話しかけた人は、全員うまくいった。話しかける前は、半分も無理だと思っていた
見知らぬ相手に話しかけたら迷惑がられる、というのは、ほぼ全員が持っている確信である。研究者が実際に通勤客に話しかけさせたところ、断られた人は一人も出なかった。私たちが避けているのは他人ではなく、自分の予測のほうだ。
友達には、契約書も式もない
この棚は友達を扱う。まず、扱いにくさの正体を確認しておきたい。
恋愛や結婚には、告白があり、同棲があり、婚姻届があり、少なくとも「いま自分たちは何なのか」を確認する機会が制度として用意されている。家族には戸籍がある。友情には、そのどれもない。始まりの宣言もなければ、終わりの手続きもない。だから友情の既定の帰結は、決裂ではなく自然消滅である。何もしなければ、静かに、双方が気づかないうちに終わる。続けるという意思決定を、毎回やり直す必要がある関係だ——この非対称が、この棚16単位の通奏低音になる。
棚07は漏斗の形をしている。上から順に絞り、下へ行くほど判断が具体になる形だ。
STEP1の青、つまりこの4単位は、相手を探す前に自分の側の初期設定を確定させる区間にあたる。そもそも接触するかどうかの閾値、何をどこまで話すか、揺れたときにどう戻すか、そして人を信じるという賭けにどれだけ乗るか。STEP2の緑は相手と場を見立てる区間、STEP3の橙は接触して話して最初のぶつかりを越える区間、STEP4の桃は続ける・畳む・意味づける区間だ。
青を飛ばして緑から始めるとどうなるか。「いい友達が見つからない」という文の主語が、永久に相手のままになる。探索の失敗として処理される問題の多くは、探索が始まってすらいない。
そして入口のこの単位が扱うのは、いちばん手前にある一つの動作である。話しかけるか、話しかけないか。
通勤電車で、経済学のような実験が行われた
2014年、エプリーとシュローダーが発表した一連の実験は、この動作を正面から測りに行った。
舞台はシカゴ近郊の駅だ。通勤客をつかまえ、三つの条件のどれかに割り当てる。近くに座った見知らぬ人と会話してみる条件、いつもどおり一人で過ごす条件、そしていつもどおりに過ごすだけの対照条件。降車後にアンケートを郵送で回収する。分析に乗ったのは97人、平均年齢49歳、61%が女性だった。
結果はこうだ。会話した条件の人が、三条件のうちもっとも快適な通勤を報告した。一人で過ごした条件との差は t(94) = 2.49、効果量 d = 0.63。会話は平均14.2分続き、相手の印象も好意的だった。生産性が落ちたと答えた人も、ほとんどいなかった。
同じ質問を、実際にはやらない別の66人にぶつけて予測させると、答えは正確に裏返る。一人で過ごすほうが快適だろう、と彼らは予測した。t(64) = 2.46、d = 0.41。バスでも同じ形が再現され、タクシーでも、実験室でも再現された。
つまり、体験と予測が反対を向いている。しかも予測のほうが、私たちの日常の行動を決めている。
予測が外れる場所は、一箇所に集中している
では、予測のどこが壊れているのか。同じ研究の別の実験が、そこを名指ししている。
通勤客に二つのことを聞く。自分は隣の人と話したいか。隣の人は自分と話したいと思っているか。答えは一貫してずれた。自分の乗り気は相手の乗り気より高く見積もられ、電車の実験では、話しかけて応じてくれる人は46.4%しかいないだろう、と予測された。ところが、実際に話しかけた人のうち、断られたと報告した人は一人もいなかった。バスでも同じで、予測は44.6%、実際の拒絶はゼロ件だった。
2021年、シュローダーらがロンドンの通勤路線で追試したときも構造は変わらない。この標本では、話に応じてくれる人は25.39%だろうと見積もられた。会話の始め方は難しく、終わらせ方はそれほどでもない、とも予測された。そして実際に会話した人の通勤評価は、一人で過ごした人より高かった(d = .55)。
サンドストロムとブースビーが2020年にまとめた小規模メタ分析は、この構図をもう少し広く見せる。7つの標本、合計2,304人分のデータで、会話前の不安は会話後の現実をどの項目でも上回っていた。自分がどれだけ楽しめるかの予測と実際の差は d = 0.97、自分がうまく話せるかの予測と実際の差は d = 1.20。大きい。
重要なのは、これが「相手が優しいから」ではないことだ。壊れているのは相手の側の反応ではなく、こちらの側の推定である。相手も同じ推定違いを抱えて、同じ車両に座っている。
「人見知りだから」を、値切っておく
ここで、いちばんよく使われる自己説明を検算しておきたい。私は人見知りだから、内向的だから、そういうのは向いていない、という説明である。
エプリーとシュローダーは、性格が調整変数になるかを実際に調べている。結論は、ならなかった。会話することの実際の帰結は、性格の型によって一貫した差を示さなかった。ビッグファイブを統制しても、会話条件の優位は消えなかった。一方で調整変数になったものがある。経験だ。タクシーの実験では、日頃から運転手と話す習慣がある人(56%)は「会話は快適だろう」と正しく予測し、話さない習慣の人だけが、電車やバスの参加者と同じ予測違いを犯していた。
予測を直しているのは性格ではなく、直近の実績のほうだった。
これを直接ぶつけた研究がある。2022年、サンドストロム、ブースビー、クーニーは、米英2大学の学生286人を対象に、1週間の介入を走らせた。アプリで毎日「今日は◯◯な人に話しかける」といったミッションが配られ、参加者は29種類の中から選ぶ。介入群198人、見るだけの対照群88人。
結果はこうだ。介入群の会話能力の自己評価は7点満点で4.34から4.77へ上がり(d = 0.37)、追跡調査時も4.81を維持した。断られるだろうという予想は、開始時0.89件から終了時0.23件へ下がった。対照群は動かなかった。
いちばん愉快なのは初日の数字だ。参加者は、話しかけて応じてもらえる確率を40%と予測した。実際は92%だった。1週間で完了した1,336件の会話のうち、1,164件、つまり87%は最初に声をかけた相手との会話である。そして介入群の41%が、少なくとも一人と連絡先を交換していた。
なお、ここまでの研究の参加者は、北米・英国の通勤客と大学生に大きく偏っており、測定の中心は自己報告である。数字は方向として読み、自分の街の混雑した車内にそのまま持ち込まないほうがいい。
時間・変化:友人の数は、放っておくと減る
もうひとつ、この単位を急がせる事情がある。時間だ。
ヴルーズらが2013年に発表したメタ分析は、277の研究、延べ177,635人分のデータを統合して、社会的ネットワークの大きさが生涯でどう動くかを推定した。全体のネットワークの大きさは20代半ばあたりで頂点に達し、その後は継続的に縮んでいく。家族ネットワークの大きさは、思春期から老年期までほとんど変わらない。そして友人ネットワークは、成人期を通じて直線的に減っていく。
この三つを並べると、話は単純になる。減るのは友人だけだ。家族は制度が保持し、友人は何も保持しない。前の節で言った「既定の帰結は自然消滅」が、統計の側から見るとこの傾きになる。
日本の数字も一つ置いておく。内閣府が令和6年12月に実施した人々のつながりに関する基礎調査は、16歳以上の10,876人から回答を得ている。そこでは、気軽に話せる相手がいないと答えた人が21.2%、何かを相談できる相手がいないと答えた人が23.8%、家族や友人と全く会って話さないと答えた人が9.3%だった。孤独感が「しばしばある・常にある」と答えた人は全体で4.3%だが、20歳代では7.4%と、いちばん高い。
若い人ほど平気だ、という前提も、あまり当てにならないということだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものは三つある。
一つ目は、いま見てきた予測違いそのものだ。断られる確率を実際の何倍にも見積もっている状態で、人は合理的に沈黙を選ぶ。二つ目は、その沈黙に性格の名前をつけてしまうことだ。人見知りという語は、説明の顔をした停止ボタンとして働く。性格は調整変数として効いておらず、効いていたのは直近の経験のほうだった。三つ目は、友情を「いい人に出会えるかどうか」の問題として持つことだ。それは緑のSTEPの仕事で、いまはまだ早い。
助けるものは、回数である。1週間の介入で動いたのは性格ではなく、断られるという予想の値だった。予想は、反証にしか反応しない。そして反証は、実行しない限り手に入らない。もう一つ助けるのは、閾値を可視化することだ。話しかけようと思ってやめた回数を数えるだけで、自分がどこで止まっているかが見える。多くの人は、止まった回数を記憶していない。記憶していないものは、減らせない。
最後に、標本の断りをもう一段だけ厚くしておく。ここまでの数字を出した参加者は、シカゴ近郊の駅でつかまえた通勤客97人、ロンドンの通勤路線の乗客、そして米英2大学の学生286人である。都市部に住み、公共交通が定刻で動き、見知らぬ人に声をかけても身の危険がまず生じない場所の人たちだ。7標本・2,304人を束ねた小規模メタ分析も、内訳は同じ地域の似たような層で占められている。測り方も揃っている。快適さも、断られた件数も、うまく話せたかどうかも、ほぼ全部が本人の自己報告だ。あとから思い出して書いた値であって、車内に観察者が座って数えた値ではない。だから拒絶0件という数字は、誰にも断られない世界の証明ではない。断られると予測した人の予測が、その場面では外れた——言っているのはそこまでである。日本の車内で同じ手続きをやり直した記録は、この束の中に1件も入っていない。内閣府の調査が測ったのは孤独感と話し相手の有無であって、見知らぬ人に話しかけたときに何が返ってくるかではない。方向としては信じてよく、確率としては自分の街で測り直すしかない。この単位の実験が14日ぶんあるのは、そのためでもある。
最初の一歩は今日できる。すでに顔は知っているが名前を知らない相手——同じ電車の常連、店員、同じフロアの他部署の人——に、一言だけ声をかける。天気でもいい。内容は、この単位では一切問われない。次の単位で、何をどこまで話すかを扱う。今日測るのは、口を開くかどうかの閾値だけだ。
- Epley & Schroeder 2014(JEP:General 143(5)):シカゴ近郊の通勤客97人を会話・孤独・対照の3条件に割付。会話条件がもっとも快適な通勤を報告し、孤独条件との差は d = 0.63、会話は平均14.2分。別の66人による事前予測はきれいに逆を向いた(d = 0.41)
- 同研究の別実験:電車では応じてくれる人は46.4%だろうと予測されたが、実際に話しかけた人で断られたと報告した人は一人もいなかった。バスでも予測44.6%に対し拒絶ゼロ件
- Schroeder, Lyons & Epley 2021:ロンドンの通勤客148人は応じてくれる人を25.39%と見積もり、会話を始めるほうが終わらせるより難しいと予測した。実際に会話した人の通勤評価は孤独条件より高い(d = .55)
- Sandstrom & Boothby 2020(7標本・2,304人の小規模メタ分析):会話前の不安は会話後の現実を上回る。自分がどれだけ楽しめるかの予測と実際の差は d = 0.97、自分がうまく話せるかの差は d = 1.20
- 性格は調整変数にならなかった。ビッグファイブを統制しても会話条件の優位は消えず、効いたのは経験のほう。日頃からタクシー運転手と話す習慣のある人(56%)だけが、会話は快適だと正しく予測した
- Sandstrom, Boothby & Cooney 2022(JESP 102:104356):米英の学生286人、介入群198人・対照群88人の1週間介入。会話能力の自己評価は4.34→4.77(d = 0.37)、断られる予想は0.89件→0.23件。初日、参加者は応諾率を40%と予測したが実際は92%。1,336件の会話の87%は最初に声をかけた相手で、介入群の41%が連絡先を交換した
- Wrzus et al. 2013(277研究・177,635人のメタ分析):全体のネットワークは20代半ばで頂点に達して以後縮み、家族ネットワークは生涯ほぼ一定、友人ネットワークは成人期を通じて直線的に減る。減るのは友人だけである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 見知らぬ相手に話しかけたら、たいてい迷惑がられる | 電車では応じてくれる人は46.4%、バスでは44.6%、ロンドンでは25.39%と予測されたが、実際に話しかけた人からの拒絶報告はゼロ件だった。1週間介入の初日でも、予測40%に対し実際の応諾は92%である |
| 自分は人見知りだから、こういうことは向いていない | 実験では性格は一貫した調整変数にならず、ビッグファイブを統制しても会話条件の優位は残った。予測を正確にしていたのは性格ではなく直近の経験で、1週間の介入は会話能力の自己評価を d = 0.37 動かした |
| 友達は、必要になったときに作ればいい | 277研究・177,635人のメタ分析では、家族ネットワークの大きさは生涯ほぼ一定なのに対し、友人ネットワークは成人期を通じて直線的に減る。制度が保持しない関係は、放置すると減る側にしかない |
この単位でいちばん体裁の悪い事実は、あなたが避けている相手も、まったく同じ計算をしているという点だ。車内の全員が、他の全員に迷惑をかけまいとして黙っている。合計すると、誰も望んでいない静けさが完成する。礼儀としては満点だろう。ただし、この礼儀正しさの帳簿には、話しかけなかった回数だけが記載され、断られた回数の欄はいつまでも空白のままである。空欄が多い帳簿は、健全さの証拠ではない。単に取引がないだけだ。
Q1. Epley & Schroeder 2014 のシカゴ通勤実験(N=97)では、会話条件と孤独条件の差は d = ____ で、会話は平均 ____ 分続いた。一方、別の66人による事前予測は ____ 条件のほうが快適だと予測した。穴埋め
Q2. 本文が挙げた3つの調査(電車・バス・ロンドン)で予測された「応じてくれる人の割合」を答え、それに対して実際に記録された拒絶の件数を答えよ。一問一答
Q3. 本文によれば、見知らぬ相手との会話の帰結について、予測の正確さを実際に分けていたのは何か。選択
Q4. Sandstrom, Boothby & Cooney 2022 の1週間介入(N=286)について、初日に参加者が予測した応諾率と実際の応諾率、および完了した会話の総数とそのうち「最初に声をかけた相手」との会話が占めた割合を答えよ。一問一答
Q5. Wrzus et al. 2013 のメタ分析(277研究・177,635人)が示した3つのネットワークの動きを、本文が並べた順に対応づけて並べよ。(生涯ほぼ一定/20代半ばで頂点に達して以後縮む/成人期を通じて直線的に減る)並べ替え
今日のうちに、顔は知っているが名前を知らない相手を一人選ぶ(同じ電車の常連、よく行く店の店員、同じフロアの他部署の人など)。天気でも荷物でも、内容は何でもいい。一言だけ声をかける。声をかける直前に、断られる・迷惑がられる確率を0から100%で予測してメモし、終わったあとに実際どうだったかを一行で書く。ついでに、今日「話しかけようと思ってやめた」回数も数えて書き添える。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Epley N., Schroeder J. (2014) 'Mistakenly Seeking Solitude', Journal of Experimental Psychology: General 143(5):1980-1999 — faculty.haas.berkeley.edu
- Schroeder J., Lyons D., Epley N. (2022) 'Hello, stranger? Pleasant conversations are preceded by concerns about starting one', Journal of Experimental Psychology: General 151(5):1141-1153 — cdn.prod.website-files.com
- Sandstrom G.M., Boothby E.J. (2021) 'Why do people avoid talking to strangers? A mini meta-analysis of predicted fears and actual experiences talking to a stranger', Self and Identity 20(1):47-71 — repository.essex.ac.uk
- Sandstrom G.M., Boothby E.J., Cooney G. (2022) 'Talking to strangers: A week-long intervention reduces psychological barriers to social connection', Journal of Experimental Social Psychology 102:104356 — guscooney.com
- Sandstrom G.M., Dunn E.W. (2014) 'Social Interactions and Well-Being: The Surprising Power of Weak Ties', Personality and Social Psychology Bulletin 40(7):910-922 — doi.org
- Wrzus C., Hänel M., Wagner J., Neyer F.J. (2013) 'Social network changes and life events across the life span: A meta-analysis', Psychological Bulletin 139(1):53-80 — cmapspublic2.ihmc.us
- 内閣府孤独・孤立対策推進室(2025)『人々のつながりに関する基礎調査(令和6年)調査結果のポイント』 — www.cao.go.jp