放射線科医は0.25秒で異常を当てる。ただし、どこにあるかは指させない
熟達とは、同じものを見て違うものを見ることだ——という言い方は、たしかに正しい。放射線科医は4分の1秒のちらつきから異常を言い当てる。ところが同じ人に、では異常はどこですかと訊くと、指す場所はほぼ当てずっぽうになる。専門家の目は、本人が説明できるものより速く、そして本人が思うより不安定である。
内側の解像度の次は、外側の解像度
前の単位で扱ったのは、自分の身体がいま何をしているかを感じ取る精度だった。力の見積もりは38%ずれ、内受容の代表的な測り方は暗算に汚染されていた。この単位が扱うのは、その外側である。目の前の対象——音、線、間合い、匂い、皿の上の色——から、どれだけ細かい差を取り出せるか。
この能力には名前がついている。知覚学習である。経験によって、感覚そのものが変わる。注意の配り方が変わる話ではない——注意制御は学業の棚の持ち場だ。ここで扱うのは、同じ刺激から抽出される情報の中身が変わる、という話である。
0.25秒で異常は分かる。ただし場所は分からない
エヴァンス、ジョージアン=スミス、タンブレット、バードウェル、ウルフが2013年に Psychonomic Bulletin & Review に発表した実験は、この能力の奇妙な形をきれいに出している。
延べ55人の放射線科医に、マンモグラムを250、500、750、1000、2000ミリ秒だけ提示し、異常があるかどうかを判断させた。結果は、すべての提示時間で偶然を上回った。d' はおよそ1.0、判別の指標である曲線下面積は0.64から0.72。比較のために置かれた30人の素人は d' が0.23から0.25、つまりほぼ偶然だった。
面白いのはここからだ。同じ試行で、異常がどこにあるかを指させると、成績は崩れる。指した位置が異常の領域に入ったのは15%程度で、これはほぼ偶然に等しい。しかも、自信があると答えた試行でも位置の正答率は上がらなかった。
読み替えるとこうなる。専門家の知覚は、対象の全体的な質感のようなものを、部分の同定より先に、はるかに速く拾っている。そして本人は、その根拠を場所として言語化できない。「なんとなくおかしい」は、怠慢な説明ではなく、この能力の正確な自己報告である可能性が高い。
差は大きい。しかし、埋まるのも速い
熟達者と初心者の差は、実際どのくらいあるのか。ミシェイル、デロモー、ペロー、オクサンハムが2006年に Hearing Research で報告した実験が、数字を出している。
クラシックの音楽家30人と非音楽家30人に、音の高さの弁別閾——二つの音の高さの違いを見分けられる最小の差——を測った。全条件を通して、音楽家の閾値は0.13%、非音楽家は0.86%。6倍以上の差である。
ここまでは、よく語られる話の裏づけだ。値切りはこの先にある。非音楽家に心理物理的な訓練を課したところ、約2時間の時点で差は4倍程度まで縮み、4時間から8時間で、音楽家と統計的に区別できない水準に達した。純音の単耳条件では、音楽家およそ0.15%に対し、訓練後の非音楽家がおよそ0.16%である。
8時間。何年もの音楽教育で説明されてきた差の相当部分が、一日か二日の集中的な弁別訓練で消えた。これは音楽家の技能が幻だという話ではない。音の高さの弁別という単一の課題が、音楽家であることのごく一部しか占めていない、という話である。
同じ形は医療画像でも見つかっている。チェン、ホルクドルフ、マカスカー、ガイヤール、ハウが2017年に PLOS ONE で報告した実験は、医学の訓練を受けていない大学生139人に、股関節骨折のX線判定を教えた。上位5人は、およそ1,121枚の訓練画像、時間にして約52分で、専門医と同等の正確さに達している。放射線科の専攻医水準なら約1,037枚、48分だった。
ただし、この研究には正直な但し書きがついている。群の平均は、1,280枚を訓練しても専門家の水準を超えなかった。初心者は速く読むが、正確さでは劣る——古典的な速度と正確さのトレードオフである。個人差は大きい。
古い事例も一つ添えておく。ビーダーマンとシフラーが1987年に報告した、1日齢のヒヨコの雌雄鑑別の研究である。何年もの徒弟修業を要するとされてきたこの課題について、熟練者の判別根拠を抽出し、短い教示に翻訳する試みが行われた。この研究はのちに、20分の抽象的な教示が初心者を長年の経験を持つ熟練者の水準まで引き上げた事例として、教育心理学の議論で繰り返し引かれることになる。
ここで値切る:専門家の判定は、再現しない
知覚学習の話をここで止めると、危険な結論に着地する。熟達者の目は正しい、という結論だ。それを検算しよう。
ホジソンが2008年に Journal of Wine Economics に発表した研究は、カリフォルニア州フェアのワインコンテストを2005年から2008年まで調べた。毎年16の審査パネル、各パネル4人の専門審査員が30本ずつのフライトを評価する。そこに、同一のボトルから注いだ3杯を紛れ込ませた。参加した審査員は毎年65人から70人である。
結果。同じワインへの評点を単一のメダル区分の中で再現できた審査員は、およそ10%だった。別のおよそ10%は、同じワインをブロンズからゴールドまで振らせた。プールした標準偏差の中央値は3.6点で、これはメダルの幅とほぼ同じ大きさである。しかも、ある年に優秀だった審査員が翌年も優秀である傾向は見られなかった。
著者の結論は身も蓋もない。30のケース、およそ50%のパネルでは、ワインだけが得点を決める有意な要因だった。残りの50%では、ワイン以外の要因が有意な役割を果たしていた。
翌2009年、同じ著者は範囲を広げた。13のコンテスト、4,000本を超えるワイン。4つ以上のコンテストに出品された2,440本のうち、47%がどこかで金メダルを取っていた。そしてその金メダル獲得ワインの84%は、別のコンテストでは無賞だった。統計的には、あるコンテストで金を取る確率は、別のコンテストで金を取る確率と確率的に独立だった。
言い換えると、金メダルは主にくじである。
これは芸道の読者にとって、二つの意味を持つ。第一に、審査員・師匠・審査会の判定は、あなたが思うほど安定していない。落ちたことも、通ったことも、そのまま自分の実力の測定値として受け取るには粗すぎる。第二に、それでも知覚学習は実在する。放射線科医の d' は素人の4倍だった。矛盾はしていない——弁別できることと、一貫した評点を出せることは、別の能力である。
弁別が上がる条件は、案外はっきりしている
ここまでの研究を並べると、弁別能が上がる場面には共通の形がある。
第一に、比較がある。単独の対象をいくら眺めても差は見えない。二つ以上を並べ、どちらがどうかを言わせる形が要る。ミシェイルの訓練は二つの音の比較であり、チェンの訓練は正常と骨折の画像の反復比較だった。
第二に、答え合わせが早い。チェンの実験では、参加者は判断のたびに即座に正解を受け取った。第三に、試行数が多い。1,121枚である。1枚ずつ丁寧に眺める時間より、多数の対を速く回す時間のほうが効く。
第四に、言語化は後から来る。放射線科医は、言い当てられるが指させない。順序は、見分けられる、が先で、言葉にできる、が後だ。だから「まだ言葉で説明できないから理解していない」という自己評価は、この段階では誤診である。
時間・変化:解像度は、技より速く、言葉より速く上がる
時間の尺度を並べると、この単位の位置がはっきりする。音の高さの弁別は4〜8時間。X線の骨折判定は上位者で約52分。前の単位で見た固有感覚の訓練は数日から数週間。いずれも、技そのものの習熟に必要な年月より、桁違いに短い。
つまり知覚の解像度は、技能の中でもっとも早く動く層である。そして早く動くということは、練習の初期にここへ時間を割く価値が高い、ということでもある。逆に、何年やっても弁別が上がらない場合、原因は才能ではなく形式である可能性が高い——比較していない、答え合わせをしていない、試行数が足りない。
そして早さの順序には、実技上の含みがある。弁別が動く時間の単位が時間や日であるのに対し、見えたものを言葉で説明できるようになるまでには、はるかに長くかかる。だから「変なのは見えているのに、どう変なのか言えない」という段階は、異常ではなく通常の途中経過である。説明できるようになるまで待ってから練習を組む必要はない。順序は逆で、見えるようにしてから、言葉が後を追う。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるのは、量を「時間」で数えることだ。効いているのは対の数であり、フィードバックの回数である。1時間ぼんやり手本を眺めることは、10分で50回比較することに負ける。
もうひとつ妨げるのは、評価者の判定を較正済みの物差しとして扱うことだ。同一のワインをブロンズからゴールドまで振る審査員が10人に1人いる世界で、一度の講評を自分の座標にするのは危うい。判定は情報だが、測定値ではない。
標本の断りを入れておく。ここで引いた研究は欧米の成人が中心で、ワインの分析は米国のコンテストに限られ、X線の実験は医学教育を受けていない大学生を対象にしている。マンモグラムの実験は延べ55人、音の弁別は各群30人と小さい。向きは信用してよいが、あなたの分野の数字がそのまま52分や8時間になるわけではない。
助けるのは、比較の軸を一つに絞ることである。上手か下手かではなく、たとえば「音の立ち上がりの速さ」だけ、「線の終わりの止め方」だけを見る。軸を絞ると差が見え、差が見えると記憶に残る。
最初の一歩は15分。同じ対象を2回観察する。1回目は普通に、2回目は軸を一つだけ決めて。2回目に新しく見えたものを3つ書き出す。それだけで、自分の弁別がどの軸で動くかが分かる。
次の単位は067「運動協調性」。見分けられるようになったものを、今度は自分の身体で作る番だ。そこでは、初心者が関節を固めることの意味と、「マッスルメモリー」という言葉が二つの別の現象を取り違えていることを扱う。
- Evans et al. 2013(Psychonomic Bulletin & Review・延べ55人の放射線科医):マンモグラムを250〜2000ミリ秒だけ提示しても異常の検出は全提示時間で偶然を上回り、d' はおよそ1.0、曲線下面積は0.64〜0.72。素人30人は d' が0.23〜0.25でほぼ偶然だった
- 同研究で、異常の位置を指させると正答は15%程度で偶然に近く、自信の高い試行でも位置の正答率は上がらなかった。専門家の知覚は全体的な質感を部分の同定より速く拾い、根拠を場所として言語化できない
- Micheyl et al. 2006(Hearing Research・音楽家30人と非音楽家30人):音の高さの弁別閾は音楽家0.13%、非音楽家0.86%で6倍以上の差。ところが非音楽家は4〜8時間の心理物理訓練で音楽家と統計的に区別できない水準に達した(純音単耳条件で音楽家0.15%対訓練後0.16%)
- Chen et al. 2017(PLOS ONE・医学教育を受けていない大学生139人):股関節骨折のX線判定で、上位5人は約1,121枚・52分で専門医と同等、約1,037枚・48分で専攻医と同等の正確さに達した。ただし群の平均は1,280枚訓練しても専門家水準に届かず、速度と正確さのトレードオフが見られた
- Hodgson 2008(Journal of Wine Economics・2005〜2008年、毎年16パネル×4人、毎年65〜70人の審査員):同一ボトルから注いだ3杯を紛れ込ませたところ、単一のメダル区分内で評点を再現できた審査員はおよそ10%。別のおよそ10%は同じワインをブロンズからゴールドまで振らせ、プールした標準偏差の中央値は3.6点だった。約50%のパネルでのみ、ワインだけが得点の有意な決定要因だった
- Hodgson 2009(Journal of Wine Economics・13コンテスト、4,000本超):4つ以上のコンテストに出た2,440本のうち47%がどこかで金メダルを取り、そのうち84%は別のコンテストで無賞だった。あるコンテストで金を取る確率は、別のコンテストで金を取る確率と確率的に独立である
- 弁別能が上がる場面には共通の形がある——二つ以上を並べる比較があること、答え合わせが早いこと、試行数が多いこと、そして言語化は後から来ること。放射線科医が言い当てられるのに指させないように、見分けられるが先で、言葉にできるが後である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 熟達者の目は正確なのだから、審査員や師匠の判定は自分の実力の測定値として受け取ってよい | 同一ボトルから注いだ3杯を紛れ込ませた研究では、単一のメダル区分内で評点を再現できた審査員はおよそ10%で、別のおよそ10%は同じワインをブロンズからゴールドまで振らせた。13コンテストの分析でも、金メダル獲得ワインの84%は別のコンテストで無賞だった。判定は情報だが、測定値ではない |
| 熟達者の目は何年もかけてしか育たない | 音の高さの弁別では、非音楽家は4〜8時間の訓練で音楽家と統計的に区別できない水準に達した。X線の骨折判定でも、上位の初心者は約52分・1,121枚で専門医と同等の正確さに達している。ただし群の平均は届かず個人差は大きい。長い年月が要るのは技能の全体であって、単一の弁別課題ではない |
| 言葉で説明できないうちは、まだ分かっていないということだ | 55人の放射線科医は0.25秒の提示でも異常の有無を偶然以上に判定できたが、位置を指させると正答は15%程度で偶然に近かった。順序は、見分けられるが先で、言葉にできるが後である。「なんとなくおかしい」は怠慢な説明ではなく、この能力の正確な自己報告でありうる |
この単位には、都合の悪い対称性がある。あなたの目は、あなたが説明できるより速く正確になる。そして他人の目は、その他人が信じているより不安定である。だから稽古場では、しばしば逆のことが起きる——言葉にできない自分の直感は疑わしいものとして退けられ、言葉にできる審査員の講評は測定値として採用される。ワインの金メダルの84%が別の会場では無賞だったことを思い出しておくといい。判定を集めるより、自分で比較の回数を積むほうが、たぶん安い。
Q1. Evans ら(2013)の実験について、放射線科医が示した二つの対照的な成績を、数値を含めて答えよ。一問一答
Q2. Micheyl ら(2006)では、音の高さの弁別閾は音楽家____%、非音楽家____%で6倍以上の差があった。しかし非音楽家は____〜____時間の心理物理訓練で、音楽家と統計的に区別できない水準に達した。穴埋め
Q3. Hodgson(2008)がワインコンテストで同一ボトルから注いだ3杯を混入させた研究の結果として、正しいものはどれか。選択
Q4. Hodgson(2009)が13の米国ワインコンテスト・4,000本超を分析した結果、4つ以上のコンテストに出品された2,440本のうち____%がどこかで金メダルを取り、そのうち____%は別のコンテストでは____だった。穴埋め
Q5. 本文が示した弁別能の獲得段階と、それに対応する打ち手を、正しい順に並べよ。(差は見えるが説明できない / 差が見えない / 差を言葉にできる)並べ替え
自分の分野の対象を1つ選ぶ(手本の録音、他人の演武、名品の写真、料理の一皿、書の一枚、試合の1プレー——既にあるものでよい)。1回目は普通に観察し、気づいたことを3つ書く。次に、比較の軸を1つだけ決める(例:音の立ち上がりの速さ/線の終わりの止め方/体重が乗る瞬間)。その軸だけを見て2回目を観察し、新しく見えたことを3つ書く。上手か下手かという評価は書かない。差だけを書く。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Evans K.K., Georgian-Smith D., Tambouret R., Birdwell R.L., Wolfe J.M. (2013) 'The gist of the abnormal: Above-chance medical decision making in the blink of an eye', Psychonomic Bulletin & Review 20(6):1170-1175 — link.springer.com
- Micheyl C., Delhommeau K., Perrot X., Oxenham A.J. (2006) 'Influence of musical and psychoacoustical training on pitch discrimination', Hearing Research 219(1-2):36-47 — audition.ens.fr
- Chen W., HolcDorf D., McCusker M.W., Gaillard F., Howe P.D.L. (2017) 'Perceptual training to improve hip fracture identification in conventional radiographs', PLOS ONE 12(12):e0189192 — journals.plos.org
- Hodgson R.T. (2008) 'An Examination of Judge Reliability at a major U.S. Wine Competition', Journal of Wine Economics 3(2):105-113 — wine-economics.org
- Hodgson R.T. (2009) 'An Analysis of the Concordance Among 13 U.S. Wine Competitions', Journal of Wine Economics 4(1):1-9 — ideas.repec.org
- Biederman I., Shiffrar M.M. (1987) 'Sexing day-old chicks: A case study and expert systems analysis of a difficult perceptual-learning task', Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition 13(4):640-645/要約は Anderson J.R., Reder L.M., Simon H.A. 'Applications and Misapplications of Cognitive Psychology to Mathematics Education' による — act-r.psy.cmu.edu