人が消したいのは利息ではなく、口座の数だった
借金を返す順序には、正解が2つある。金銭の算術としての正解と、最後までたどり着く確率としての正解だ。厄介なのは、この2つが別々の方向を指していることではなく、どちらの陣営も自分の側だけを正解と呼んできたことである。
前の単位から:右側の欄には、金額のほかに3つの属性がある
138「純資産(ストック)認識力」では、資産の合計から負債の合計を引いた。引き算が済んだところで、右側の欄——負債のほうを、もう少し細かく見る。
金額だけを見ていると、借入はどれも同じ顔をしている。実際には、1件ごとに3つの属性が付いている。金利、残高、期限。この3つを見ずに残高だけを見ると、返す順序の判断がまるごと勘になる。
先に2つ断っておく。ひとつ、この単位は投資助言でも法律相談でもない。特定の借入・カード・サービスを勧めることも、やめろと言うこともしない。制度や上限は改正されるので、実際の判断の前には必ず自分で一次情報を確認してほしい。ふたつ、家族のあいだの貸し借りは、金利の話ではなく関係の話になるので、家族の棚の持ち場とする。ここでは扱わない。
その前に:いま滞っているなら、これは技術論の外である
順序を決める話に入る前に、はっきり分けておくべき状態がある。
いま支払いが滞っている。督促や取り立ての連絡が来ている。支払いのために新しく借りている。この3つのどれかに当てはまるなら、それはこの棚の技術論が扱える問題ではない。返す順序をどう工夫しても解けない種類の問題で、先に公的な相談窓口につながることが優先される。窓口の名前をここに並べることはしない——制度も窓口も変わるので、最新の情報は自分で確認したほうが確実だからだ。
以下は、支払いが回っている状態にある人が、順序を選べる場合の話である。この線引きを最初に引いておかないと、技術論はしばしば説教に化ける。
3つの属性を、同じ行に並べる
借入の一覧は、3列で足りる。年利、いまの残高、そして完済の期限。この3つが同じ行に並んだ瞬間に、比較ができるようになる。
年利の桁は、借入の種類と国によってまるで違う。日本では、利息制限法が元本の額に応じて上限を定めている——元本10万円未満なら年20%、10万円以上100万円未満なら年18%、100万円以上なら年15%。これを超える利息の約定は、超えた部分について無効とされる。さらに出資法の上限である年20%を超える貸付けは刑事罰の対象で、この2つの法律の隙間にあった、いわゆるグレーゾーン金利は2010年6月18日に撤廃された。
米国の水準も置いておく。連邦準備制度理事会が公表する消費者信用の統計によると、商業銀行のクレジットカードのうち、利息が発生している口座の平均金利は年22.15%(米国・2026年5月)だった。すべての口座の平均では年20.94%である。国も制度も違うので、この数字は日本の読者にそのまま当てはまらない。ただ、無担保の短期の借入がどの国でも二桁の領域にあるという点は共通している。
この単位の値切り:雪だるま式と高金利優先——どちらも半分正しい
さて、本題である。複数の借入があるとき、どれから返すか。
世の中に流通している答えは2つに割れている。ひとつは、残高の小さいものから片付ける——ラムジーの一般向けの本で広まった、いわゆる雪だるま式。もうひとつは、金利の高いものから返す。前者は気持ちが続くと言われ、後者は数学的に正しいと言われる。
まず算術を確認する。1万円を返済に充てると、その1万円に対して発生していたはずの利息が消える。年18%の借入に充てれば年1,800円分、年15%の借入に充てれば年1,500円分。差は年300円である。これは例示の計算だが、構造は例外なくこうなる——同じ金額を充てるなら、金利の高いほうに充てたほうが消える利息は多い。ここに議論の余地はない。
議論があるのは、人がその通りに動かないことのほうだ。
アマール、アリエリー、アヤル、クライダー、リックが2011年に Journal of Marketing Research に発表した研究は、報酬が実際の成績に連動する借金返済の模擬課題を作り、4つの実験を回した。参加者は一貫して、金利の高い大きな借入より、残高の小さい借入を先に消そうとした。金銭的には損になる選択である。著者らはこれを、口座そのものを嫌う傾向——債務口座回避と呼んだ。人が減らしたいのは利息ではなく、口座の数なのである。
効いた介入は2つあった。小さい借入を完全に返しきることを制限すること。そして、積み上がっている利息のほうへ注意を向けさせること。どちらも、口座を閉じる快感から目を引き剥がす操作だ。
反対側の証拠:閉じた口座の数が、完済を予測した
ここで話が終われば、雪だるま式は単なる非合理ということになる。ところが、反対側にも証拠がある。
ガルとマクシェーンが2012年に Journal of Marketing Research に発表した研究は、債務整理を扱う事業者の実際の顧客データを使った。そこで見つかったのは、閉じた口座の割合が、最終的に借金を消せたかどうかを予測するという関係である。金額の大小には関係がなかった。逆に、閉じた口座の割合を考慮に入れると、返した金額の割合は成功を予測しなくなった。
ケトル、トルーデル、ブランシャール、ホイブルが2016年に Journal of Consumer Research に発表した研究も、同じ方向を向いている。借入を複数抱える人の実地調査と3つの実験で、返済を1つの口座に集中させるやり方は、全部に分散させるやり方より、借金をなくそうという動機を高め、より積極的な返済につながっていた。
つまり両方が正しい。金銭の算術としては高金利優先が有利で、完済までたどり着く確率としては、口座を1つずつ閉じていく形に分がある可能性がある。前者は確実で小さく、後者は不確実だが大きい。どちらを取るかは、自分がどこで脱落しやすいかによる——これは好みの問題ではなく、自己観察の問題である。
最低支払額という、印刷された錨
順序の前に、金額そのものを引き下げている要素がひとつある。
スチュワートが2009年に Psychological Science に発表した研究は、明細に印刷された最低支払額を扱った。この表示は、複利の影響から借り手を守るために制度として要求されるようになったものだ。ところが、意図しない副作用があった。最低支払額が、心理的な錨として働くのである。つまり、そこに書かれた小さい数字が、実際に払う額を引き下げる方向に効く。
守るための表示が、逆向きに作用する。この構造は覚えておく価値がある。明細に印刷されている数字は、どれも誰かの目的のために選ばれた数字であって、あなたにとっての最適額ではない。
時間・変化:借入の顔は、期限が近づくと変わる
借入の性質は、時間とともに変わる。ここでも順序がある。
借りた直後、支払いの中身はほとんどが利息である。残高が大きいので、同じ返済額でも利息に食われる割合が大きい。この時期に「返しているのに減らない」と感じるのは、錯覚ではなく事実の観察だ。
中盤に入ると、比率が入れ替わる。返済額のうち元本に回る割合が増えはじめ、残高の減り方が加速する。同じ努力を続けているだけなのに、体感が変わる区間である。逆に言えば、いちばんつらいのは最初で、そこを越えると自動的に楽になる——この形を知っていること自体が、脱落率に効く。
そして期限が近づくと、3つの属性のうち期限だけが急に主役になる。金利がいくらであろうと、期限までに払い切れるかどうかがすべてになるからだ。だから一覧の3列目は、金額よりも先に確認したほうがいい。金利は毎日効くが、期限は1日で効く。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、借入が1か所にまとまっていないことだ。契約書は引き出しに、明細は郵便で、残高は画面の中。3つの属性を同じ行に並べるという作業が面倒なのは、3か所を回らないと1行が書けないからである。
第二の妨げは、口座を閉じることが気持ちよすぎることだ。これは弱さではなく、実験で繰り返し観察されている傾向である。傾向を意志で消そうとするより、傾向を前提に設計したほうが早い。
標本の偏りを断っておく。ここで挙げた研究は、米国とカナダの消費者、そして債務整理を扱う事業者の顧客に偏っている。債務整理の事業者のデータは、そこにたどり着いた人だけを見ているので、一般の家計より状況が厳しい側に寄っている。実験のほうは模擬課題であり、実際の家計の判断とは負荷が違う。金利の水準も、日本と米国では制度がまるで違う——日本には利息制限法と出資法という上限があり、米国のクレジットカードの平均金利をそのまま当てはめることはできない。米国のドルの数字を日本円に換算しても、意味は出ない。
助けるのは、金額ではなく年利で書く習慣である。「毎月2万円の支払い」と書くと、それは支出の1項目に見える。「残高40万円、年18%、期限は26か月後」と書くと、比較ができる対象になる。同じものを別の言葉で書き直すだけで、判断の材料が変わる。
最初の一歩は10分。いまある借入を、3列で1枚に書き出す。年利、いまの残高、完済の期限。分からない欄があれば、そこに「未確認」と書いて残す——空欄が、次に確認すべき場所を教えてくれる。借入がない人は、契約期限のある固定的な支払いを1件だけ、同じ3列で書いてみればいい。
次の単位は 140「バランスシート思考力」——ここまでで、フローとストック、資産と負債の材料はそろった。次は、それを別々の紙ではなく1枚に統合し、資産の4%を毎年取り崩せば一生もつ、という有名な数字が、どんな前提の上に立っているかを検算する。
- 借入には金額のほかに3つの属性がある——年利、いまの残高、完済の期限。この3つが同じ行に並んで初めて比較ができる。金利は毎日効くが、期限は1日で効くので、一覧では期限の列を先に確認する
- 日本では利息制限法が元本の額に応じて上限金利を定めている——元本10万円未満は年20%、10万円以上100万円未満は年18%、100万円以上は年15%。出資法の上限である年20%を超える貸付けは刑事罰の対象で、両法の隙間にあったグレーゾーン金利は2010年6月18日に撤廃された
- 米国では、連邦準備制度理事会の消費者信用統計によると、商業銀行のクレジットカードのうち利息が発生している口座の平均金利は年22.15%、すべての口座の平均では年20.94%だった(米国・2026年5月)。制度が違うため日本の読者にそのまま当てはまらない
- 算術としては高金利優先が有利である。1万円を返済に充てると、その1万円に対して発生していたはずの利息が消えるため、年18%の借入なら年1,800円分、年15%の借入なら年1,500円分——差は年300円になる(本文の例示計算)
- Amar, Ariely, Ayal, Cryder & Rick 2011(Journal of Marketing Research 48(SPL):S38-S50)は、報酬が成績に連動する借金返済の模擬課題で4つの実験を行い、参加者が金利の高い大きな借入より残高の小さい借入を先に消そうとすることを示し、これを債務口座回避と呼んだ。効いた介入は、小さい借入を返しきることの制限と、積み上がる利息への注意の誘導の2つだった
- Gal & McShane 2012(Journal of Marketing Research 49(4):487-501)は債務整理を扱う事業者の顧客データを用い、閉じた口座の割合が借金を消せたかどうかを金額の大小と無関係に予測する一方、閉じた口座の割合を考慮すると返済した金額の割合は成功を予測しなくなることを示した。Kettle, Trudel, Blanchard & Häubl 2016(Journal of Consumer Research 43(3):460-477)も、返済を1つの口座に集中させるやり方が分散させるやり方より動機を高め、より積極的な返済につながることを実地調査と3実験で報告している
- Stewart 2009(Psychological Science 20(1):39-41)は、複利から借り手を守るために制度として要求されるようになった最低支払額の表示が、心理的な錨として働き、実際に払う額を引き下げる方向に作用するという意図しない副作用を示した
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 残高の小さい借金から片付けるやり方は、気持ちが続くので結局いちばん得だ | 金銭の算術では高金利優先が有利であることに議論の余地はない。同じ1万円を充てるなら、年18%の借入では年1,800円、年15%の借入では年1,500円の利息が消える。ただし債務整理の顧客データでは、閉じた口座の割合が完済を予測し、返済した金額の割合は予測しなかった。得かどうかは、自分がどこで脱落しやすいかによって変わる |
| 金利の高い順に返すのが数学的に正しいのだから、そうしない人は不合理なだけだ | 報酬が成績に連動する模擬課題の4実験では、参加者は一貫して残高の小さい借入を先に消そうとした。減らしたいのが利息ではなく口座の数だという傾向は、意志の強さの問題ではなく繰り返し観察されている現象である。効いた介入は説得ではなく、小さい借入を返しきることの制限と、積み上がる利息への注意の誘導だった |
| 明細に印刷されている最低支払額は、無理のない適切な金額の目安である | 最低支払額の表示は、複利の影響から借り手を守るために制度として要求されるようになったものだが、心理的な錨として働き、実際に払う額を引き下げる方向に作用する副作用が報告されている。明細に印刷された数字はどれも誰かの目的のために選ばれた数字であって、自分にとっての最適額ではない |
返済の方法論には、妙な熱がこもる。金利の高い順に返せと言う人は相手を不合理と呼び、小さい順に返せと言う人は相手を冷たいと言う。データのほうは、どちらの陣営にも半分ずつ味方して、そのまま黙っている——算術は高金利優先を支持し、完済までたどり着けるかどうかは閉じた口座の数を支持した。唯一はっきりしているのは、論争を眺めている時間には金利が付かない、ということくらいである。
Q1. 報酬が成績に連動する借金返済の模擬課題の4実験で観察された傾向は何か。またそこで効果があった介入を2つ答えよ。一問一答
Q2. 日本の利息制限法の上限金利は、元本10万円未満で年____%、10万円以上100万円未満で年____%、100万円以上で年____%。米国の商業銀行のクレジットカードで利息が発生している口座の平均金利は年____%(2026年5月)だった。穴埋め
Q3. 債務整理を扱う事業者の顧客データを用いた研究が示したこととして、正しいものを選べ。選択
Q4. 明細に印刷される最低支払額について、本文が示した意図しない副作用は何か。一問一答
Q5. 本文が示した、1件の借入の性質が変わっていく順序を、早い順に並べよ。(期限だけが主役になる/返済額のうち元本に回る割合が増えはじめる/支払いのほとんどが利息に食われる)並べ替え
いま自分が抱えている借入を、1行につき3つの欄で書き出す。①年利(%で。月あたりの支払額ではなく、年の利率で書く)②いまの残高 ③完済の期限。明細や契約書を実際に見て転記すること——記憶で書かない。どれか分からない欄があれば、そこに『未確認』と書いて残す。全部書き終えたら、年利の高い順に行を並べ替えて、上から番号を振る。この課題で借り換え・繰上返済・解約・新規の契約はしない——確認して転記するだけである。借入がない人は、契約期限のある固定的な支払い(分割払いや定期契約など)を1件だけ、同じ3つの欄で書けばよい。いま支払いが滞っている場合は、この課題ではなく公的な相談窓口が先になる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Amar M., Ariely D., Ayal S., Cryder C.E., Rick S.I. (2011) 'Winning the Battle but Losing the War: The Psychology of Debt Management', Journal of Marketing Research 48(SPL):S38-S50 — journals.sagepub.com
- Gal D., McShane B.B. (2012) 'Can Small Victories Help Win the War? Evidence from Consumer Debt Management', Journal of Marketing Research 49(4):487-501 — journals.sagepub.com
- Kettle K.L., Trudel R., Blanchard S.J., Häubl G. (2016) 'Repayment Concentration and Consumer Motivation to Get Out of Debt', Journal of Consumer Research 43(3):460-477 — academic.oup.com
- Stewart N. (2009) 'The Cost of Anchoring on Credit-Card Minimum Repayments', Psychological Science 20(1):39-41 — wrap.warwick.ac.uk
- Board of Governors of the Federal Reserve System, Consumer Credit - G.19(2026年8月7日公表) — www.federalreserve.gov
- 利息制限法(1954年法律第100号)第1条/出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(1954年法律第195号)第5条 — laws.e-gov.go.jp