自動化は加入率を37%から86%に上げ、そして拠出率を3%に固定した
自動化しなさい、という助言には、たいてい後半が付いていない。自動化されたものは、意識に上がらなくなるという後半だ。同じ研究が、加入率を49ポイント上げた実績と、加入者を低い拠出率に釘づけにした実績の、両方を報告している。
前の単位から:残高の水位が見えたら、次は波の形
134「流動性確保力」で、手元の余裕を日数で言えるようにした。ここで扱うのは、その日数が月のどこで最も薄くなるか、という話である。
家計は、平均では回っていても、特定の日だけ回らないことがある。入金は月に1回か2回、引き落としは10日と27日、カードの請求は翌々月。総額が同じでも、順番が違えば結果が違う。ここを設計する力が、この単位の中身だ。
そして、この領域には決まり文句がある——自動化しろ、である。この単位は、その言葉を両面から検算する。なお、この棚は投資助言でも税務相談でもない。特定の制度や商品への加入を勧めることも、やめろと言うこともしない。制度は改正されるので、必要な判断をするときは自分で一次情報を確認してほしい。
タイミングは、総額とは別の変数である
まず、タイミングが独立した変数だという証拠から。
スティーヴンスが2003年に American Economic Review に発表した研究は、米国の消費支出調査の日次の家計簿データを使い、社会保障の給付が届く日の前後で支出がどう動くかを調べた。給付が主な収入源である世帯では、小切手が届いた直後に、支出の金額も支出が起きる確率も上がっていた。とくに外食のような、その場で消費されるものに出ていた。
本人たちは、いつ入金があるかを事前に知っている。それでも支出は入金日に寄る。ただし著者自身が、効果の大きさは比較的小さいと書いている点も添えておく。
重要なのは、大きさより形のほうだ。入金の直後に山ができ、次の入金の直前に谷ができる。この波は、月の総額とは無関係に存在する。そして残高が最も薄くなる谷の位置に、引き落としが重なっているかどうかで、手数料が発生するかどうかが決まる。
実際、その手数料は国全体で見ると小さくない。米国消費者金融保護局の集計によれば、銀行が報告した当座貸越と残高不足の手数料収入は、2019年の119.6億ドルから2023年には58.3億ドルへ51%減った。それでもまだ年間58.3億ドルある。同局は、日常的に口座を引き落とし超過にしている世帯を約3,300万世帯と見積もり、1件あたり37ドルという水準の手数料が今も課されている例があると記す。この手数料は、収入が足りないから発生するのではない。順番が合っていないから発生する。
自動化の表側:既定値を変えるだけで、加入率は49ポイント動いた
さて、本題である。
マドリアンとシェイが2001年に The Quarterly Journal of Economics に発表した研究は、この分野で最も引用される実測のひとつだ。対象は米国の大手医療・保険企業1社、期間は1997年6月から1999年6月。この会社は、退職貯蓄制度の加入方式を、自ら申し込む方式から、何もしなければ自動的に加入する方式へ切り替えた。
制度の中身——拠出できる額の上限も、会社の上乗せも、運用の選択肢も——は何も変えていない。変えたのは、何もしなかった場合にどうなるか、だけである。
新入社員の加入率は、37%から86%になった。49ポイントの差だ。
この結果は、他の会社でも再現されている。チョイ、レイブソン、マドリアン、メトリックが2004年に、ワイズ編の Perspectives on the Economics of Aging(University of Chicago Press)に寄せた分析は、3社を追っている。自動加入のもとでの加入率は、入社3〜5か月の時点で86〜92%。同じ会社の、自ら申し込む方式だった時期の加入率は、入社36〜48か月かけても58〜70%だった。時間をかけても届かない差である。
ここまでが表側だ。行動を変えるのに、説得も教育も要らなかった。既定値を書き換えただけである。
自動化の裏側:既定値は、動かなくてよい場所も指定してしまう
同じ論文の、同じ表の続きを読む。
マドリアンとシェイの会社では、自動加入の既定値が、拠出率3%、運用先はマネー・マーケット・ファンド100%と決められていた。会社が選んだ組み合わせである。
自動加入で参加した人のうち、この拠出率と運用先の両方から動かなかった人は、加入者の約71%(対象集団全体では約61%)だった。
この数字だけなら、たまたま3%が皆に合っていたのかもしれない、と言える。言えなくするのが、次の一文だ。同じ会社で、自動加入ではない時期に自分で申し込んだ社員のうち、拠出率3%かつマネー・マーケット・ファンド100%という組み合わせを選んだ人は、1%しかいなかった。
つまり、3%という水準は誰も選ばない水準だった。それを既定値にした瞬間に、7割がそこに留まった。既定値は、人を動かす道具であると同時に、人が動かなくてよい場所を指定する道具でもある。
持続も測られている。チョイらの3社の分析では、加入直後は新規参加者の65〜87%が既定の拠出率かつ既定の運用先だった。それでも時間とともに離れてはいく——A社は勤続4年で38%、B社は27か月で39%、C社は3年で50%が、まだ両方の既定値のままだった。数年かかって、半分弱が残る。
そして偏りがある。低賃金の社員ほど既定値に留まりやすかった。A社では高賃金層より30〜33ポイント、B社では19〜24ポイント、C社では50〜55ポイント高い。自動化は、最も余裕のない人ほど強く固定する。
既定値を高くすればいい、という反論には検算がある。ベシアーズ、グオ、レイブソン、マドリアン、チョイが2025年に Journal of Pension Economics & Finance に発表した研究は、既定の拠出率を12%という高い水準に設定した制度を調べた。入社12か月後もその既定値から動いていなかったのは25%——既定値が低い制度でのおよそ半分という水準より少ない。しかも、この12%は会社の上乗せの上限を超えていて、その意味では加入者にとって有利な設定ではなかった。既定値を高くすれば解決する、という話でもない。
自動化が効きすぎる場所:見えなくなるという副作用
退職貯蓄以外でも、自動化の裏側は測られている。
セクストンが2015年に The Review of Economics and Statistics に発表した研究は、電気料金の自動引き落としに加入した世帯の使用量を調べた。加入によって、家庭用の電力消費は4.0%増えた。商業用では最大8.1%、低所得層向けの支払い平準化の仕組みでは6.7%の増加が見られた。
理由は単純である。自動引き落としは、支払いの手間を消すと同時に、価格を意識する機会も消す。請求書を見るという1回の動作がなくなると、使用量への注意も一緒になくなる。
これは自動引き落としをやめろという話ではない。手間を消す設計は注意も消す。この2つはセットで来る。だから設計の問いはこうなる——どの支払いに注意が要り、どの支払いには要らないのか。
自動化の正しい使い方:水準ではなく、増え方を自動化する
既定値の問題が水準の固定にあるなら、水準ではなく変化のほうを自動化すればいい。この発想を実際に試したのが、ベナルツィとセイラーが2004年に Journal of Political Economy に発表した研究である。
仕組みはこうだ。いま拠出率を上げるのではなく、次の昇給のときに上げると先に決めておく。負担が増えるのは将来で、決めるのは現在。手取りが減る感覚を避けながら、率だけが上がる。
提案された人の78%が参加し、参加者の80%は4回目の昇給まで残った。参加者の平均拠出率は、40か月のあいだに3.5%から13.6%へ上がった。
この研究の教訓は、貯蓄率の数字そのものではない。自動化を、状態ではなく変化に掛けたことにある。既定値を固定するのではなく、既定の変化の向きを決めた。同じ自動化でも、何に掛けるかで結果が変わる。
時間・変化:自動化されたものは、3か月で背景になる
自動化した設定は、時間とともに性質を変える。
設定した直後は、それは意思決定である。金額も日付も覚えている。1か月後には、確認する対象になる。明細を見て、そこにあることを確かめる。3か月後には、背景になる。明細の中にあるが、目は止まらない。
ここが分かれ目だ。金額が固定されていて価格に反応する必要がないもの——期日の決まった定額の支払い——は、背景になってよい。一方、使った量で金額が変わるものは、背景になると使用量そのものが動く。セクストンの4.0%は、その動きの実測値である。
そして、拠出率のように 自分で決めるべき水準 が既定値として与えられているものは、最も背景になってはいけない。7割が動かなかった3%という数字は、誰かがあなたのために決めた数字ではなく、制度の運用上そこに置かれていただけの数字だからだ。
ここから出てくる作業はひとつ。自動化したものには、見直す日を先に決めておく。忘れたころに1回開く。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、自動化という言葉が賛成と反対の2択で語られていることである。実測が示すのは、自動化には参加を増やす効果と水準を固定する効果の両方がある、という1つの事実だ。片方だけを引用すれば、正反対の助言が同じ研究から作れてしまう。
第2の妨げは、タイミングの問題を、金額の問題と取り違えることだ。残高不足の手数料は、年間の総額が足りないから起きるのではない。谷の日に引き落としが乗っているから起きる。米国で年間58.3億ドルが、この取り違えのぶんとして支払われている。
標本の偏りを断っておく。この単位の研究は、ほぼすべて米国の企業と家計のものである。退職貯蓄の制度も、給与の支払い周期も、公的給付の入金日も、口座の手数料の慣行も、国によってまったく違う。日本の制度にそのまま当てはめることはできないし、制度は改正される。加えて、企業のデータは1社から数社の記録に依存しており、その会社の社員構成に強く依存する。低賃金の社員ほど既定値に留まりやすいという偏りが観察されていることは、平均値の読み方そのものに注意を要求する。数字は方向だけ持ち帰り、比率は参考値に留めるのが誠実である。
助けるのは、月を1本の帯として見ることだ。左端が今日、右端が1か月後。入金の日に上向きの印、引き落としの日に下向きの印を打つ。谷がどこにできるかは、それだけで見える。
最初の一歩は10分。その帯を1本描く。そして、いちばん危ない1日を特定して、その日付を1つ書く。順番を変えるかどうかは、明日以降でよい。今日やるのは、危ない日に名前を付けることだけだ。
次の単位は 136「行動バイアス管理力」——ここまでで、出ていく量と、手元の余裕と、その順番を扱った。ここから先は、それらの判断をするときに、こちら側で何が起きているかを見る。ただし総覧はやらない。お金の判断に効くものだけを、3つに絞る。
- Madrian & Shea 2001(The Quarterly Journal of Economics 116(4):1149-1187)は、米国の大手医療・保険企業1社(1997年6月〜1999年6月)で退職貯蓄制度を自らの申込みから自動加入に切り替えた結果、新入社員の加入率が37%から86%へ、49ポイント上がったと報告した。制度の経済的条件は何も変えていない
- 同じ研究で、自動加入の既定値は拠出率3%・運用先はマネー・マーケット・ファンド100%だった。自動加入の加入者の約71%(対象集団全体では約61%)がその両方から動かなかった。一方、自分で申し込んだ社員のうち同じ組み合わせを選んだ人は1%しかいなかった——3%は誰も選ばない水準だった
- Choi, Laibson, Madrian & Metrick 2004(Perspectives on the Economics of Aging, University of Chicago Press)の3社の分析では、自動加入下の加入率は入社3〜5か月で86〜92%、自ら申し込む方式では36〜48か月かけても58〜70%。加入直後は新規参加者の65〜87%が既定の拠出率かつ既定の運用先で、数年後もA社4年で38%、B社27か月で39%、C社3年で50%が両方の既定値のままだった
- 同じ分析で、低賃金の社員ほど既定値に留まりやすかった——A社で高賃金層より30〜33ポイント、B社で19〜24ポイント、C社で50〜55ポイント高い。自動化は、最も余裕のない層ほど強く固定する
- Beshears, Guo, Laibson, Madrian & Choi 2025(Journal of Pension Economics & Finance 24(1):152-182)は、既定の拠出率を12%に設定した制度で、入社12か月後も既定値から動いていなかったのは25%だったと報告した。既定値が低い制度でのおよそ半分という水準より少なく、しかもこの12%は会社の上乗せの上限を超えていた
- Sexton 2015(The Review of Economics and Statistics 97(2):229-241)は、電気料金の自動引き落としへの加入で家庭用の電力消費が4.0%増加したと推定した。商業用では最大8.1%、低所得層向けの支払い平準化では6.7%。支払いの手間を消す設計は、価格への注意も消す
- Benartzi & Thaler 2004(Journal of Political Economy 112(S1):S164-S187)の Save More Tomorrow では、次の昇給時に拠出率を上げると先に決める方式に、提案された人の78%が参加し、参加者の80%が4回目の昇給まで残り、平均拠出率は40か月で3.5%から13.6%へ上がった。自動化を水準ではなく変化の向きに掛けた設計である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| とにかく自動化すればよい。自動化は行動を変える最強の手段である | 同じ研究が両面を報告している。自動加入で新入社員の加入率は37%から86%へ上がったが、同時に加入者の約71%が会社の決めた拠出率3%と既定の運用先から動かなかった。自分で選んだ社員のうち同じ組み合わせを選んだのは1%だけだった。既定値は人を動かす道具であると同時に、人が動かなくてよい場所を指定する道具でもある |
| 既定値が低すぎるのが問題なのだから、既定値を高く設定すればよい | 既定の拠出率を12%に設定した制度では、入社12か月後もその既定値から動いていなかったのは25%で、既定値が低い制度でのおよそ半分という水準より少なかった。しかもこの12%は会社の上乗せの上限を超えており、加入者にとって有利な設定ではなかった。水準を上げれば解決するのではなく、水準そのものを自動で決めることの限界の話である |
| 手元が足りなくなるのは、収入に対して支出が多すぎるからだ | 総額とタイミングは別の変数である。入金の直後に支出の山ができ、次の入金の直前に谷ができるという形は、月の総額とは無関係に存在する。米国の当座貸越と残高不足の手数料収入は2019年の119.6億ドルから2023年に58.3億ドルへ51%減ったが、それでもまだ年間58.3億ドルある。これは総額の問題ではなく、谷の日に引き落としが乗っているという順番の問題である |
自動化しろ、という助言は、それ自体がよくできた既定値である。反論しにくく、実行が簡単で、失敗しても誰も責任を取らずに済む。実際、37%を86%にした力は本物だった。ただし同じ設定が、誰ひとり自分では選ばなかった3%という数字を、7割の人の一生のうちの数十年に固定した。自動化がいちばん強く効くのは、いつも、あなたが最後にそこを見た日からである。
Q1. Madrian & Shea(2001)の企業では、退職貯蓄制度を自動加入に切り替えたことで新入社員の加入率が ____ %から ____ %へ上がった。一方、既定値である拠出率3%と既定の運用先の両方から動かなかった加入者は約 ____ %だった。穴埋め
Q2. 既定の拠出率3%が 誰も選ばない水準 だったと本文が言えるのは、どの数字を根拠にしているか。選択
Q3. 既定の拠出率を12%に設定した制度で観察されたことと、それが示す含意を答えよ。一問一答
Q4. 本文が示した、自動化した設定が時間とともに変わっていく性質を、設定した日から近い順に並べよ。(背景になる——明細にあるが目は止まらない/意思決定である——金額も日付も覚えている/確認する対象になる——明細で存在を確かめる)並べ替え
Q5. Benartzi & Thaler(2004)の Save More Tomorrow の仕組みと結果を、数字を含めて答えよ。一問一答
今日1回、紙かメモアプリに横一本の線を引き、左端を今日、右端を1か月後とする。次に、入ってくる予定の日(給与、報酬、給付など)にその線の上へ上向きの印を、出ていく予定の日(家賃や住宅にかかる支払い、引き落とし、カードの請求、定期購読など)に下向きの印を打つ。日付が分からないものは、133で書き出した固定費の一覧と、直近1か月の明細を見れば分かる。すべて打ち終わったら、上向きの印から次の上向きの印までのあいだで、下向きの印が最も密集している1日を選び、その日付を1つ書く。それがあなたの月のいちばん危ない日である。今日は日付を特定するだけでよく、引き落とし日の変更や口座の移動、契約の解約はしないこと。入金の予定が定期的でない人は、直近3か月で実際に入金があった日を線の上に置いて、同じ作業をすればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Madrian B.C., Shea D.F. (2001) 'The Power of Suggestion: Inertia in 401(k) Participation and Savings Behavior', The Quarterly Journal of Economics 116(4):1149-1187 — academic.oup.com
- Choi J.J., Laibson D., Madrian B.C., Metrick A. (2004) 'For Better or For Worse: Default Effects and 401(k) Savings Behavior', in Wise D.A. (ed.) Perspectives on the Economics of Aging, University of Chicago Press, pp.81-121 — www.nber.org
- Beshears J., Guo R., Laibson D., Madrian B.C., Choi J.J. (2025) 'Automatic enrollment with a 12 percent default contribution rate', Journal of Pension Economics & Finance 24(1):152-182 — www.cambridge.org
- Benartzi S., Thaler R.H. (2004) 'Save More Tomorrow: Using Behavioral Economics to Increase Employee Saving', Journal of Political Economy 112(S1):S164-S187 — www.journals.uchicago.edu
- Sexton S. (2015) 'Automatic Bill Payment and Salience Effects: Evidence from Electricity Consumption', The Review of Economics and Statistics 97(2):229-241 — direct.mit.edu
- Stephens M. Jr. (2003) '3rd of tha Month: Do Social Security Recipients Smooth Consumption Between Checks?', American Economic Review 93(1):406-422 — www.aeaweb.org
- Consumer Financial Protection Bureau (2024) 'Data Spotlight: Overdraft/NSF Revenue in 2023 down more than 50% versus pre-pandemic levels, saving consumers over $6 billion annually' — www.consumerfinance.gov