合図を読む力は、合図が無いときにいちばんよく当たる
サインを読み取る力を鍛えましょう、という言い方がある。その力を実際に測った研究では、当たっていたのはほとんど、何も無かったと判断したときだった。しかも、その高い正答率のほうは、何も無い場面がもともと多いことの裏返しでもある。
前の単位で、二人組に固有の相性だけが、100項目を超える自己申告からは予測できなかったことを見た。ここでは、目の前の相手から自分に向けられているらしい合図を、実際どこまで読めているのか、という話に移る。
この単位が扱うのは一点——「読み違えやすい」と言われている現象について、何がどう測られてきたのかである。合図の出し方は扱わない。読み取りの技術も扱わない。
そもそも、当たっていない
米国で2015年に *Communication Research* へ出た研究は、そこを直接測っている。面識のない異性愛の男女52組(合わせて104名)が10分から12分だけ会話し、そのあとで「自分は好意を示すふるまいをしたか」と「相手はしていたと思うか」を、それぞれ別に自己申告した。 相手が実際にしたかどうかは、その相手本人の申告を正解として突き合わせる。
英語圏の研究ではこのふるまいをフラートと呼ぶ。ここでは以後、好意を示すふるまい、と書く。
全体の正答率は、判定する側が女性で69%、男性で71%。この差は有意でない(χ²(1) = .05)。ここまでなら、7割当たっているのだから悪くない、と読めてしまう。
内訳を開けると話が変わる。判定する側が男性で相手が女性のとき、相手がしていなかった場面は84%当てたのに、していた場面は36%しか当てられなかった(n = 52, χ²(1) = 9.19, p < .01)。判定する側が女性で相手が男性のときは、していなかった場面が83%、していた場面が18%である(n = 52, χ²(1) = 17.07, p < .001)。
要旨の一文がそのまま結論になっている——好意を示すふるまいが起きなかったやりとりのほうが、起きたやりとりよりも正確に知覚された。
読み違えやすいかどうか以前に、当たっていない。 そして当たっているのは、していないほうを当てるときだけである。
高い「正答率」の中身は、基準率である
ここに、この単位の二つめの読み方が入る。104名のうち、自分は好意を示すふるまいをしたと申告したのは25名、およそ24%だった。 残りの4分の3は、していない。
していない場面が4分の3を占めるとき、「していない」と答え続けるだけで、正答率は75%になる。 84%や83%という数字は、その上に少し乗っているだけである。当たっているように見える正答率は、当たりやすいほうの答えが多いことの裏返しでもある。
同じ論文の第2研究は、そこを実験で確かめている。第1研究の映像から1分のクリップを26本作り、261名の観察者に判定させた。 8つの条件で、好意を示すふるまいが含まれる割合そのものを動かしてある。 結果は、基準率が正答率に影響した、である。起きていないクリップのほうが正確に判定された。
分母を動かすと「精度」が動く。 精度という一語だけを持ってくると、この構造は見えない。
値切り:性差は、別の変数を入れると消えた
ここまでは「当たっていない」という話だった。次は「性差」のほうである。
2020年に *Psychological Science* へ出た研究は、大学の心理学の授業の受講者を対象に、2012年から2018年にかけて記録されたスピードデートから、1,226名(男性586・女性640、平均19.77歳)、のべ3,850回のやりとりを分析した。1回あたり3分である。まず、これまで報告されてきた性差そのものは再現した。
そのうえで、二つの変数を統計モデルに入れた。一つは社会的性志向——気軽な関係にどれだけ開かれているかを測る尺度である。もう一つは、判定する側自身が相手にどれだけ関心を持っていたか。 論文の言い方では、自分の関心を相手に映していること。
入れた結果はこうなった。これらを媒介として置くと、基本モデルで見つかっていた判定者の性別の主効果は、もはや有意ではなくなった。 媒介された割合は、社会的性志向で .76、判定する側自身の関心で .98 と報告されている。
読み方はひとつしかない。性別で分かれていたように見えた差は、性別そのものではなく、その人がいまどれだけ関心を持っているかで説明できてしまった。 これは読者を分類する話ではない。変数の入れ方で消える差だった、という測定の話である。
「過大に見ている」と言うには、正解の側が要る
もう一段さかのぼる。そもそも「過大に見ている」と言うためには、本当のところが分かっていなければならない。
2015年に同じ *Psychological Science* へ出た研究は、そこを突いた。要旨をそのまま置く——女性の本当の性的意図は直接測れないのだから、既存のデータについては、女性が自分の意図を控えめに申告していて、男性の評価のほうがおおむね正確だ、という別の解釈も成り立つ。 3つの研究で、正直に答えると報酬が出る条件でも男性の評価は変わらず、女性は他の女性が申告を控えていると考えていた、と報告されている。
この論文の結論は、俗説を支える側ではない。かといって、単純に崩す側でもない。崩しているのは、比較の土台のほうである。 片方が自己申告、もう片方も自己申告。そのあいだにあるはずの「本当の値」は、どちらの申告にも入っていない。
なお、この一連の議論の理論的な出発点は、2000年に *Journal of Personality and Social Psychology* へ出た誤差管理理論である。学部生217名(男性113・女性104)と289名(女性168・男性121)を対象にした2つの研究で、見落としと勘違いのコストが非対称なら、判断はあらかじめ偏るように設計されているはずだ、と論じた。この棚は、その理由づけのほうを主張として採らない。 ここで扱うのは、どこまでが測られているか、である。
応答と再応答が、別の誌の同じ号に並んでいる
2020年の研究には、理論の側からの反論が出ている。**掲載されたのは元の論文とは別の誌、*Evolution and Human Behavior* 42巻1号(2021年)の73〜75ページである。 主張は二つ——媒介変数の側にも性差があるのだから、あの分析は交絡している。 そして、究極の説明に反論するには、別の究極の説明を出さなければならず、至近の説明を出しても反論にならない。**
そして再応答が、同じ42巻1号の76〜78ページに並んでいる。媒介が成立するには、媒介変数が独立変数とも従属変数とも結びついていなければならない。だから媒介変数に性差があることを交絡と呼ぶのは筋が通らない、というのが応答の中身である。締めくくりは、至近の説明と究極の説明を切り離さないほうが分野のためになる、という一文だった。
誌をまたいで、応答と再応答が同じ号に並んでいる。 この形が確認できる論争は多くない。そして、並んで残っているということは、決着していないということでもある。
時間・変化:2000年から2021年まで、動いたのは問いのほう
順に並べると、動いたのは答えではなく問いである。
2000年——判断はあらかじめ偏るように設計されている、という理論が出る。2015年——比べている二つがどちらも自己申告であることが指摘される。同じ年、当たっているかどうかを直接測ると、当たっていないことが分かる。2020年——性差そのものは再現するが、別の変数を入れると消える。2021年——それは説明の層が違うだけだ、という反論と、その再応答が同じ号に並ぶ。
21年かけて、問いは「なぜ偏るのか」から「そもそも何が測られているのか」へ移った。 一方で、世間に流通している一文だけは2000年の形のまま残っている。引用されるとき最初に落ちるのは、たいてい何を正解としたかである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、自分の読み取りの精度を、当たった感じで見積もることである。上の研究が示したのは、当たった感じがいちばん出るのは「何も無かった」と判断したときだ、ということだった。そこは基準率のおかげで当たる。 逆に、相手が何かを示していた場面は、2割から4割弱しか捕まえられていない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、大学生を対象に、異性の相手とだけ会う設計で採られたものが大半である。会話は10分前後か3分で、その後どうなったかは測られていない。 日本で同じ結果になるかは、別に確かめる必要がある。 そして——続いた関係のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 読み取りが当たったかどうかを後から語れるのは、その後も連絡が続いた側だけである。
助けるのは、自分がどちらの判断を何回したかを、当たり外れと切り離して数えてみるという一手である。当たったかどうかは確かめない。確かめようとすると、相手を試すことになる。数えるのは自分の判断の回数だけで、そこで止める。 止めた場所に、自分の判断がどちらに寄っているかが残る。
最初の一歩は5分。今日1日で「相手は自分に好意的だ」と思った場面と、「そうではない」と思った場面を、それぞれ数える。 数だけを書く。
次の単位は 119「認知バイアス管理」——読み取る側の自分に何が起きているのか、という話へ進む。
- 米国・2015年に Communication Research へ出た研究では、面識のない異性愛の男女52組(104名)が10〜12分会話した。全体の正答率は判定する側が女性で69%、男性で71%で差は有意でない(χ²(1) = .05)が、内訳では、相手がしていなかった場面は83〜84%当たり、していた場面は18〜36%しか当たらなかった
- 同じ研究の内訳は、判定する側が男性で相手が女性のとき、していない場面84%・していた場面36%(n = 52, χ²(1) = 9.19, p < .01)、判定する側が女性で相手が男性のとき、していない場面83%・していた場面18%(n = 52, χ²(1) = 17.07, p < .001)だった
- 同じ研究で、104名のうち自分は好意を示すふるまいをしたと申告したのは25名(約24%)。していない場面が4分の3を占めるので、していないと答え続けるだけで正答率は75%になる。高い正答率は、当たりやすいほうの答えが多いことの裏返しでもある
- 同じ論文の第2研究は、1分のクリップ26本を261名の観察者に判定させ、8条件で好意を示すふるまいが含まれる割合そのものを動かした。結果は、基準率が正答率に影響した、である。分母を動かすと精度が動く
- 2020年に Psychological Science へ出た研究は、大学の心理学の授業の受講者を対象に2012年から2018年にかけて記録されたスピードデートから1,226名(男性586・女性640、平均19.77歳)、のべ3,850回のやりとりを分析し、報告されてきた性差を再現した。ところが社会的性志向と、判定する側自身の関心を媒介として入れると、判定者の性別の主効果はもはや有意でなくなった(媒介された割合は .76 と .98)
- 2015年に Psychological Science へ出た研究は、女性の本当の性的意図は直接測れないのだから、既存のデータについては女性が自分の意図を控えめに申告していて男性の評価のほうがおおむね正確だ、という別の解釈も成り立つ、と論じた。崩れているのは比較の土台であり、片方も自己申告、もう片方も自己申告である
- 2020年の研究への反論は Evolution and Human Behavior 42巻1号の73〜75ページに、その再応答は同じ42巻1号の76〜78ページに並んでいる。誌をまたいだうえで、応答と再応答が同じ号に載っている。並んで残っているということは、決着していないということでもある
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 男性は女性の好意を性的関心と読み違えやすい。それは進化の上での適応である | 2020年に大学の心理学の授業の受講者のスピードデートの記録1,226名・3,850回のやりとりを分析した研究は、報告されてきた性差そのものは再現した。ところが社会的性志向と、判定する側自身がその相手にどれだけ関心を持っていたかを媒介変数として入れると、判定者の性別の主効果はもはや有意でなくなった。媒介された割合は .76 と .98 である。これは誰かを分類する話ではなく、性別で分かれていたように見えた差が、変数の入れ方で消える種類の差だった、という測定の話である |
| だいたい7割は当たっているのだから、読み取りの精度はそう悪くない | 米国・2015年の研究で全体の正答率は69%と71%だったが、内訳は、相手がしていなかった場面が83〜84%、していた場面が18〜36%である。しかも104名のうち、自分はしたと申告したのは25名(約24%)にすぎない。していない場面が4分の3を占めるとき、していないと答え続けるだけで正答率は75%になる。同じ論文の第2研究は、含まれる割合そのものを8条件で動かし、基準率が正答率に影響することを実験で確かめている |
| 男性が過大に見ていることは、データで確定している | 2015年に Psychological Science へ出た研究は、そもそも本当の性的意図は直接測れないと指摘した。比べられているのは、片方の自己申告と、もう片方の自己申告である。だから同じデータについては、控えめに申告されているほうが実際とずれている、という解釈も同じくらい成り立つ。この論文の結論は俗説を支える側でも単純に崩す側でもなく、比較の土台のほうを崩している |
皮肉なのは、この話がいちばん役に立つ形が、読み取りの練習ではないことである。当たりやすいのは何も無いほうで、それは何も無い場面が多いからであって、腕前ではない。読む力を上げようとするより、読まなくても済む手続きを一つ持つほうが安い。そして、その手続きを持ってしまうと、この単位で見た数字はどれも、自分にはもう関係のない話になる。
Q1. 米国・2015年の研究では、面識のない52組(104名)のうち、自分は好意を示すふるまいをしたと申告したのは( )名だった。していない場面が4分の3を占めるため、していないと答え続けるだけで正答率は75%になる。穴埋め
Q2. 米国・2015年の研究で報告された4つの正答率を、相手がしていた場面と、していなかった場面に分けて答えよ。一問一答
Q3. 2020年の研究が、性別の主効果を消すためにモデルに入れた2つの媒介変数は何か。またそれぞれの媒介された割合はいくつか。一問一答
Q4. 2015年に Psychological Science へ出た研究は、「男性が女性の性的関心を過大に見ている」という読み方の、どこを崩したか。一問一答
Q5. 2020年の研究をめぐる反論と再応答の掲載のされ方として正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。今日1日を思い返して、誰かのふるまいについて『この人は自分に好意的だ』と思った場面の数と、『そうではない』と思った場面の数を、それぞれ数字で書く。仕事でも、店でも、連絡のやりとりでもよい。誰のことかは書かない。場面の内容も書かない。書くのは2つの数字だけである。数え終えたら、どちらが多かったかに丸を付ける。推測が当たっていたかは確かめない。相手に聞かない。確かめようとした時点で、これは相手を試す作業になってしまう。数えたところで止める。交際相手のいない読者や、いま恋愛をしない選択をしている読者は、直近で継続的に関わっている人か、続けている活動のなかで同じ形で数えれば、そのまま成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Hall J.A., Xing C., Brooks S. (2015) 'Accurately Detecting Flirting: Error Management Theory, the Traditional Sexual Script, and Flirting Base Rate', Communication Research 42(7):939-958, doi:10.1177/0093650214534972 — doi.org
- Lee A.J., Sidari M.J., Murphy S.C., Sherlock J.M., Zietsch B.P. (2020) 'Sex Differences in Misperceptions of Sexual Interest Can Be Explained by Sociosexual Orientation and Men Projecting Their Own Interest Onto Women', Psychological Science 31(2):184-192, doi:10.1177/0956797619900315 — doi.org
- Perilloux C., Kurzban R. (2015) 'Do Men Overperceive Women's Sexual Interest?', Psychological Science 26(1):70-77, doi:10.1177/0956797614555727 — doi.org
- Haselton M.G., Buss D.M. (2000) 'Error Management Theory: A New Perspective on Biases in Cross-Sex Mind Reading', Journal of Personality and Social Psychology 78(1):81-91, doi:10.1037/0022-3514.78.1.81 — doi.org
- Roth T.S., Samara I., Kret M.E. (2021) 'Ultimate and proximate factors underlying sexual overperception bias: A reply to Lee et al. (2020)', Evolution and Human Behavior 42(1):73-75, doi:10.1016/j.evolhumbehav.2020.06.002 — doi.org
- Zietsch B.P., Sidari M.J., Murphy S.C., Sherlock J.M., Lee A.J. (2021) 'For the good of evolutionary psychology, let us reunite proximate and ultimate explanations', Evolution and Human Behavior 42(1):76-78, doi:10.1016/j.evolhumbehav.2020.06.009 — doi.org