アインシュタインは複利について何も言っていない——出典を探すと、費用の話に行き着く
複利の説明には、たいてい枕詞がつく——アインシュタインが人類最大の発明と呼んだ、というやつだ。出典を探した。見つからなかった。
前の単位から:語が読めるようになったので、配分を見る
141「金融リテラシー」で、紙の上の読めない行を減らした。年率、実質、控除。語が入ると、次に来るのは配分の問題だ。同じ1万円を、同じ1時間を、どこに入れると何が戻るか。
これが資本効率という見方である。企業の財務では、投じた資本に対してどれだけ利益が戻ったかを比率で見る。個人でも同じことができる——ただし、個人の場合に比べるべき対象は、たいてい商品ではない。
先に断っておく。この単位では、特定の金融商品・口座・銘柄・保険・不動産を推奨も否定もしない。費用の話が何度も出てくるが、どの商品の費用が低いかは比べない。比べるのは算術の性質だけである。制度や手数料の体系は改正・改定されるので、実際の数字は必ず自分で一次情報にあたること。
資本効率とは、投入1に対して何が戻るかを比べること
個人の家計で、余った1単位のお金や時間を入れられる口は、おおまかに3つある。
第一の口は、払っている費用を減らすこと。金利、手数料、重複した契約。ここから戻ってくる率は、あらかじめ分かっている。減らした瞬間に確定する。
第二の口は、入ってくる量を増やすこと。129から132で扱った側だ。戻ってくる率は分からないが、上限が高い。
第三の口は、余剰を運用に回すこと。戻ってくる率は分からず、しかも分からなさの幅が広い。
3つの口の違いは、期待される率の大きさではなく、確実さの構造にある。第一の口だけは、投入した瞬間に率が確定する。第二と第三は、結果を見るまで率が分からない。ところが本屋に並ぶ話は、ほぼ全部が第三の口の話だ。理由は単純で、第三の口には売り物があるからである。
値切りその1:その引用の出典は、探しても出てこない
複利を説明する文章のかなりの割合が、同じ一文で始まる。アインシュタインは複利を人類最大の発明と呼んだ、世界の8番目の不思議と呼んだ、宇宙で最も強い力と呼んだ——文面はそのつど少しずつ違う。文面が安定しないこと自体が、すでに手がかりである。
出所を探した。プリンストン大学出版局が編んだアインシュタインの語録集は、1,600ほどの発言を出典つきで並べ、出所の怪しいものは本文から外して「アインシュタインに帰せられているもの」という別の章に隔離してある。複利についての発言は、その隔離用の章にすら見当たらない。引用の出所を追っている研究者たちも、この言い回しを本人の文書や記録された発言までたどれていない。要するに、原典が提示されたことは一度もない。
この引用が便利なのは、証明の手間を丸ごと省けるからだ。複利の性質は数式で示せる。示せるのに、わざわざ物理学者の権威を借りるのは、読者に検算させたくないときである。
皮肉なことに、この一文が省略しているものは大きい。指数関数は、増える側でも減る側でも同じ形をしている。人類最大の発明という言い方は、片方の向きしか見ていない。
値切りその2:名目と実質を混ぜると、増えていないものが増えて見える
次に、率そのものの読み方だ。
利回りが年5%と書いてあるとき、それは名目の率である。手取りの購買力がどうなったかを知るには、物価の変化を引かなければならない。日本では、総務省統計局の消費者物価指数で、2023年平均の総合指数が前年比3.2%の上昇となり、32年ぶりの上昇幅だった。米国では、労働統計局の消費者物価指数が2022年12月までの1年間で6.5%上昇している。
名目5%を日本の2023年の物価上昇3.2%と突き合わせると、実質は5から3.2を引いた1.8%ではなく、1.05を1.032で割って1を引いた1.7%になる。引き算は近似で、割り算が本体だ。率の話で引き算と割り算を取り違えると、桁は合っていても向きを間違える。
ついでに、複利のいちばん有名な近似も検算しておく。72を年率で割ると倍になるまでの年数が出る、というものだ。年8%なら72割る8で9年——実際に計算しても9.01年で、ほぼ完璧に当たる。ところが年3%では、この式は24年と答えるが、実際には23.45年。年2%では36年と答えて、実際は35.0年である。近似が最もよく効くのは年8%前後で、低い率では過大に、高い率ではわずかに過小に出る。便利な道具だが、便利さの範囲がある。
値切りその3:費用も、同じ指数で効く
ここが、この単位の核心である。
米国証券取引委員会が投資家向けに出している費用の説明資料は、10万米ドルを年4%で20年運用したとき、年0.25%・年0.50%・年1%の費用がそれぞれどう効くかを図で示している。この条件でそのまま計算してみる。費用がまったくない場合は約21万9,112米ドル、年0.25%なら約20万8,815米ドル、年0.50%なら約19万8,979米ドル、年1%なら約18万611米ドルになる。年0.25%と年1%の差は、約2万8,204米ドル。20年間で払った費用の総額よりも、差のほうが大きい。払わずに済んだ費用も、複利で効くからだ。
数字は米ドル建てで、米国の資料の例示条件をそのまま使っている。日本円には換算しない——為替も物価も別に動くので、換算した瞬間に意味が変わる。
そして、この算術を最も短く書いた文章がある。シャープが1991年に Financial Analysts Journal に発表した2ページの論文だ。市場に存在する資金を、市場をそのまま保有する側と、それ以外の側の2つに分ける。すると、次の2つが定義から出てくる——費用を引く前では、能動的に運用された1単位の平均リターンは、受動的に保有された1単位の平均リターンに等しい。費用を引いたあとでは、前者は後者より小さい。
これは市場の効率性についての仮説ではない。足し算の性質である。シャープ自身が、この原則を否定するように見える実証分析は測り方が間違っている、と書いている。
実測もある。フレンチが2008年に The Journal of Finance の会長講演として発表した推計では、米国株式市場で1980年から2006年までの間、超過リターンの探索に社会全体が払った費用は市場全体の時価総額の年0.67%にあたり、全員が市場そのものを保有していれば、平均の年リターンは67ベーシスポイント高くなっていた。カーハートが1997年に同じ雑誌に発表した分析は、生存バイアスを除いた標本で、投資信託の成績の持続性のほとんどが、共通の要因と運用費用でほぼ説明できると示している。
ここから言えるのは、商品の選び方ではない。第一の口——率があらかじめ確定している側——を、第三の口と同じ真剣さで見ていない家計が多い、ということだけである。
時間・変化:効率の測り方は、残っている年数で変わる
指数関数の性質上、時間は率よりも強く効く。だが個人の家計では、その時間が有限で、しかも他の人と違う長さである。
20年の時間があるなら、率の小さな差が最後に大きな差になる。5年しかないなら、同じ差はほとんど見えない。逆に言えば、残り年数が短い局面では、率をいじるより投入量や費用を動かすほうが早い。同じ「資本効率」という言葉が、局面によって別の作業を指す。
もう一つ、時間とともに変わるのは自分自身の勘定の中身だ。20代では時間が最大の資産で、金額はほとんどない。50代ではその比率が逆転している。129で扱った収入の経路も、131で扱った人的資本も、この比率の関数である。
実務的な含意は一つ。効率の比較は、率だけでやらず、必ず「何年後に受け取るのか」を添えて行うこと。年数の書いていない率は、半分しか情報がない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の偏りを断っておく。シャープの2つの命題は算術なので標本を持たないが、実測のほうは偏っている——フレンチの推計は米国の株式市場の1980年から2006年まで、カーハートの分析は米国の投資信託が対象で、費用の体系も税制も国によって違う。物価の数字も、日本と米国では調査年も基準も別である。日本の読者は、率の構造だけを持ち帰り、水準はそのまま持ち込まないほうがよい。
妨げるものは3つ。第一に、率を年数抜きで比べること。第二に、名目と実質を混ぜること。第三に、費用を「小さい数字」として扱うこと——0.75%という差は、20年の指数の上では小さい数字ではない。
助けるものは2つ。率には必ず年数を添える習慣。そして、率を3種類に分けて考えること——確定している率、期待の率、そして支払う率。
最初の一歩は今日15分。今日目にした「率」を3つ拾い、それぞれが名目か実質か、年率か月率か、費用を引く前か後かを判定するだけでよい。判定できない率があったら、それが今日の収穫である。判定できない率は、比較にも使えない。
次の単位は 143「将来キャッシュフロー思考力」——率と年数がそろったので、次は時間そのものを扱う。今日の1単位と10年後の1単位を同じ紙に載せる技術と、なぜ人は将来の自分に送金できないのか、という問いに入る。
- 個人の家計で余剰を入れられる口は3つあり、違いは期待される率の大きさではなく確実さの構造にある——支払っている費用を減らす口だけが投入した瞬間に率が確定し、収入を増やす口と運用に回す口は結果を見るまで率が分からない。書店に並ぶ話が3番目に偏るのは、そこにだけ売り物があるからである
- 「アインシュタインが複利を人類最大の発明と呼んだ」という引用には原典が存在しない。プリンストン大学出版局が編んだ語録集は約1,600の発言を出典つきで並べ、出所の怪しいものを別章に隔離しているが、複利についての発言はその章にすら見当たらず、引用の出所を追う研究者たちも本人の文書までたどれていない。文面が「8番目の不思議」「宇宙で最も強い力」と揺れること自体が手がかりになる
- 名目の率から実質の率を出すときは、引き算ではなく割り算が本体である。日本では総務省統計局の消費者物価指数で2023年平均の総合指数が前年比3.2%の上昇(32年ぶりの上昇幅)、米国では労働統計局の消費者物価指数が2022年12月までの1年間で6.5%の上昇。名目5%を日本の2023年の物価と突き合わせると、実質は1.8%ではなく1.7%になる
- 72の法則(72を年率で割ると倍増までの年数が出る)は、年8%で最もよく当たる——式の答え9年に対し実際は9.01年。年3%では式が24年と答えて実際は23.45年、年2%では36年に対して実際は35.0年で、低い率ほど過大に出る。近似には、便利さの効く範囲がある
- 米国証券取引委員会の投資家向け資料が使う条件(10万米ドル・年4%・20年)でそのまま計算すると、費用なしなら約21万9,112米ドル、年0.25%なら約20万8,815米ドル、年0.50%なら約19万8,979米ドル、年1%なら約18万611米ドル。年0.25%と年1%の差は約2万8,204米ドルで、払わずに済んだ費用のほうも複利で効くため、差は支払総額を上回る
- Sharpe 1991(Financial Analysts Journal 47(1):7-9):市場の資金を受動的に保有する側とそれ以外に分けると、費用を引く前では能動的に運用された1単位の平均リターンは受動的に保有された1単位の平均リターンに等しく、費用を引いたあとでは前者が後者より小さい。これは市場の効率性の仮説ではなく算術であり、著者はこの原則を否定するように見える実証分析は測り方が誤っていると書いている
- French 2008(The Journal of Finance 63(4):1537-1573):米国株式市場で1980年から2006年までに超過リターンの探索へ社会全体が払った費用は、時価総額の年0.67%にあたり、全員が市場そのものを保有していれば平均の年リターンは67ベーシスポイント高くなっていた。Carhart 1997(同誌 52(1):57-82)は、生存バイアスを除いた標本で投資信託の成績の持続性のほとんどが共通の要因と運用費用でほぼ説明できるとした
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| アインシュタインが、複利は人類最大の発明だと言った | 原典が提示されたことは一度もない。約1,600の発言を出典つきで集め、出所の怪しいものを別章に隔離しているアインシュタインの語録集にも、複利についての発言は入っていない。文面が「8番目の不思議」「宇宙で最も強い力」と揺れることも、出所がないことの傍証になる。複利の性質は数式で示せるので、権威を借りる必要はない。借りるのは、検算させたくないときである |
| 手数料の1%くらいは誤差の範囲だ。それより利回りを1%上げるほうが大事だ | 指数関数は増える側でも減る側でも同じ形をしている。10万米ドル・年4%・20年という条件では、年0.25%と年1%の費用の差が20年後に約2万8,204米ドルになる。しかも費用の率は投入した瞬間に確定し、利回りの率は結果を見るまで確定しない。同じ1%でも、確実さの構造が違う |
| 上手な運用者を選べば、平均より良い結果になるはずだ | 1991年の2ページの論文が示したのは算術である——費用を引く前では、能動的に運用された1単位の平均は受動的に保有された1単位の平均に等しく、費用を引いたあとでは必ず小さくなる。これは誰かの腕前についての主張ではなく、全体を2つに分けたときの足し算の性質にすぎない。米国株式市場では、1980年から2006年に社会全体が超過リターンの探索に払った費用が時価総額の年0.67%にあたると推計されている |
複利の説明にアインシュタインが召喚されるのは、いつも増える側の話をするときである。減る側の話をするときに彼が呼ばれることはない。同じ指数関数なのに、片側の説明にだけ物理学者が同席するのは不思議なことだ——もっとも、その同席自体が確認できないのだから、不思議がる筋合いもない。この単位で確かめたのは、たった3つの算術である。実質は引き算ではなく割り算で出る。72の法則は年8%あたりでしか当たらない。そして費用は、投入した瞬間に率が確定する唯一の項目でありながら、家計のなかで最も真剣に見られていない項目でもある。増やす技術を売る市場は大きく、減らす技術を売る市場は存在しない。売り物がないものは、誰も宣伝してくれない。だから自分で計算するしかない。電卓で足りる。
Q1. 「アインシュタインが複利を人類最大の発明と呼んだ」という引用について、本文が実際に探した結果を述べ、この引用が使われる理由として本文が挙げたものを説明せよ。一問一答
Q2. 10万米ドルを年4%で20年運用する条件で、費用が年0.25%なら残高は約____米ドル、年1%なら約____米ドルで、差は約____米ドルになる。穴埋め
Q3. 72の法則は年____%で最もよく当たり、式の答え9年に対して実際は9.01年だった。一方で年2%では式が36年と答えるのに対し、実際は____年である。また、名目の率から実質を出すときは引き算ではなく____が本体になる。穴埋め
Q4. 1991年に Financial Analysts Journal に載った2ページの論文が示したことは何か。選択
Q5. 余剰の1単位を入れられる3つの口を、率が確定するのが早い順に並べよ。(余剰を運用に回す/払っている費用を減らす/入ってくる量を増やす)並べ替え
今日1日のあいだに目に入った「率」を3つ拾い、見た時刻とともに1行ずつ記録する。広告の利回り、還元率、借入や分割払いの金利、価格改定の率、何でもよい。それぞれに3つの記号を付ける——名目か実質か(N/R)、年率か月率か(Y/M)、費用を引く前か後か(前/後)。判定できない項目には×を付ける。×が付いたことが失敗ではない。判定できない率は比較に使えない、という事実の記録である。金融商品の購入・解約・口座開設は一切しない。収入や資産の有無に関係なく今日できる代替:手元に率が見当たらなければ、公共料金や運賃の改定の告知から率を1つ拾ってよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Sharpe W.F. (1991) 'The Arithmetic of Active Management', Financial Analysts Journal 47(1):7-9 — www.tandfonline.com
- French K.R. (2008) 'Presidential Address: The Cost of Active Investing', The Journal of Finance 63(4):1537-1573 — onlinelibrary.wiley.com
- Carhart M.M. (1997) 'On Persistence in Mutual Fund Performance', The Journal of Finance 52(1):57-82 — onlinelibrary.wiley.com
- U.S. Securities and Exchange Commission, Office of Investor Education and Advocacy (2014) 'Investor Bulletin: How Fees and Expenses Affect Your Investment Portfolio' — www.sec.gov
- 総務省統計局(2024)『2023年(令和5年)平均 消費者物価指数の動向』 — www.stat.go.jp
- U.S. Bureau of Labor Statistics (2023) 'Consumer Price Index — December 2022', News Release USDL-23-0044 — www.bls.gov