気づく力は、気づかなかった量でしか測れない
チャンスを見逃さない人になりたい、という願いには弱点がある。見逃したチャンスは、見逃した本人には最後まで見えない。だから自分の感度は、いつも都合よく高く見積もられる。
気づく力という言い方の、測りにくさ
チャンスを見逃さない人になりたい、という願いには、構造的な問題がひとつある。見逃したものは、見逃した本人の記録に残らない。手元に残るのは、気づいたものだけだ。だから「自分は勘がいいほうだ」という感覚は、いつも分子だけを見て作られている。分母——気づかなかった量——は、原理的に自分では数えられない。
この単位で扱うのは、その分母を実験室で数えた仕事である。機会の話をしていたのに急に視覚実験の話になるのは唐突に見えるかもしれないが、偶然を機会として認識する感度を測ろうとすると、いまのところ、まともな物差しはここにしかない。感度そのものは見えない。見えるのは、見落としの量だけである。
見えているのに、見えない
Simons と Chabris が1999年に Perception に発表した実験は、こうだ。米国の大学で、観察者は短い動画を見て、白い服のチームが何回パスを回したかを数える。動画の途中、予期せぬものが画面を横切る——ゴリラの着ぐるみを着た人物か、傘をさした女性か、そのどちらかである。横切っているのは約5秒。
数え終えたあとで、変わったものを見ませんでしたか、と尋ねる。分析対象となった192人のうち、46%が、その予期せぬ出来事を見ていなかった。46%はゴリラの映像と傘をさした女性の映像を合わせた割合で、映像別に気づいた割合は、ゴリラで44%、傘をさした女性で65%である。課題が難しい条件で気づいたのは45%、易しい条件では64%。人物が半透明に重ねられた条件では42%、通常の撮影では67%だった。
中央で立ち止まって胸を叩くゴリラの映像を思い浮かべた人もいるはずだ。あれは同じ論文の追加の実験で、ゴリラが9秒映る。易しい課題の条件でそれを見た12人のうち、気づいたのは50%だった。
この現象は非注意性盲目、つまり注意が他所へ向いているあいだ、目に映っているものが意識に上がらない状態と呼ばれる。念のため書いておくと、これは注意力が足りない人の話ではない。注意は資源であり、どこかを明るくすれば、別のどこかは暗くなる。数えろと言われた人ほど、よく数える。よく数える人ほど、他を見ない。真面目さの罰である。
そして重要なのは、気づかなかった人たちが、あとで動画を見せられるまで自分の見落としを知らなかったことだ。見落としは、痛みも音も伴わない。だからこの実験の価値は、ゴリラが面白いことではなく、見落としを外から数える手続きを作ったことにある。
専門家でも、視線が当たっていても
熟練すれば別だろう、という予想は、2013年に検算されている。Drew、Võ、Wolfe が Psychological Science に発表した研究では、経験を積んだ放射線科医24人に肺結節を探させ、最後の症例の画像に、探すべき結節よりはるかに大きなゴリラの絵を埋め込んだ。83%が、それを報告しなかった。視線計測装置の記録では、見落とした人の多くが、ゴリラのある場所を直接見ていた。
実験室の外でも起きる。Chabris らが2011年に i-Perception に発表した研究では、参加者は夜道で人を追いかけながら課題をこなす。その経路のわきで、3人の協力者が殴り合いを演じている。気づいたのは、夜の条件で35%、昼の条件で56%だった。
値切り:「セレンディピティは訓練できる」という言い方
ここで、この単位の主役を値切る。偶然の出来事を発見に変える力——セレンディピティ——は訓練できる、という言い方が、ここ十数年でずいぶん流通した。
出どころのひとつは、Merton と Barber の仕事である。ただし2004年に出たその本の副題は、社会学的意味論と科学社会学の研究、と書かれている。つまりあれは、セレンディピティという語がどこで生まれ、どう使われてきたかの歴史研究であって、人を2群に分けて訓練の有無を比べた実験ではない。
その書庫を実際に読んだ研究がある。Yaqub が2018年に Research Policy に発表した論文は、Merton の書庫の513箱を選別し、38箱を閲覧し、22箱を精読して、118例のセレンディピティの事例データベースを作った。良い仕事だが、性質は明確だ——起きたあとに集めた例である。
領域全体の見取り図もある。Busch が2024年に Journal of Management Studies に発表した系統レビューは、経営学の主要誌から24本を選んで整理し、この領域の研究は大部分が現象の記述にとどまり、分野をまたいだ理論が欠けていると述べている。セレンディピティ関連論文の半分以上が直近5年に出た、とも書かれている。若い領域なのである。
なぜ事例集が積み上がるのかは、はっきりしている。偶然から何かが生まれた話は、語られる価値があるから残る。偶然を見送った話は、語る動機がないので残らない。研究者が怠けているのではなく、材料の集まり方がそうなっている。だから件数がいくら増えても、比較の相手はいつまでも現れない。
これは、偶然からの発見が存在しないという話ではない。訓練できると言うためには、訓練していない人たちと比べた記録が要る、という話だ。事例集は、うまくいった側だけを集めている。この棚が最初から言っているとおり、うまくいかなかった側は、誰にも数えられていない。
知っていることは、次の見落としを減らさない
では、見落としの話を知っていれば見落とさなくなるのか。これも測られている。
Simons が2010年に i-Perception に発表した研究では、元の動画を知っている人と知らない人に、新しく作った動画を見せた。知っている人は、全員がゴリラを見つけた。ところが同じ動画には別の予期せぬ出来事も仕込んである——背景の幕の色が変わり、選手が1人だけ黙って退場する。これらに気づいたのは、知っている人で17%、知らない人で29%だった。著者は、この差は統計的に有意ではないと明記している。
有意ではない、というのが正確な読み方だ。知識が見落としを増やしたとは言えない。だが、減らしたという証拠もない。ゴリラを一度当てられることは、次の何かに気づけることを意味しない。
分母を決めているのは、その人ではなく、その場面
気づきやすい人という安定した性質はあるのか。Kreitz、Furley、Memmert、Simons が2015年に PLOS ONE に発表した研究は、116人と198人を対象に、作業記憶、注意の広さ、抑制の働き、日常の物忘れの自己申告などをまとめて測り、見落としとの関係を調べた。ほとんど予測しなかった。さらに、2つの異なる見落とし課題のあいだで、気づいたかどうかの相関は r=.13にとどまった。著者らの結論は、気づくかどうかは個人差よりも状況と課題の要因に強く左右される、というものである。
この結果の使い方には注意がいる。気づきに個人差がない、という意味ではない。いまある測り方では、その人の中で安定して繰り返す性質としては取り出せなかった、という意味だ。同じ人が、ある課題では気づき、別の課題では見落とす。だから「自分は鈍いほうだ」と結論する材料にも、「自分は敏感だ」と結論する材料にもならない。
だから、この単位の目標は「気づける人になる」ではない。自分の分母を、ほんの少しだけ観測できるようにすることだ。そして、それが、この棚の他の道具と掛け算で効く。
時間・変化:記録を始めた24時間に起きること
見送った合図を書き留め始めると、たいてい最初の数時間で件数が増える。感度が上がったからではない。記録という第2の課題ができて、注意の一部がそこへ向いただけである。
次に、増え方が鈍る。書ける合図の種類が自分の中で固まってくるからだ。ここで多くの人が、自分は敏感になったと感じる。実際に起きているのは、同じ種類の合図を拾う速さが上がっただけで、拾っていない種類は相変わらず記録に現れない。
そして数日たつと、件数は落ち着く。この落ち着いた水準が、いまの自分の分子である。分母は最後まで分からない。分からないまま、分子を動かすしかない——チャンス察知でできるのは、それだけだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げの筆頭は、分子だけを数える癖である。気づいた話は思い出せて、気づかなかった話は思い出せない。この非対称は放っておくと、自分の感度を実際より高く見積もらせる。
第2の妨げは、負荷だ。難しい課題の条件で気づいたのは45%、易しい条件では64%。夜道では35%、昼は56%。忙しさは性格ではなく、注意の使い道の問題である。
標本の偏りを断っておく。この単位の数字は、米国の大学の実験参加者、米国の放射線科医24人、ドイツの実験室の参加者という、狭い集団から出ている。参加者はどれも西欧・北米の大学まわりに偏っていて、日本の読者の職場や生活の場面にそのまま移せる保証はない。人数も、24人や116人といった規模である。方向だけ持ち帰るのが誠実な読み方だ。
助けになるのは、探すものを1種類だけ決めておくことである。全部に気づこうとすると、注意はどこにも向かない。今日1日は、誰かが困っていると口にした瞬間だけを拾う、というくらい狭くていい。
もうひとつ助けになるのは、合図の定義を行動で書くことである。面白そうな話、では拾えない。誰かが困っていると口にした、募集の締切が書いてある、知らない人から声をかけられた——このくらい具体的だと、あとから数えられる。数えられる形にしておくことが、この単位でできる唯一の技術的な工夫だ。
最初の一歩は5分。この24時間に、自分が「今は無理だ」と思って流した合図を、思い出せるだけ書き出す。件数の多さは感度の高さではなく、記録が動き始めた印である。
次の単位は 150「バイアス管理」——気づいたあとで、それを見送る側に何が働くかを扱う道具だ。積み上がる階段ではなく、同じ引き出しに並んでいる隣の道具として使ってほしい。
- Simons & Chabris 1999(Perception 28(9):1059-1074)では、パスの回数を数える課題の最中に約5秒だけ画面を横切った予期せぬ出来事——ゴリラの着ぐるみか傘をさした女性——に、分析対象192人の46%が気づかなかった。難しい課題条件で気づいたのは45%、易しい条件では64%
- Drew, Võ & Wolfe 2013(Psychological Science 24(9):1848-1853)では、経験を積んだ放射線科医24人の83%が、CT画像に埋め込まれたゴリラを報告しなかった。視線計測では、見落とした人の多くがその位置を直接見ていた
- Chabris et al. 2011(i-Perception 2(2):150-153)の屋外実験では、経路のわきの乱闘に気づいたのは夜の条件で35%、昼の条件で56%。気づきは人の性質ではなく、負荷と場面で動く
- 「セレンディピティは訓練できる」の値切り:Merton & Barber の2004年の著作は語の用法の歴史をたどる研究であって実験ではない。Yaqub 2018(Research Policy 47(1):169-179)はその書庫513箱を選別して118例の事例集を作った——いずれも起きたあとに集めた例である
- Busch 2024(Journal of Management Studies 61(3):1110-1151)の系統レビューは、経営学主要誌24本を整理し、セレンディピティ研究は大部分が現象記述的で分野横断的な理論化を欠くとまとめた。関連論文の50%以上が直近5年に出た若い領域である
- Simons 2010(i-Perception 1(1):3-6)では、元の動画を知っている人は全員が新しい動画のゴリラを見つけたが、同じ動画の他の予期せぬ出来事に気づいたのは17%で、知らない人の29%を上回らなかった(差は統計的に有意ではない)。知識は次の見落としを減らさない
- Kreitz et al. 2015(PLOS ONE 10(8):e0134675)は116人と198人を対象に作業記憶・注意の広さ・抑制・日常の物忘れを測ったが、気づきはほとんど予測されず、2課題間の相関はr=.13だった。気づきは個人差より状況と課題の要因に左右される
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| セレンディピティは訓練できる——そういう研究がたくさんある | たくさんあるのは事例の収集である。Merton & Barber の2004年の著作は語の用法の歴史をたどる社会学的意味論の研究で、実験ではない。Yaqub 2018 は Merton の書庫から118例を整理し、Busch 2024 の系統レビューは経営学主要誌24本を対象に、この領域が大部分は現象記述にとどまると述べている。訓練できると言うには、訓練していない人たちと比べた記録が要る |
| 見落としの話を知っていれば、自分は見落とさなくなる | Simons 2010 では、元の動画を知っている人は全員が新しい動画のゴリラを見つけた。しかし同じ動画に仕込まれた他の予期せぬ出来事に気づいたのは17%で、知らない人の29%を上回らなかった(差は統計的に有意ではない)。一度当てられることと、次に気づけることは別である |
| チャンスに気づける人と気づけない人がいる | Kreitz et al. 2015 が116人と198人で作業記憶・注意の広さ・抑制・日常の物忘れを測った結果、気づきはほとんど予測されなかった。2つの見落とし課題のあいだの相関もr=.13。同じ人でも、難しい課題では45%、易しい課題では64%、夜道では35%、昼は56%。分母を決めているのは、その人ではなくその場面である |
この単位を読んだ人が今日いちばん高い確率で手にするのは、感度ではなく、感度が高いという感覚である。ゴリラの話を知っている人は全員ゴリラを見つけた——そして、幕の色が変わったことには17%しか気づかなかった。あなたが今日から数えられるのは、気づいた合図の数だけだ。数えられないほうの山は、今日も静かに積み上がっている。
Q1. Simons & Chabris(1999)の実験では、分析対象192人のうち ____ %が、約5秒だけ画面を横切った予期せぬ出来事に気づかなかった。難しい課題条件で気づいたのは ____ %、易しい条件では ____ %だった。穴埋め
Q2. Simons(2010)では、元の動画を知っている人は全員がゴリラを見つけたが、同じ動画の他の予期せぬ出来事に気づいたのは ____ %で、知らない人の ____ %を上回らなかった。著者はこの差が統計的に ____ と明記している。穴埋め
Q3. Drew, Võ & Wolfe(2013)が放射線科医24人で示したこととして正しいものはどれか。選択
Q4. 本文が「セレンディピティは訓練できる」を値切るときに使った根拠はどれか。選択
Q5. Kreitz et al.(2015)が測ったものと、そこから導かれる「気づく力」の扱い方を答えよ。一問一答
今日から24時間、「これは何かの入口かもしれないが、今は無理だ」と思って通り過ぎたものを、気づいた分だけメモに残す。1件につき、①いつ ②何の合図だったか(誰かの相談・募集の案内・声をかけられた・見かけた告知など)③見送った理由、の3つだけを書く。行動は変えなくてよい——今日は見送ったままでいい。狙いは合図を拾うことではなく、自分がどの種類の合図なら気づけるかを1日ぶん記録することだ。件数は多くても少なくてもよく、0件だった場合は0と書けば完了とする。記録した件数を、自分の感度の高さと読み替えないこと。数えられていない分は最後まで数えられない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Simons D.J., Chabris C.F. (1999) 'Gorillas in our midst: Sustained inattentional blindness for dynamic events', Perception 28(9):1059-1074 — journals.sagepub.com
- Drew T., Võ M.L.-H., Wolfe J.M. (2013) 'The invisible gorilla strikes again: Sustained inattentional blindness in expert observers', Psychological Science 24(9):1848-1853 — journals.sagepub.com
- Chabris C.F., Weinberger A., Fontaine M., Simons D.J. (2011) 'You do not talk about Fight Club if you do not notice Fight Club: Inattentional blindness for a simulated real-world assault', i-Perception 2(2):150-153 — journals.sagepub.com
- Simons D.J. (2010) 'Monkeying around with the gorillas in our midst: Familiarity with an inattentional-blindness task does not improve the detection of unexpected events', i-Perception 1(1):3-6 — journals.sagepub.com
- Kreitz C., Furley P., Memmert D., Simons D.J. (2015) 'Inattentional blindness and individual differences in cognitive abilities', PLOS ONE 10(8):e0134675 — journals.plos.org
- Yaqub O. (2018) 'Serendipity: Towards a taxonomy and a theory', Research Policy 47(1):169-179 — www.sciencedirect.com
- Busch C. (2024) 'Towards a Theory of Serendipity: A Systematic Review and Conceptualization', Journal of Management Studies 61(3):1110-1151 — onlinelibrary.wiley.com