「型を壊せるのは型を持つ者だけ」——ただし、型を持つほど壊さなくなる
型を破れるのは型を持っている者だけだ、とよく言われる。前半は、たぶん正しい。問題は後半で、型を持った人ほど、見慣れた良い手が視界にあるだけで、それ以外を探せなくなる。チェスの実験では、その損失は3標準偏差ぶんだった。国際マスターが、街のクラブの上位者の水準まで落ちる。
16の単位を、作る側から見直す
前の単位で、守破離を測れる言葉に置き換えた。守はひな型の獲得、破は般化の検証、離は制約の設計。この棚の最後の単位が引き受けるのは、その離のほうである。
先に、隣の単位との境目をはっきりさせておく。この棚の橙の区間で扱った即興は、その場で崩れずに対応する力だった。決まった型の中で、想定外が来たときに落ちない技術である。この単位が扱うのは逆で、新しい型を作る側の話だ。前者は本番の生存技術、後者は本番のあとに残るものを増やす技術である。混ぜると、どちらも中途半端になる。
そして、この単位は発散思考やラテラル思考の技法集を書かない。総覧は思考法の棚の持ち場だ。ここで扱うのは、身体を通した技を数年積んだ人が、その上で何をすると新しいものが出るのか、という一点である。
前半は、おおむね正しい。ただし数字は10年では止まらない
まず、熟達と創造の関係を証拠の側から見る。
カウフマンとカウフマンが2007年に発表した研究は、現代の小説家215人——女性62人、男性153人——について、最初の出版から最高傑作までの年数を数えた。平均は10.6年、標準偏差は9.3。デビュー作がそのまま最高作だった37人を除くと、平均は12.8年に伸びる。最初の出版時の平均年齢は32.8歳、最高作の平均年齢は43.4歳だった。
この数字は、大人の学び直しにとって二重に効く。第一に、最初の出版の平均が32歳を超えている。第二に、そこから10年以上が必要だとしても、43歳という数字は、多くの人が「もう遅い」と言い始める年齢よりだいぶ後ろにある。
著者らの結論は、専門性だけでは足りない、というものだった。ひとつめの10年で到達するのは熟達であって、そこから偉大さまでにもう一段の期間がある。
ただし、平均を法則と読んではいけない。標準偏差は9.3年もあり、しかも215人のうち37人はデビュー作が最高作だった。6人に1人近くが、最初に出したものを超えていない。10年ルールは、平均の話であって、あなたの話ではない。
後半:型を持つと、良い手が視界を塞ぐ
ここからが、この単位でいちばん効く発見である。
ビラリッチ、マクラウド、ゴベが2008年に発表した研究は、チェスの棋士に2種類の問題を解かせた。ひとつは、見慣れた定番の解——ただし最善ではない——と、より良いが見慣れない解の両方が存在する問題。もうひとつは、駒の配置を変えて定番の解だけを使えなくした問題である。
参加者は、グランドマスター6人(レーティング2554)、国際マスター6人(2443)、マスター11人(2305)、候補マスター11人(2129)、そしてより弱い24人(1400から2000)。
結果はこうだ。見慣れた解が盤上にあるだけで、熟達者の問題解決能力は、およそ3標準偏差ぶん低い水準の棋士と同じところまで落ちた。国際マスターが2解問題で50%しか最善手に到達しなかったのに対し、はるかに格下のクラスAの棋士は、定番の解を封じた1解問題で63%に到達している。
同じ年に発表された姉妹研究では、眼球運動が記録された。棋士たちは、最初の解を見つけたあと、自分では別のもっと良い手を探していると報告していた。ところが視線は、すでに思いついた解に関係する盤上の特徴を見続けていた。本人の主観と、視線の実際は一致していない。
「型を壊せるのは型を持っている者だけ」という主張は、たぶん半分正しい。だがもう半分——型を持っている者ほど、放っておけば壊さない——のほうが、実務では重い。熟達は、選択肢を増やすと同時に、最初に浮かぶものを強くする。
制約は効く。ただし山なりに
では、放っておけば壊さない人に、何をさせるか。ここで制約の話になる。
ホート゠トロンプが2017年に発表した研究は、グリーティングカードの2行の押韻メッセージを作らせた。第1研究は64人(分析対象59人)で、指定された具体的な名詞を必ず入れる条件と、何の指定もない条件を比べた。創造性の評価は、制約ありが平均5.18、制約なしが4.29で、統計的に明確な差がついた。第2研究は48人(分析46人)で、参加者自身が先に名詞を選ぶ形にしたが、結果は同じ方向——制約あり5.13、制約なし4.36だった。
面白いのは持ち越しの効果だ。制約なしの作品でも、制約ありの条件を経験したあとに書かれたものは評価が高く(平均4.80)、先に書かれたものは低かった(3.83)。制約は、外したあとも効き続ける。
ただし、制約なら何でも良いわけではない。アジャル、タラクチ、ファン・クニッペンベルフが2019年に発表した統合的レビューは、3,901件の文献から145の実証研究を精査し、制約と創造性・革新の関係は逆U字だと結論した。制約がゼロのときも、多すぎるときも、創造は落ちる。彼らは制約を3種類に整理している——投入の制約(時間、資金、人、材料)、過程の制約(手順や規則)、産出の制約(満たすべき仕様や条件)。研究ごとに結果が正にも負にも出てきたのは、それぞれが同じ曲線の別の部分を切り取っていたからだ、というのが彼らの説明である。
芸道への翻訳は簡単だ。制約は1つ課す。ゼロにしない。3つ課さない。
値切り:発散思考テストは、創造的達成をあまり予測しない
ここで、この領域でもっとも流通している測定を値切っておく。
キムが2008年に発表したメタ分析は、創造的達成が知能検査と発散思考テストのどちらとより関係するかを調べた。知能については17研究・5,544人でr = 0.167、発散思考テストについては27研究・47,197人でr = 0.216。発散思考のほうが有意に高いが、どちらも小さい。r = 0.216ということは、共有される分散は5%に満たない。
ランコとアジャルが2012年に発表した総説も、同じ線を引いている。発散思考は創造的思考と同じではない。テストの成績が良くても、実際の創造的な仕事をしない人はいる。発散思考テストは達成の測定ではなく、潜在能力の推定である、というのが著者らの立場だ。
だからこの単位は、あなたの創造性を測らない。測れないものを測るふりをすると、たいてい人は自分に点をつけて満足し、何も作らずに終わる。測るのは2つだけでいい——自分に課した制約の数と、それを満たして完成させたものの数である。
時間・変化:経験の効き方は、直線ではなく山なりだった
時間の話を一本立てておく。この棚の最初から続いてきた問い——積めば伸びるのか——に、最後の答えを置く。
サイモントンが2000年に発表した研究は、59人のクラシック作曲家が書いた911のオペラについて、7種類の経験の指標が作品の評価をどれだけ予測するかを調べた。素直な熟達獲得の図式は、出てこなかった。
出てきたのは3つの歪みである。第一に、経験年数と創造的達成の関係は単調ではなく、山なりだった。頂点は作曲経験のおよそ27年から37年あたりにあり、そこを越えると下がる。第二に、過剰訓練の効果がある。特定の形式に専門化しすぎると達成が落ち、ジャンル特有のオペラ経験は美的成功と負の相関を示した。第三に、横断的な訓練が効いた。異なる音楽形式にまたがって書いていた作曲家のほうが、オペラでの達成が高い。
そしてもうひとつ。もっとも多作で高く評価された作曲家たちは、創造的達成に必要な熟達に到達するまでの時間が、平均的な作曲家より短かった。時間を積んだから偉大になったのではなく、偉大になる人は早く仕上がっていた、という順序である。
この棚が最初に値切った1万時間の法則は、ここで最後の一撃を受ける。時間は必要条件のように見えるが、十分条件でもなければ、直線でもない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の断りを入れる。ここで挙げた研究は、チェスの上位棋士、クラシックの作曲家、出版された作家、そして大学生の押韻課題である。欧米に偏り、しかも記録が残るほど成功した人だけを数えている——失敗して消えた人は、どの標本にも入っていない。向きは信用してよいが、あなたの分野での大きさは、この数字のままではない。
妨げるのは2つ。ひとつは、最初に浮かんだ良い手に留まること。しかも本人は探し続けているつもりでいる。もうひとつは、発散思考の技法を集めることで作った気になること。相関0.216のテストで測れるものを鍛えても、作品は増えない。
助けるのは、自分で制約を1つ課すことだ。速さでも、道具でも、長さでも、材料でもいい。前の単位の言葉でいえば、破は誰かの制約を外すこと、離は自分の制約を作ること。外すのと作るのは、同じ操作の裏表である。
最初の一歩は10分。今日、自分に制約を1つだけ課して、小さいものを1つ完成させる。3音だけで即興する。片手で書く。5分で1品作る。片足で立ったまま構える。制約は先に紙に書き、完成したものを写真か記録に残す。
棚05を閉じる
16の単位を並べ直しておく。
最初の4つ——身体感覚精度、知覚弁別能、運動協調性、タイミング精度——は、感覚の解像度だった。自分の身体がいまどこで何をしているかを、どれだけ細かく感じ取れるか。ここが粗いままだと、あとの12個は全部空回りする。
次の4つ——意図的練習の質、フィードバック処理、変動練習設計、表象の精緻化——は、練習の設計だった。1万時間の法則をここで値切り、頻度の高いフィードバックが必ずしも良くないことを確認し、練習中の出来と本番の出来が逆転することを見た。
次の4つ——技術の自動化、フロー誘発能、即興・適応能、本番再現性——は、本番での再現だった。自動化には代償があり、言語化すると下手になり、注意が自分に向くと崩れる。
最後の4つ——自己観察精度、稽古設計力、モデル分析力、技術的創造性——は、自分で自分を育てる循環だった。記録の読み方、稽古の配列、手本の分析、そして自分で制約を作ること。
この棚は、最初にこう書いた。芸道には試験も採点表もない。学業には点数が、職業には評価者がつくが、芸は本番が一瞬で終わり、記録を取らなければ何も残らない。しかも人は自分の上達をほとんど正確に測れない——身体は正しいことも間違ったことも、同じ熱心さで覚えるからだ。
16の単位が渡したのは、上達の保証ではない。採点表の作り方である。観点を先に決めること、正しくできた試行の割合を数えること、手本と自分を並べること、制約を1つ課すこと。どれも、誰かに採点してもらう必要がない。採点表のない道で、自分で自分の採点表を作れるようになる——それが、この棚の全部だった。
- Kaufman & Kaufman 2007(Journal of Creative Behavior 41(2):114-124):現代小説家215人(女性62・男性153)で、最初の出版から最高作までの平均は10.6年(SD 9.3)。デビュー作が最高作だった37人を除くと12.8年(SD 8.7)。最初の出版時の平均年齢32.8歳、最高作43.4歳。熟達に達する10年と、そこから偉大さまでの第二の期間は別物とされた
- Bilalić, McLeod & Gobet 2008(Cognitive Psychology 56(2):73-102):グランドマスター6人(Elo 2554)から弱い棋士24人(1400-2000)まで。見慣れた最適でない解が盤上にあるだけで、熟達者の問題解決能力はおよそ3標準偏差ぶん低い水準まで落ちた。国際マスターの2解問題50%に対し、格下のクラスA棋士は1解問題で63%
- Bilalić, McLeod & Gobet 2008(Cognition 108(3):652-661):同じ現象の眼球運動記録。棋士は最初の解を見つけたあと、自分では別のより良い手を探していると報告していたが、視線はすでに思いついた解に関係する特徴を見続けていた。主観と視線が一致していない
- Haught-Tromp 2017(Psychology of Aesthetics, Creativity, and the Arts 11(1):10-17):2行の押韻メッセージを作る課題。第1研究64人(分析59人)で制約あり5.18・制約なし4.29、第2研究48人(分析46人)で自分で名詞を選ぶ形でも5.13・4.36。さらに、制約なしの作品でも制約条件のあとに書かれたものは4.80、先に書かれたものは3.83と持ち越し効果があった
- Acar, Tarakci & van Knippenberg 2019(Journal of Management 45(1):96-121):3,901件から145の実証研究を精査。制約と創造性・革新の関係は逆U字で、制約ゼロでも過大でも創造は落ちる。制約は投入(時間・資金・人・材料)、過程(手順・規則)、産出(満たすべき仕様)の3種類に整理された
- Kim 2008(Journal of Creative Behavior 42(2):106-130):創造的達成との相関は、知能検査が17研究・5,544人でr = 0.167、発散思考テストが27研究・47,197人でr = 0.216。発散思考のほうが有意に高いが、共有分散は5%に満たない。Runco & Acar 2012(Creativity Research Journal 24(1):66-75)も、発散思考テストは達成の測定ではなく潜在能力の推定だとしている
- Simonton 2000(Developmental Review 20:283-318):59人のクラシック作曲家による911のオペラを分析。経験年数と創造的達成の関係は単調でなく、頂点は作曲経験27-37年あたりの山なり。特定形式への専門化しすぎ(過剰訓練)は達成を下げ、ジャンル特有のオペラ経験は美的成功と負の相関。異なる形式にまたがる訓練は達成を高め、もっとも多作で高評価の作曲家は必要な熟達に到達するまでの時間が短かった
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 型を持っている者だけが型を壊せるのだから、まず熟達すれば創造は自然に来る | 見慣れた最適でない解が盤上にあるだけで、熟達した棋士の問題解決能力はおよそ3標準偏差ぶん低い水準まで落ちた。しかも本人は別の手を探しているつもりで、視線は最初の解に留まっていた。熟達は選択肢を増やすと同時に、最初に浮かぶものを強くする |
| 創造性は自由な環境でこそ育つ。制約は邪魔である | 指定された名詞を必ず入れる条件で作られた押韻メッセージは、無制約より高く評価された(5.18対4.29、自作の名詞でも5.13対4.36)。ただし145の実証研究の統合では、制約と創造性の関係は逆U字で、制約が過大でも創造は落ちる。効くのは制約を1つ課すことであって、ゼロでも山盛りでもない |
| 発散思考のテストで高い点が取れれば、創造的な人だといえる | 創造的達成との相関は、発散思考テストで27研究・47,197人のr = 0.216、知能検査で17研究・5,544人のr = 0.167。共有される分散は5%に満たない。テストは潜在能力の推定であって達成の測定ではない。測るなら、自分に課した制約の数と、完成させたものの数のほうが役に立つ |
この棚は、1万時間の法則を値切るところから始まった。最後に扱った作曲家の研究は、その値切りをもう一段進めている——もっとも高く評価された作曲家たちは、熟達に到達するのが早かった。時間を積んだから偉大になったのではなく、偉大になる人は早く仕上がっていた。身も蓋もない話に聞こえるが、実務上の含意はむしろ明るい。積む量ではなく、積み方の設計が変数だということだからだ。そして設計は、才能と違って、今日から書き換えられる。ただし書き換えたかどうかを採点してくれる人は、最後まで現れない。それがこの道の唯一の一貫した性質である。
Q1. 現代小説家____人の調査では、最初の出版から最高作までの平均は____年(SD 9.3)。デビュー作が最高作だった____人を除くと____年になる。最初の出版時の平均年齢は____歳だった。穴埋め
Q2. チェスの実験が示した「熟達の副作用」を、数値を挙げて説明せよ。あわせて、眼球運動の記録が明らかにしたことも述べよ。一問一答
Q3. 制約と創造性の関係について、本文が示した結論はどれか。選択
Q4. 911のオペラ・59人の作曲家を分析した研究が示した3つの歪みと、もっとも多作で高評価だった作曲家についての所見を答えよ。一問一答
Q5. 本文が最後に並べ直した棚05の4段階を、正しい順に並べよ。(本番での再現/自分で自分を育てる循環/感覚の解像度/練習の設計)並べ替え
今日、自分の分野で制約を1つだけ決め、紙かメモに先に書く。制約は1つに限ること(例:3音だけで即興する/利き手でないほうで書く/材料を3つだけで1品作る/片足で立ったまま構える/30秒以内で言い切る)。その制約を守ったまま、小さいものを1つ最後まで完成させる。途中で制約を増やしたり外したりしない。完成したら、その成果物か、作っている場面を1枚だけ撮る。上手いかどうかは判定しない。判定するのは、制約を守り切って完成させたかどうかだけである。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Kaufman S.B., Kaufman J.C. (2007) 'Ten years to expertise, many more to greatness: An investigation of modern writers', Journal of Creative Behavior 41(2):114-124 — onlinelibrary.wiley.com
- Bilalić M., McLeod P., Gobet F. (2008) 'Inflexibility of experts—Reality or myth? Quantifying the Einstellung effect in chess masters', Cognitive Psychology 56(2):73-102 — bura.brunel.ac.uk
- Bilalić M., McLeod P., Gobet F. (2008) 'Why good thoughts block better ones: The mechanism of the pernicious Einstellung (set) effect', Cognition 108(3):652-661 — eric.ed.gov
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- Acar O.A., Tarakci M., van Knippenberg D. (2019) 'Creativity and Innovation Under Constraints: A Cross-Disciplinary Integrative Review', Journal of Management 45(1):96-121 — openaccess.city.ac.uk
- Kim K.H. (2008) 'Meta-Analyses of the Relationship of Creative Achievement to Both IQ and Divergent Thinking Test Scores', Journal of Creative Behavior 42(2):106-130 — eric.ed.gov
- Runco M.A., Acar S. (2012) 'Divergent Thinking as an Indicator of Creative Potential', Creativity Research Journal 24(1):66-75 — www.tandfonline.com
- Simonton D.K. (2000) 'Creative development as acquired expertise: Theoretical issues and an empirical test', Developmental Review 20:283-318 — www.sciencedirect.com