「億万長者は平均7つの収入源を持つ」——探しても、その調査は出てこない
収入源を増やしなさい、という助言には、たいてい7という数字が付いてくる。ところがその数字の出所とされる調査を実際に探すと、どこにも着地しない。数字だけが20年以上、媒体から媒体へ引き継がれてきた。
前の単位から:本数を数えたあと、人は本数を増やそうとする
129「収入獲得力」では、入ってくるお金に必ず経路の名前が付いていること、そしてほとんどの大人はその1本が総額の大半を占めていることを見た。明細を開いて経路の種類を数えると、たいていの人は1種類で9割を超える。
それが分かった直後に浮かぶのが、では増やせばいい、という考えである。この考えは半分正しい。半分しか正しくない理由を、この単位で分解する。
先に断っておく。この棚は投資助言でも税務相談でもない。副収入を作れとも作るなとも言わないし、特定の働き方・商品・口座を勧めることもしない。副業の可否や税・社会保険の扱いは勤め先の規則と制度によって決まり、制度は改正されるので、必ず自分で一次情報を確認してほしい。ここで扱うのは、源を増やすと分布がどう変わるか、という一点だけである。
値切り:7つの収入源、の出典を実際に探す
収入源の話には、ほぼ必ずこの一文が付いてくる——億万長者は平均して7つの収入源を持っている、米国内国歳入庁の調べによると。
実際に探してみる。
内国歳入庁の統計部門は、所得統計と呼ばれるプログラムで、申告書から作った統計表を長年公表している。高所得の申告書についても専用の表があり、1993年から2022年分までが並んでいる。そこにあるのは、所得が20万ドル以上の申告書の件数、税額の有無別の内訳、所得の概念を変えたときの集計、といったものだ。所得の種類ごとの金額や件数の集計も存在する。
存在しないのは、1人あたりの所得の種類が平均していくつか、という統計である。高所得層についても、それ以外についても、公表されていない。
では7という数字はどこから来たのか。たどると、出てくるのは実務書、資産形成のブログ、記事、動画である。そのどれもが、より前の記事を引いているか、あるいは何も引いていない。引用の連鎖は元の調査に着地せず、輪になって回っている。
ここで皮肉を言う相手は、この数字を信じた読者ではない。出典を書き写すコストが、数字を書き写すコストよりわずかに高い、というだけの理由で、20年以上生き延びた1つの数字と、その差額で商売をしてきた側である。
そして仮に7という数字が本当だったとしても、それは相関であって助言ではない。資産の多い人の所得の種類が多いのは、資産があるから利子・配当・賃料の欄が埋まるという順序でも説明がつく。種類を増やしたから資産ができた、という向きは、この数字からは出てこない。
分散が効くのは、源が同じ理由で止まらないときだけ
源を増やすことの理屈は単純だ。1本が止まっても他が残る。ただしこの理屈が働くのは、源どうしが同じ理由で同時に止まらない場合に限られる。
同じ勤め先の中で残業代と手当を分けても、源は1本である。同じ業界の中で本業と請負を分けても、不況が来れば同時に細る。休日に同じ体力を使う仕事を足しても、体調を崩せば両方止まる。源の本数は、名義の数ではなく、止まる理由の数で数える。
そして、変動の大部分は源の切り替えのところで起きていない。ファレルとグレイグが2016年に JPモルガン・チェース研究所から出した分析は、米国の口座データ——100万人の無作為抽出と、30のプラットフォームにまたがる26万人超の参加者——を、2012年10月から2015年9月まで追った。月ごとの収入変動のうち、86%は同じ仕事に留まっている人の中で起きており、転職によるものは14%だった。
これは、源を増やす議論にとって不都合な数字である。人が減らしたいと思っている揺れは、主に手持ちの源の内側で発生している。もう1本足しても、その内側の揺れは減らない——むしろ、揺れる源が2本になる。
実際に増やした人に、何が起きているか
源を増やした人の実測は、この10年でかなり集まった。
ホールとクルーガーが2018年に ILR Review に発表した研究は、ライドシェアの運転者について、調査データと運行データの両方を使った最初の包括的な分析である。運転者の多くは、参加する前からフルタイムまたはパートタイムの職を持っていて、参加後もその職を続けていた。魅力の中心は柔軟性であり、時間あたりの収入は働く時間数によってあまり変わらない。そして運転者が参加の理由として挙げるものの中に、収入の変動をならしたいというものが繰り返し出てくる。
つまり、この経路は多くの人にとって収入を増やす手段というより、揺れを埋める手段として使われている。これは失敗ではない。ただし、増やす と ならす は別の目的であり、別の測り方が要る。
規模のほうを見る。米連邦準備制度理事会の家計の経済状況に関する調査では、2024年の時点で、成人の20%が直近1か月に何らかのギグ的な活動をしていた。ところが、その活動を本業だと答えたのは、そのうちの21%にすぎない。96%は週35時間未満、70%は週5時間未満だった。
公式統計のほうも似た形をしている。米国労働統計局の労働力調査では、複数の仕事を持っている人は就業者の5.2%——843万1千人(米国・2024年)である。この比率は、数十年にわたっておおむね5%前後で動いてきた。多くの人が複数の源を持つ時代が来た、という語り口は、少なくとも公式統計の側からは支持されていない。
代償の側も測られている。ファレルとグレイグの分析では、労働型のプラットフォームに参加した人の場合、稼働した月にはその収入が総収入の33%を占める。ところが、年間で見たときに総収入を押し上げる効果は約1%にとどまった。稼働している月には大きく、年で均すと小さい。これが、源を1本足したときに実際に起きることの標準的な形である。
時間・変化:源は、積み上がるのではなく入れ替わる
収入源を、積み木のように上に足していくものだと思っている人は多い。データはむしろ、入れ替わりの絵を見せる。
ファレルとグレイグの3年間の追跡では、ある月にプラットフォームから収入を得ていた成人は1%程度である。ところが3年を通算すると、一度でも参加した人は4%を超える。同じ人がずっと続けているのではなく、多くの人が短期間だけ出入りしている、ということだ。
第一の時間帯は、始めた直後の数か月。ここでは源が2本になったように見えるが、実際には片方が試運転中で、収入としてはまだ数えられない。
第二の時間帯は、半年から1年。ここで、2本目が本当に別の理由で動く源なのか、1本目と一緒に揺れる源なのかが判明する。判明の仕方はたいてい不愉快で、両方が同時に細る月が来て初めて分かる。
第三の時間帯は、年単位。ここでは源の数より、源の入れ替えの速さが効いてくる。1本目が止まったときに2本目を太らせられるかどうかは、2本目の存在ではなく、2本目に使える時間の余りで決まる。
米連邦準備制度理事会の2023年の調査では、成人の28%が、収入が月ごとに少なくとも時々変動すると答え、10%が、収入が変動したせいで直近12か月に支払いに苦労したと答えている。揺れは珍しくない。珍しいのは、揺れを測っている人のほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、源を名義で数える癖である。振込元が2つあれば2本、と数えると、同じ勤め先・同じ業界・同じ体力にぶら下がった2本が、独立した2本として帳簿に載る。この誤差は、平時にはまったく表面化しない。表面化するのは、両方が同時に止まった月だけである。
第二の妨げは、時間という原資を無限だと仮定することだ。源を1本足すと、必要になるのは意欲ではなく時間で、その時間はどこかから引き算されている。週5時間未満が7割という分布は、多くの人が実際に引ける時間の上限を、正直に示している。
標本の偏りを断っておく。この単位の数字は、ほぼ全部が米国のものだ。口座データの分析は、銀行口座を持ち、その1行に取引が集まっている人に偏る。プラットフォーム収入は、その口座に振り込まれた分しか見えない。米連邦準備制度理事会の調査は自己申告で、ギグ的な活動と本人が認識したものだけが数えられる。日本では、副業に関する勤め先の規則も、社会保険の適用も、確定申告の扱いも別建てで、しかも改正される。比率をそのまま持ち込むのではなく、止まる理由の数で数える、という考え方だけを持ち帰るのが誠実である。
助けるのは、源ごとに 止まる理由 を書き添えることだ。理由が重なっている源は、何本あっても1本と数える。
最初の一歩は10分。いま入金がある源を全部書き出し、それぞれの右に3つの欄を作る。①同じ勤め先か ②同じ業界・同じ取引先か ③同じ体力・同じ時間帯を使うか。3つとも いいえ になる組み合わせが1つでもあれば、そこが本当の2本目だ。1つもなければ、本数は1である。それが分かるだけで、この単位の仕事は終わっている。
次の単位は 131「人的資本認識力」——源の本数を数えると、全部が同じところにぶら下がっていることが分かる。自分の技能と信用である。そこには、良い大学に行けば生涯収入が上がる、という主張と、それを同じ大学群に出願した人どうしで比べ直した検算が待っている。
- 億万長者は平均7つの収入源を持つ という主張の出典とされる米国内国歳入庁の統計を探しても着地しない。同庁の所得統計プログラムは高所得申告書の統計表を1993年から2022年分まで公表しているが、1人あたりの所得の種類が平均していくつかという統計は公表していない。引用の連鎖は実務書・ブログ・記事の間で輪になって回っている
- 仮に 7つ が事実でも、それは相関であって助言ではない。資産がある人の所得の種類が多いのは、資産があるから利子・配当・賃料の欄が埋まるという順序でも説明がつく。種類を増やしたから資産ができた、という向きはその数字からは出てこない
- Farrell & Greig 2016(JPMorgan Chase Institute)は米国の口座データ——100万人の無作為抽出と30プラットフォームの参加者26万人超、2012年10月〜2015年9月——を分析し、月ごとの収入変動の86%が同じ仕事に留まっている人の中で起きており、転職によるものは14%であることを示した。減らしたい揺れは、主に手持ちの源の内側で発生している
- Farrell & Greig 2016 では、労働型プラットフォームの収入は稼働した月には総収入の33%を占めるが、年間で総収入を押し上げる効果は約1%にとどまった。また、ある月に参加している成人は1%程度だが3年通算では4%を超え、同じ人が続けるのではなく短期間の出入りが多い
- Hall & Krueger 2018(ILR Review 71(3):705-732)は、ライドシェアの運転者の多くが参加前からフルタイムまたはパートタイムの職を持ち参加後も続けていること、魅力の中心が柔軟性であること、時間あたりの収入が労働時間数によってあまり変わらないこと、そして収入の変動をならすことが参加理由として繰り返し挙がることを示した
- 米連邦準備制度理事会の家計の経済状況に関する調査(米国・2024年)では、成人の20%が直近1か月に何らかのギグ的な活動をしていたが、それを本業と答えたのはそのうち21%。96%は週35時間未満、70%は週5時間未満だった。2023年の同調査では成人の28%が収入が月ごとに少なくとも時々変動すると答え、10%が収入の変動のせいで支払いに苦労したと答えた
- 米国労働統計局の労働力調査では、複数の仕事を持つ人は就業者の5.2%——843万1千人(米国・2024年)で、この比率は数十年にわたりおおむね5%前後で推移してきた。源の本数は名義の数ではなく、止まる理由の数で数える
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 億万長者は平均7つの収入源を持っている。米国内国歳入庁の調査でそう分かっている | 同庁の所得統計プログラムが公表しているのは、高所得申告書の件数や税額の有無別の内訳、所得の種類ごとの金額といった集計であって、1人あたりの所得の種類の平均値ではない。1993年から2022年分までの統計表をたどっても、その数字は出てこない。出所とされているものを追うと、実務書・ブログ・記事が互いを引き合う輪に入り、元の調査に着地しない |
| 収入源を増やせば、収入の揺れは小さくなる | Farrell & Greig 2016 の口座データ分析では、月ごとの収入変動の86%は同じ仕事に留まっている人の中で起きており、転職によるものは14%だった。揺れの主産地は源の切り替えではなく、手持ちの源の内側である。しかも源どうしが同じ勤め先・同じ業界・同じ体力にぶら下がっていれば、名義が2つでも止まる理由は1つで、同時に細る |
| 副収入は、うまくいけば本業に匹敵する柱になる | 米連邦準備制度理事会の2024年の調査では、ギグ的な活動をした成人のうち本業と答えたのは21%で、96%が週35時間未満、70%が週5時間未満だった。Farrell & Greig 2016 では、労働型プラットフォームの収入は稼働月には総収入の33%を占めるが、年間の総収入を押し上げる効果は約1%にとどまる。稼働月には大きく、年で均すと小さい——これが源を1本足したときの標準的な形である |
出典のない数字のいちばん優れた性質は、反証できないことである。7つの収入源が本当かどうかを確かめようとした人は、統計表を1993年分までさかのぼり、所得の種類ごとの集計を眺め、そこに 1人あたり何種類か という列がないことを確認して、静かに疲れる。一方、その数字を書いて売るほうは、確認に1分もかけていない。この非対称は、どちらが正しいかとは無関係に、片方だけを増やし続ける。数字が20年生き延びたのは、強かったからではなく、誰も引き剥がす動機を持たなかったからだ。
Q1. 米国内国歳入庁の所得統計プログラムは、高所得の個人申告書について ____年分から2022年分までの統計表を公表しているが、1人あたりの所得の ____ が平均していくつかという統計は公表していない。本文はこの点をもって、億万長者は平均 ____ つの収入源を持つ という主張に一次的な出典が存在しないと結論づけている。穴埋め
Q2. Farrell & Greig 2016 の口座データ分析が示した、月ごとの収入変動の発生源の内訳として正しいものはどれか。選択
Q3. 本文の言う、収入源の本数の正しい数え方を一文で述べよ。また、名義で数えると誤差が表面化しないのはどんなときで、表面化するのはどんなときか。一問一答
Q4. 米連邦準備制度理事会の2024年の調査が示したギグ的な活動の3つの数字(参加率・本業と答えた割合・週5時間未満の割合)を答えよ。またこの分布から本文が引き出している含意を一言で述べよ。一問一答
Q5. 本文が示した、2本目の収入源をめぐる3つの時間帯を、始めたときから近い順に並べよ。(2本目に使える時間の余りが、入れ替えの速さを決める/片方が試運転中で、収入としてはまだ数えられない/両方が同時に細る月が来て、独立した源かどうかが判明する)並べ替え
紙かメモアプリに、いま入金がある源を全部縦に書き出す(勤め先の給与、請負、家族からの移転、年金・給付など、名前は何でもよい)。次に各行の右に3つの欄を作り、それぞれ はい/いいえ で埋める。①同じ勤め先から来ているか ②同じ業界・同じ取引先の景気で動くか ③同じ体力・同じ時間帯を使うか。埋め終わったら、3つとも いいえ になる組み合わせが1つでもあるかを確認する。あれば、それが本当の2本目である。なければ、名義がいくつあっても本数は1と記録する。いま入金が1つもない人は、直近1年で最後に入金があった源を1つ書き、同じ3つの欄を埋めればよい。この課題では、新しい仕事を始めたり、口座を開いたり、金融商品を売買したりする必要はいっさいない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Internal Revenue Service, Statistics of Income Division 'SOI Tax Stats - Individual High Income Tax Returns'(1993-2022年分の統計表) — www.irs.gov
- Farrell D., Greig F. (2016) 'Paychecks, Paydays, and the Online Platform Economy: Big Data on Income Volatility', JPMorgan Chase Institute — www.jpmorganchase.com
- Hall J.V., Krueger A.B. (2018) 'An Analysis of the Labor Market for Uber's Driver-Partners in the United States', ILR Review 71(3):705-732 — journals.sagepub.com
- Board of Governors of the Federal Reserve System (2025) 'Report on the Economic Well-Being of U.S. Households in 2024 — Employment and Gig Work' — www.federalreserve.gov
- Board of Governors of the Federal Reserve System (2024) 'Report on the Economic Well-Being of U.S. Households in 2023 — Income' — www.federalreserve.gov
- U.S. Bureau of Labor Statistics, Current Population Survey 'Multiple jobholders by selected characteristics'(年平均・2024年) — www.bls.gov