2017年に Academy of Management Annals へ発表したレビューも、この領域が整理されていないことを別の角度から示した。危機管理の研究とレジリエンスの研究は、どちらも逆境への対応を説明しようとしながら、ほとんど交わらずに発達してきた。危機を出来事として見るか、過程として見るかで、そもそも測るものが変わる。
2つに割ると、測れるものが出てくる
では何なら測れるのか。デジャルダン、バンサル、ヤンが2019年に Journal of Management へ発表した研究は、この問いに対して割り算で答えた。
彼らは、組織のレジリエンスが結果に現れる形を2つに分けた。損失の深さ——どれだけ落ち込んだか、これが安定の側面。そして回復までの時間——戻るまでにどれだけかかったか、これが柔軟性の側面である。2008年の世界金融危機という共通の衝撃を使い、米国の963社の反応をこの2つで測った。
分かったのは、社会や環境への取り組みのうち、長期の戦略的なもののほうが、短期の戦術的なものより、この2つに資するということだった。つまり効いていたのは、危機が来てから何をしたかではなく、危機が来る前に何に資源を回していたかである。
オルティス=デ=マンドハナとバンサルが2016年に Strategic Management Journal へ発表した研究も、同じ場所を別の道具で照らしている。似た条件の企業を121組(合計242社)対応づけ、15年間追跡した。社会・環境の取り組みを持つ側は、財務の変動が小さく、売上の成長が高く、存続率も高かった。ただし——短期の財務成果では差が出なかった。効果は、長い時間の窓でしか見えない形をしていた。
危機のときにできることは、危機の前に決まっている
ギッテル、キャメロン、リム、リヴァスが2006年に The Journal of Applied Behavioral Science へ発表した研究は、2001年9月11日の同時多発テロのあとの米国の航空会社を追った。
結果は素っ気ない。危機のあとに実施された人員削減は、回復を促すつもりで行われたにもかかわらず、その後4年にわたって回復を妨げていた。そして削減に踏み切ったかどうかは、危機の前に財務の余力が乏しかったことと強く結びついていた。さらにその余力は、長期にわたって保たれてきた従業員との関係の質と切り離せなかった。
危機の日にできる選択は、危機の前に積んだものの範囲でしか選べない。これがこの単位の中心にある一文である。
日本のデータが示したもの——余らせるのは現金だけではない
日本にも、この問いに正面から答えた研究がある。トド、ナカジマ、マトウスが2015年に Journal of Regional Science へ発表した分析は、東日本大震災に見舞われた企業の企業レベルのデータを使い、取引のつながりが回復にどう効いたかを調べた。
つながりには両方の向きがある。取引先が多いほど、どこかが止まったときに巻き込まれる危険も増える。それでも結果は、正の効果のほうが上回った。しかも効き方が分かれている——被災地の外にいる取引先とのつながりは、生産の早期再開に効いた。地域内のつながりは、中期の売上の回復に効いた。
近くの関係と遠くの関係は、別の時期に効く。余らせておくものは現金だけではない、というのは、そういう意味である。
時間・変化:レジリエンスは、危機の後には作れない
ここまでの研究は、時間についてほぼ同じことを言っている。効いていたものは、どれも危機の前に置かれていた。財務の余力、長く保たれた関係、外と内の両方にある取引の線、そして長期の取り組みに資源を回してきた履歴である。
危機のあとに作れるものは、ほとんど無い。作れるのは判断だけで、その判断の選択肢の幅は、前もって余らせておいた量で決まっている。
だから、レジリエンスという名詞は捨ててよい。代わりに置くのは台帳である——危機の前に、何を、どれだけ余らせているか。現金、人手、時間、関係、そして手順。台帳なら、平時にも書ける。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、余らせることを無駄と呼ぶ言葉づかいである。余力は、平時にはつねに削減対象に見える。削った直後の四半期には、削った分だけ良い数字が出る。効果が見えるのは、次の衝撃が来たときだけだ。
第二の妨げは、レジリエンスを訓練や研修の話にしてしまうことである。ここまでの証拠は、どれも組織が何を持っていたかの話であって、誰かの心構えの話ではない。個人の回復力は、別の棚が扱う。
標本の偏りを断っておく。この単位の証拠は、米国の上場企業に強く偏る。読者の組織はおそらく30人以下だが、ここまでの数字のほとんどは数百人以上の組織、それも株価が観測できる企業で採られたものだ。潰れた組織は、その後の調査に答えない。日本のデータは震災という特定の衝撃についてのもので、雇用慣行や取引の慣行が違えば形も変わる。数字は向きだけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、台帳を1回書いてみることだ。3行でよい。真っ先に減るもの、最後まで残るもの、そして今それがどれくらいあるか。
最初の一歩は10分。自分の組織で、苦しくなったときに真っ先に減るものと、最後まで残るものを、合わせて3件書き出す。予算でも、会議でも、人の余裕でも、確認の工程でもよい。
この棚を閉じる
この棚は、4つの層を下から積み上げてきた。
最初に置いたのは存在基盤——なぜ在るのか(161から164)。存在理由が明文化されていることと、日常の判断で参照されていることは別物だ、というところから始めた。次に構造・仕組み——どう動くのか(165から168)。誰が何を決めてよいか、情報がどこで詰まるか、資源がどう配られるか、掲げた目的と実際に評価されているものが食い違っていないか。三番目が関係・文化——誰と在るのか(169から172)。これを言ったら不利になる、という予測が成り立っていないかどうか。そして最後が適応・持続——これから(173から176)。振り返りが手続きとして存在するか、方針が行動に移るまでに何日かかるか、変わらないと決めたものが監視なしで守られているか、そして衝撃のときに何が残るか。
下が無いと、上は崩れる。存在理由が判断に使われていない組織では、方針転換は「また変わった」としか受け取られない。誰が何を決めるかが不明なままでは、振り返りの記録は置き場所を持てない。これを言ったら不利になる、が成り立つ組織では、規範は破られた日に沈黙する。積み上がっているというのは、そういう意味だ。
そして16の単位すべてで、同じ2つの手つきを値切ってきた。成功した組織を後から集めて共通点を数えること。そして制度を作った側が作った質問に、制度の中にいる人が答えて、その相関を効果と呼ぶこと。この最後の単位のレジリエンスは、その2つが最も濃く残っていた場所だった。
残るのは、名詞ではなく記録である。掲げた言葉ではなく、実際に運用されている手続き。文化ではなく、誰が何を決めたかの台帳。そして、危機の前に何を余らせておいたかの、いま書ける3行。
- この単位は組織の話だけを扱う。個人が落ち込みから立ち直る力は開運の棚、心身の回復そのものは病気の棚と健康の棚の持ち場で、ここでは人の心の強さには触れない
- 危機に強い組織は回復が2〜3倍速い、という数字の一次情報にはたどり着けなかった。査読誌のデータベースにも、出どころとされる大手コンサルティング会社の公表レポート本体にも無い。レポートにあるのは別の分解で、危機の局面における相対的な株主総利回りのうち、衝撃そのものを小さく抑えたことで説明できる部分が63%、回復の速さで説明できる部分が23%(米国、時価総額30億ドル以上の約1,800社、1995〜2020年)。元にされたレポート自身が、速さより浅さを指している
- Linnenluecke 2017(International Journal of Management Reviews 19(1):4-30)は1977年から2014年までの影響力のある339件を133の媒体から整理し、レジリエンスは研究の流れごとに概念化も操作化もばらばらで、将来の逆境への耐性を検出する実証についての知見はほとんど無いと述べた。前もって測れないので、判定は事後になり、危機を乗り越えた組織を集めてレジリエントと呼ぶ循環が生まれる
- DesJardine, Bansal & Yang 2019(Journal of Management 45(4):1434-1460)は、組織のレジリエンスが現れる形を損失の深さ(安定の側面)と回復までの時間(柔軟性の側面)に分け、2008年の世界金融危機に対する米国の963社の反応を測った。短期の戦術的な取り組みより、長期の戦略的な取り組みのほうがこの2つに資していた
- Ortiz-de-Mandojana & Bansal 2016(Strategic Management Journal 37(8):1615-1631)は、似た条件の企業を121組(合計242社)対応づけて15年間追跡し、社会・環境の取り組みを持つ側で財務の変動が小さく、売上成長と存続率が高いことを示した。ただし短期の財務成果では差が出なかった
- Gittell, Cameron, Lim & Rivas 2006(The Journal of Applied Behavioral Science 42(3))は2001年9月11日以降の米国の航空会社を追い、危機後の人員削減が、回復を促す意図に反してその後4年にわたり回復を妨げていたこと、そして削減に踏み切ったかどうかが危機前の財務の余力の乏しさと強く結びついていたことを示した
- Todo, Nakajima & Matous 2015(Journal of Regional Science 55(2):209-229)は東日本大震災に見舞われた企業のデータを用い、被災地の外にいる取引先とのつながりが生産の早期再開に、地域内のつながりが中期の売上回復に効いたことを示した。つながりは巻き込まれる危険も増やすが、正の効果のほうが上回った
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| レジリエンスの高い組織は、危機からの回復が2〜3倍速い。これは調査で確かめられている | この数値を報告した査読論文にはたどり着けなかった。出どころとされる大手コンサルティング会社のレポート本体にも、その数字は無い。そこに書かれているのは、危機の局面における相対的な株主総利回りのうち、衝撃を小さく抑えたことで説明できる部分が63%、回復の速さで説明できる部分が23%という分解である。元にされた資料自身が、速さより浅さを指している |
| 危機を乗り越えた組織を調べれば、レジリエンスの要件が分かる | 1977年から2014年までの339件を整理したレビューによれば、レジリエンスは研究の流れごとに概念化も操作化もばらばらで、将来の逆境への耐性を前もって検出する実証はほとんど無い。前もって測れないので判定は事後になり、乗り越えた組織を集めて共通点を数えることになる。乗り越えられなかった組織は、そもそも集められていない |
| 危機が来たら、まず固定費を削って身軽になるのが回復への近道だ | 2001年9月11日以降の米国の航空会社を追った研究では、危機後の人員削減は回復を促す意図に反して、その後4年にわたり回復を妨げていた。しかも削減に踏み切ったかどうかは、危機前に財務の余力が乏しかったことと強く結びついていた。危機の日にできる選択は、危機の前に積んだものの範囲でしか選べない。なお、これは特定の人事施策の是非を助言するものではなく、危機前の余力が選択肢の幅を決めるという観察である |
レジリエンスという言葉には、他の流行語にはない特権がある。危機が来るまで反証されず、危機が来たあとは、生き延びた側の説明としてしか語られない。したがって、この言葉を掲げている組織が実際にそうであるかどうかは、原理的に、いま確かめられない。都合のよいことに、確かめられる日が来たときには、確かめている場合ではなくなっている。それでも1つだけ、平時にできることが残っている——現金、人手、時間、関係、手順のうち、いま何がどれだけ余っているかを3行で書くことだ。3行なら10分で書ける。10分が取れない状態そのものが、その3行の1行目の答えでもある。
Q1. 「危機を乗り越えた組織を集めてレジリエントと呼ぶ」循環が回る順に並べ替えよ。A 共通点を数え、要件として発表する/B 危機が起きる/C 乗り越えた組織が観察できる状態で残る/D その組織をレジリエントと呼ぶ並べ替え
Q2. 組織のレジリエンス研究のレビューは、____ 年から ____ 年までの影響力のある ____ 件を整理し、将来の逆境への耐性を検出する実証についての知見はほとんど ____ と述べた。穴埋め
Q3. 米国963社を対象にした2019年の研究は、組織のレジリエンスをどの2つに分けて測ったか。そして、その2つに資していたのはどのような取り組みだったか。一問一答
Q4. 「回復が2〜3倍速い」という数字について、この単位が確認した内容として正しいものはどれか。選択
Q5. 東日本大震災に見舞われた企業のデータが示した、取引のつながりの効き方はどれか。選択
今日1回、10分。自分の組織(または自分の仕事)で、苦しくなったときに真っ先に減るものと、最後まで残るものを、合わせて3件書き出して記録する。書き方は、それぞれ「名前」と「減る/残る」と「いま、どれくらいあるか」の3項目にする。対象は何でもよい——確認の工程、打ち合わせの時間、予備の人手、支払いの猶予、練習や試作にあてる時間、外の取引先との連絡、記録を書く時間。3件のうち少なくとも1件は「残る」側にする。過去に苦しかった時期を1つ思い出すと書きやすい。誰かの働き方を評価する記述や、特定の同僚についての記述は書かない。組織に所属していない場合(フリーランス・休職中・求職中など)は、自分の仕事や生活の運用について同じ3件を書けばよい。過去に所属した組織を思い出して書いてもよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Linnenluecke M.K. (2017) 'Resilience in Business and Management Research: A Review of Influential Publications and a Research Agenda', International Journal of Management Reviews 19(1):4-30 — onlinelibrary.wiley.com
- DesJardine M., Bansal P., Yang Y. (2019) 'Bouncing Back: Building Resilience Through Social and Environmental Practices in the Context of the 2008 Global Financial Crisis', Journal of Management 45(4):1434-1460 — journals.sagepub.com
- Ortiz-de-Mandojana N., Bansal P. (2016) 'The long-term benefits of organizational resilience through sustainable business practices', Strategic Management Journal 37(8):1615-1631 — sms.onlinelibrary.wiley.com
- Gittell J.H., Cameron K., Lim S., Rivas V. (2006) 'Relationships, Layoffs, and Organizational Resilience: Airline Industry Responses to September 11', The Journal of Applied Behavioral Science 42(3) — journals.sagepub.com
- Todo Y., Nakajima K., Matous P. (2015) 'How Do Supply Chain Networks Affect the Resilience of Firms to Natural Disasters? Evidence from the Great East Japan Earthquake', Journal of Regional Science 55(2):209-229 — onlinelibrary.wiley.com
- Williams T.A., Gruber D.A., Sutcliffe K.M., Shepherd D.A., Zhao E.Y. (2017) 'Organizational Response to Adversity: Fusing Crisis Management and Resilience Research Streams', Academy of Management Annals 11(2):733-769 — journals.aom.org