4%という数字は、17か国のうち4か国でしか生き残らなかった
覚えやすい数字は遠くまで飛ぶ。前提を4つ抱えた数字は、たいてい玄関で足を止める。だから世の中に流通しているのは、いつも軽いほうの数字である——4%ルールは、その飛距離の記録保持者だ。
前の単位から:材料はそろった。あとは1枚にする
139「負債管理力」で、負債の3つの属性——年利、残高、期限——を並べた。これで材料はそろっている。収入と支出という一定期間の流れ。資産と負債というある時点の残高。この4つを、別々の紙ではなく1枚に置く。それがこの単位の作業である。
なぜ1枚なのか。この2つは、測っている対象が違うからだ。フローは期間を測る——今月、今年。ストックは時点を測る——今日、いま。片方だけを見ていると、必ず読み違える。毎月の差額が正でも純資産が負ということはあるし、純資産が大きくても今月の支払いが回らないことはある。
断っておく。法人の財務諸表の読み方は財務の棚の持ち場で、ここでは扱わない。ここで作るのは、誰にも提出しない1枚である。そしてこの単位も投資助言でも税務相談でもない。特定の商品・口座・制度を勧めることも、やめろと言うこともしない。制度と税は改正されるので、判断の前には必ず自分で一次情報を確認してほしい。
1枚にすると、上と下が1本の矢印でつながる
紙の上半分にフロー、下半分にストックを置く。上には、この1か月に入った合計と出た合計、そしてその差額。下には、資産の合計と負債の合計、そして純資産。
この形にすると、上と下をつなぐ1本の矢印が見えるようになる。上の差額が、下の純資産を動かす唯一の内部の経路だ。差額が正なら純資産は増え、負なら減る。値上がりや値下がりは外から来る力で、自分では動かせない。動かせるのは矢印のほうだけである。
つまり、この1枚は診断の道具というより、因果の配線図に近い。どこを触ると何が動くかが分かる。逆に、この配線が見えていないと、動かせない部分を熱心に心配して、動かせる部分を放置することになる。
この単位の値切り:4%は規則ではなく、ある1つの国の過去の観測である
個人の財務でいちばん有名な数字を扱う。資産の4%を毎年取り崩せば、資産は一生もつ——4%ルールと呼ばれているものだ。
出どころははっきりしている。ベンゲンが1994年に Journal of Financial Planning に発表した論文である。彼がやったのは、米国の1926年から1992年までの過去のデータを使い、退職した年を1年ずつずらしながら、資産が何年もつかを数えることだった。
そして前提が3つ付いている。第一に、株式を50%から75%持つ配分であること。第二に、最低30年の存続を求めること。第三に、使うのは米国の過去の系列であること。この条件の下で、初年度に資産の4%を引き出し、以後は物価に合わせて金額を増やしていくやり方なら、過去のどの出発点でも33年より前に資金が尽きたことはなかった——これが元の主張である。ついでに書いてあるのは、4.25%にすると28年で尽きうる、ということだ。0.25ポイントの違いが5年を削る。
つまりこれは、規則ではない。ある国の、ある期間の、ある配分についての観測である。
他の国に持っていくと、数字は生き残らなかった
ファウが2010年に同じ Journal of Financial Planning に発表した研究は、この観測を17の先進国に持ち出した。1900年から2008年までの109年分である。
結果は身も蓋もない。実質で4%を引き出すやり方が「安全」だったのは、17か国のうち4か国だけだった。そして日本の数字が最も厳しい。日本で安全に引き出せた最大の率——退職した年から30年、資金を切らさずに済む最大の率は0.47%で、これは1940年に退職した場合の値である。全17か国で最悪の結果だった。
論文の結論はこう書かれている——安全な引き出し率という基準で、国際的な視点から見れば、実質4%という引き出しの規則は、単に安全ではなかった。
低金利になってからの検算もある。フィンケ、ファウ、ブランシェットが2013年に発表した研究は、株式と債券を半分ずつ持つ配分で、30年の失敗率を計算し直した。過去の実績に基づくと、失敗率はおよそ6%。ところが2013年1月時点の物価連動国債の実質利回り——マイナス1.4%——がそのまま続くと仮定すると、失敗率は57%に跳ね上がった。5年後に利回りが元に戻るなら18%、10年後に戻るなら32%。著者らは、この2つの想定でさえ、金利が上がるときに債券の保有者が受ける値下がりを含めていない分、良い側に寄っていると書いている。
序列リスク:同じ平均でも、順序が違えば結果が変わる
なぜ出発点の年でこれほど変わるのか。取り崩しには、積み上げの時期にはない性質があるからだ。
積み上げている時期は、値下がりは安く買える機会になる。取り崩している時期は、値下がりは同じ金額を作るために多く売らなければならない事態になる。つまり同じ下落でも、向きが逆になる。
だから、30年間の平均が同じでも、下落が最初の数年に来るか最後の数年に来るかで、結果が変わる。最初に来た場合、資産は減った状態から取り崩しを続けることになり、その後に回復が来ても、売ってしまった分は戻ってこない。これが序列リスクと呼ばれるものだ。
ベンゲンの元の論文が最も厳しい例として挙げているのは、1969年前後に退職した層である。ファウの研究で最悪の値が出たのも、1940年に退職した日本の場合だった。どちらも、平均が悪かったのではなく、順序が悪かった。
日本で同じ算術が走ったときの話
数字が前提を置いて独り歩きする例は、日本にもある。
2019年6月3日に公表された金融審議会の市場ワーキング・グループの報告書は、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿として毎月の赤字が約5万円であることを示し、そこから20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取り崩しが必要になる、と書いた。
同じ報告書には、但し書きも書いてある。この金額はあくまで平均の不足額から導き出したものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる、と。介護費用や住宅の修繕といった特別な支出を含んでいない点にも注意が必要だ、とも書いてある。
出かけていったのは数字のほうだけだった。但し書きは家に残った。
もうひとつ、この算術で落ちやすいものがある。年金というフローである。ストックから毎年いくら取り崩せるかという問いは、フローがいくら入ってくるかと切り離せない。日本の公的年金には所得代替率という指標があり、これは現役男子の平均手取り収入額に対する年金額の比率を表す。厚生労働省の2024年の財政検証では、2024年度の所得代替率は61.2%とされ、将来はいくつかのケースごとに、これより低下していく見通しが示されている。
数字そのものより、構造を持ち帰ってほしい。取り崩しの計算は、フローとストックを同じ紙に置かないと成立しない。1枚にする理由はここにある。
時間・変化:30年という前提は、寿命の分布と噛み合っていない
ベンゲンが置いた前提のうち、最も静かに効くのが「30年」である。
日本の2024年の簡易生命表によると、65歳の平均余命は男が19.47年、女が24.38年。ここだけ見ると、30年という設定は余裕があるように見える。だが平均余命は分布の代表値でしかない。同じ生命表で、生まれた人のうち90歳まで生存する割合は男が25.8%、女が50.2%。95歳までは男が9.3%、女が25.6%である。
つまり、女性のおよそ2人に1人が90歳を越える。65歳から数えれば25年、60歳から数えれば30年だ。30年という前提は、余裕のある想定ではなく、ちょうど真ん中あたりを狙った想定だということになる。
そして時間の経過とともに、この1枚の中の主役も入れ替わる。若い時期は、上半分——フローの差額が結果を支配する。中盤では、上半分と下半分が同じくらいの重みを持つ。取り崩しの時期に入ると、下半分と、そこから引き出す率だけが効くようになる。皮肉なことに、率の設定がいちばん効く時期には、率を変える以外にできることがほとんど残っていない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、単純な数字の魅力である。4%という数字は覚えやすく、口に出しやすく、そして何より、前提を4つ付けたまま覚えるより、はるかに軽い。数字は軽いほうが遠くまで飛ぶ。飛ぶ距離と正しさは無関係だ。
第二の妨げは、フローとストックが別々の場所に住んでいることだ。片方は明細に、片方は残高に。同じ紙に来ない限り、2つは出会わない。
標本の偏りを断っておく。この単位の中心的な数字は、米国の過去の系列に依存している。取り崩しの研究は米国の資産の系列と米国の税・制度を前提に組まれており、17か国に広げた検算では日本の値が最悪だった。加えて、公的年金・医療・介護の設計は国ごとにまるで違い、日本では所得代替率という別の指標で議論されている。米国のドルの数字を日本円に換算しても意味は出ない。生命表も日本の2024年のもので、他国や他の年には当てはまらない。数字は前提とセットでしか運べない、と考えるのが安全だ。
助けるのは、率ではなく金額と年数で書くことである。4%という率は、いくらの資産に対する4%なのかを言わない限り、何も意味しない。同じ率を、金額と年数に直して書き出すと、前提が自動的に姿を現す。
最初の一歩は10分。紙を1枚。上半分に、この1か月に入った合計・出た合計・その差額。下半分に、138で作った資産の合計・負債の合計・純資産。合計6つの数字を並べ、上の差額から下の純資産へ矢印を1本引く。それだけで、この単位の道具はいったん完成する。
次の単位は 141「金融リテラシー」——ここまでの4単位で、自分の財務の形を数字で言えるようになった。次の段からは、その数字が置かれている外側の環境——制度、税、金利、そして知識そのものの効き目——を扱う。最初に検算するのは、金融教育を受ければ行動が変わる、という前提のほうである。
- フローは期間を測り、ストックは時点を測る。1枚に置くと、上の差額から下の純資産へ向かう矢印が、自分で動かせる唯一の内部の経路だと分かる。値上がり・値下がりは外から来る力で、動かせるのは矢印のほうだけである
- Bengen 1994(Journal of Financial Planning, 1994年10月)は米国の1926年から1992年のデータで退職年を1年ずつずらして検算し、株式を50〜75%持ち、初年度に資産の4%を引き出して以後は物価に合わせて金額を増やすやり方なら、過去のどの出発点でも33年より前に資金が尽きたことはないと報告した。同じ論文は、4.25%にすると28年で尽きうるとも書いている
- Pfau 2010(Journal of Financial Planning, 2010年12月)は17の先進国の1900年から2008年までの109年分に当てはめ直し、実質4%の引き出しが安全だったのは17か国のうち4か国だけだと示した。日本で安全に引き出せた最大の率は0.47%(1940年に退職した場合)で、全17か国のうち最悪だった
- Finke, Pfau & Blanchett 2013(Journal of Financial Planning, 2013年6月)は株式と債券を半分ずつ持つ配分で30年の失敗率を計算し直し、過去の実績に基づくとおよそ6%だったものが、2013年1月時点の物価連動国債の実質利回りマイナス1.4%が続くと仮定すると57%に上がると示した。5年後に元に戻るなら18%、10年後なら32%である
- 序列リスク——積み上げている時期の値下がりは安く買える機会だが、取り崩している時期の値下がりは同じ金額を作るために多く売る事態になる。だから30年の平均が同じでも、下落が最初に来るか最後に来るかで結果が変わる。Bengen が最も厳しい例に挙げたのは1969年前後に退職した層で、Pfau の研究で最悪の値が出たのも1940年に退職した日本の場合だった
- 金融審議会 市場ワーキング・グループの報告書(2019年6月3日)は、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿として毎月の赤字が約5万円であることを示し、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取り崩しが必要になると書いた。同じ報告書には、この金額はあくまで平均の不足額から導き出したもので、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なるという但し書きも書かれている
- 日本の2024年の簡易生命表では、65歳の平均余命は男19.47年・女24.38年である一方、生まれた人のうち90歳まで生存する割合は男25.8%・女50.2%、95歳までは男9.3%・女25.6%。30年という前提は余裕のある想定ではなく、ほぼ真ん中を狙った想定である。日本の公的年金では2024年度の所得代替率が61.2%とされ、将来はケースごとにこれより低下する見通しが示されている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 資産の4%を毎年取り崩せば、どこの国のいつの時代でも一生もつ | これは規則ではなく、米国の1926年から1992年のデータ、株式50〜75%、最低30年という3つの前提の下での観測である。17の先進国の1900年から2008年に当てはめ直すと、安全だったのは4か国だけで、日本で安全に引き出せた最大の率は0.47%だった。低金利を想定した検算では、過去の実績に基づく失敗率およそ6%が57%まで上がった |
| 長い期間で見れば平均に落ち着くのだから、取り崩しを始める時期は結果に関係ない | 積み上げている時期の値下がりは安く買える機会になるが、取り崩している時期の値下がりは、同じ金額を作るために多く売らなければならない事態になる。同じ下落でも向きが逆である。だから30年の平均が同じでも、下落が最初に来るか最後に来るかで結果が変わる。原典が最も厳しい例に挙げたのは1969年前後に退職した層だった |
| 老後に必要な金額は約2,000万円だと、公的な報告書が結論している | 2019年6月3日の金融審議会の報告書が示したのは、高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で毎月の赤字が約5万円であること、そこから20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取り崩しになる、という平均からの単純計算である。同じ報告書に、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なるという但し書きがあり、介護費用や住宅の修繕といった特別な支出も含まれていない |
4%ルールの元の論文には、前提が丁寧に書いてある。米国の過去のデータであること。株式を半分以上持つこと。30年もてば合格とすること。前提は3つとも印刷されていて、誰でも読める場所にある。それでも世の中を旅しているのは数字だけで、前提は玄関に置き去りにされたままだ。数字が軽くなるほど遠くへ飛ぶという法則は、たぶん物理より確実に成り立っている。
Q1. 4%ルールの原典(1994年)が置いていた前提として、本文が挙げたものはどれか。選択
Q2. 17の先進国の1900年から2008年に当てはめ直した研究の結果として、正しいものを選べ。選択
Q3. 株式と債券を半分ずつ持つ配分での30年の失敗率は、過去の実績に基づくとおよそ____%だが、2013年1月時点の物価連動国債の実質利回りマイナス____%が続くと仮定すると____%に上がる。利回りが5年後に元に戻る想定では____%、10年後では____%である。穴埋め
Q4. 序列リスクとは何か。積み上げの時期と取り崩しの時期で、値下がりの意味がどう変わるかを含めて説明せよ。一問一答
Q5. 2019年6月3日の金融審議会の報告書が示した数字と、同じ報告書に書かれていた但し書きを答えよ。一問一答
紙を1枚用意し、中央に横線を引く。上半分に、この1か月に入った合計・出た合計・その差額の3つ。下半分に、資産の合計・負債の合計・純資産の3つ(138で作った表があればそれを書き写す)。合計6つの数字を並べたら、上の差額から下の純資産へ矢印を1本引く。最後に、次の5つのうち当てはまるものに印を付ける。①上の差額が正である ②下の純資産が正である ③1週間以内に現金にできる資産が1つ以上ある ④年利が5%を超える借入がない ⑤6つの数字のうち、推測ではなく実際の記録から書いたものが4つ以上ある。印が付かなかった項目が、次に手を付ける場所になる。この課題で口座を開いたり何かを買ったり解約したりはしない。数字がまだ少ない人は、書ける欄だけ埋め、残りは空欄のままで印を付ければよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bengen W.P. (1994) 'Determining Withdrawal Rates Using Historical Data', Journal of Financial Planning, 1994年10月 — www.financialplanningassociation.org
- Pfau W.D. (2010) 'An International Perspective on Safe Withdrawal Rates from Retirement Savings: The Demise of the 4 Percent Rule?', Journal of Financial Planning, 2010年12月 — www.financialplanningassociation.org
- Finke M.S., Pfau W.D., Blanchett D. (2013) 'The 4 Percent Rule is Not Safe in a Low-Yield World', Journal of Financial Planning, 2013年6月 — www.financialplanningassociation.org
- 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書『高齢社会における資産形成・管理』(2019年6月3日、金融庁) — www.fsa.go.jp
- 厚生労働省『令和6年簡易生命表の概況』(2025年7月公表) — www.mhlw.go.jp
- 厚生労働省『令和6(2024)年財政検証結果』関連資料(2024年7月公表) — www.mhlw.go.jp