持ち家は資産か、負債か——どちらの答えも、引き算を止めている
資産と負債を両方知っている大人は多い。ただし、同じ紙の上で引き算したことがある大人は、ぐっと少ない。別々の場所で別々に眺めているあいだ、差額は存在しないのと同じである。
前の単位から:移した先に、いくらあるのか
137「資産形成力」では、差額をストックに移す操作と、その途中で削られる分を見た。移す話が終わったので、次は当然の問いになる。移した先に、いま合計いくらあるのか。
この問いに数秒で答えられる大人は、あまり多くない。理由は簿記が難しいからではない。数字がひとつの場所に集まっていないからだ。給与の口座、別の銀行、勤め先の制度の中、親から引き継いだ何か、そして住宅の借入。置き場所が5つに分かれていれば、合計は5か所を訪ねないと出てこない。
先に断っておく。この単位は投資助言でも税務相談でもない。特定の住宅・借入・保険・口座を勧めることも、やめろと言うこともしない。税や制度の扱いは改正されるので、実際の判断の前には必ず自分で一次情報を確認してほしい。
純資産は、引き算ひとつである
純資産の定義は短い。資産の合計から、負債の合計を引く。それだけだ。
短いわりに、この引き算は2つの誤解に守られている。第一に、資産の合計を知っている人は、負債の合計を知らないことが多い。第二に、両方を知っている人でも、それを同じ紙の上で引き算したことがない。別々の場所で別々に眺めているうちは、差額は存在しないのと同じである。
もう一点。この棚では、健康な人が自分の体を毎日測る話は健康の棚の持ち場としてきた。純資産は毎日測るものではない。年に数回でいい。ただし、測っていない期間の長さと、数字を思い出せない度合いは、きれいに比例する。
実務としては、棚卸しの表を1枚作るだけである。項目、金額、どこにあるか、そして最後に確認した日。最後の列がいちばん効く——金額よりも、いつの数字なのかが分からない項目のほうが、あとで面倒を起こすからだ。
他人の平均は、自分の棚卸しの代わりにならない
数字の見当をつけるために、公的な統計を2つだけ置いておく。どちらも、自分の数字を当てはめるためではなく、比べても意味がないことを確認するために置く。
日本の家計調査(貯蓄・負債編)の2024年平均によると、二人以上の世帯の貯蓄現在高の平均は1984万円、貯蓄保有世帯の中央値は1189万円だった。平均と中央値がこれだけ離れるのは、上のほうに大きく外れた世帯がいるからである。
負債の側はもっと分かりやすい。同じ調査で、二人以上の世帯の負債現在高の平均は663万円。そのうち住宅・土地のための負債が612万円を占める。つまり日本の家計の負債は、その大半が住宅である。負債を持っている世帯は全体の38.8%で、その世帯だけを見ると負債現在高は1709万円になる。
米国の家計調査でも形は同じだ。連邦準備制度理事会の消費者金融調査によると、2022年の家族の純資産は中央値192,900ドル、平均1,063,700ドル(いずれも米国・2022年のドル)。持ち家を保有する家族は66.1%で、主たる住居の価値の中央値は323,200ドルだった。
数字はどれも他国・他世帯のものだ。使い道は1つしかない。負債の大半が住宅であるという構造は、この先の話の前提になる。
この単位の値切り:持ち家は資産か、負債か——両方を値切る
住宅は、純資産の表でいちばん揉める行である。片側には「持ち家は資産だ」という言い方があり、もう片側には「持ち家は負債だ」という言い方がある。後者は、キヨサキの一般向けの本で広まった表現だ。この単位は、両方とも値切る。
まず「持ち家は負債だ」のほう。これは会計の定義ではない。会計で負債と呼ぶのは、他人に返す義務のことである。住宅そのものは資産の欄に入り、住宅のための借入が負債の欄に入る。出ていくお金が多いものを負債と呼び替えるのは、独自の用語法であって、簿記の話ではない。用語を入れ替えると、話は強く聞こえるが、引き算はできなくなる。
次に「持ち家は資産だ」のほう。こちらは正しいが、ほとんど何も言っていない。資産の欄に載ることと、そこに置いたお金が増えることは、別の主張である。同じ1軒の家は、資産の欄に載りながら、同時に毎月の費用の行にも現れる。修繕、税、保険、そして住宅のための借入の利息。この二重性を1枚に書かないと、住宅の行はいつまでも神学論争のままになる。
長期の実質価格は、思われているより上がっていない
では、住宅の価格そのものはどう動いてきたのか。ここには、長い系列がある。
シラーが公開している米国の住宅価格の長期系列は1890年から始まる。物価の影響を除いた実質で見ると、この系列の大部分は横ばいで、目立って上がるのは20世紀の終わりに近づいてからだ。
同じことは、より広い標本でも確認されている。クノル、シュラリック、シュテーガーが2017年に American Economic Review に発表した研究は、14の先進国について1870年以降の住宅価格を年次で組み立てた。19世紀の終わりから20世紀の半ばまで、多くの工業国で実質の住宅価格はほぼ一定だった。1960年代の時点で、平均すると第一次世界大戦の前夜とそれほど変わらない水準だった、と論文は書いている。そこから先が長い上昇で、20世紀の初め以降でならすとおよそ3倍。そして第二次大戦後の上昇のおよそ8割は、建物の建築費ではなく土地の価格で説明された。
ここで、住宅を持つことが損だという結論に飛びたくなるが、それも早い。ヨルダ、クノル、クフシノフ、シュラリック、テイラーが2019年に The Quarterly Journal of Economics に発表した研究は、16か国の1870年から2015年までを対象に、主要な資産の総リターンを組み立てた。住宅の実質の総リターンは、株式とおおむね同じくらい——どちらも年およそ7%——で、しかも変動は住宅のほうが小さかった(標準偏差は住宅がおよそ10%、株式がおよそ22%)。
ただし、この総リターンには家賃が含まれている。ここが肝心なところだ。貸している人にとっては家賃収入であり、自分で住んでいる人にとっては、払わずに済んだ家賃——帰属家賃と呼ばれる分——である。価格の値上がりだけを見ていると、住宅のリターンの半分近くを見落とすことになる。逆に言えば、値上がりを期待して比べるのではなく、住むことの価値を勘定に入れて初めて、賃貸との比較が成立する。
取引の費用を入れないと、比較にならない
もうひとつ、比較から抜け落ちやすいものがある。売り買いのたびにかかる費用だ。
日本では、宅地建物取引業者が売買の媒介で受け取れる報酬の上限が、国土交通省の告示で決まっている。代金のうち200万円以下の部分は5.5%、200万円を超え400万円以下の部分は4.4%、400万円を超える部分は3.3%(いずれも消費税を含む)。800万円以下の低廉な空家等については、33万円までという特例がある。
上限どおりなら、3,000万円の売買で、依頼者の一方から受け取れる報酬の上限は105.6万円になる。代金の3.5%あまりが、片道で消える計算だ。ここに登記や税の費用が加わる——税率や特例は改正されるので、金額はここには書かない。自分で一次情報を確認してほしい。
この費用は、住宅を持つことの是非とは関係がない。ただ、長期の実質価格の上昇が年あたり小さいのなら、片道で数パーセントという費用は、何年分かの上昇に相当する。短い期間で出入りするほど、この算術は効いてくる。
時間・変化:純資産の形は、順番に入れ替わる
純資産の中身は、年齢とともに書き換わる。しかも書き換わり方には、だいたい決まった順序がある。
最初に立ち上がるのは、負債のほうである。住宅を取得すると、資産の欄に大きな数字が入ると同時に、負債の欄にほぼ同じ大きさの数字が入る。純資産——つまり差額——は、この時点ではほとんど動かない。動いていないのに、資産の欄だけを見ると増えたように見える。ここが最初の錯覚である。
次の段階で、返済が進むにつれて負債の欄が減っていく。このとき純資産は増えるが、増やしているのは値上がりではなく返済だ。日本の家計の負債の大半が住宅・土地であるという構造を思い出すと、多くの家計にとって、純資産の増加の主な源が何であるかが見えてくる。
そして後半になると、比率の問題が出てくる。金額としては大きいのに、すぐには現金にできない項目が、純資産の大半を占めるようになる。合計としては十分に見えるのに、月々の支払いが苦しい、という状態はここで起きる。この不整合は、合計だけを見ていると絶対に見つからない。項目ごとに、現金にするまでの時間を書き添えて初めて見える。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、桁の大きさである。住宅と借入の桁は、日々の支出の桁と違いすぎて、同じ紙に書く気になれない。だが同じ紙に書かない限り、引き算は永遠に行われない。
第二の妨げは、確認の作業が退屈なうえに、たいてい何も改善しないことだ。棚卸しは、それ自体では1円も増やさない。増えるのは、次に判断するときの精度だけである。
標本の偏りを断っておく。ここで挙げた数字は、日本の家計調査と米国の消費者金融調査、そして欧米中心の長期の価格系列に依存している。日本の家計調査は二人以上の世帯の集計で、単身世帯の姿は別に見る必要がある。どちらの調査も自己申告を含み、資産の多い層は調査に答えないことが知られているため、上のほうは実際より小さく出やすい。住宅の長期の系列は先進国に偏っており、日本では土地の価格が長期にわたって下がった期間があるなど、国ごとの経路がまるで違う。米国のドルの数字を日本円に換算しても意味は出ない。数字は構造の説明として使い、自分の数字は自分で数えるほかない。
助けるのは、金額の隣に「最後に確認した日」を書く欄を作ることだ。金額は変わるが、確認した日は変わらない。この列があると、次に見直すべき項目が自動的に浮かび上がる。
最初の一歩は10分。紙を1枚用意し、左に資産の項目、右に負債の項目を並べて、それぞれに金額と最後に確認した日を書く。分からない項目は、金額の欄を空けたまま「不明」と書いて残す——空欄のほうが、間違った数字より役に立つ。最後に、合計を引き算して、いちばん下に1つの数字を書く。それがいまの純資産である。
次の単位は 139「負債管理力」——純資産の右側、つまり負債の欄には、金額のほかに3つの属性がある。金利、残高、期限だ。次はその3つを把握する技術と、返す順序をめぐって20年近く続いている論争を扱う。
- 純資産は資産合計から負債合計を引いた差額であり、定義は短い。問題は簿記の難しさではなく、数字が複数の場所に分かれていて同じ紙の上に並ばないことである。棚卸しの表には金額のほかに『最後に確認した日』の列を置くと、次に見直すべき項目が自動的に浮かび上がる
- 総務省の家計調査(貯蓄・負債編)2024年平均によると、二人以上の世帯の貯蓄現在高は平均1984万円、貯蓄保有世帯の中央値は1189万円。負債現在高は平均663万円で、そのうち住宅・土地のための負債が612万円を占める。負債を持つ世帯は38.8%で、その世帯だけを見ると負債現在高は1709万円である(日本・2024年)
- 連邦準備制度理事会の消費者金融調査によると、2022年の米国の家族の純資産は中央値192,900ドル・平均1,063,700ドル、持ち家を保有する家族は66.1%、主たる住居の価値の中央値は323,200ドルだった(米国・2022年のドル)
- 『持ち家は負債だ』という言い方は会計の定義ではない。会計で負債と呼ぶのは他人に返す義務であり、住宅そのものは資産の欄、住宅のための借入が負債の欄に入る。一方『持ち家は資産だ』も、資産の欄に載ることと、そこに置いたお金が増えることが別の主張である以上、ほとんど何も言っていない
- Knoll, Schularick & Steger 2017(American Economic Review 107(2):331-353)は14の先進国の1870年以降の住宅価格を組み立て、19世紀末から20世紀半ばまで実質の住宅価格が多くの工業国でほぼ一定だったこと、20世紀の初め以降でならすとおよそ3倍になったこと、第二次大戦後の上昇のおよそ8割が建築費ではなく土地の価格で説明されることを示した。シラーが公開する米国の系列も1890年から始まり、大部分の期間で実質価格は横ばいである
- Jordà, Knoll, Kuvshinov, Schularick & Taylor 2019(The Quarterly Journal of Economics 134(3):1225-1298)は16か国の1870年から2015年までを対象に、住宅の実質の総リターンが株式とおおむね同水準の年およそ7%で、変動は住宅のほうが小さい(標準偏差は住宅がおよそ10%、株式がおよそ22%)と報告した。ただしこの総リターンには家賃が含まれ、自分で住む場合は払わずに済んだ家賃——帰属家賃——にあたる
- 日本では宅地建物取引業者が売買の媒介で受け取れる報酬の上限が国土交通省の告示で定められ、代金のうち200万円以下の部分は5.5%、200万円超400万円以下の部分は4.4%、400万円を超える部分は3.3%(いずれも消費税を含む)。3,000万円の売買なら依頼者の一方から受け取れる上限は105.6万円で、代金の3.5%あまりが片道で消える
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 持ち家は負債である——毎月お金が出ていくのだから | これは会計の定義ではなく、独自の用語法である。会計で負債と呼ぶのは他人に返す義務のことで、住宅そのものは資産の欄に、住宅のための借入が負債の欄に入る。日本の二人以上の世帯の負債現在高663万円のうち612万円が住宅・土地のための負債であることも、この整理で初めて読める。用語を入れ替えると話は強く聞こえるが、引き算ができなくなる |
| 持ち家は資産なのだから、買った時点で財産が増える | 資産の欄に載ることと、そこに置いたお金が増えることは別の主張である。住宅を取得すると資産の欄に大きな数字が入るが、同時に負債の欄にもほぼ同じ大きさの数字が入るので、差額である純資産はほとんど動かない。さらに同じ1軒の家は、修繕・税・保険・利息として毎月の費用の行にも現れる |
| 長い目で見れば住宅の価格は上がるので、持っているだけで純資産は増えていく | 14の先進国の1870年以降の系列では、19世紀末から20世紀半ばまで実質の住宅価格はほぼ一定で、1960年代の時点でも平均すると第一次世界大戦前夜とそれほど変わらなかった。住宅の総リターンが株式と同水準の年およそ7%になるのは家賃を含めたときの話であり、価格の値上がりだけを見るとリターンの半分近くを見落とす。加えて日本では、3,000万円の売買で片道の媒介報酬の上限が105.6万円になる |
持ち家は資産か負債か、という問いは、20年以上にわたって本を売り続けてきた。よくできた問いである——どちらの側にも味方が付き、どちらの側も引き算をしなくて済むからだ。会計の答えは退屈で、5秒で終わる。家は資産の欄、借入は負債の欄、差額が純資産。この5秒を惜しんだ人が、代わりに何冊も読むことになる。
Q1. 日本の家計調査(2024年平均・二人以上の世帯)では、負債現在高の平均は____万円で、そのうち住宅・土地のための負債が____万円を占める。負債を持つ世帯は全体の____%で、その世帯だけを見ると負債現在高は____万円になる。穴埋め
Q2. 『持ち家は負債だ』という言い方について、本文の整理として正しいものを選べ。選択
Q3. 14の先進国の1870年以降の住宅価格を組み立てた研究は、実質価格の動きと、第二次大戦後の上昇の内訳について何を示したか。一問一答
Q4. 16か国の1870年から2015年までを対象にした研究で、住宅の実質の総リターンはどの程度で、その数字を読むときに必ず加えるべき但し書きは何か。一問一答
Q5. 本文が示した、純資産の中身が入れ替わっていく順序を、早い順に並べよ。(現金にするまでに時間がかかる項目が大半を占める/返済が進んで負債の欄が減る/資産の欄と負債の欄に同時に大きな数字が入る)並べ替え
紙を1枚用意する。左の列に資産の項目、右の列に負債の項目を書き、それぞれに金額と『最後に確認した日』を添える。資産は、現金と預金・勤め先の制度の中にあるもの・不動産・その他の4つに分けると数えやすい。負債は、住宅のための借入とそれ以外に分ける。金額が分からない項目は、空欄のまま『不明』と書いて残す——空欄のほうが、間違った数字より役に立つ。最後に資産の合計から負債の合計を引き、紙のいちばん下に1つの数字を書く。この作業で口座を開いたり解約したり、何かを売り買いしたりはしない。資産も負債もまだ少ない人は、項目名だけを並べて金額を空欄にした表を作れば、それで完了とする。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- 総務省統計局『家計調査報告(貯蓄・負債編)2024年(令和6年)平均結果』(二人以上の世帯、2025年5月公表) — www.stat.go.jp
- Aladangady A. et al. / Board of Governors of the Federal Reserve System (2023) 'Changes in U.S. Family Finances from 2019 to 2022: Evidence from the Survey of Consumer Finances', Federal Reserve Bulletin — www.federalreserve.gov
- Knoll K., Schularick M., Steger T. (2017) 'No Price Like Home: Global House Prices, 1870-2012', American Economic Review 107(2):331-353 — www.aeaweb.org
- Shiller R.J. (2015) 『Irrational Exuberance』第3版の基礎データとして公開されている米国住宅価格系列(1890年〜現在、Yale University) — shillerdata.com
- Jordà Ò., Knoll K., Kuvshinov D., Schularick M., Taylor A.M. (2019) 'The Rate of Return on Everything, 1870-2015', The Quarterly Journal of Economics 134(3):1225-1298 — www.frbsf.org
- 国土交通省『宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額』(1970年建設省告示第1552号、2024年6月21日改正・同年7月1日施行) — www.mlit.go.jp