7銘柄のうち4銘柄は、短期国債に負けていた——90年分を数え直すと
お金を増やす方法の本は、増やしたい人ではなく、売りたい人の予算で刷られている。だから書店には「やれば増える」ばかりが並び、「やっても大して変わらなかった」という検算は棚に上がらない。この単位は、その上がらなかったほうの棚を開ける。
前の単位から:癖を直しても、残高は動かない
136「行動バイアス管理力」では、お金の判断に効く癖を3つだけ扱った。癖の話には、ひとつ厄介な性質がある。読むと、賢くなった気がすることだ。ところが残高のほうは、賢くなった気配には反応しない。反応するのは、実際に動いた金額と、その途中で削られた分だけである。
ここから4単位は、その削られる側の話に入る。最初の仕事は単純だ。手元に残った差額を、使わずに置いてある残高——ストック——に移す。それだけである。
先に断っておく。この単位は投資助言ではない。特定の商品・口座・銘柄を勧めることも、やめろと言うこともしない。ここで書けるのは2つの算術だけだ。結果の分布がどういう形をしているか。そして途中で何がいくら削られるか。制度や税の扱いは改正されるので、実際に手を動かす前には必ず自分で一次情報を確認してほしい。
資産形成は、才能ではなく操作である
資産形成という言葉は、たいてい増やす技術の名前として使われる。だが会計の側から見ると、これは移す操作の名前でしかない。ある期間の収入から支出を引いた差額が正なら、その差額は行き先を持つ。使うか、置いておくかだ。置いておいた分だけがストックになる。
だから資産形成の第一項は、増やし方ではなく差額である。差額がゼロなら、どんな方法を使っても掛ける相手がいない。ゼロに何を掛けてもゼロだという算術は、退屈だが例外がない。
第二項が、置いたあとに何が起きるかという話になる。ここから先は、確率と手数料の領域だ。そしてこの領域には、売りたい人が大量に住んでいる。
この単位の値切り:売買の回数を増やすほど、成績は下がった
いちばん強い数字から出す。
バーバーとオディーンが2000年に The Journal of Finance に発表した研究は、米国の大手ディスカウント証券に口座を持つ66,465世帯の売買記録を、1991年2月から1997年1月まで追った。世帯の名前も職業も分からないが、いつ何をいくらで売買したかは全部分かる、という種類のデータである。
平均的な世帯の年率リターンは、費用を引く前で18.7%、引いたあとで16.4%。同じ期間の市場は17.9%だった。つまり、選び方そのものは市場並みだったのに、費用を引いた時点で市場に1.5ポイント負けている。
そして、売買回転率——1年間にどれだけ持ち分を入れ替えたか——で世帯を5つに分けると、絵が変わる。最も回転率の低い5分の1は年18.5%。最も高い5分の1は年11.4%。市場は17.9%だから、よく動いた層は6.5ポイント下にいる。平均的な世帯は、1年で持ち分の75%を入れ替えていた。
この論文の題は「Trading Is Hazardous to Your Wealth」——売買はあなたの富に害があります、である。学術誌の題としてはずいぶん挑発的だが、内容は挑発ではなく記述だった。
手数料の算術:削られるのは、通り抜けるたびである
なぜ回すと減るのか。増やそうとして減るという話は直感に反するので、内訳を見たほうが早い。
バーバー、リー、リュウ、オディーンが2009年に The Review of Financial Studies に発表した研究は、台湾証券取引所の1995年から1999年までの全売買記録を使った。ある市場の個人投資家の取引を、例外なく全部見た研究である。
結果として、個人全体の持ち分は年3.8ポイントの劣後を出していた。金額に直すと、台湾のGDPの2.2%、個人所得の合計の2.8%にあたる。
面白いのは内訳のほうだ。損失のうち、売買の判断そのものによる損が27%、売買手数料が32%、取引にかかる税が34%、そして売買のタイミングによる損が7%。つまり3分の2は、判断の巧拙ではなく、通り抜けるたびに課される固定的な費用だった。
判断は当たったり外れたりする。費用は毎回必ず取られる。この非対称が、回転率と成績の関係を作っている。数字は台湾の当時の制度に依存するので、そのまま他国に移せない——ただし、動くたびに削られるという構造のほうは、制度が変わっても残る。
買ったものが、売ったものに負ける
費用がゼロなら、入れ替えは無害だろうか。オディーンが1999年に American Economic Review に発表した研究は、そこを調べた。1万口座の1987年から1993年までの売買を突き合わせ、売った銘柄と買った銘柄のその後を並べたのである。
買った銘柄のその後1年のリターンは、売った銘柄より3.3ポイント低かった。手数料を引く前の話である。入れ替えという行為そのものが、平均としてはマイナスを生んでいた。
これは個々の判断を責める材料ではない。売り買いの判断は、買う側にとって面白い情報が目に入った瞬間に起きる。目に入りやすい銘柄は、すでに他の人の目にも入っている。そういう構造の問題であって、注意力の問題ではない。
分布の形:平均を作っているのは、ごく一部である
ここまでは行動の話だった。最後に、賭けている対象そのものの形を見る。
ベッセンバインダーが2018年に Journal of Financial Economics に発表した研究は、1926年以降に米国の株式データベースに現れた普通株のすべてについて、上場から退場までの生涯リターンを計算した。
結果はこうだ。7銘柄のうち4銘柄は、生涯を通じて1か月物の短期国債に負けていた。そして、生涯の富の創出額で並べたとき、上位4%の企業が市場全体の純増分を説明した。残りの96%は、合計すると短期国債と同じだった。創出額の合計は2016年12月時点で34.8兆ドル(米国)。上場している期間の中央値は、7.5年しかない。
この分布は、平均という言葉の意味を変えてしまう。ふつう平均という語は、真ん中あたりを指すと思われている。ここでの平均は、真ん中とはまるで関係のない場所にある。裾のごく少数が全体を引き上げ、中央値はその遠く下にいる。
論文の結論はこう書かれている——この結果は、分散の足りない運用が市場平均に負けることが多い理由を説明する助けになる。著者自身の言葉である。これは特定の商品の宣伝ではなく、分布の形についての記述だ。
同じことは、専門家が運用する側でも観察されている。ファーマとフレンチが2010年に The Journal of Finance に発表した研究は、1984年1月から2006年9月までの米国株式投信——平均で1,308本——を調べ、投資家が受け取る純リターンでの3ファクターαは年マイナス1.13%(t値マイナス3.02)だったと報告した。彼らの結論は、費用を賄えるだけの腕を持つファンドはほとんどない、である。
時間・変化:資産形成の主役は、途中で入れ替わる
資産形成の中身は、時間とともに変わる。しかも変わり方には順序がある。
最初の数年、残高を動かしているのは、ほぼ全部が差額である。いくら置けたか。それだけだ。この時期に運用の巧拙を心配しても、掛ける相手が小さいので、結果はほとんど動かない。
次の段階で、残高そのものが差額と同じくらいの大きさを持ちはじめる。ここで初めて、置き方の違いが金額として見えるようになる。同時に、費用の効き方も見えるようになる。年0.1ポイントの差は、最初の年には気づかないが、残高が大きくなるほど金額としては大きくなる。
そして長い時間が経つと、主役は完全に入れ替わる。差額ではなく、残高と、そこから引かれる率が結果を決めるようになる。皮肉なのは、この段階に来たときには、自分にできる操作がほとんど残っていないことだ。効く順序と、手が届く順序が逆なのである。
だから順序としてはこうなる。手が届くうちは差額を、届かなくなってからは費用を見る。逆にやると、小さい数字を熱心に磨いて、大きい数字を放置することになる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、情報の非対称である。増やす方法の話は、それを売る人が費用を負担して広めてくれる。増やそうとしても大して変わらなかったという検算は、誰も広告を出さない。だから目に入る量は、正しさの順ではなく、宣伝費の順に並ぶ。
第二の妨げは、回転そのものが達成感を出すことだ。何もしない日は記録に残らないが、売買した日は記録に残る。人は残った記録のほうを、自分の努力として数える。
標本の偏りを断っておく。この単位の数字は米国と台湾に極端に偏っている。税の扱い、手数料の水準、年金や社会保険の設計は国ごとに違い、日本の読者にそのまま当てはまる数字ではない。日本では、家計の金融資産の構成が米国とかなり違い、現金・預金の比率が大きく株式等の比率が小さいことが日本銀行の資金循環統計に出ている。つまり出発点の形からして別である。さらに、口座データの研究はその証券会社に口座を持つ人だけを見ており、資産の多い層は調査に答えないことが知られている。数字は方向だけ持ち帰り、比率は参考値に留めるのが誠実だ。
助けるのは、費用を率ではなく金額で書き出すことである。年何パーセントという表記は小さく見えるように設計されている。同じものを、いま自分が置いている金額に掛けて、年いくらと書き直すと、印象がまったく変わる。
最初の一歩は5分。この1年で、自分が持っているものの中身を入れ替えた回数を数える。売った、買った、乗り換えた、預け替えた——回数だけでいい。ゼロなら、ゼロと書く。この数字は、増やす技術の話に入る前に、自分がどれだけ回している人なのかを教えてくれる。
次の単位は 138「純資産(ストック)認識力」——ここまでで、差額をどこに移すかの話は終わった。次は、移した先にいま何がいくらあるのかを、合計で言えるようにする。持ち家という、資産とも負債とも呼ばれてきた厄介な項目を、会計の言葉に戻す作業から始める。
- Barber & Odean 2000(The Journal of Finance 55(2):773-806)は、米国の大手ディスカウント証券の66,465世帯の売買記録を1991年2月から1997年1月まで追い、平均世帯の年率リターンが費用差引後16.4%(差引前18.7%)、同期間の市場が17.9%だったと報告した。平均世帯は年に持ち分の75%を入れ替えていた
- 同研究で売買回転率によって世帯を5つに分けると、最も回転率の低い5分の1が年18.5%、最も高い5分の1が年11.4%だった。市場の17.9%に対し、よく動いた層は6.5ポイント下にいた
- Barber, Lee, Liu & Odean 2009(The Review of Financial Studies 22(2):609-632)は台湾証券取引所の1995年から1999年までの全売買記録を用い、個人投資家全体の年3.8ポイントの劣後を示した。金額は台湾のGDPの2.2%、個人所得合計の2.8%にあたる
- 同研究の損失の内訳は、売買の判断による損27%・売買手数料32%・取引にかかる税34%・タイミングによる損7%。3分の2は判断の巧拙ではなく、通り抜けるたびに課される費用だった
- Odean 1999(American Economic Review 89(5):1279-1298)は1万口座の1987年から1993年までの売買を突き合わせ、買った銘柄のその後1年のリターンが売った銘柄より3.3ポイント低かったと報告した。これは手数料を引く前の数字である
- Bessembinder 2018(Journal of Financial Economics 129(3):440-457)は1926年以降に米国の株式データベースに現れた普通株の生涯リターンを計算し、7銘柄のうち4銘柄が1か月物の短期国債に劣後、生涯の富の創出額で上位4%の企業が市場全体の純増分を説明したと示した。創出額の合計は2016年12月時点で34.8兆ドル(米国)、上場期間の中央値は7.5年
- Fama & French 2010(The Journal of Finance 65(5):1915-1947)は1984年1月から2006年9月までの米国株式投信(平均1,308本)を調べ、投資家が受け取る純リターンでの3ファクターαが年マイナス1.13%(t値マイナス3.02)で、費用を賄えるだけの腕を持つファンドはほとんどないと結論した
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| よく調べてこまめに売買すれば、そうでない人より良い成績になる | 66,465世帯の売買記録では、売買回転率が最も高い5分の1の年率リターンが11.4%、最も低い5分の1が18.5%、市場が17.9%だった。台湾の全売買記録の研究では、個人全体の年3.8ポイントの劣後のうち3分の2が手数料と取引にかかる税で、判断による損は27%にすぎない。判断は当たり外れがあるが、費用は通り抜けるたびに必ず取られる |
| 個別の銘柄を選べば、平均より上を狙える。少なくとも平均くらいにはなる | 1926年以降の米国の普通株では、7銘柄のうち4銘柄が生涯を通じて1か月物の短期国債に負けていた。生涯の富の創出額では上位4%の企業が市場全体の純増分を説明し、残りは合計すると短期国債と同じだった。この分布では、平均は真ん中を意味しない。少数の裾が全体を引き上げており、中央値はその遠く下にある |
| 自分で選べないなら、選ぶのが仕事の専門家に任せれば費用は取り戻せる | 1984年から2006年までの米国株式投信を調べた研究では、投資家が受け取る純リターンでの3ファクターαは年マイナス1.13%だった。著者らの結論は、費用を賄えるだけの腕を持つファンドはほとんどない、である。ただしこれは米国の当時の費用水準での話で、特定の商品や運用形態を勧める根拠にも、やめる根拠にもならない |
この単位で確かめたのは、身も蓋もない非対称である。判断は当たることもあるが、費用は毎回必ず当たる。にもかかわらず、書店の棚は当たり方の研究でいっぱいで、必ず当たるほうの算術は、たいてい細かい字で目論見書の後ろにいる。よく回した人ほど成績が下がったという結果は、20年以上前から公表されている。それでも売買の回数は減っていない——たぶん、動いた日だけが記録に残り、何もしなかった日は誰の努力にも数えられないからだ。
Q1. 米国の66,465世帯の売買記録では、売買回転率が最も高い5分の1の年率リターンは____%、最も低い5分の1は____%、同じ期間の市場は____%だった。平均的な世帯は1年で持ち分の____%を入れ替えていた。穴埋め
Q2. 台湾証券取引所の全売買記録を使った研究で、個人投資家全体の劣後は年何ポイントだったか。またその損失の内訳4項目とその割合を答えよ。一問一答
Q3. 1926年以降に米国の株式データベースに現れた普通株の生涯リターンについて、本文が示した内容として正しいものを選べ。選択
Q4. 1万口座の売買を突き合わせた研究で、買った銘柄と売った銘柄のその後1年のリターンにはどれだけの差があったか。またその数字は手数料を引く前か後か。一問一答
Q5. 本文が示した、資産形成の結果を支配する要素の入れ替わりを、時間の早い順に並べよ。(残高と、そこから引かれる率/残高が差額と同じくらいの大きさを持ちはじめる時期/置けた差額そのもの)並べ替え
この12か月に、自分が持っているものの中身を入れ替えた回数を数えて、数字だけを記録する。数える対象は、売った・買った・乗り換えた・預け替えた——名義や置き場所を変えた操作の回数である。金額は書かなくてよい。回数がゼロなら、ゼロと書く。数え終えたら、その下に一行だけ添える。『次にこれをやりたくなったら、まず年いくらの費用になるかを金額で書く』。この課題で新たに何かを買ったり解約したり口座を開いたりはしないこと——数えるだけである。ストックがまだない人は、この1年で増やす方法を検索したり誰かに相談したりした回数を数えればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Barber B.M., Odean T. (2000) 'Trading Is Hazardous to Your Wealth: The Common Stock Investment Performance of Individual Investors', The Journal of Finance 55(2):773-806 — faculty.haas.berkeley.edu
- Bessembinder H. (2018) 'Do stocks outperform Treasury bills?', Journal of Financial Economics 129(3):440-457 — ideas.repec.org
- Barber B.M., Lee Y.-T., Liu Y.-J., Odean T. (2009) 'Just How Much Do Individual Investors Lose by Trading?', The Review of Financial Studies 22(2):609-632 — faculty.haas.berkeley.edu
- Odean T. (1999) 'Do Investors Trade Too Much?', American Economic Review 89(5):1279-1298 — www.aeaweb.org
- Fama E.F., French K.R. (2010) 'Luck versus Skill in the Cross-Section of Mutual Fund Returns', The Journal of Finance 65(5):1915-1947 — mba.tuck.dartmouth.edu
- 日本銀行調査統計局『資金循環の日米欧比較』(2025年8月29日公表、2025年3月末時点) — www.boj.or.jp