吊り橋の効果は、電話をかけた9人と2人でできている
心臓が高鳴っているのを恋と取り違える、という話がある。元になった実験は実在するし、数字も実在する。ただし数え直してみると、効果を作っているのは34人の内訳で、電話番号を受け取った比率のほうには差が無かった。
前の単位で、好意の合図を当てられているように見えるときほど、その正答率が基準率に支えられていることを見た。ここでは、読み取る側の自分に何が起きているのか——体の状態と、相手の見え方の歪みのほうに移る。
この単位が扱うのは一点——歪みを補正する前に、その歪みがどれだけ確かめられているのかである。歪みの直し方は扱わない。体調の整え方も扱わない。
値切り:ドキドキを恋と取り違える
いちばん有名な実験から始める。**カナダで1974年に *Journal of Personality and Social Psychology* へ出た研究である。深い谷にかかる揺れる吊り橋と、低くて頑丈な橋。渡ってきた人に女性の調査員が声をかけ、質問紙に答えてもらい、あとで結果を知りたければ、と電話番号を渡す。揺れる橋の側のほうが、あとで電話をかけてきた——これが、心臓の高鳴りを恋と取り違えた証拠だとされてきた。**
この原典の本文には到達できなかった。 有料の壁と、機械的な読み取りを拒む仕組みに阻まれている。以下の数字はすべて、**2012年にポーランドの査読誌 *Polish Psychological Bulletin* へ出た再解析の論文が引用しているもの**である。そのことを先に書いておく。
再解析の論文が示した内訳は、こうなっている。女性の調査員が声をかけたのは合わせて66名。うち質問紙に答えたのが45名。 ここまでで、すでに3分の1が抜けている。
電話番号を受け取ったのは、揺れる橋の条件で23名中18名、統制の条件で22名中16名。 ほとんど差がない。再解析の著者はそこを、両群の応諾の指標は似ていた、と書いている。
実質34人の内訳
では効果はどこにあるのか。あとで実際に電話をかけてきた人数である。揺れる橋を渡った18名のうち9名、統制の条件の16名のうち2名。
分母は34名。 有名な効果は、この34名の内訳の話である。
再解析が計算し直した値も載っている。オッズ比は7。95%信頼区間は1.22から40.13まで開いている(χ²(1, N = 34) = 5.44, p < .02)。下限がかろうじて1を超え、上限が40を超える。 効果があるかどうかは辛うじて言えても、どのくらいかは事実上決まっていない。
再解析はもう一点を指摘している。第3実験は、各セルの人数が20名の2×2の設計として読まれてきたが、実際にはセルが5つある。合計100名で、2×2ではなく、独立した統制群を持つ2×2である。 要旨は、二次分析の結果と、方法・理論・解釈の不整合を列挙する、と述べている。
4回の追試は、全部同じ向きに失敗した
**1979年、米国で *Personality and Social Psychology Bulletin* に出た論文の題名は、そのまま「4回の再現の失敗」である。**
要旨はこう書いている——4つの研究はいずれも、はっきりした嫌悪的な刺激が存在するとき、参加者は覚醒を女性の実験協力者に帰属しないことを示した。 そして4つの研究はいずれも、もとの魅力についての結果を再現しなかった。
そのうち第3実験は、1974年の実験室版の方法をそろえた直接の追試である。強い電気ショックを予告する条件と弱い条件で、条件あたり16名から31名。それでも再現しなかった。
同じ研究グループは1989年に、代替の説明を *Journal of Personality and Social Psychology* に出している。題名がそのまま主張になっていて、覚醒は誤って帰属されるのではなく、すでにある評価の傾向を後押ししているだけではないか、というものである。この論文は書誌情報までしか確認できなかった。中身の数値はここには書かない。
同じデータの上に、別の説明が乗る。 乗せ替えられる程度には、元の証拠が細い、ということでもある。
もう一つの俗説:相手を良く見る「幻想」は関係に良い
もう一方の話に移る。恋は盲目だが、その盲目は関係にとって良いものだ、という言い方である。
**カナダで1996年に *Journal of Personality and Social Psychology* へ出た研究は、交際中の121組の両方に、1年のあいだに3回、理想化と充足の尺度に答えてもらった。1年後に交際が続いていたのは73組である。 結論は要旨の最後の一文にある——互いを理想化していた人たちは、盲目というより先を見ていたようであり、関係が進むにつれて、望んだとおりの関係を実際に作り出していた。**
ここで見るべきは結論ではなく、「幻想」という語の作り方のほうである。論文はこう定義している——行為者の知覚 = 相手の現実 + 行為者の幻想。 そして幻想の成分とは、相手が自分自身には見ていないものを、こちらが相手に見ていることである。
つまり、相手の自己評価を「現実」と置き、そこからの上振れ分を「幻想」と呼んでいる。 相手の自己評価が正しいという前提が、定義の中に最初から入っている。
「幻想は関係に良い」という結論の半分は、幻想の定義の側にある。 相手の自己評価が控えめなら、こちらの評価が普通でも「幻想」として計上される。
新婚222組を3年、それでも下がらなかった群がある
同じ第一著者が2011年に *Psychological Science* へ出した縦断研究は、結婚2〜6か月の初婚で子どものいない222組を、3年間に7時点追跡した。
結果はこうである。満足はおおむねはっきり低下した。これは過去の研究と一致する。 ところが、最初に相手を最も強く理想化していた人たちには、低下が見られなかった。
数値も出ている。低い理想化の群では傾きが b = −0.169(SE = 0.018, z = −9.39, p < .001)、高い理想化の群では b = −0.026(SE = 0.018, z = −1.44)で、後者は有意でない。
読み方は二つに割れる。理想化に効果があった、とも読めるし、理想化として測られているものが、そもそも満足の別の言い方だった、とも読める。 1996年の定義に戻ると、後者を排除する材料が手元にない。
時間・変化:1974年から2012年まで、同じ34人が何度も引かれた
年表に並べると、この単位の話は一方向に進んでいる。
1974年——吊り橋の実験が出る。1979年——方法をそろえた直接の追試を含む4回の追試が、すべて失敗する。1989年——同じ研究グループが、覚醒は誤帰属ではなく後押しではないか、と別の説明を出す。1996年——別の系統で、良く見ることの効果が縦断で測られる。ただし「幻想」は相手の自己評価との差分として定義される。2011年——新婚222組で、最も理想化していた群だけ満足が下がらなかった。2012年——1974年の数字が数え直され、電話番号を受け取った比率には差がなく、効果は34名の内訳であり、信頼区間は1.22から40.13まで開いていることが示される。
逆向きには進まない。 数え直しは、教科書と一般向けの本に届いた範囲まで追いかけていかない。引用のたびに落ちるのは、たいてい分母と信頼区間である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、自分の高ぶりを、相手についての情報として読むことである。ただし、ここで気をつけたいのは逆側でもある。上で見たとおり、高ぶりを恋と取り違えるという現象そのものが、確かめられているとは言いがたい。 だから「あれはただの興奮だった」と言い切るのも、同じくらい根拠が薄い。確からしいのは、どちらとも決めきれない、というところまでである。
体の状態については、記録するところで止めるのが妥当である。眠れていたか、忙しかったか、どこにいたか。これらを書き留めることはできる。書き留めた値から、いま感じているものの正体を判定することはできない。 この棚は、生理の指標を解釈の道具として渡さない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、北米の学生と、交際中または結婚して間もない異性愛のカップルから採られたものが大半である。日本の恋愛や結婚を対象にした査読研究はごく少ない。 実験室の初対面と実際の交際は別物で、効果は短い期間で測られたものが多い。そして——続いた関係のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 121組のうち1年後に答えているのは73組、222組の3年後も同じ構造である。下がらなかった群のデータは、続いていたから残っている。
助けるのは、惹かれた瞬間の「自分の側の条件」を、日付つきで1行だけ残しておくという一手である。判定はしない。当てにいかない。残すだけで、あとで見返したときに、条件のほうが揃っていたのか、相手のほうが特別だったのかが、少なくとも並べて見られる。
最初の一歩は5分。いま強く惹かれているものを1つ挙げ、そのとき自分の生活に何が起きていたかを1行書いて、日付を添えて置いておく。 その場では読み返さない。
次の単位は 120「選好の現実的柔軟性」——会う前に握りしめている条件のほうへ進む。
- 1974年にカナダで行われた吊り橋の実験は原典本文に到達できず、数値はすべて2012年に Polish Psychological Bulletin へ出た再解析論文が引用したものである。その内訳では、声をかけられたのは合わせて66名、質問紙に答えたのは45名だった
- 同じ再解析によれば、電話番号を受け取ったのは揺れる橋の条件で23名中18名、統制の条件で22名中16名で、両群の応諾の指標は似ていた。差がついたのは、あとで実際に電話をかけた人数のほうで、18名中9名と16名中2名である
- その効果の分母は34名で、再解析が計算し直したオッズ比は7、95%信頼区間は1.22から40.13まで開いている(χ²(1, N = 34) = 5.44, p < .02)。効果の大きさは事実上決まっていない。再解析はまた、第3実験がセル5つ・合計100名であり、2×2ではなく独立した統制群を持つ2×2だと指摘している
- 米国・1979年に Personality and Social Psychology Bulletin へ出た論文は、題名がそのまま4回の再現の失敗である。4つの研究はいずれも、はっきりした嫌悪的な刺激があるとき参加者は覚醒を女性の実験協力者に帰属しないことを示し、いずれももとの魅力についての結果を再現しなかった。うち第3実験は1974年の実験室版の方法をそろえた直接の追試だった
- カナダ・1996年に Journal of Personality and Social Psychology へ出た研究は、交際中の121組に1年で3回答えてもらい、1年後も続いていたのは73組だった。この研究は幻想を、行為者の知覚=相手の現実+行為者の幻想、と定義し、幻想の成分を、相手が自分自身には見ていないものをこちらが相手に見ていること、としている
- つまり相手の自己評価を現実と置き、そこからの上振れ分を幻想と呼んでいる。相手の自己評価が正しいという前提が定義の中に入っているため、幻想は関係に良いという結論の半分は、幻想の定義の側にある
- 米国・2011年に Psychological Science へ出た縦断研究は、結婚2〜6か月の初婚で子どものいない222組を3年間に7時点追跡した。満足はおおむねはっきり低下したが、最初に最も強く理想化していた群では低下が見られなかった(低い理想化の群は b = −0.169, z = −9.39, p < .001、高い理想化の群は b = −0.026, z = −1.44 で有意でない)
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 吊り橋の上で会うと、心臓の高鳴りを恋と取り違えて相手に惹かれる | 2012年の再解析によれば、電話番号を受け取ったのは揺れる橋の条件で23名中18名、統制の条件で22名中16名で、応諾の指標は両群で似ていた。差がついたのは、あとで実際に電話をかけた9名と2名であり、分母は34名である。オッズ比7の95%信頼区間は1.22から40.13まで開いていて、効果の大きさは事実上決まっていない。しかも1979年には、方法をそろえた直接の追試を含む4回の追試がすべて再現に失敗している |
| 相手を実物より良く見る「幻想」は、関係にとって良いと確かめられている | 1996年の研究は幻想を、行為者の知覚=相手の現実+行為者の幻想、と定義し、幻想の成分を、相手が自分自身には見ていないものをこちらが相手に見ていること、とした。つまり相手の自己評価を現実と置き、そこからの上振れ分を幻想と呼んでいる。相手の自己評価が正しいという前提が定義の中に入っているので、幻想が良いという結論の半分は定義の側にある。2011年の新婚222組の追跡でも、理想化に効果があったとも、理想化として測られたものが満足の別の言い方だったとも読める |
| だから、ドキドキを恋と取り違えないよう気をつければよい | 取り違えという現象そのものが、確かめられているとは言いがたい。1979年の4回の追試は、はっきりした嫌悪的な刺激があるとき、人はその刺激のほうに正しく原因を割り当てることを示した。1989年には同じ研究グループが、覚醒は誤って帰属されるのではなくすでにある評価の傾向を後押ししているだけではないか、という別の説明を出している。あれはただの興奮だったと言い切るのも、同じくらい根拠が薄い |
皮肉なのは、この実験がいまも生き残っている理由のほうである。話が短い。橋が絵になる。読んだ人が自分の記憶のどこかに当てはめられる。そして何より、当てはめた本人には反証できない。数え直しは論文の中にきちんと残っているが、あちらには橋が出てこない。34人の内訳より、揺れる吊り橋のほうが、40年ぶんの寿命を持っていた。
Q1. 2012年の再解析によれば、吊り橋の実験で電話番号を受け取った人数と、あとで実際に電話をかけた人数は、それぞれ両条件でいくつだったか。一問一答
Q2. 1996年の研究は「幻想」をどう定義したか。式と、幻想の成分の説明を答えよ。一問一答
Q3. 2012年の再解析が報告したオッズ比と、その95%信頼区間はどれか。選択
Q4. 米国・1979年の論文が報告した4つの研究の結果として正しいものはどれか。選択
Q5. 米国・2011年に新婚222組を3年間に7時点追跡した研究で報告された傾きの組み合わせはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。いま自分が強く惹かれているものを1つだけ挙げる。人でなくてよい。仕事でも、場所でも、買おうか迷っているものでも、始めたばかりの活動でもよい。1行めに、それを短い名詞句で書く。2行めに、惹かれたその時期に自分の生活で何が起きていたかを、状況の言葉だけで1行書く。睡眠がどうだったか、忙しかったか、どこにいたか、誰と会わない時期だったか。評価も判定も書かない。そこから何かを結論づけない。3行めに今日の日付を書く。書き終えたら、その場では読み返さずに閉じる。人を挙げた場合も、その人については何も書かない。相手に何かを尋ねたり、確かめたりはしない。交際相手のいない読者や、いま恋愛をしない選択をしている読者でも、惹かれている対象を人以外にすればそのまま成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Szczucka K. (2012) 'Attraction at first fright? What Dutton & Aron really demonstrated almost 40 years ago', Polish Psychological Bulletin 43(3):191-198, doi:10.2478/v10059-012-0021-6 — doi.org
- Dutton D.G., Aron A.P. (1974) 'Some evidence for heightened sexual attraction under conditions of high anxiety', Journal of Personality and Social Psychology 30(4):510-517, doi:10.1037/h0037031 — doi.org
- Kenrick D.T., Cialdini R.B., Linder D.E. (1979) 'Misattribution Under Fear-Producing Circumstances: Four Failures to Replicate', Personality and Social Psychology Bulletin 5(3):329-334, doi:10.1177/014616727900500312 — doi.org
- Allen J.B., Kenrick D.T., Linder D.E., McCall M.A. (1989) 'Arousal and attraction: A response-facilitation alternative to misattribution and negative-reinforcement models', Journal of Personality and Social Psychology 57(2):261-270, doi:10.1037/0022-3514.57.2.261 — doi.org
- Murray S.L., Holmes J.G., Griffin D.W. (1996) 'The self-fulfilling nature of positive illusions in romantic relationships: Love is not blind, but prescient', Journal of Personality and Social Psychology 71(6):1155-1180, doi:10.1037/0022-3514.71.6.1155 — doi.org
- Murray S.L., Griffin D.W., Derrick J.L., Harris B., Aloni M., Leder S. (2011) 'Tempting fate or inviting happiness? Unrealistic idealization prevents the decline of marital satisfaction', Psychological Science 22(5):619-626, doi:10.1177/0956797611403155 — doi.org