「来た球は全部打て」の証拠は、投げる側を測ったものだった
機会を逃さない人になりたければ、来たものは全部受け取れ——この助言はよくできている。よくできすぎていて、根拠として添えられる実験は、たいてい受け取る側ではなく、頼む側を測ったものである。
この単位が扱うのは、持ち込まれた話をどう扱うかという行動だけ
受け取ることの話には持ち場がある。人からの頼まれごとや断り方は友達の棚、家庭の中の受容は家族の棚が扱う。ここで扱うのは、そのどちらでもない——誰かが何かの話をあなたのところへ持ってきたあと、それがどれくらいの速さで、どういう形で扱われるか、という一点だけである。
だから、ここでは心の開き方も、性格の傾向も書かない。扱うのは、時間と、返した回数だけだ。
この道具も単独では効かない。この棚の他の道具と掛け算で効く。
「来た球は全部打て」の証拠は、どちら側から来ているか
機会を逃さない人になりたければ、来たものは全部受け取れ——この助言には、たいてい心理学の実験が添えられている。添えられている実験を開くと、測られているのは受け取る側ではない。
フリンとボーンズが2008年に Journal of Personality and Social Psychology に発表した6つの研究は、人が直接の依頼に相手が応じてくれる確率を、最大で50%も低く見積もることを示した。ボーンズが2016年に Current Directions in Psychological Science でこの系統の研究をまとめた時点で、依頼を受けた見知らぬ相手は延べ1万4千人を超え、応じてもらえる確率の過小な見積もりは平均48%だった。
具体的な数字がいくつもある。携帯電話を貸してほしいと頼む場面では、3人に貸してもらうのに平均10.1人へ声をかける必要があると予測されたが、実際は6.2人で足りた。慈善の催しのための募金では、91人の募金者が平均210.3人へ声をかける必要があると予測し、実際は122.2人だった。図書館の本にわざと落書きしてほしいという依頼ですら、応じる人は28%と予測され、実際には64%を超えた。
理由は、頼まれた側の勘定に入っていない費用にある。断ることには、気まずさという費用がかかる。頼む側は、相手が引き受けたときの負担ばかり想像して、相手が断ったときの気まずさを勘定に入れない。
ここが、この単位の値切りの本体である。これらは全部、頼む側の見積もりの誤りを測った研究だ。受け取る側が受け取ると得をする、を示した研究ではない。矢印の向きが違う。
ニューアーク、フリン、ボーンズが2014年に Social Psychological and Personality Science に発表した4つの研究も同じ側にある。一度断られた相手は次も断るだろう、と頼む側は考える。実際には、一度断った側は二度続けて断ることの気まずさから、次は応じやすい。これも頼む側の予測の誤りであって、受け取る側の話ではない。
受け取る側で、実際に測られていること
では、受け取る側について何が測られているのか。フリンが2003年に Organizational Behavior and Human Decision Processes に発表した研究がある。
やりとりの直後、恩は与えた側より受け取った側のほうが高く評価する。ここまでは直感どおりだ。問題はそのあとで、時間が経つと逆転する。与えた側は評価を上げていき、受け取った側は評価を下げていく。
つまり、受け取った側の「ありがたい」は減衰する。同時に、与えた側の「してあげた」は増えていく。放っておくと、2人の帳簿の差は開き続ける。どちらも嘘をついていない。同じ出来事を、別の時計で見ているだけである。
これは感情の問題ではなく、時計の問題だ。だから対処も、感情ではなく時計に対して打つことになる。
だから、速度になる
減衰の速さを実測した研究がある。チュアン、ケスラー、ミルクマンが2018年に Proceedings of the National Academy of Sciences に発表した、米国の大学病院を舞台にした準実験である。
分析されたのは、初めての受診から4か月以内に元患者へ郵送された18,515件の寄付依頼だ。依頼が届くまでの日数が受診からずれていることを利用すると、依頼が30日遅れるごとに、寄付する確率がおよそ30%下がっていた。生の数字でも、受診から0日から29日で送られた依頼の寄付率がおよそ1.5%、90日から119日ではおよそ0.4%である。
これは依頼を送る側のデータだが、示しているのは受け取った側の互恵の減衰である。何かを受け取ってから時間が経つほど、返す確率そのものが下がっていく。
返した先で何が起きるかも測られている。グラントとジーノが2010年に Journal of Personality and Social Psychology に発表した実験では、上役から感謝を伝えられた米国の大学の募金担当者は、翌週の架電数がおよそ5割増えた。効いていたのは自分の能力への自信ではなく、自分が誰かの役に立っているという感覚のほうだった。
返礼は、返した相手の次の行動を変える。しかも、早いほうがいい。
時間・変化:持ち込まれてからの24時間
時間の目盛りで並べると、この単位は驚くほど短い区間に集中している。
0時間。話が持ち込まれる。相手の側では、その話を持っていく先の候補として、あなたが選ばれた瞬間である。
24時間以内。返す。ここで返せるのは中身である必要はない。受け取ったという事実だけでも返せる。読みました、いつまでに返します、の2行で足りる。
1週間。受け取った側の評価が静かに下がりはじめる。同時に、与えた側の評価は上がっている。
1か月。返す確率そのものが下がっている。米国の寄付のデータでは、30日ごとにおよそ30%である。
ここまで来ると、この単位の名前が誤解を招くことが分かる。受け取ることは、姿勢でも感情でもない。応答までの時間という、測れる量に落ちる。
そして、全部打つ必要はない。断る返事も、24時間以内に返せば経路は残る。経路を閉じるのは、断ることではなく、返事をしないことのほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、全部受け取れという助言そのものである。時間は有限なので、全部受ければ返すのが遅れる。遅れれば、受け取った側の評価は下がり、返す確率も下がる。全部受け取った結果として、全部が薄くなる。
第2の妨げは、ちゃんと返そうとすることだ。ちゃんとした返事を用意しようとすると、返事は必ず遅れる。24時間以内の2行のほうが、1週間後の完璧な返信より経路を保つ。返せなかった件について、自分を採点する必要はない。記録するのは、次の1件を早くするためであって、過去を数え上げるためではない。
標本の偏りを断っておく。フリンとボーンズの研究の参加者は米国の大学生と、大学の周辺で声をかけられた通行人である。ボーンズがまとめた依頼の場面も、ほとんどが英語圏のものだ。チュアンらのデータは米国の1つの大学病院の寄付依頼で、寄付という特殊な行為に限られる。グラントとジーノの実験は米国の大学の募金担当者である。日本では、返事の速さに対する期待も、断るときの作法も、これらの標本とは違う。数字は方向だけ持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、受け取ったかどうかではなく、返すまでの時間を記録することだ。受け取った件数は自分では動かせない。返すまでの時間は動かせる。
最初の一歩は今日の1日。持ち込まれた話に、24時間以内に返したか返さなかったかを、その都度1行だけ記録する。中身の評価はしない。時刻だけを見る。
次の単位は 157「心理的回復力」——道具箱の隣に置いてある道具で、こちらは持ち込まれた話ではなく、断られたあとに次を出すまでの行動を扱う。積み上がるのではなく、並んでいる。
- この単位が扱うのは、誰かが話を持ち込んだあと、それがどれくらいの速さでどういう形で扱われるか、という行動だけである。人からの頼まれごとや断り方は友達の棚、家庭の中の受容は家族の棚の持ち場で、ここでは扱わない
- Flynn & Bohns 2008(Journal of Personality and Social Psychology 95(1):128-143)の6つの研究は、人が直接の依頼に相手が応じてくれる確率を最大50%低く見積もることを示した。Bohns 2016(Current Directions in Psychological Science 25(2):119-123)の総括では、依頼を受けた見知らぬ相手は延べ1万4千人を超え、過小な見積もりは平均48%だった。理由は、断ることにかかる気まずさという費用が頼む側の勘定に入っていないことにある
- 具体的には、見知らぬ人3人に携帯電話を貸してもらうのに平均10.1人へ声をかける必要があると予測されたが実際は6.2人、募金では91人の募金者が平均210.3人と予測して実際は122.2人、図書館の本への落書きの依頼では応じる人を28%と予測して実際は64%を超えた
- これらは全て、頼む側の見積もりの誤りを測った研究である。受け取る側が受け取ると得をすることを直接示した研究ではない。Newark, Flynn & Bohns 2014(Social Psychological and Personality Science 5(2):218-225)の4研究も同じ側にあり、一度断られた相手は次も断ると頼む側は考えるが、実際には二度断る気まずさから応じやすい、という頼む側の予測の誤りを示している
- Flynn 2003(Organizational Behavior and Human Decision Processes 91(1):38-50)は、やりとりの直後には恩を受け取った側のほうが高く評価するが、時間が経つと与えた側が評価を上げ、受け取った側が評価を下げることを示した。放っておくと、2人の帳簿の差は開き続ける。これは感情ではなく時計の問題である
- Chuan, Kessler & Milkman 2018(Proceedings of the National Academy of Sciences 115:1766-1771)は、米国の大学病院から元患者へ郵送された18,515件の寄付依頼を分析し、依頼が30日遅れるごとに寄付する確率がおよそ30%下がることを示した。生の数字では受診から0〜29日でおよそ1.5%、90〜119日でおよそ0.4%である
- Grant & Gino 2010(Journal of Personality and Social Psychology 98(6):946-955)では、上役から感謝を伝えられた米国の大学の募金担当者の翌週の架電数がおよそ5割増えた。効いていたのは自分の能力への自信ではなく、自分が誰かの役に立っているという感覚のほうだった。受け取ることは姿勢ではなく、応答までの時間と返礼という測れる行動に落ちる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 来た球は全部打て。受け取る人ほど機会に恵まれる、という実験がある | 引かれている実験群が測っているのは、頼む側の見積もりの誤りである。人は応じてもらえる確率を平均48%低く見積もる——だから頼め、という話であって、だから受けろ、という話ではない。矢印の向きが違う。加えて、時間は有限なので全部受ければ返すのが遅れ、遅れれば受け取った側の評価も返す確率も下がる |
| 恩は覚えているものだから、返すのは落ち着いてからでよい | やりとりの直後は受け取った側のほうが恩を高く評価するが、時間が経つと逆転する——与えた側は評価を上げ、受け取った側は評価を下げる。米国の大学病院の18,515件の寄付依頼の分析では、依頼が30日遅れるごとに寄付する確率がおよそ30%下がり、受診から0〜29日でおよそ1.5%、90〜119日でおよそ0.4%だった。落ち着いてからでは、返る確率そのものが落ちている |
| 断ると経路が閉じるので、断らないほうがよい | 経路を閉じるのは、断ることではなく返事をしないことのほうである。断る返事も24時間以内に返せば経路は残る。24時間以内の2行は、1週間後の完璧な返信より経路を保つ。受け取ることは姿勢でも感情でもなく、応答までの時間という測れる量に落ちる |
この単位で最も愉快なのは、来た球は全部打てと言う人が、たいてい引用する実験が、投げる側を測ったものだったことである。人は断られる確率を48%も高く見積もる——だから頼め、という話であって、だから受けろ、という話ではない。矢印を裏返して運んだ人は、そのついでに、返事の速さの話を落としていった。落とされた側が本体だったわけだが、それを指摘する返信も、たぶん24時間以内には返ってこない。
Q1. 「来た球は全部打て」という助言に添えられる依頼の実験群について、本文が指摘した問題はどれか。選択
Q2. Flynn(2003年)が示した、恩の評価の時間変化はどれか。選択
Q3. Chuan ら(2018年)の米国の大学病院の寄付依頼の分析で得られた数字はどれか。選択
Q4. 本文が示した、話が持ち込まれてからの時間の目盛りを、0時間・24時間以内・1週間・1か月の4点で説明せよ。一問一答
Q5. Grant & Gino(2010年)の現場実験の結果と、そこから本文が導いた結論を答えよ。また、経路を閉じるのは何かを述べよ。一問一答
今日1日、持ち込まれた話について記録を取る。持ち込まれた話とは、誰かがあなたに向けて出した依頼・誘い・情報・質問のことで、仕事の連絡でも、家族からの相談でも、久しぶりの連絡でもよい。1件につき1行だけ書く——①何が持ち込まれたか(数語でよい) ②持ち込まれた時刻 ③返した時刻、または まだ返していない。1日の終わりに、24時間以内に返した件数と、返さなかった件数を数える。中身の良し悪しは評価しない。返せなかった件について自分を採点する必要もない。この記録は、次の1件を早くするためのもので、過去を数え上げるためのものではない。今日は誰からも何も持ち込まれなかった、という人は、直近1週間で自分が返していない連絡を上から3件挙げ、それぞれ持ち込まれてから何日経っているかを書けばよい——応答までの時間を数える、という点で同じ課題になる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Flynn F.J., Bohns V.K. (2008) 'If You Need Help, Just Ask: Underestimating Compliance With Direct Requests for Help', Journal of Personality and Social Psychology 95(1):128-143 — ecommons.cornell.edu
- Bohns V.K. (2016) '(Mis)Understanding Our Influence Over Others: A Review of the Underestimation-of-Compliance Effect', Current Directions in Psychological Science 25(2):119-123 — journals.sagepub.com
- Newark D.A., Flynn F.J., Bohns V.K. (2014) 'Once Bitten, Twice Shy: The Effect of a Past Refusal on Expectations of Future Compliance', Social Psychological and Personality Science 5(2):218-225 — journals.sagepub.com
- Flynn F.J. (2003) 'What have you done for me lately? Temporal adjustments to favor evaluations', Organizational Behavior and Human Decision Processes 91(1):38-50 — www.gsb.stanford.edu
- Chuan A., Kessler J.B., Milkman K.L. (2018) 'Field study of charitable giving reveals that reciprocity decays over time', Proceedings of the National Academy of Sciences 115:1766-1771 — faculty.wharton.upenn.edu
- Grant A.M., Gino F. (2010) 'A Little Thanks Goes a Long Way: Explaining Why Gratitude Expressions Motivate Prosocial Behavior', Journal of Personality and Social Psychology 98(6):946-955 — www.hbs.edu