人を信じやすい人は、だまされやすい人ではない。むしろ嘘の兆候に敏感だった
お人好しは損をする、というのは処世訓として完成している。ところが一般的信頼の高い人を実験室に入れると、相手が怪しいという情報に対して、低い人よりも鋭く反応した。よく信じる人と、よく疑う人は、同じ一人であることが多い。
拘束のない関係は、毎回が賭けになる
前の三つの単位で見てきたのは、話しかけるかどうかの閾値、開示の往復の形、そして感情の扱い方だった。いずれも自分の側の設定である。この単位で、青のSTEPは終わる。
最後に残るのは、いちばん抽象的で、いちばん実際的な設定だ。人を、どれだけ信じるか。
この棚の最初に置いた前提を思い出してほしい。友情には契約も式もなく、既定の帰結は自然消滅である。この構造は、信頼の問題を恋愛や家族とは別のものにする。夫婦なら、裏切られたときに制度が損害の一部を回収してくれる。同僚なら、就業規則がある。友人には、何もない。時間を差し出しても、秘密を預けても、返ってこなかったときに訴える先はない。
だから友情における信頼は、信念でも性格でもなく、担保のない賭けである。この単位は、その賭けの期待値を測りにいく。
見知らぬ相手に、金を渡す実験
1995年、バーグ、ディックハウト、マッケイブが設計した実験は、この賭けをほぼ純粋な形で取り出した。
手続きはこうだ。参加者を二つの部屋に分ける。全員に10ドルを渡す。A室の人は、そのうち好きな額をB室の見知らぬ相手に送ることができる。送った額は3倍になってB室に届く。B室の人は、受け取った額のうち好きな分をA室に返してよい。返さなくてもよい。誰が誰と組んだのかは最後まで分からない。一回きりで、評判も報復も存在しない。
経済学の標準的な予測は明快だ。B室の人は返さない。それを読めるA室の人は送らない。均衡は、全員が10ドルを握りしめたまま終わる。
実際に起きたことは違った。32組のうち30組で、A室の人は正の額を送った。平均送金額は5.16ドル、手元の半分強である。そして返送額の平均は4.66ドル。B室の人は返した。
数字をよく見ると、この賭けは微妙だ。5.16ドル送って4.66ドル戻る。平均では、送った人はわずかに損をしている。実際、送金した相手から送った額より多く返ってきたのは、28人中12人だった。
つまり、人は信じるし、相手も応えるが、期待値としては均衡していない。それでも人は送る。この事実が、以降30年の研究の出発点になった。
30年、162回の再現
一回の実験なら偶然かもしれない。2011年、ジョンソンとミスリンは、この投資ゲームの再現162件、参加者延べ23,000人以上のデータを集めてメタ分析にかけた。
送金額に効いていたのは、報酬が抽選制かどうか、相手が実在の人間ではなくコンピュータかどうかだった。返送額に効いていたのは、送金額を何倍にするかの倍率、参加者が両方の役をやるかどうか、そして学生かどうか。地域差もあり、アフリカで行われた実験の送金額は北米より少なかった。
重要なのは、条件がこれだけ動いても、現象そのものが消えなかったことだ。人は見知らぬ相手に送る。この頑健さは、この棚全体で扱う友情という賭けの、いちばん下の土台にあたる。
「日本は信頼社会」を値切る
ここで、ほぼ必ず持ち出される通説を検算しておく。日本のような集団主義的な社会は信頼に厚く、米国のような個人主義的な社会は疑い深い、という通説である。
1994年、山岸俊男と山岸みどりが、日米で同じ尺度を使った調査を行った。日本側は1,136人、内訳は学生928人と一般208人。米国側は501人、学生246人と一般265人。
結果は通説の逆だった。一般的信頼——見知らぬ他者一般をどれだけ信じるか——の得点は、どの下位標本でも米国のほうが高い。男性の一般成人標本では、米国の平均は日本の平均より、統合標準偏差1つ分以上高かった。
彼らが導入した区別が、この逆転を解く。信頼と安心は違う、という区別である。信頼は、相手の善意についての判断だ。安心は、相手が裏切らないと分かる仕組み——長い付き合い、共通の知人、抜けたら損をする関係——から来る期待で、相手の人柄とは関係がない。安心が豊富に供給される社会では、他人一般を信じる能力を育てる必要がない。
国際比較の数字も一つ置いておく。世界価値観調査と欧州価値観調査を統合した集計の最新値では、たいていの人は信頼できると答えた人の割合は、日本が約34%、米国が約37%、ノルウェーが約72%、ブラジルが約7%だった。日本は、高くも低くもない位置にいる。
そして、これは友情に直接効いてくる。安心の供給源——同じ職場、同じ学校、同じ地域——から離れた瞬間に、私たちは安心ではなく信頼を使わなければならなくなる。大人になってから友人ができにくいのは、多くの場合、性格の問題ではなく供給源が切れた問題である。
「信じるのはお人好し」を値切る
では、他人一般を信じやすい人は、実際にだまされやすいのか。
1998年、小杉素子と山岸俊男が心理学研究に発表した実験は、この通説を直接の標的にしている。参加者に、ある相手が信頼できる行動をとる確率を予測させる。まず相手についての情報がない状態で、次に相手の信頼性を疑わせる否定的な情報を与えたあとで。
結果は二段になっている。情報がない状態では、一般的信頼の高い人は低い人より、相手が信頼できる行動をとる確率を高く見積もった。ここまでは通説どおりだ。ところが否定的な情報が与えられると、高信頼者は低信頼者よりも予測を急激に下げた。
傾きが違う。高信頼者は、相手の信頼性の欠如を示す情報に対して、より敏感だったのである。
読み方はこうだ。信頼が高いことは、警戒の欠如ではない。むしろ、情報に応じて判断を動かす能力のほうと結びついている。よく信じる人は、疑うべき理由が出てきたときにも、よく動く。逆に、最初から全員を疑っている人には、動かす余地がない。疑いの初期値が高い人は、新しい情報から何も学べないのだ。
裏切りは、同じ確率でも別扱いされる
それでも私たちは、人に賭けることをためらう。その理由の一部は、確率計算では説明できない。
2004年、ボーネットとゼックハウザーが測ったのは、最低受容確率と呼ばれる値だ。うまくいく確率が何%以上なら賭けに乗るか、という閾値である。同じ金額、同じ確率で、二つの状況を比べる。ひとつは、結果を決めるのが相手の人間である状況。もうひとつは、結果を決めるのが自然、つまりくじである状況。
参加者が要求した確率は、相手が人間である場合のほうが高かった。同じ期待値でも、人に裏切られる可能性がある賭けには、上乗せの安全余裕を要求する。著者たちはこれを裏切り回避と呼んだ。
この一枚を挟むと、日常の感覚が説明できる。友人に貸した金が返ってこないことと、投資で同額を失うことは、家計簿の上では同じである。心理の上では同じではない。だから私たちは、期待値が同じでも、人が絡む賭けを避ける方向に系統的にずれる。
ずれの存在を知っておくことの利点は、値切れることだ。乗り気になれないとき、それが期待値の判断なのか、裏切り回避の上乗せなのかを分けて考えられる。
時間・変化:安心にこもるか、信頼で外へ出るか
この単位を時間の軸に置くと、選択の形がはっきりする。
1998年、山岸俊男、クック、渡部が日米で行った実験は、社会的不確実性——相手が信頼できるかどうか分からない状態——が何を引き起こすかを測った。結果は二つ。第一に、不確実性が高いほど、人は特定の相手との固定的な関係にこもるようになる。第二に、一般的信頼の高い人は、同じ不確実性の下でも、固定的な関係を作る頻度が低かった。
言い換えると、一般的信頼は、安全だが閉じた関係から人を解き放つ働きをしている。信頼が低い人は、確実な数人に張り付くことでリスクを下げる。合理的な戦略だ。ただし代償があって、その数人が転勤したり、疎遠になったり、先に亡くなったりしたときの脆さが、そのまま残る。前の単位で見たとおり、友人ネットワークは成人期を通じて縮んでいく。閉じた戦略は、縮んでいく資源に全額を賭ける戦略でもある。
なお、これらの研究の参加者は日米の大学生と一般成人に偏り、金銭を用いた実験室課題という限られた場面で測られている。友情そのものを測ったわけではない。方向として読むのが正しい。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるのは三つある。第一に、信頼を性格として持つこと。実験で動いていたのは、情報に応じて判断を更新する幅のほうだった。第二に、安心と信頼を混同すること。長い付き合いの相手に対する安心を自分の信頼力だと思っていると、環境が変わった瞬間に何も残らない。第三に、裏切り回避の上乗せを、冷静な判断だと思い込むこと。上乗せは実在するが、正確ではない。
助けるのは、賭ける単位を小さく刻むことだ。投資ゲームでは、送る額は自分で決められる。友情でも同じで、いきなり全額を送る必要はない。予定を先に出す、まだ話していない話を一つ渡す、頼みごとを一つしてみる。額が小さければ、返ってこなかったときの損も小さい。そして返ってきたかどうかは、次の額の材料になる。もう一つ助けるのは、否定的な情報が出たときに、実際に判断を下げることだ。高信頼者を特徴づけていたのは、信じる高さではなく、下げる速さだった。
標本の断りも、もう一段だけはっきりさせておく。この単位の数字を出したのは、1995年の実験室に来た32組、162件の再現に参加した延べ23,000人あまり、日米の学生と一般成人、そしてくじと人間を比べた実験の参加者である。ほぼ全員が、初対面の相手と、金銭で、一回きりのやりとりをした。友情はそのどれでもない。相手は初対面ではないし、賭けているのは金ではなく時間と秘密で、一回で終わりでもない。だから5.16ドル送って4.66ドル戻るという値を、友情の期待値としてそのまま持ち込むことはできない。持ち込めるのは形のほうだ。担保がなくても人は送り、送られた側はおおむね返す、という形である。国際比較の数字も同じ扱いになる。たいていの人は信頼できるか、という一問への回答は、その社会で友人が作りやすいかどうかを測ったものではない。日本が約34%という位置にいることと、あなたが明日誰かに小さく賭けるかどうかのあいだには、直接の橋が架かっていない。
最初の一歩は今日できる。誰か一人に対して、小さく賭ける。返ってくるかどうかを見る。それだけだ。
ここで青のSTEPは終わりになる。話しかける閾値、開示の往復、感情の扱い、そして賭けの単位。四つとも、相手が誰であるかとは無関係に、あなたの側にある設定だった。次の単位からは緑のSTEPに入り、ようやく相手が視野に入ってくる。最初に扱うのは、自分がどれだけ好かれているかを、私たちがどれだけ正確に読めていないかという話である。
- Berg, Dickhaut & McCabe 1995(Games and Economic Behavior 10(1)):初期保有10ドル、送金額は3倍になって相手に届く一回きり・匿名の投資ゲーム。32組のうち30組が正の額を送り、平均送金額は5.16ドル、平均返送額は4.66ドル。標準的な均衡予測はゼロ送金だった
- 同実験:送った額より多く返ってきたのは28人中12人。人は信じ、相手も応えるが、期待値としては均衡していない。それでも人は送る
- Johnson & Mislin 2011(Journal of Economic Psychology 32(5)):この投資ゲームの再現162件・延べ23,000人以上を統合。送金額は報酬の抽選制や相手がコンピュータかどうかで動き、返送額は倍率・両役の実施・学生かどうかで動いた。アフリカでの送金額は北米より少なかったが、現象そのものは消えなかった
- Yamagishi & Yamagishi 1994(Motivation and Emotion 18(2)):日本1,136人・米国501人の調査で、一般的信頼はどの下位標本でも米国のほうが高く、男性の一般成人標本では統合標準偏差1つ分以上の差があった。通説とは逆である
- 同論文の区別:信頼は相手の善意についての判断、安心は相手が裏切らないと分かる仕組みから来る期待。安心が豊富な社会では、他人一般を信じる能力を育てる必要がない。統合価値観調査の最新集計では、たいていの人は信頼できると答えた割合は日本約34%、米国約37%、ノルウェー約72%、ブラジル約7%
- 小杉・山岸 1998(心理学研究 69(5)):情報がない状態では高信頼者のほうが相手の信頼性を高く見積もったが、否定的な情報が与えられると高信頼者のほうが予測を急激に下げた。高信頼者は信頼性の欠如を示す情報に、より敏感だった
- Yamagishi, Cook & Watabe 1998(American Journal of Sociology 104(1)):社会的不確実性が高いほど特定の相手との固定的関係が形成される。一般的信頼の高い人は、同じ不確実性の下でも固定的関係を作る頻度が低かった。一般的信頼は、安全だが閉じた関係から人を解き放つ
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 人を信じやすい人は、だまされやすいお人好しだ | 情報がない状態では高信頼者のほうが相手を高く見積もるが、相手の信頼性を疑わせる情報が与えられると、高信頼者は低信頼者よりも急激に予測を下げた。信頼の高さは警戒の欠如ではなく、情報に応じて判断を更新する幅のほうと結びついている |
| 日本のような社会は、もともと人を信じやすい | 日本1,136人・米国501人の調査では、一般的信頼はどの下位標本でも米国のほうが高く、男性の一般成人標本では統合標準偏差1つ分以上の差があった。日本に豊富なのは信頼ではなく安心——相手が裏切らないと分かる仕組みのほうである |
| 人に賭けるかどうかは、損得の計算で決めている | 同じ金額・同じ確率でも、結果を決めるのが人間である場合、人はくじの場合より高い成功確率を要求した。裏切り回避と呼ばれるこの上乗せは実在するが、期待値の計算としては正確ではない |
投資ゲームの数字は、読みようによっては陰鬱だ。平均5.16ドル送って、4.66ドル返る。差し引きは赤字で、しかもその赤字は30年・162回の再現を経てもきれいには消えない。それでも、ほぼ全員が送り続けている。合理的でないと言うのは簡単だが、全員が送らない世界がどんな場所かを想像すると、話は変わる。そこには、裏切られない代わりに、何も起こらない一日が並んでいるだけだ。友情という制度なき関係は、その赤字を毎回引き受ける人たちの手で、かろうじて成立している。
Q1. Berg らの投資ゲームでは、参加者は10ドルを持ち、送った額は____倍になって相手に届く。32組のうち____組が正の額を送り、平均送金額は____ドル、平均返送額は____ドルだった。穴埋め
Q2. 山岸・山岸 1994 が導入した「信頼」と「安心」の区別を説明し、日米比較の結果が通説とどう食い違ったかを答えよ。一問一答
Q3. 小杉・山岸 1998 の実験で、一般的信頼の高い人が低い人と決定的に違っていたのはどこか。選択
Q4. Bohnet & Zeckhauser 2004 が測った「最低受容確率」の比較設計と、そこから名づけられた現象を答えよ。一問一答
Q5. Yamagishi, Cook & Watabe 1998 が示した流れを、本文の説明の順に並べよ。(一般的信頼が高い人は固定的関係を作る頻度が低い/社会的不確実性が高まる/特定の相手との固定的な関係にこもる)並べ替え
今日のうちに、相手に対して小さく賭ける行為を一つ実行する。額は小さいほどよい。例えば、まだ話していない予定や考えを一つ先に伝える、返事が返ってこない可能性のある誘いを一つ出す、自分の側からささやかな頼みごとを一つする、のいずれかでよい。実行したら、(1)何を、誰に賭けたか、(2)返ってこなかった場合に自分が失うものは何か、(3)実際に返ってきたか、の3つを記録する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Berg J., Dickhaut J., McCabe K. (1995) 'Trust, Reciprocity, and Social History', Games and Economic Behavior 10(1):122-142 — www.econport.org
- Johnson N.D., Mislin A.A. (2011) 'Trust games: A meta-analysis', Journal of Economic Psychology 32(5):865-889 — econpapers.repec.org
- Yamagishi T., Yamagishi M. (1994) 'Trust and commitment in the United States and Japan', Motivation and Emotion 18(2):129-166 — link.springer.com
- 小杉素子・山岸俊男(1998)「一般的信頼と信頼性の判断」心理学研究 69(5):349-357 — www.jstage.jst.go.jp
- Yamagishi T., Cook K.S., Watabe M. (1998) 'Uncertainty, Trust, and Commitment Formation in the United States and Japan', American Journal of Sociology 104(1):165-194 — doi.org
- Bohnet I., Zeckhauser R. (2004) 'Trust, risk and betrayal', Journal of Economic Behavior & Organization 55(4):467-484 — econpapers.repec.org
- Integrated Values Surveys(EVS Trend File 1981-2017 / World Values Survey Trend File 1981-2022), Our World in Data 集計『Share of people agreeing with the statement: most people can be trusted』 — ourworldindata.org