最良を探し続けた人たちは、高い初任給を得ていた。低かったのは満足のほうだけである
もっと良い口があるはずだ、と探し続ける人は損をしている——そう言われる。米国で卒業予定者を1年追いかけた研究の答えは、半分だけ違った。その人たちの初任給は2割高かった。低かったのは、満足のほうである。
前の単位で、材料を一つの判断に畳む話をした。ここでは、その畳んだ答えを採点するときの目盛りのほうを見る。
持ち場を狭めておく。思考法の棚がバイアスの総覧を、開運の棚が期待値と損切りを引き受けたので、この単位は一点だけに絞る——働き口を探す場面で、客観の指標と主観の指標が別々の答えを出すことである。
最良を探した人たちは、良い職に就いていた
最大化志向という尺度がある。2002年に *Journal of Personality and Social Psychology* 83(5) へ出た論文が提案したもので、「もっと良いものがあるはずだ」と探し続ける傾きを測る。要旨によれば、7つの標本(尺度と後悔の質問紙に答えたのは合計1,747人)で、この尺度は幸福感・楽観・自尊心・生活満足と負に、抑うつ・完璧主義・後悔と正に相関した。並んでいるのは、すべて主観的な指標である。
2006年、*Psychological Science* 17(2) に、この尺度を実際の職探しに当てた研究が出た。米国の11大学の卒業予定者を、2001年11月・2002年2月・2002年5月の3時点で追っている(初回548人、女性69.7%、年齢中央値21)。要旨の逐語はこうである。「最大化傾向の高い学生は、低い学生より20%高い初任給の職を得た。しかし最大化者は、得た職について満足度が低く、職探しの過程を通じてより多くの否定的感情を経験した」。米国・2002年時点の初任給で、差は7,430ドルである。
論文の題そのものが「Doing Better but Feeling Worse」——うまくやっているのに、気分は悪い、である。だから「探し続けると損をする」は、正確ではない。損をしていたのは金額ではない。値切るべき相手は、探すという行為ではなく、探し終えたあとの採点のしかたのほうである。
この研究が測っていないもの
よく添えられる教訓がある——「憧れやブランドで選ぶから後悔するのだ」。この研究は、その教訓を支えない。企業の知名度も、ブランドも、憧れの強さも、変数に入っていないからである。測られたのは、最大化志向の尺度、得た職の初任給、職への満足、探索中の感情、そして媒介として、外部の情報源にどれだけ頼ったかと、実現した選択肢・実現しなかった選択肢にどれだけ気を取られたかである。
測っていない変数について、この研究は何も言えない。言えないことを言わせるのが、引用の連鎖のいちばんよくある壊れ方である。
測り方を変えると、関係のほうも変わる
2013年に *Judgment and Decision Making* 8(4) へ出た研究は、最大化志向の代表的な3つの尺度を並べて、職務満足・離職意図・職務遂行・所得との関係を比べた。要旨の逐語。「結果は、最大化とこれらの基準との関係が、最大化をどのように測るかによって左右されることを示している。しかし、どのように測られたとしても、最大化は伝統的な組織的予測因子に比べて、これらの基準の特に強い予測因子ではない」。
尺度が違えば向きも大きさも動く。そして、どの尺度でも効き目は大きくない。これは「最大化志向を直せ」という助言が、思ったほど根拠を持たないという話でもある。
時間・変化:決まったあとの気持ちは、予測どおりには来ない
1998年に *Journal of Personality and Social Psychology* 75(3) へ出た研究は、この「あとで自分がどう感じるか」の予測を、実際の人生の分かれ目で測った。研究2の対象は、米国のテキサス大学オースティン校の文理学部(心理学科を除く)で、1984年から1994年のあいだに終身在職権を得た、または得られなかった元助教である。予測する側の現職97人と、経験した側の元助教123人(うち得られた側92人、得られなかった側31人)を突き合わせた。
結果の逐語。「最近の否定的な経験者は、予測者が見積もったよりも幸福だった」(F(1,38)=4.36, p=.04)。研究6は、同じ大学の学生91人(女性)を対象に、不採用を告げる場面を作って同じことを確かめている。
外れるのは、主に持続時間のほうである。この単位ではそこに限る。強さの過大推定については、次に見るとおり、まだ決着していない。
そして、この命題自体が同じ号で係争中である
2012年、同じ *Journal of Personality and Social Psychology* に再検討が出た。2013年の反論論文の要旨が、その主張をこう要約している——「人は感情反応の持続時間は過大に見積もるかもしれないが、初期の強さについては、従来の研究が示唆してきたほど過大には見積もっていない」。
これに対して、*JPSP* 105(5) に「インパクト・バイアスは健在である」(740-748ページ)が載り、同じ号の直後(749-756ページ)に「シュレーディンガーの猫のように、インパクト・バイアスは死んでいると同時に生きている」と題した応答が載った。
前者の要旨は、争点が4つだと書いている。主張に真っ向から反する研究をレビューにも分析にも入れていない/分類の枠組みに難がある/反対向きの効果を出すよう設計された条件どうしを合算している/入れた研究の一部をコード付けし間違えている。そして「これらの誤りを正すと、彼らの主張は明らかに支持されない」と続く。
どちらが正しいかを、ここで裁定しない。注目すべきは争いの中身である。違っているのは現象の有無ではなく、どの研究を数に入れ、どう分類し、どう符号を付けるかという手続きだ。前の単位で見た補正の話と、形はそっくり同じである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、客観と主観のどちらか一方だけを見て結論を出すことである。給与だけを見れば探し続けたほうが良く、満足だけを見れば逆になる。第二の妨げは、測っていない変数の話を、その研究の名前で語ることだ。憧れも知名度も、あの研究には入っていない。
標本の偏りを断っておく。ここで挙げた研究の対象は、米国の大学の卒業予定者と在学者、そして大学の元教員である。日本の労働市場を対象にした同種の査読研究はごく少ない。追跡の期間も1年前後と短い。そして何より、もともと選択肢の多い人ほど、その方法を試せる、という逆向きを排除できない。複数の内定を比べて悩めるかどうかは、本人の姿勢より先に、条件のほうで決まっていることが多い。
助けるのは、目盛りを先に外へ出しておくことである。決まる前に、決まったときの気持ちを予測して書いておく。あとで見比べれば、自分の予測のくせが1件ぶん分かる。予測が当たっていなくても構わない。当たらないことこそ、この単位の中身である。
最初の一歩は3分。いま第一希望にしている選択肢を1つ挙げ、それが決まったときに自分がどう感じるかを1行だけ書く。日付を添えて、そのまま置いておく。今日は読み返さない。
次の単位は 092「複数選択肢の並行保持」——採点の目盛りが動くなら、候補を何件残しておくかという話にも同じ問いが要る。次の段では、選択肢を開けたままにしておくことの代償へ進む。
- 最大化志向の尺度は2002年に Journal of Personality and Social Psychology 83(5) で提案された。7つの標本(尺度と後悔の質問紙に答えたのは合計1,747人)で、この尺度は幸福感・楽観・自尊心・生活満足と負に、抑うつ・完璧主義・後悔と正に相関した。並んでいるのはすべて主観的な指標である
- 2006年に Psychological Science 17(2) へ出た研究は、米国11大学の卒業予定者を2001年11月・2002年2月・2002年5月の3時点で追跡した(初回548人、女性69.7%、年齢中央値21)。最大化傾向の高い学生は低い学生より20%高い初任給の職を得た。米国・2002年時点で差は7,430ドル
- 同じ研究で、最大化者は得た職への満足が低く、探索の過程を通じて否定的感情が多かった。論文の題は「Doing Better but Feeling Worse」であり、客観の指標と主観の指標が逆を向いている。値切りの対象は探す行為ではなく、探し終えたあとの採点のしかたである
- この研究には、企業の知名度もブランドも憧れの強さも変数として入っていない。測られたのは最大化志向、初任給、職への満足、探索中の感情、そして媒介としての外部情報源への依存と、実現した選択肢・実現しなかった選択肢への固着である。「憧れで選ぶと後悔する」の根拠にはならない
- 2013年に Judgment and Decision Making 8(4) へ出た研究は、最大化志向の代表的な3尺度を比べ、関係は測り方に左右されるが、どのように測られても最大化は伝統的な組織的予測因子に比べて特に強い予測因子ではないと結論した
- 1998年に JPSP 75(3) へ出た研究は、テキサス大学オースティン校で1984年から1994年に終身在職権を得た・得られなかった元助教を対象に、予測する側の現職97人と経験した側の元助教123人(得られた側92人、得られなかった側31人)を比べ、最近の否定的な経験者は予測者が見積もったより幸福だった(F(1,38)=4.36, p=.04)と報告した。研究6は同じ大学の学生91人で不採用の場面を作っている
- この「予測が外れる」という命題自体が JPSP 105(5) の同じ号で係争中である。740-748ページの反論は、相反する研究をレビューにも分析にも入れていない・分類の枠組みに難がある・反対向きの条件を合算している・一部をコード付けし間違えている、の4点を挙げ「これらの誤りを正すと、彼らの主張は明らかに支持されない」と述べ、749-756ページに応答が載っている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| もっと良い口を探し続ける人は、結局は損をしている | 米国の11大学の卒業予定者を1年追った研究では、最大化傾向の高い学生のほうが20%高い初任給の職に就いていた(2002年時点で差は7,430ドル)。低かったのは、就いた職への満足と、探索中の気分のほうである。論文の題そのものが「うまくやっているのに、気分は悪い」であり、値切るべきは探す行為ではなく、探し終えたあとの採点のしかたである |
| 憧れや会社の知名度で選ぶから後悔するのだ、と研究が示している | その研究には、知名度もブランドも憧れの強さも変数として入っていない。測られたのは最大化志向の尺度、初任給、職への満足、探索中の感情、そして情報源への依存と選択肢への固着である。測っていない変数について、研究は何も言えない |
| 人は決まったあとの気持ちを読み違える、というのは確立した事実である | 少なくとも「初期の強さ」については確立していない。2013年の JPSP 105(5) では、同じ号に「インパクト・バイアスは健在である」(740-748)と、それへの応答(749-756)が並んで載っている。違っているのは現象の有無ではなく、どの研究を数に入れ、どう分類し、どう符号を付けるかという手続きである。比較的よく持ちこたえているのは、持続時間の過大推定のほうである |
「もっと良いところがあるのでは」と探し続ける人には、たいてい忠告が飛んでくる。ほどほどにしておけ、いまあるものを大事にしろ、と。データのほうは、その忠告に半分しか賛成していない。探し続けた人たちは、実際にもっと良い条件のところへ行っていた。ただ、行った先で不機嫌だっただけである。皮肉なのは、この結果を引くときに落とされるのがいつも同じ半分——**うまくやっていた**という側だ、というところである。落ちた半分のほうが、忠告としては使いにくいからだろう。
Q1. 2006年に Psychological Science 17(2) へ出た研究では、最大化傾向の高い学生は低い学生より ____ % 高い初任給の職を得た(米国・2002年時点で差は ____ ドル)。一方で、就いた職への ____ は低く、探索中の ____ は多かった。穴埋め
Q2. 1998年の研究の研究2では、予測する側の現職 ____ 人と、経験した側の元助教 ____ 人を突き合わせた。結果は「最近の ____ な経験者は、予測者が見積もったよりも ____ だった」である。穴埋め
Q3. 2006年の研究について、「憧れやブランドで選ぶから後悔するのだ」という教訓が支えられない理由はどれか。選択
Q4. 2013年に Judgment and Decision Making 8(4) へ出た研究の結論として正しいものはどれか。選択
Q5. 「決まったあとの気持ちの予測」をめぐるやりとりを、起きた順に並べなさい。/(ア)Journal of Personality and Social Psychology 105(5) の749-756ページに応答が載る/(イ)1998年に、予測する側と経験した側を突き合わせた研究が同じ雑誌へ出る/(ウ)同じ 105(5) の740-748ページに「インパクト・バイアスは健在である」が載る/(エ)2012年に、持続時間は過大に見積もるが初期の強さはそれほどではない、という再検討が同じ雑誌へ出る並べ替え
いま第一希望にしている選択肢を1つ挙げる。応募先でも、進みたい方向でも、続けるか変えるか迷っている今の状態でもよい。それが自分の望むとおりに決まったとして、決まった翌週の自分がどんな気分でいるかを、1行だけ書く。良い・悪いの二択ではなく、どんな気分かを言葉で書く。書いたら日付を添えて、そのまま閉じて置いておく。今日は読み返さない。いま働いていない場合も、これから初めて働く場合も、同じ手順で書ける——「決まる」の中身は、自分にとっての一区切りであれば何でもよい。この課題は自分の手元だけで完結し、誰にも見せる必要はない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Schwartz B., Ward A., Monterosso J., Lyubomirsky S., White K., Lehman D.R. (2002) 'Maximizing versus satisficing: Happiness is a matter of choice', Journal of Personality and Social Psychology 83(5):1178-1197 — doi.org
- Iyengar S.S., Wells R.E., Schwartz B. (2006) 'Doing Better but Feeling Worse: Looking for the “Best” Job Undermines Satisfaction', Psychological Science 17(2):143-150 — doi.org
- Giacopelli N.M., Simpson K.M., Dalal R.S., Randolph K.L., Holland S.J. (2013) 'Maximizing as a predictor of job satisfaction and performance: A tale of three scales', Judgment and Decision Making 8(4):448-469 — doi.org
- Gilbert D.T., Pinel E.C., Wilson T.D., Blumberg S.J., Wheatley T.P. (1998) 'Immune Neglect: A Source of Durability Bias in Affective Forecasting', Journal of Personality and Social Psychology 75(3):617-638 — doi.org
- Wilson T.D., Gilbert D.T. (2013) 'The Impact Bias Is Alive and Well', Journal of Personality and Social Psychology 105(5):740-748 — doi.org
- Levine L.J., Lench H.C., Kaplan R.L., Safer M.A. (2013) 'Like Schrödinger's cat, the impact bias is both dead and alive: Reply to Wilson and Gilbert (2013)', Journal of Personality and Social Psychology 105(5):749-756 — doi.org