「いちばん大切なもの」は、二度目に測ると10人に4人で入れ替わる
自己分析の入口には、たいてい価値観の順位づけが置いてある。安定・収入・自由・貢献。並べ替えて上位3つを取り出せば、あとはそれに合う仕事を探すだけ、という段取りである。皮肉なことに、その順位表が何日もつのかを測った研究のほうは、順位表を配る側からほとんど紹介されない。
この棚は、誰に向けて書かれているか
想定している読者は、就活生ではない。いま働き口を探しているか、探すかどうかを考えている大人である。
転職を考えている人かもしれない。育児や介護や療養のあとで、もう一度働こうとしている人かもしれない。勤めをやめて独立を考えている人かもしれない。定年のあとにもう一度働こうとしている人かもしれない。派遣で働きながら次を探している人かもしれない。だからこの棚は「就活生」「学生」「新卒」を主語にしない。
そして、使える選択肢の広さは人によって大きく違う。景気、住んでいる地域、年齢、家族の事情、体の具合、いま持っている資格、貯金がどれだけあるか。これらは本人の努力とは別の次元で、選べる範囲を決めている。この棚は、決まらないことを本人の努力不足として描かない。
だからこの棚は、16の力それぞれについて言うことを3つに絞る——それは就職の何を指しているのか。どこまで効くと確かめられているのか。その範囲の外で何が起きるか。
これをやれば受かる、の棚にはしない。 読者の像を書くのは、この単位だけである。
この棚の地図——四つの段を、順に絞る
この棚は並列に並んだ道具箱ではない。順序のある絞り込みである。広いところから入って、条件を重ねて候補を狭め、最後に実際に動く。
①青 081〜085|自分を見る——何を求めるか、何ができるか、どう振る舞うか、何に没入するか、何で機能が落ちるか。②緑 086〜089|相手を見る——職場、職務、文化、市場。③橙 090〜092|突き合わせる——統合して判断する、歪みを補正する、候補を残す。④桃 093〜096|動く——伝える、調べる、応募する、立て直す。
ここで一度だけ断っておく。この四つは、上から順にこなせば受かる手順ではない。 実際には、動いてみて初めて自分の求めるものが分かることのほうが多い。段は身につける順であって、こなす順ではない。 地図を描くのは、この単位だけである。
値切り:二度目に、いちばん上が入れ替わる
米国労働省の職業情報システム O\*NET には、仕事に何を求めるかを測る質問紙がある。その1999年の技術報告は、開発の過程で同じ人に二度、間をあけて答えてもらった記録を載せている。回答が使えたのは213人。
結果はこうだった。最も重視する価値が二度とも同じだった人は62%。上位2つまで同じだった人は52%。 言い換えると、10人に4人近くが、二度目には別のものを一位に置いた。半分近くが、上位2つの顔ぶれを入れ替えた。
相関のほうも見ておく。個々の必要についての再テスト相関は中央値 .63、6つの価値尺度では中央値 .62。 内部の一貫性(同じ尺度の項目どうしの揃い方)は、6尺度のうち5つで .70台から .80台、利他性の尺度だけがそれより低い。尺度としては壊れていない。壊れていないまま、順位は入れ替わる。
集団の平均は動かないのに、個人の順位は動く
もう少し長い間隔で測った研究がある。米国・2013年、995人に1年をあけて同じ価値観目録に答えてもらった調査は、二つのことを同時に報告した。集団としての平均得点は、1年たっても安定していた。ところが、個人の生の得点と順位の安定係数は低かった。
この対比が効く。「日本人は安定を重んじる」といった集団の話は、たしかに動かない。動かないので、統計としては役に立つ。ところが求職者が使いたいのは自分の順位のほうで、そちらは動いている。
縦断研究を集めた2012年のメタ分析は、仕事の価値の順位安定を ρ = .62(補正後の値)と見積もった。同じ論文は、安定がいちばん低いのは18〜22歳、いちばん高いのは22歳以降の就業後だとも書いている。働き始めると安定する。つまり順位は、仕事を選ぶ前がいちばん柔らかい。
もうひとつ。米国・2008年に12の価値尺度を因子分析した研究は、12の尺度が4つのまとまり(環境・評価・刺激・安全)に落ちると報告した。12個を並べて順位をつけていたつもりが、実は4つの塊を測っていた、ということもある。
理論のほうは、仕事を一度も測っていない
ここで、引用の連鎖を一段さかのぼる。価値観の話には、たいてい2012年の価値理論の論文が添えられる。10か国・15標本、成人2,150人と大学生3,909人の計6,059人を集めた、たしかに大きな研究である。
ところが原典を開くと、職業満足も、仕事も、雇用も、一度も測っていない。 価値の測り方が妥当かどうかを確かめるために使われたのは、年齢・性別・学歴と、態度を尋ねた2項目だった。「価値観の理論が職業満足の根拠になっている」という連鎖は、原典の側に存在しない。
理論の名前は、権威としては便利である。便利なので、その理論が何を測っていないかは、引用の途中で落ちる。
就職の助言は、決まった人の側からしか書かれていない
この棚が16回くり返す手つきを、ここで正面から書いておく。就職の助言には、二つの空白がある。
ひとつめ——就職の助言は、決まった人の側からしか書かれていない。 この方法で内定が出た、この会社を選んで正解だった、と書けるのは、内定が出て、入って、まだ残っている人だけである。落ちた人、辞めた人、そもそも応募できなかった人のデータは、たいてい最初から入っていない。 しかも「うまくいった」という物差しには、景気も、住んでいる地域も、年齢も、家庭の事情も、そこに至るまでの選抜の履歴も、最初から混ざっている。だから「この方法で決まった」という報告の多くから、「もともと決まりやすい条件にあった人が、たまたまその方法を試せた」という逆向きを取り除けていない。
価値観の研究も、この構造の中にある。二度目の測定に答えられた213人は、二度とも答えられる状態にあった人である。1年後にもう一度捕まえられた995人も同じである。
ふたつめの空白——「自分に合う」は、就く前ではなく、就いた後に測られている——は、この棚の最後の単位で正面から回収する。ここでは触れるだけにする。
時間・変化:順位が動く速さと、動かない部分
時間の軸で並べ直すと、話の形が変わる。数週間の間隔では、一位の一致が62%、上位2つで52%。1年では、集団の平均は動かず、個人の順位は動く。生涯の尺度で見ると、順位の安定は ρ = .62 で、18〜22歳がいちばん低く、就業後がいちばん高い。
つまり順位は、時間とともに固まっていく。固まる原因の一部は、就いた仕事の側にある。先に仕事があって、あとから順位が整うという順序が、少なくとも一部では起きている。
適合の研究そのものにも、時間と場所の偏りがある。2014年に96研究・110の独立標本を集めた比較は、冒頭でこう書いている——適合についての理解は、主として北米で行われた研究に基づいている。東アジアと欧州の標本を集め直さなければ比較できない、という状態だったわけである。
動かなかった部分だけを頼りにする。 これが、この単位の使い方になる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、一度書いた順位表を、清書してしまうことである。清書すると、二度目に書き直しにくくなる。日付を書かないと、なおさら古びない。
ここでこの棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、ほぼすべて米国と欧州の、すでに働いている人か大学生を対象に採られている。 日本の労働市場を対象にした査読研究はごく少ない。実験室の課題と実際の選考は別物である。効果は短い期間で測られたものが多い。そして何より、就職の研究に協力できるのは、調査に答えられる状態にある人だけである。とりわけ——もともと選択肢の多い人ほど、その方法を試せる、という逆向きを排除できない。
助けるのは、一度で決めないことである。順位表を1回ではなく2回書く。間をあける。二度とも上位に残った項目だけを、次の段へ持っていく。 62%と52%という数字は、そのまま「二度書け」という指示に読み替えられる。
最初の一歩は5分。いま仕事に求めるものを5つ書き出し、順位をつけ、日付を添えて置く。 来週もう一度書くと決めて、その日付も書き添える。今日は、それだけでよい。
次の単位は 082「強み・スキルの把握」——求めるものの順位が測るたびに動くなら、できることの見積もりのほうはどうなのか。 段はひとつ進んで、まだ自分を見る側にいる。
- この棚の読者は、いま働き口を探しているか、探すかどうかを考えている大人である。新卒とは限らず、転職・再就職・独立・定年後の就業・派遣からの移動を含む。使える選択肢の広さは景気・地域・年齢・家族の事情・体の具合・資格・貯金で大きく違い、この棚は決まらないことを本人の努力不足として描かない。16の力それぞれについて言うことは3つ——就職の何を指しているのか、どこまで効くと確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか
- この棚は並列に並んだ道具箱ではなく、順序のある絞り込みである。①青081〜085 自分を見る、②緑086〜089 相手を見る、③橙090〜092 突き合わせる、④桃093〜096 動く。ただし上から順にこなせば受かる手順ではない。動いてみて初めて求めるものが分かることのほうが多く、段は身につける順であって、こなす順ではない
- 米国労働省の O*NET 技術報告(1999年、開発時の再テスト n=213)では、最も重視する価値が二度とも同じだった人は62%、上位2つまで同じだった人は52%だった。個々の必要についての再テスト相関は中央値 .63、6つの価値尺度では中央値 .62。内部一貫性は6尺度のうち5つで .70台から .80台で、尺度としては壊れていないまま順位が入れ替わる
- 米国・2013年に995人を1年あけて測り直した研究は、集団としての平均得点は安定していたが、個人の生の得点と順位の安定係数は低かったと報告した。集団の平均は動かず、個人の順位は動く。この対比が、統計として役に立つ数字と、求職者が使いたい数字の違いになる
- 縦断研究を集めた2012年のメタ分析は、仕事の価値の順位安定を ρ = .62(補正後)と見積もり、安定がいちばん低いのは18〜22歳、いちばん高いのは22歳以降の就業後だと報告した。順位は仕事を選ぶ前がいちばん柔らかく、働き始めてから固まる
- よく添えられる2012年の価値理論の論文は、10か国・15標本、成人2,150人と大学生3,909人の計6,059人を集めているが、職業満足も、仕事も、雇用も一度も測っていない。妥当性の検証に使われたのは年齢・性別・学歴と、態度を尋ねた2項目である。理論の名前だけが、測っていない結論の担保として引かれている
- 就職の助言には二つの空白がある。ひとつめは、就職の助言が決まった人の側からしか書かれていないこと。落ちた人・辞めた人・応募できなかった人のデータは最初から入っておらず、「この方法で決まった」という報告から「もともと決まりやすい条件にあった人が、たまたまその方法を試せた」という逆向きを取り除けていない。ふたつめの「自分に合うは就いた後に測られている」は、この棚の最後の単位で回収する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 自己分析で価値観を明確にすれば、満足のいく仕事が選べる | 順位そのものが安定していない。米国労働省の O*NET 技術報告(1999年)は、213人に同じ質問紙を二度配り、最も重視する価値が一致したのは62%、上位2つまで一致したのは52%だったと報告している。個々の必要についての再テスト相関の中央値は .63、価値尺度では .62 である。一度の診断結果を固定の指針として扱う前提が、原典の側に無い |
| 価値観は人格の芯なので、一度つかめば動かない | 動く速さが年齢によって違う。米国・2013年に995人を1年あけて測り直した研究は、集団の平均得点は安定していたが、個人の生の得点と順位の安定係数は低かったと報告した。縦断研究を集めた2012年のメタ分析でも、仕事の価値の順位安定は ρ = .62 で、最も低いのは18〜22歳、最も高いのは22歳以降の就業後だった。芯が無いのではなく、いま何をしているかで動く |
| 価値観と職業満足の関係は、価値観研究の大家が理論として確立している | よく引かれる2012年の価値理論の論文は、10か国・15標本・成人2,150人と大学生3,909人の計6,059人を集めているが、職業満足も、仕事も、雇用も、一度も測っていない。検証に使われたのは年齢・性別・学歴と、態度を尋ねた2項目である。理論の名前だけが、測っていない結論の担保として引かれている |
価値観を明確にせよ、という助言のいちばん都合のよいところは、明確になったかどうかを本人にしか確かめられない点である。順位表は5分で書けて、書いた本人は納得し、外れても誰も検証しない。二度書いてみると、その納得のほうが先に剥がれる。剥がれた分は損ではない。**二度目でも動かなかった行こそが、この先の14の段で使える数少ない材料**である。
Q1. 米国労働省の O*NET の技術報告(1999年、再テスト n=213)では、最も重視する価値が二度の実施で一致した回答者は ____ %、上位2つまで一致した回答者は ____ % だった。穴埋め
Q2. 縦断研究を集めた2012年のメタ分析では、仕事の価値の順位安定は補正後で ρ = ____ で、安定がいちばん低いのは ____ 歳の時期、いちばん高いのは22歳以降の就業後だった。穴埋め
Q3. 1年の間隔で995人を測り直した2013年の研究が同時に報告した、一見矛盾する二つの結果を書きなさい。一問一答
Q4. 「価値観を明確にすれば満足のいく仕事が選べる」の代表文献として添えられることの多い2012年の価値理論の論文について、本文が指摘した点はどれか。選択
Q5. この棚の四つの段を、順に並べなさい。並べ替え
紙かメモアプリを開く。いま仕事に求めるものを5つ書き出す。抽象的な言葉でよい(収入・時間の自由・通勤の短さ・任される範囲・人と話す量、など)。書けたら1位から5位まで順位をつける。いちばん上に今日の日付を書く。最後に、来週もう一度同じことをやる日を決めて、その日付も同じ紙に書き添える。今日やるのはここまでで、来週の分は今日書かなくてよい。比べるのは来週である。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
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- Leuty M.E. (2013) 'Stability of Scores on Super's Work Values Inventory–Revised', Measurement and Evaluation in Counseling and Development 46(3):202-217 — eric.ed.gov
- Jin J., Rounds J. (2012) 'Stability and change in work values: A meta-analysis of longitudinal studies', Journal of Vocational Behavior 80(2):326-339 — experts.illinois.edu
- Robinson C.H., Betz N.E. (2008) 'A Psychometric Evaluation of Super's Work Values Inventory—Revised', Journal of Career Assessment 16(4):456-473 — journals.sagepub.com
- Schwartz S.H., Cieciuch J., Vecchione M., Davidov E., Fischer R., Beierlein C., Ramos A., Verkasalo M., Lönnqvist J.-E., Demirutku K., Dirilen-Gumus O., Konty M. (2012) 'Refining the theory of basic individual values', Journal of Personality and Social Psychology 103(4):663-688 — library.scottbarrykaufman.com
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