金融教育が財務行動の分散を説明した割合は0.1%——それでも語彙を持たない人は、紙の上の行が読めない
お金の勉強をしましょう、と勧めてくる人は、たいてい何かを売っている。この単位では逆のことをする——金融教育の効き目を測った研究を2本並べて、両方読む。片方は、ほとんど効かないと言っている。
前の単位から:1枚にしたあとに、読めない行が残る
140「バランスシート思考力」で、フローとストックを1枚に載せた。入ってくる量と出ていく量、持っているものと借りているもの。紙は完成したはずだった。
ところが、その紙の上には、たいてい読めない行がいくつか残る。年率。実質。控除。繰越。据置。語が読めないと、その行は数字が入っていても空白と同じで、判断のときには無かったことになる。この単位が扱うのは、その語彙のほうだ。
先に断っておく。この棚は投資助言でも税務相談でもない。特定の口座・商品・保険・不動産を勧めることも、やめろと言うこともしない。制度名は説明のために出すが、それは説明であって推奨ではない。そして税や年金の具体は制度改正でしょっちゅう中身が変わるので、判断に使う数字は必ず自分で一次情報にあたること。日本では、制度そのものの説明は所管の官庁が公開している。個別の税務・法務の判断は専門家の持ち場である。
金融リテラシーは、たった3つの問いで測られてきた
この分野の測定は、驚くほど簡素だ。ルサルディとミッチェルが2014年に Journal of Economic Literature に発表した総説がまとめた、いわゆる3つの問い——複利、インフレ、分散——が世界中の調査で使い回されている。
米国の2004年の高齢者調査(50歳以上)では、複利の問いに正答したのが67.1%、インフレが75.2%、分散が52.3%、そして3問すべてに正答したのは34.3%だった。何十年も家計の判断をしてきた世代で、この水準である。
国際比較も出ている。OECDが2023年に39の国と地域の18〜79歳68,826人に行った成人の金融リテラシー調査では、総合スコアの平均は100点満点で60点、知識だけを取り出すと63点。複利の問いに正しく答えられたのは42%、分散がリスクを下げることを理解していたのは59%だった。OECDが最低の目標に置く70点に届いた人は、全体の34%である。
日本では、金融広報中央委員会が2022年に18〜79歳の3万人に行った金融リテラシー調査がある。正誤問題の正答率は全体で55.7%(2019年の同じ調査では56.6%)。複利の問いだけを取り出すと43%で、同じ問いの米国の72%より低い。年齢による差も大きく、18〜29歳が41.2%、70代が65.6%だった。
ここで、測定そのものの狭さに気づいてほしい。3問である。この3問で測れるのは、金融の語彙のごく一部——正確には、利息と物価と分散という3つの算術だけだ。以降に出てくる「効いた」「効かない」は、すべてこの狭い物差しの上の話である。
値切り:同じ問いに、桁の違う2つの答えが出ている
さて、本題だ。金融教育は、人の財務行動を実際に変えるのか。
フェルナンデス、リンチ、ネテマイヤーが2014年に Management Science に発表したメタ分析は、168本の論文・201の重複しない研究を統合した。結論はこうだ——金融教育の介入が、測られた財務行動の分散を説明する割合は0.1%(相関係数にして r=.032)。しかも効果は時間とともに減衰し、受講から18.5か月以上あいた時点では、24時間もの授業を受けた場合ですら有意な効果が残らなかった。低所得の標本では、一般の標本より効果がさらに小さかった。
この論文には、もう一段きつい結果がついている。相関研究の側で、計画を立てる性向・情報探索への自信・リスクを取る意欲といった心理的な性質を統計的に押さえると、金融知識と行動の関連は5つの行動のうち4つで有意でなくなった。つまり、知識がある人の家計が整っているように見えるのは、知識のおかげではなく、もともと計画を立てる人が知識も取りに行っているから、という説明が消えない。
一方で、カイザー、ルサルディ、メンクホフ、アーバンが2022年に Journal of Financial Economics に発表したメタ分析は、まったく違う数字を出す。ランダム化比較試験だけを76件、参加者16万人超を集めた結果、金融知識への効果は0.204標準偏差(95%信頼区間0.152〜0.255)、財務行動への効果は0.100標準偏差(95%信頼区間0.071〜0.129)。フェルナンデスらが行動について推定した0.018標準偏差と比べると、3.6倍から5.5倍である。著者らは、この大きさは数学や読解など他の分野の教育介入と同程度だと書いている。
どちらが正しいか、ではない。測っている母集団が違う。フェルナンデスらは相関研究も含む広い網をかけ、カイザーらはランダム化比較試験だけに絞り、しかも2014年以降に増えた新しい試験を大量に取り込んだ。同じ言葉で呼ばれている「金融教育」の中身が、この10年で入れ替わったとも読める。
用量の話もある。カイザーとメンクホフが2017年に The World Bank Economic Review に発表した126件のインパクト評価のメタ分析は、条件によって効果が大きく変わることを示した——低所得層と低所得・中低所得国では効果が小さく、借金の扱いのような行動は動かしにくく、義務づけられた教育はどちらかといえば効きにくい。そして成否は、教育の強度と、判断が実際に迫っている時点で届くかどうかに強く依存する、と結論している。
ただし正直に付け加えると、2022年のメタ分析のほうでは、授業時間の長さと効果量を直接つないだ回帰は、係数の標準誤差が大きく、はっきりした関係を示していない。平均の授業時間は11.71時間、中央値は7時間だった。時間さえかければ効く、という単純な話ではない。
知識と行動のあいだには、関門が3つある
2つのメタ分析の差は、実は同じ構造から出てくる。知識が行動になるまでに、通らなければならない関門が3つあるからだ。
第一の関門は、読めること。用語が分かり、算術ができる。3問のテストが測っているのはここだけである。
第二の関門は、その判断が実際に来ること。複利を理解していても、その理解を使う場面が来なければ行動は変わらない。逆に言えば、判断が来ている最中に届いた知識は効きやすい。カイザーとメンクホフが強調した「判断が迫っている時点」というのは、この関門のことだ。
第三の関門は、来た日に執行できること。ここには、この棚で積み上げてきた技術が全部効く——132で作った手取りフローの把握、134で作った現金の緩衝、136で扱った判断の癖。知識だけが単独で立っていても、この段で止まる。
フェルナンデスらの減衰は、第一の関門で入れた在庫が、第二の関門が来る前に腐る現象だと読める。授業は入学式の前に済ませ、住宅の借入の判断は15年後に来る。18.5か月で消えるものが、15年もつはずがない。
教室の内側では椅子に座って学ぶ。教室の外側には郵便受けがあって、そこに来るのは請求書と通知だ。両者が同じ日に重なることは、めったにない。
だから、この単位の結論は「知識は要らない」ではない。読めない行があれば紙は使えない。ただし、読めるようになっただけで家計が整うという期待は、データが支えていない。
時間・変化:知識は減衰し、制度は改正される
語彙の在庫には、賞味期限が2種類ある。
1つ目は、忘却だ。18.5か月という数字を、覚えておく価値がある。一度学んだ内容は、使われないまま1年半で行動に届かなくなる。
2つ目は、制度の側の変化である。税率、控除の枠、年金の受給の条件、そもそもの制度の名前まで、数年単位で書き換わる。ここが健康や心理の知識と決定的に違う点だ——人の体は10年で作り変わらないが、税制は10年もあれば別物になる。
この2つを合わせると、覚えるべき対象が変わる。答えを在庫するのではなく、答えがどこにあるかを在庫する。税制なら所管の官庁の公表資料、統計なら中央銀行や統計当局の原表。判断が来た日に、そこを開ければよい。参照先は、答えより長持ちする。
もう一つ、時間の経過で変わるのは自分の側の関門だ。20代で読んでも第二の関門が来ない知識が、30代・40代に入ると急に来る。順序を逆にできる人はいない。だから語彙は、必要になる少し前に薄く入れて、来た日に厚くするのが現実的である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の偏りを断っておく。ここまでの数字は米国と欧州のランダム化比較試験に大きく偏り、税制・年金・医療の制度が国ごとに違う以上、効果の大きさをそのまま日本に持ち込むことはできない。国際調査も日本の調査も自己申告の横断調査で、富裕層は調査にそもそも答えにくい。加えて、金融教育の研究は提供する側が資金を出している場合があり、効かなかった試験は発表されにくい。数字は向きの参考として持ち帰り、比率は参考値に留めるのが誠実である。
妨げるものは3つ。第一に、講座を受けたこと自体を成果と数えてしまうこと——3問のテストで測れるのは第一の関門だけだ。第二に、判断から遠い時期にまとめて学んでしまうこと。第三に、金融の語彙を、商品を選ぶための語彙だと思うこと。実際に効くのは、自分の紙の上の行を読むための語彙のほうである。
助けるものは2つ。判断が迫っている時点に学ぶこと。そして、答えではなく参照先を覚えること。
最初の一歩は今日10分。複利・インフレ・分散の3つについて、自分の言葉で1文ずつ説明を書き、そのうち1つだけ、公式の資料で答え合わせをする。3問とも合っていたら、この単位が言っているのは「では第二の関門はいつ来ますか」という質問だけだ。
次の単位は 142「資本効率感覚」——語彙が入ったので、次はそれを使って配分を見る。投入した1に対して何が戻るか、という見方を入れ、ついでに、この分野でいちばん有名な引用文の出典を探しに行く。
- Lusardi & Mitchell 2014(Journal of Economic Literature 52(1):5-44):金融リテラシーは複利・インフレ・分散の3つの問いで測られてきた。米国の2004年の高齢者調査(50歳以上)では正答率が複利67.1%、インフレ75.2%、分散52.3%で、3問すべてに正答したのは34.3%だった
- OECD/INFE 2023 international survey of adult financial literacy:39の国と地域の18〜79歳68,826人を調べ、金融リテラシーの総合スコアの平均は100点満点で60点、知識だけでは63点。複利の問いの正答率は42%、分散がリスクを下げることを理解していたのは59%で、OECDが最低目標に置く70点に届いたのは34%だった
- 金融広報中央委員会「金融リテラシー調査2022年」:日本の18〜79歳3万人を対象に、正誤問題の正答率は全体で55.7%(2019年調査は56.6%)。複利の問いだけでは43%で、同じ問いの米国の72%を下回る。18〜29歳は41.2%、70代は65.6%と年齢差が大きい
- Fernandes, Lynch & Netemeyer 2014(Management Science 60(8):1861-1883):168本の論文・201の重複しない研究のメタ分析で、金融教育の介入が財務行動の分散を説明する割合は0.1%(r=.032)。受講から18.5か月以上あくと、24時間の授業でも有意な効果は残らず、低所得の標本では効果がさらに小さかった
- 同じ2014年のメタ分析の相関研究側の結果:計画を立てる性向・情報探索への自信・リスクを取る意欲といった心理的性質を統計的に押さえると、金融知識と行動の関連は5つの行動のうち4つで有意でなくなった。知識がある人の家計が整って見えるのは知識のおかげだ、という説明は確定していない
- Kaiser, Lusardi, Menkhoff & Urban 2022(Journal of Financial Economics 145(2):255-272):ランダム化比較試験76件・16万人超のメタ分析で、金融知識への効果は0.204標準偏差(95%信頼区間0.152〜0.255)、財務行動への効果は0.100標準偏差(同0.071〜0.129)。2014年のメタ分析が行動について出した0.018標準偏差の3.6倍から5.5倍にあたり、著者らは数学や読解など他分野の教育介入と同程度の大きさだと述べている
- Kaiser & Menkhoff 2017(The World Bank Economic Review 31(3):611-630):126件のインパクト評価のメタ分析で、効果は条件に強く依存する——低所得層と低所得・中低所得国では小さく、借金の扱いは動かしにくく、義務づけられた教育は効きにくい傾向がある。成否は教育の強度と、判断が実際に迫っている時点に届くかどうかに依存する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 金融の知識をつければ、家計の行動はそのぶん良くなる | 168本の論文を統合したメタ分析では、介入が財務行動の分散を説明する割合は0.1%だった。しかも相関研究の側では、計画を立てる性向などを統計的に押さえると、知識と行動の関連は5つの行動のうち4つで有意でなくなる。一方でランダム化比較試験76件を集めた新しいメタ分析は行動への効果を0.100標準偏差と推定しており、ゼロではない。読めない行があれば紙は使えない、という理由で語彙は必要だが、語彙が家計を整えるわけではない |
| 早いうちにまとめて金融教育を受けておけば、一生使える | 効果は時間とともに減衰する。受講から18.5か月以上あくと、24時間の授業を受けた場合でも有意な効果が残らなかった。加えて税率や控除の枠や年金の条件は数年単位で改正されるので、答えそのものの賞味期限も短い。長持ちするのは答えではなく、答えがどこにあるかという参照先のほうである |
| 金融リテラシーが低い、と言われる国の人は、お金の管理ができていないということだ | 国際調査が測っているのは、複利・インフレ・分散という3つの算術だけである。日本の正誤問題の正答率は55.7%、複利の問いは43%だが、これは家計の運転能力の総合点ではない。測定の狭さを忘れると、テストの点を上げること自体が目的化する。効くのは、判断が迫っている時点に、自分の紙の上の行を読むための語彙が届いているかどうかである |
金融教育の市場には、きれいな非対称がある。教える側は「知識は一生の財産です」と言い、その根拠として、知識のある人ほど家計が整っているという相関を持ち出す。統計的に計画性を押さえると、その相関のほとんどが説明されてしまう、という続きは資料に載らない。効果が0.1%だったメタ分析も、0.100標準偏差だったメタ分析も、どちらも公開されているのに、案内される数字はいつも大きいほうである。皮肉なのは、この単位でいちばん実用的な発見が「18.5か月」という数字だったことだ。学んだことは1年半で行動に届かなくなる。つまり、あなたが今日読んだこの単位も、来年の秋には効かなくなっている見込みが高い。対策は一つしかない——答えを覚えるのをやめて、答えの置き場所を覚えることである。置き場所は、あなたより長生きする。
Q1. 168本の論文・201の研究を統合したメタ分析では、金融教育の介入が財務行動の分散を説明する割合は____%(r=.032)だった。また、受講から____か月以上あくと、24時間の授業を受けた場合でも有意な効果は残らなかった。穴埋め
Q2. 2014年のメタ分析と2022年のメタ分析で、財務行動への効果の推定値がどれだけ違ったかを数値で述べ、両者が食い違う理由として本文が挙げたものを説明せよ。一問一答
Q3. 126件のインパクト評価を統合した2017年のメタ分析が示した条件依存について、本文の記述と一致するものはどれか。選択
Q4. 知識が行動になるまでに通る3つの関門を、本文が並べた順に並べよ。(来た日に執行できる/その判断が実際に来る/読める)並べ替え
Q5. 3つの問いの正答率について、米国の2004年の高齢者調査と日本の2022年の調査の数値をそれぞれ挙げ、この測定の狭さについて本文が述べたことを説明せよ。一問一答
複利・インフレ・分散の3つについて、他人に説明するつもりで1文ずつ自分の言葉で書く。書き終えてから、そのうち1つだけを選び、所管の官庁や中央銀行などの公表資料で確かめる——まとめ記事や商品の説明ページではなく、制度や統計の出どころにあたること。合っていた数を0から3で記録する。あわせて、その1つを確かめるのに何分かかったかを添える。金融商品の購入・解約・口座開設は一切しない。収入や貯蓄の有無に関係なく今日できる代替:3つの説明を書いたうえで、答え合わせの代わりに、その語が自分の生活のどの書類に出てくるか(請求書・給与明細・契約書のどれか)を1つ指名する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Lusardi A., Mitchell O.S. (2014) 'The Economic Importance of Financial Literacy: Theory and Evidence', Journal of Economic Literature 52(1):5-44 — www.aeaweb.org
- OECD (2023) 'OECD/INFE 2023 International Survey of Adult Financial Literacy', OECD Business and Finance Policy Papers — www.oecd.org
- 金融広報中央委員会(2022)『金融リテラシー調査 2022年』 — www.shiruporuto.jp
- Fernandes D., Lynch J.G. Jr., Netemeyer R.G. (2014) 'Financial Literacy, Financial Education, and Downstream Financial Behaviors', Management Science 60(8):1861-1883 — pubsonline.informs.org
- Kaiser T., Lusardi A., Menkhoff L., Urban C. (2022) 'Financial education affects financial knowledge and downstream behaviors', Journal of Financial Economics 145(2):255-272 — www.sciencedirect.com
- Kaiser T., Menkhoff L. (2017) 'Does Financial Education Impact Financial Literacy and Financial Behavior, and If So, When?', The World Bank Economic Review 31(3):611-630 — academic.oup.com