「役割を明確にすれば成果が上がる」は言いすぎだ——上がるのは、本人の落ち着きのほうである
組織の困りごとは、たいてい「誰が決めるのか分からない」という形で現れる。売られている解決策は、たいてい新しい役職名の一覧である。役割の明確さが何を良くするのかを実際に測った研究を開くと、良くなっているのは成果ではなく、本人の落ち着きのほうだった。
存在基盤の上に、構造を載せる
前の単位までで、この組織は何者で、何のためにあるのかという存在基盤を4つ置いた。ここからは、その存在基盤を毎日動かしている構造のほうへ移る。最初に来るのが、誰が何を決めてよいか、である。
組織の困りごとは、たいてい人格の言葉で語られる。あの人は抱え込む、あの人は勝手に決める、あの人は決めない。同じ状況を構造の言葉に置き換えると、こうなる——この種類の決定について、決める人と、決める前に相談を受ける人と、決まったあとに知らされる人の区別が、どこにも書かれていない。人格の話には反論が要るが、区別の話は紙に書けば終わる。
役割の明確さは、肩書きの数ではなく決定権の所在
役割が明確な状態を、職務記述書の厚さで測ると話が狂う。10人から30人の組織では、一人が3つも4つも兼ねているのが普通で、書けば書くほど現実から離れていく。測るなら、決定の単位で測るほうが早い。値段、採用、外部への約束、作りかけのものを捨てる判断——この4つくらいから始めれば十分である。
格子に落としてみると、曖昧さの正体がだいたい見える。詰まっているのは「誰が決めるか」ではなく、「誰に相談してから決めるか」のほうであることが多い。決定者は暗黙のうちに合意されていて、相談の範囲だけが人によって違う。だから同じ決定が、ある日は10分で終わり、ある日は3日かかる。
この単位の要素名にある「流動的」は、緩いという意味ではない。書いた内容が変わることを前提にする、という意味である。決定権の表は、正しく書けたら終わりになる文書ではなく、賞味期限のある文書だ。だから書式は軽いほうがいい。4つの決定と4つの区別なら、紙1枚で足りる。
この分野が測ってきたものも確認しておく。役割の葛藤と役割の曖昧さを質問紙で測る出発点は、Rizzo・House・Lirtzman が1970年に Administrative Science Quarterly に発表した尺度である。つまり、この60年ほどの研究が測ってきたのは組織の実態そのものではなく、本人がどう感じているかのほうだ。ここは押さえておいたほうがいい。組織の側が明確になったかどうかと、そこにいる人が明確だと感じているかどうかは、別々に動く。
書かれた図と、実際に決まっている経路
組織図は、線がつながっている場所を示す。実際の決定は、その線の上をあまり通らない。小さい組織ほどそうで、図の上では部門をまたぐ話が、実際には席が近い2人のあいだで終わっている。これ自体は悪いことではない。速いからだ。問題になるのは、そこで決まったことが、図の上で関係する人に届かないときだけである。
値切り:階層のない組織という商品
役割と権限の話には、よく売れている対抗馬がある。ホラクラシー、そしてティール組織。どちらも一般向けの書籍として広まったもので、査読された効果検証ではない。
いちばん引かれるのが、ある米国の靴の通販会社が全社で導入した事例である。この導入が離職や業績に何をもたらしたかを測った査読論文を探した。組織研究の主要誌と学術検索で、社名・制度名・成果の語を組み合わせて当たったが、出てくるのは教育用のケース教材、実務誌の記事、導入を支援する側の自社レポートだった。査読された効果検証には、たどり着けなかった。存在しないとは断定しない。ただ、確かめられない事例を根拠として使うことはできない。
代わりに、この領域を正面から整理した査読済みの文献はある。Lee と Edmondson が2017年に Research in Organizational Behavior へ発表した95本のレビューは、階層を減らす組織化について、その成否や有効性を評価できるデータは乏しい、と述べている。同レビューはさらに、この会社では導入から2年で、従業員1人あたりの役割の数が1つから7.4に増えたと報告している。仕事が7.4倍になったのではなく、役割の定義が細かくなったということだ。階層をなくすと役割が消えるのではない。役割は、むしろ増えて分割される。
では、明確にすると何が良くなるのか
置き換える実証は地味である。Jackson と Schuler が1985年に Organizational Behavior and Human Decision Processes へ発表したメタ分析は、この主題の研究を集計した代表的な仕事だが、のちに標本の小ささと信頼性の報告の乏しさを指摘され、Tubre と Collins が2000年に Journal of Management で大きな標本を使って再分析した。結果は、役割の曖昧さと職務成果の相関が -.21、役割の葛藤と職務成果は -.07 である。
もっと古い米国・1983年のメタ分析(Fisher と Gitelson、Journal of Applied Psychology)では、上司が評定した成果との相関は、曖昧さが -.10(18標本)、葛藤が -.09(16標本)だった。いっぽう同じ分析で、曖昧さと職務満足は -.25、組織コミットメントは -.34、葛藤と職務満足は -.35 である。
並べると、言えることは1つに絞られる。役割を明確にして動くのは、主に本人の満足と緊張であって、成果のほうは思われているよりずっと動かない。これは役割整理をやめる理由にはならない。期待する先を間違えない、という話である。
ついでに、逆の俗説も1つ値切っておく。小さい組織に構造はいらない、という言い方だ。Sine・Mitsuhashi・Kirsch が2006年に Academy of Management Journal へ発表した研究は、1996年から2001年の米国のインターネット関連の新興企業を対象に、専門化・公式化・管理機能の厚みが高い企業のほうが成果が良いことを示した。変化の速い業界では有機的な組織が有利だという古典的な予測と、逆の結果である。
時間・変化:役割は、名前を変えないまま中身が入れ替わる
役割のずれは、事件としては起きない。じわじわ起きる。
第一に、人が増えると、同じ役割名の指す範囲が勝手に狭くなる。3人のときの「営業」と、15人のときの「営業」は別物だが、名前が同じなので誰も気づかない。
第二に、兼任している人の中では、日に何度も帽子が替わる。替わった合図が本人にしか見えていないと、周囲からは同じ人が矛盾したことを言っているように見える。
第三に、権限は、成功のあとに黙って広がり、失敗のあとに黙って狭まる。どちらも宣言されないので、本人が最後に知る。
だから役割の点検は、組織が変わったときではなく、暦で回すほうが機能する。人数が5人増えるたび、というのが実務的な目安である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、役割を人格に読み替える癖である。決定権の所在が書かれていないことの結果を、その人の性格として説明してしまうと、書けば済む問題が、変えられない問題に化ける。
第二の妨げは、明確化を一度で終わらせようとすることだ。一度で正しく書けた記述は、次の3か月で必ず外れる。外れたことを失敗と数える組織では、二度目が始まらない。
第三の妨げは、曖昧さを全部つぶそうとすることである。10人から30人の組織では、決定の大半は前例のないものだから、すべてに事前の割り当てを用意することはできない。狙うのは、曖昧さをゼロにすることではなく、頻度の高い決定から順に、4つか5つだけ所在をはっきりさせることだ。
証拠の偏りも断っておく。ここで挙げた数字は、ほぼすべて米国と西欧のもので、対象は数百人以上の組織に極端に偏っている。あなたの組織が30人以下なら、そのまま当てはまる保証はない。しかも測っているのは本人の自己申告で、うまくいかなかった組織はそもそも調査に答えないし、取材もされない。日本の雇用慣行——職務の範囲が契約で細かく決まっていないことが多い——にそのまま重ねられない点も同じである。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実だ。
助けるのは、境界を自分の側から1行で書いてみることだ。権限がなくてもできる。
最初の一歩は5分。自分が決めてよい範囲と、決めてはいけない範囲の境界を、1行で書く。書けなければ、そこが曖昧な場所である。誰かに送る必要はない。
ここまでで、誰が何を決めるかという構造の1本目が置けた。次の単位は 166「情報流通の健全性」——その決定を下すのに要る情報が、どこで詰まっているかを扱う。決定権の地図があっても、材料が届かない場所には決定は生まれない。
- Tubre & Collins 2000(Journal of Management 26(1):155-169)の米国のメタ分析では、役割の曖昧さと職務成果の相関は -.21、役割の葛藤と職務成果は -.07 だった。この2000年の再分析は、標本の小ささを理由に Jackson & Schuler 1985 をやり直したものである
- Fisher & Gitelson 1983(Journal of Applied Psychology 68(2):320-333)の米国のメタ分析では、上司が評定した成果との相関は役割の曖昧さが -.10(18標本)、役割の葛藤が -.09(16標本)。いっぽう曖昧さと職務満足は -.25、組織コミットメントは -.34、葛藤と職務満足は -.35 で、動くのは主に態度のほうである
- Jackson & Schuler 1985(Organizational Behavior and Human Decision Processes 36(1):16-78)は役割の曖昧さと葛藤の研究を集計した代表的なメタ分析だが、標本の小ささと信頼性の報告の乏しさが後に指摘され、2000年に大きな標本で再分析された
- Rizzo, House & Lirtzman 1970(Administrative Science Quarterly 15(2):150-163)が役割の葛藤と曖昧さを質問紙で測る尺度の出発点である。つまりこの分野が測ってきたのは組織の実態ではなく、本人の知覚のほうである
- ホラクラシーもティール組織も一般向けの書籍であって査読された効果検証ではない。よく引かれる米国の靴の通販会社の全社導入について、離職や成果を測った査読論文を組織研究の主要誌と学術検索で探したが、たどり着けなかった(出てくるのは教育用ケース教材と実務誌の記事と導入支援側の自社レポート)
- Lee & Edmondson 2017(Research in Organizational Behavior 37:35-58)の95本のレビューは、階層を減らす組織化の成否を評価できるデータは乏しいと述べ、同社では導入2年で従業員1人あたりの役割の数が1つから7.4に増えたと報告している。階層を外すと役割は消えるのではなく、分割されて増える
- Sine, Mitsuhashi & Kirsch 2006(Academy of Management Journal 49(1):121-132)は、1996年から2001年の米国のインターネット関連の新興企業で、専門化・公式化・管理機能の厚みが高いほど成果が良いことを示した。小さく変化が速い組織に構造はいらない、という言い方のほうも実証と合っていない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 役割と権限を明確にすれば、組織の成果が上がる | 米国・2000年のメタ分析では役割の曖昧さと職務成果の相関は -.21、役割の葛藤は -.07。米国・1983年のメタ分析では上司評定の成果との相関が -.10 と -.09 だった。いっぽう職務満足や組織コミットメントとの関係はその2倍から3倍の大きさがある。役割を書き出して動くのは、主に本人の緊張と満足であって、成果はそれほど動かない。やめる理由にはならないが、期待する先は変えたほうがいい |
| 階層をなくした組織のほうがうまくいくことは、事例で示されている | ホラクラシーもティール組織も一般向けの書籍で、査読された効果検証ではない。よく引かれる全社導入の事例について、離職や成果を測った査読論文を探したがたどり着けなかった。Lee & Edmondson 2017 の95本のレビューは、この種の組織化の成否を評価できるデータは乏しいと述べたうえで、同社では導入2年で1人あたりの役割数が1つから7.4に増えたと報告している。階層を外しても、決めごとの数は減らない |
| 10人から30人の組織に、構造や手続きはまだ早い | Sine, Mitsuhashi & Kirsch 2006 は、1996年から2001年の米国のインターネット関連の新興企業で、専門化・公式化・管理機能の厚みが高い企業のほうが成果が良いことを示した。変化の速い業界ほど有機的な組織が有利だという古典的な予測とは逆である。ただし、この研究の対象も日本の30人以下の組織ではない |
役割を明確にしましょう、という提案が嫌われるのは、たいていそれが誰かの持ち物を減らす提案として届くからである。だから多くの組織では、格子を書く代わりに、性格の話をする。抱え込む人がいる、決めない人がいる、と。性格の話は誰も紙に書かないので、何度でも新しく始められるし、決着もつかないので永遠に話せる。皮肉なことに、決定権の表を1枚書くのにかかる時間は、その話を1回するより短い。
Q1. 米国・2000年のメタ分析(Journal of Management)では、役割の曖昧さと職務成果の相関は ____、役割の葛藤と職務成果の相関は ____ だった。穴埋め
Q2. 米国・1983年のメタ分析(Journal of Applied Psychology)では、上司が評定した成果との相関は役割の曖昧さが ____、役割の葛藤が ____ だったが、曖昧さと組織コミットメントの相関は ____ だった。穴埋め
Q3. 階層のない組織(ホラクラシー/ティール組織)について、本文はどこを探して何が分かったと書いているか。またその代わりに置いた査読済みの文献は何を述べているか。一問一答
Q4. Lee & Edmondson 2017 が報告した、制度導入から2年後の「従業員1人あたりの役割の数」の変化を答え、その数字が意味することを1文で書け。一問一答
Q5. Sine, Mitsuhashi & Kirsch 2006 が1996年から2001年の米国のインターネット関連の新興企業で示したことは、次のどれか。選択
自分が決めてよい範囲と、決めてはいけない範囲の境界を、1行で書く。形式は次のとおり——「私は〈 〉までは自分で決めてよい。〈 〉からは自分では決めない」。対象は、値段・採用・外部への約束・作りかけのものを捨てる判断のうち、直近1週間で実際に自分に回ってきたもの1つに絞る。誰かに確認を取らない。書いたものを誰にも送らない。書けない、または途中で止まったら、そこが曖昧な場所であるという事実のほうを1行で記録する(例:相談すべき相手が誰かが書けない)。組織に所属していない場合は、直近の仕事の依頼主との関係、または過去に所属した組織を思い出して同じ形で書く。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Tubré T.C., Collins J.M. (2000) 'Jackson and Schuler (1985) Revisited: A Meta-Analysis of the Relationships Between Role Ambiguity, Role Conflict, and Job Performance', Journal of Management 26(1):155-169 — journals.sagepub.com
- Fisher C.D., Gitelson R. (1983) 'A meta-analysis of the correlates of role conflict and ambiguity', Journal of Applied Psychology 68(2):320-333 — doi.org
- Jackson S.E., Schuler R.S. (1985) 'A meta-analysis and conceptual critique of research on role ambiguity and role conflict in work settings', Organizational Behavior and Human Decision Processes 36(1):16-78 — ideas.repec.org
- Rizzo J.R., House R.J., Lirtzman S.I. (1970) 'Role Conflict and Ambiguity in Complex Organizations', Administrative Science Quarterly 15(2):150-163 — www.semanticscholar.org
- Lee M.Y., Edmondson A.C. (2017) 'Self-managing organizations: Exploring the limits of less-hierarchical organizing', Research in Organizational Behavior 37:35-58 — www.sciencedirect.com
- Sine W.D., Mitsuhashi H., Kirsch D.A. (2006) 'Revisiting Burns and Stalker: Formal Structure and New Venture Performance in Emerging Economic Sectors', Academy of Management Journal 49(1):121-132 — journals.aom.org