上手い人の動画を100回見るより、上手い人と下手な人を並べて見たほうが学べた
手本を見れば身につく、という話が長く売れてきたのは、脳に鏡があると言われたからだ。ところが人間の脳から1,177個の神経細胞を記録したとき、鏡らしきものが見つかったのは想定の場所ではなく、しかも一部の細胞は、他人の動きを見ると活動を下げていた。写す装置というより、写さないための装置に見える。
前の単位から:3ブロックの中身は、どこから来るのか
前の単位で、1回の稽古を3つのブロックに割った。新しいものは前半に1つだけ、最後は既にできることを正しく行って終える。
残った問題がひとつある。その「新しいもの1つ」を、どこから持ってくるのか。
答えはたいてい、誰かの真似である。手本を見て、自分の身体に写す。芸道でもっとも古く、もっとも安価で、もっとも誤解されている学習法だ。ここで扱うのはその技術——手本を分析して、自分の身体に翻訳する力である。組織が外の知識を取り込む話ではなく、ひとりの学び手が誰かの動きを読む話だと思ってほしい。
観察は、動きの形には効き、結果には効きにくい
最初に、期待値の置き場所を決める。手本を見ることは、何に効いて、何に効かないのか。
アシュフォード、ベネット、デイヴィッズが2006年に発表したメタ分析は、観察によるモデリングの効果を2種類の指標に分けて集計した。ひとつは動きの力学——手足がどう動いたかという形そのもの。もうひとつは動きの結果——ボールが入ったか、的に当たったかという成果である。
結果は、はっきり割れた。全体の効果量は、動きの形については0.77、動きの結果については0.17。課題の種類ごとに見ても同じ向きで、系列的な課題では形1.62に対し結果0.61、連続的な課題では1.01に対し0.51、単発の課題では0.56に対し0.10だった。著者らは、手本は主として、模倣すべき動きの相対的な運びを伝えるのだと述べている。
稽古場に翻訳すると身も蓋もない。手本の映像は、あなたに「どう動くか」を教える。「どこに入るか」は教えない。素振りの形は見て学べるが、球がどこへ飛ぶかは自分で打つしかない。書の運筆は見て盗めるが、その日の紙と墨の相性は見ても分からない。観察は入口であって、代替ではない。
ミラーニューロン:発見と、その後20年の言い過ぎ
ここで、この話をすると必ず出てくる名前を処理する。処理しないと、あなたが別の場所で雑に受け取ってくるからだ。
リッツォラッティとクレイゲロが2004年にまとめた総説は、サルの運動前野で見つかった細胞の性質を整理している。ある行為を自分で行うときにも、他個体が同じ行為を行うのを見るときにも発火する細胞。ここから、この仕組みが他者の行為の理解を支え、模倣による学習を可能にし、さらに言語の成立にも関わっているという主張が組み立てられた。
魅力的な話である。魅力的すぎたので、批判が積み上がった。
ヒコックが2009年に発表した論文は、行為理解のミラーニューロン理論に対して8つの問題を並べた。中心にあるのは単純な指摘だ——同じ細胞が実行時にも観察時にも発火することは、その細胞が行為の意味を理解していることの証明にならない。
証拠のほうがもっと効く。ヒコックが翌年まとめた検討によれば、運動性の発話領域に重い損傷を負ったブローカ失語の患者は、音素の弁別課題でおよそ95%の正答率を示し、感度の指標は4.8という高い値だった。さらに、左半球を一時的に完全に停止させる検査の最中で、まったく発話できない状態の患者でも、細かい音の違いを要する語と絵の対応課題での誤りは10%未満だった。運動系が止まっていても、聴いて分かる能力は残る。乳児は発話できるようになるより前に音を弁別するし、発話器官を持たない動物も音の弁別を訓練できる。
そして、人間の脳から直接記録した研究がある。ムカメルらが2010年に発表した研究は、てんかんの治療で電極を留置された21人の患者から1,177個の神経細胞の活動を記録した。実行時と観察時の両方に応答する細胞は確かに見つかった。ただし場所が違う。見つかったのは内側前頭皮質と内側側頭皮質で、サルで語られてきた古典的な運動前野ではない。しかも、一部の細胞は他者の行為を見ているときに活動を下げていた。著者らはこれを、自動的な模倣を抑える働きの可能性として論じている。
つまり、鏡はある。ただし、想定より少なく、想定と違う場所にあり、一部は逆向きに働いている。「見れば脳が勝手に写し取る」という前提で稽古を組むのは、根拠のない省力である。
手本は、上手い人だけでは足りない
ここからが、この単位でいちばん実用的な発見だ。
ロバンファードとプロトーが2011年に発表した研究は、参加者を5つの条件に分けた。熟達したモデルだけを観察する群、初学者のモデルだけを観察する群、両方を混ぜて観察する群、実際に身体で練習する群、そして何もしない統制群である。課題は、決められた相対的なタイミングのパターンを再現する運動だった。
観察したすべての群と身体練習の群が、統制群を上回った。見るだけでも学習は起きる。ここまでは既知の話である。
差がついたのは中身のほうだ。混合観察の群は、熟達だけを見た群よりも、初学者だけを見た群よりも、動作時間が安定し、課された相対タイミングのパターンの般化が良かった。第2の実験でも、観察群は身体練習群と同等で、統制群より有意に良かった。
著者らの解釈が面白い。熟達したモデルの観察は、正しい動きのひな型を与える。そのひな型は、うまくいっていないモデルと対比されたときに、はっきりする。上手い演奏だけを100回見ても、何が上手さを作っているのかは分離できない。下手な演奏が横にあって初めて、差が情報になる。
芸道の実務に置き換えると、これはほとんど朗報である。あなたの手元には、下手なモデルの映像がすでに大量にある。自分の記録だ。前の単位で作った90秒の録画を、手本の同じ箇所と並べて見る。それが混合観察になる。
見る前に何を見るかを告げられた人のほうが、伸びた
もうひとつ、観察の効き目を左右する変数がある。順番だ。
アンドリューとプロトーが2016年に発表した研究は、90人の大学生を3群に分けた。統制群、これから見るお手本の出来の良し悪しを観察の前に知らされる群、そして観察の後に知らされる群である。課題は、3つの障壁と的を順に叩き、各区間300ミリ秒、合計1200ミリ秒という相対的なタイミングを再現するものだった。
結果は、観察の前に知らされた群のほうが学習が良かった。第2の実験では観察の回数を倍にしたが、前に知らされることの優位は保たれた。
前の単位で作った習慣が、そのまま他人の手本にも当てはまる。見る前に、何を見るかを決める。良い例なのか悪い例なのかを先に知る。順番を変えるだけで、同じ映像から取れる情報が変わる。
守破離を、測れる言葉に翻訳する
日本の芸道には、この単位を3語で言い切った言葉がある。守破離だ。ただし、そのままでは検証できない。ここまでの語彙で書き直す。
守は、モデルの忠実な再現である。研究の言葉でいえば、ひな型の獲得。測り方は、手本と自分の記録を同じ箇所で並べ、ずれの大きさを見ること。動きの形については観察が効くので、この段階は観察の取り分が大きい。
破は、制約を1つずつ外すことである。研究の言葉でいえば、般化の検証。速さ、道具、場所、相手——条件を1つだけ変えて、それでも同じ形が保てるかを見る。1つだけ、というのが要点だ。2つ変えると、崩れた原因が分からなくなる。
離は、自分で制約を作ることである。誰かが与えた条件ではなく、自分が課した条件を満たす段階。ここは次の単位の入口になる。
こう書き直すと、守破離は精神論ではなく手順になる。そして順番も守れる。破から始めた人は、外すべき制約をまだ持っていない。
時間・変化:見ることの取り分は、できるようになるにつれて減る
時間の話を入れておく。観察の効き目は一定ではない。
始めたばかりのとき、観察が渡してくれるのは動きの形である。まだ形が無いので、渡されるものは大きい。形がおおよそ出来てくると、観察から新しく取れるものは減っていく。効果量が動きの結果について0.17しかないという事実は、後半になるほど重くのしかかる。的に入るかどうかは、見ても分からないからだ。
そして、混合観察が効き始めるのはこの後半である。自分の記録の中に「うまくいっていないモデル」を見つけられるようになるには、その差が見える解像度がいる。始めた翌週に自分の映像と手本を並べても、たいてい全部が違って見えるだけで、情報にならない。数か月かけて弁別が育つと、同じ2本の映像が急に喋り出す。
つまり、観察の技術は一度覚えて終わるものではなく、あなたの弁別能に連動して効き目が変わる道具である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
標本の断りを先に入れる。ここで挙げた運動学習の実験は、実験室での短い課題と、若い大学生の参加者に強く偏っている。ミラーニューロンの単一細胞記録は、てんかんの治療を受けている患者という特殊な集団から得られたものだ。向きは信用してよいが、あなたの稽古での大きさは、この数字のままではない。
妨げるのは、完成された演奏だけを繰り返し見ることだ。それは気分を上げるが、差の情報を含まない。もうひとつは、見ることを練習の代わりにすること。観察群が身体練習群と同等になった実験はあるが、それは実験室の単純な課題で、しかも動きの結果については効き目が小さいという条件つきである。
助けるのは、2本並べることだ。手本と自分。同じ箇所、同じ長さ。見る前に、どちらが良い例かを自分に言い聞かせておく。それだけで、混合観察と事前提示の両方を同時に満たせる。
最初の一歩は10分で終わる。手本の映像から30秒、自分の記録から同じ箇所の30秒を選ぶ。交互に2回ずつ見て、違いを1つだけ言葉にする。1つだけ、というところが効く。
次の単位は 080「技術的創造性」——この棚の最後になる。守と破の先、自分で制約を作る側に回る話だ。
- Ashford, Bennett & Davids 2006(Journal of Motor Behavior 38(3):185-205):観察によるモデリングの効果量は、動きの力学(形)について0.77、動きの結果について0.17。系列課題では形1.62/結果0.61、連続課題1.01/0.51、離散課題0.56/0.10。手本は主として動きの相対的な運びを伝える
- Rizzolatti & Craighero 2004(Annual Review of Neuroscience 27:169-192):サルの運動前野で、行為の実行時と他個体の行為の観察時の両方に発火する細胞が報告され、行為理解・模倣学習・言語の基盤という主張が組み立てられた
- Hickok 2009(Journal of Cognitive Neuroscience 21(7):1229-1243):行為理解のミラーニューロン理論に8つの問題を提示。同じ細胞が実行時にも観察時にも発火することは、その細胞が行為の意味を理解している証明にはならない
- Hickok 2010(Language and Cognitive Processes 25(6):749-776):運動性発話領域に重い損傷のあるブローカ失語の患者は音素弁別課題でおよそ95%正答、感度の指標は4.8。左半球を完全に停止させる検査中で発話不能の患者でも、細かい音の違いを要する語と絵の対応課題の誤りは10%未満だった
- Mukamel et al. 2010(Current Biology 20(8):750-756):てんかん患者21人から1,177個の神経細胞を記録。実行時と観察時の両方に応答する細胞は内側前頭皮質と内側側頭皮質で見つかり、古典的な運動前野ではなかった。一部の細胞は観察時に活動を下げており、自動的な模倣を抑える働きの可能性が論じられた
- Rohbanfard & Proteau 2011(Experimental Brain Research 215(3):183-197):熟達モデルのみ/初学者モデルのみ/混合観察/身体練習/統制の5条件。観察群と身体練習群はすべて統制群を上回り、混合観察は熟達のみ・初学者のみより動作時間が安定し相対タイミングの般化が良かった。熟達の観察が正確なひな型を与え、うまくいっていないモデルとの対比がそれを強めると解釈された
- Andrieux & Proteau 2016(Frontiers in Psychology 7:51):90人(男女各45人、平均20.5歳)を3群に分け、3区間各300ミリ秒・合計1200ミリ秒の相対タイミング課題を観察学習させた。これから見るお手本の出来を観察の前に知らされた群が、後に知らされた群より学習が良く、観察回数を倍にした第2実験(60人)でも優位が保たれた
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 脳にはミラーニューロンがあるので、上手い人の動きを見ていれば自然に写し取れる | 人間の脳から1,177個の神経細胞を記録した研究で、実行時と観察時の両方に応答する細胞が見つかったのは内側前頭皮質と内側側頭皮質であり、古典的な運動前野ではなかった。一部の細胞は観察時に活動を下げていた。さらに、運動性発話領域が重く損傷した患者でも音素弁別の正答率はおよそ95%で、運動系が止まっていても理解は残る |
| 手本は、いちばん上手い人のものを繰り返し見るのがよい | 熟達モデルのみ・初学者モデルのみ・混合の3条件を比べた実験では、混合観察がもっとも動作時間が安定し、相対タイミングの般化も良かった。上手い演奏だけを見ても何が上手さを作っているかは分離できず、うまくいっていない例との対比が情報を生む |
| 手本を見れば、上達のすべてが伝わる | 観察によるモデリングの効果量は、動きの形については0.77だが、動きの結果については0.17しかない。手本は「どう動くか」を伝えるが、「どこに入るか」は伝えない。観察は入口であって、身体練習の代替ではない |
模倣は、芸道でいちばん安く見える学習法である。見るだけならタダだし、疲れないし、しかも見ているあいだは自分が下手であることを直視しなくて済む。だからこそ、上手い人の映像を延々と流す時間は、稽古の記録の中でもっとも水増しされやすい。研究が示しているのは、その時間を情報に変える条件がかなり狭いということだ——見る前に何を見るかを決め、上手い例と下手な例を並べ、形の話と結果の話を分ける。下手な例が要るというのは朗報でもある。在庫なら、あなたの手元に山ほどある。
Q1. 観察によるモデリングのメタ分析では、効果量は動きの力学(形)について____、動きの結果について____だった。系列課題では____/0.61、離散課題では0.56/____である。穴埋め
Q2. 人間の脳から神経細胞を直接記録した研究について、参加者数・記録細胞数・鏡的応答が見つかった部位・意外だった所見を答えよ。一問一答
Q3. 熟達モデル・初学者モデル・混合観察・身体練習・統制の5条件を比べた実験の結果として正しいものはどれか。選択
Q4. 運動性発話領域の損傷と音の理解について、本文が挙げた2つの証拠を数値とともに答えよ。それがミラーニューロン理論のどこを揺らすかも述べよ。一問一答
Q5. 本文が守破離を翻訳した3段階を、正しい順に並べよ。(般化の検証:制約を1つずつ外す/制約の設計:自分で条件を作る/ひな型の獲得:モデルの忠実な再現)並べ替え
自分が手本にしている演者・作り手を1人思い浮かべ、その人の実演(映像・音源・作品)から30秒〜1分を選ぶ。まず自分だけで見て、気づいたことを3つ紙に書く。動きの形についての気づきにすること。次に、その手本をよく知らない人を1人つかまえる(家族、同僚、友人、誰でもよい)。見せる前に「これは良い例です」と一言だけ伝え——本文の事前提示にあたる——同じ箇所を見て、あるいは聴いてもらい、気づいたことを3つ挙げてもらう。挙がった3つは、直さずにそのまま書き取る。最後に自分の3つと相手の3つを並べ、重ならなかった項目に印をつけて記録する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Ashford D., Bennett S.J., Davids K. (2006) 'Observational modeling effects for movement dynamics and movement outcome measures across differing task constraints: a meta-analysis', Journal of Motor Behavior 38(3):185-205 — shura.shu.ac.uk
- Rizzolatti G., Craighero L. (2004) 'The mirror-neuron system', Annual Review of Neuroscience 27:169-192 — www.annualreviews.org
- Hickok G. (2009) 'Eight problems for the mirror neuron theory of action understanding in monkeys and humans', Journal of Cognitive Neuroscience 21(7):1229-1243 — direct.mit.edu
- Hickok G. (2010) 'The role of mirror neurons in speech perception and action word semantics', Language and Cognitive Processes 25(6):749-776 — lcn.salk.edu
- Mukamel R., Ekstrom A.D., Kaplan J., Iacoboni M., Fried I. (2010) 'Single-neuron responses in humans during execution and observation of actions', Current Biology 20(8):750-756 — www.cell.com
- Rohbanfard H., Proteau L. (2011) 'Learning through observation: a combination of expert and novice models favors learning', Experimental Brain Research 215(3):183-197 — link.springer.com
- Andrieux M., Proteau L. (2016) 'Observational learning: Tell beginners what they are about to watch and they will learn better', Frontiers in Psychology 7:51 — www.frontiersin.org