人はいつも短く見積もる——ただし、その「いつも」は文献によって違っていた
予定どおりに終わらない。ここまでは誰でも知っている。だが、外れる向きが決まっているという話のほうは、どの分野の文献を読んだかで結論が変わっていた。しかも、向きが課題の長さで反転するという有名な法則も、いまは疑われている。
今日中に第3章を終える、と決めた日に、第3章が終わらない。これを意志の問題として語ることもできるが、予測という作業そのものの性質として測った研究がある。判断の癖としての計画の錯誤は思考法の棚の持ち場、制度としての目標設定は組織の基盤の棚の持ち場なので、ここでは踏み込まない。この棚が引き受けるのは、勉強の段取りが当たるかどうかである。
値切り:「人は常に所要時間を過小評価する」と書かれている一文
学習の設計資料でも、時間管理の資料でも、こう書かれる。「人は常に所要時間を過小評価する」。
2012年に Psychological Bulletin へ出た総説は、この主張の材料になってきた研究を、心理学・工学・経営科学の3分野にまたがって読み直した。折り紙を折る課題から、ソフトウェア開発の工数見積もりまでが対象である。結論の一部は、こうだ——過小評価のほうが過大評価より多く報告されたのは、工学と経営の文献においてであった。心理学の文献では、そうではなかった。
つまり、「常に」ではない。どの文献群から数えたかで、多数派が入れ替わる。 工学と経営の側で測られている課題は、納期のある仕事である。心理学の側で測られている課題は、実験室の短い作業が多い。同じ「所要時間の予測」という言葉が、別の対象を指している。
反転の法則も、値切られている
ここで期待されるのは、次の一手だろう——「短い課題では過大に、長い課題では過小に見積もる」という反転の法則である。これはよく引かれる。同じ総説は、その法則自体に疑いを向けている。
論文の言葉では、小さい課題は過大評価され大きい課題は過小評価されるという繰り返し報告されてきた知見について、それがある程度まで、偶然の誤差によって生じる統計的な見かけでありうると述べている。予測にも実測にもばらつきがあるとき、実測の短い側と長い側を並べると、この形は自動的に現れる。
だからこの単位の値切りは、「そんな効果は無い」ではない。あるが、いつでも同じ向きではない。そして、向きが変わる境界として語られてきた法則のほうも、まだ確かめきれていない。 三段になっている。
同じ総説は、区別しないまま混ぜられている2種類の予測も指摘している。作業時間の予測(何時間かかるか)と、完了時期の予測(いつ終わるか)である。前者は手を動かす時間、後者は割り込みと待ち時間を含む。多くの研究がこの2つを区別していない、と論文は書く。
勉強の段取りでは、この区別がそのまま効く。第3章に必要なのは3時間かもしれない。それが今週中に終わるかどうかは、別の問いである。
記憶のほうが、すでに短い
対策としてよく言われるのは、「筋書きではなく実績を使え」である。ここにも一段ある。2005年に Psychological Bulletin へ出た論文は、こう論じた——人は過去に似た課題にどれだけかかったかという記憶をもとに予測している。ところが、その記憶のほうが、過去の所要時間を体系的に短く見積もっている。
楽観のせいで過去を無視しているのではなく、参照している過去のほうがすでに縮んでいる、という向きである。もしそうなら、思い出して見積もる限り、精度は上がらない。必要なのは記憶ではなく記録である。
この向きの違いは、対策の形を変える。楽観が原因なら、対策は気の持ちようになる。記憶が原因なら、対策は帳面になる。後者は今日から始められて、しかも自分の外に置いておける。 2週間分の記録がたまるまでは、何も分からない期間が続くが、その期間は誰にでも必要である。
状況と行動を結ぶ一文
計画の形そのものについては、1999年に American Psychologist へ出た論考がよく引かれる。目標を行動に移すところで問題が起きるとき——手をつけられない、気が散る、以前の習慣に戻る——あらかじめ予想した状況と、そこで取る行動を結びつけた一文を用意しておくことで、自動的な過程を味方につけられる、という提案である。「状況xが来たら、行動yを始める」。判断の役を、状況の側に渡すという言い方がされている。
効果の大きさについては、他の棚がすでに扱った文献があるので、ここでは提案と仕組みに留める。勉強の場面に置き換えると、「今週中に第3章を終える」は目標であって、この形にはなっていない。状況が指定されていないからだ。指定されていない限り、着手するかどうかの判断は、そのつど自分が引き受けることになる。
望む未来だけを思い描くと
2012年に European Review of Social Psychology へ出た総説は、逆向きの結果を集めている。望ましい未来を、期待としてではなく空想として思い描くことは、努力と成功にとって不利に働きうる。 ある研究では、良い成績を空想する度合いが高いほど、その後の成績と投じた努力は低いほうへ向かい、期待の高さのほうは逆に高いほうへ向かっていた。
同じ総説が提案するのが、望む結果と、それを阻む現実の障害を対にして思い浮かべる手順である。職業訓練校で数学を扱った研究では、教師には条件を知らせないまま、2週間後の努力の量と成績を報告させた。この手順を行った条件でだけ、成功の見込みが高い人ほど努力し、成績も高かった。 見込みが低い人では、その逆の対応が現れた。手順は、期待を成績に変換する装置として働いている。
補正すると、効果量は縮む
この手順に実行意図を組み合わせたものについては、2021年に Frontiers in Psychology へ出たメタ分析がある。21件の研究から24の効果量、のべ1万5,907人。 目標の達成に対する効果は g = 0.336(95%信頼区間 0.229〜0.443)。ここまでは小さめの正の効果である。
ただし論文は、出版の偏りの検討も載せている。漏斗図の非対称と検定(t = 5.46、p < .01)から偏りの可能性が示され、補正の手続きを当てると g = 0.242(0.143〜0.342)まで下がった。 実施の形でも差があり、実験者が対面で行った場合が0.465、文書で渡した場合が0.277である。
米国で2013年に Social Psychological and Personality Science へ出た実地の研究は、都市部の小学5年生77人を対象にしている。第3四半期の評定平均は介入群80.29、対照群78.13。出席日数は43.28日と42.38日、素行の評価は3.67と3.42だった。差の向きは揃っているが、幅は小さい。 対象は児童であり、大人でも同じことが起きるかは別に確かめる必要がある。
時間・変化:見積もりが当たるようになる順番
順番はだいたい決まっている。最初の1週間は、ただ実測を書き留めるだけの退屈な期間になる。予測はまだ改善しない。2週目に入ると、自分の予測と実測の差が、課題の種類ごとにまとまってくる。3週目あたりで、差の平均が見えるようになる。ここではじめて、予測に足し算をする根拠ができる。
逆向きにはあまり動かない。記録をやめると、参照先はまた記憶に戻る。そして記憶のほうは、すでに短い。
この3週間には、成果らしい成果が出ない。予測が当たるようになるわけでもなく、作業が速くなるわけでもない。増えるのは数字の対だけである。それでも、この期間を飛ばす方法はいまのところ無い。 自分の外れ幅は、自分で数えるしかないからだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、細かすぎる時間割である。15分単位で埋めた表は、1回の割り込みで全体が無効になる。もうひとつは、作業時間の予測と完了時期の予測を混ぜることだ。前者が当たっていても、後者は外れる。
標本の偏りを断っておく。所要時間の予測の研究は、実験室の短い課題と、企業の開発案件に偏っている。働きながら学んでいる大人の、まとまらない勉強時間を対象にした研究はごく少ない。 効果は短い期間で測られたものが多い。そして——もともと学ぶ余裕のある人ほど、その学習法を試せる、という逆向きを排除できない。 割り込みの多さは、人によって大きく違う。
助けるのは、予測と実測を並べて残すという一手である。当てにいかなくてよい。差を見るために記録する。差が分かれば、次の予測に足せる。もうひとつは、予測を1つの数字ではなく幅で書くことだ。40分から90分、と書いておけば、外れたかどうかではなく、どちらの端に寄ったかが残る。
最初の一歩は5分。今日やると決めていた作業を1つ選び、始める前に予定所要時間を書き、終わったら実際の時間を横に書く。当たっていなくてよい。 2つの数字が並んでいれば足りる。
次の単位は 064「協働力」——道具箱の隣の引き出しである。ここでは断定された一般化が条件で向きを変えることを見たが、あちらでは、よく引かれる効果量を集計してきたのが誰だったかが問題になる。
- 2012年に Psychological Bulletin へ出た総説(折り紙からソフトウェア開発まで、心理学・工学・経営科学を横断)は、過小評価のほうが過大評価より多く報告されたのは工学と経営の文献においてであり、心理学の文献ではそうではなかったと報告した。「人は常に過小評価する」は、どの文献群から数えたかで多数派が入れ替わる
- 同じ総説は、小さい課題は過大評価され大きい課題は過小評価されるという繰り返し報告されてきた知見について、それがある程度まで偶然の誤差によって生じる統計的な見かけでありうると述べている。反転の法則そのものも、まだ確かめきれていない
- 同じ総説は、作業時間の予測(何時間かかるか)と完了時期の予測(いつ終わるか)を多くの研究が区別していないと指摘している。前者は手を動かす時間、後者は割り込みと待ち時間を含む
- 2005年に Psychological Bulletin へ出た論文は、人が過去の所要時間の記憶をもとに予測しており、その記憶自体が過去の所要時間を体系的に短く見積もっていると論じた。参照している過去のほうがすでに縮んでいるなら、思い出して見積もる限り精度は上がらない
- 1999年に American Psychologist へ出た論考は、あらかじめ予想した状況と、そこで取る行動を結びつけた一文を用意しておくことで、判断の役を状況の側に渡せると提案した。効果量のメタ分析は他の棚が扱っているため、ここでは提案と仕組みに留めている
- 2021年に Frontiers in Psychology へ出たメタ分析(21件の研究・24の効果量・のべ1万5,907人)は、望む結果と障害を対にする手順に実行意図を組み合わせた介入の効果を g = 0.336(95%信頼区間 0.229〜0.443)と報告した。出版の偏りの検定(t = 5.46、p < .01)を受けて補正すると g = 0.242(0.143〜0.342)まで下がり、対面での実施が0.465、文書で渡した場合が0.277だった
- 米国・2013年に Social Psychological and Personality Science へ出た実地の研究(都市部の小学5年生77人)では、第3四半期の評定平均が介入群80.29・対照群78.13、出席日数が43.28日・42.38日、素行の評価が3.67・3.42だった。差の向きは揃っているが幅は小さく、対象は児童であって、大人でも同じことが起きるかは別に確かめる必要がある
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 人は常に所要時間を過小評価する、というのは確立した法則である | 2012年に Psychological Bulletin へ出た総説によれば、過小評価が優勢だったのは工学と経営の文献で、心理学の文献ではそうではなかった。効果が無いという話ではない。あるが、いつでも同じ向きではない、という話である。しかも「小さい課題は過大、大きい課題は過小」という反転の法則のほうも、同じ総説が、ある程度まで偶然の誤差から生じる統計的な見かけでありうると述べている |
| 過去の実績を思い出して見積もれば、予測は当たるようになる | 2005年に Psychological Bulletin へ出た論文は、人が過去の所要時間の記憶をもとに予測していること自体は認めたうえで、その記憶が過去の所要時間を体系的に短く見積もっていると論じた。参照先が縮んでいるなら、思い出して見積もる限り精度は上がらない。必要なのは記憶ではなく、そのつど残した記録である |
| 望む未来を鮮やかに思い描くと、達成に近づく | 2012年に European Review of Social Psychology へ出た総説は、望ましい未来を期待としてではなく空想として思い描くことが、努力と成功にとって不利に働きうると整理している。ある研究では、良い成績を空想する度合いが高いほど、その後の成績と投じた努力は低いほうへ向かっていた。ただし、望む結果と障害を対にする手順を含む介入の効果量も、出版の偏りを補正すると g = 0.336 から 0.242 へ下がる |
段取りの本には、たいてい同じ一文が最初のほうに置いてある。人は常に所要時間を過小評価する、と。断定は気持ちがよく、しかも読者の心当たりに必ず当たるので、反証されにくい。皮肉なのは、その一文を検討した総説が、断定できるのは分野ごとの傾向までだと書いていることである。予定が外れる理由は人それぞれだが、外れ方を書き留めていない点だけは、たいてい共通している。
Q1. 2012年に Psychological Bulletin へ出た総説によれば、過小評価のほうが過大評価より多く報告されたのは ____ と ____ の文献においてであり、____ の文献ではそうではなかった。穴埋め
Q2. 同じ総説は、「小さい課題は過大評価され、大きい課題は過小評価される」という繰り返し報告されてきた知見について、どのような疑いを述べているか。一問一答
Q3. 2005年に Psychological Bulletin へ出た論文の主張として正しいものはどれか。選択
Q4. 2021年に Frontiers in Psychology へ出たメタ分析(21件・24の効果量・のべ1万5,907人)の報告として正しいものはどれか。選択
Q5. 本文が区別している2種類の予測の説明として正しいものはどれか。選択
今日やると決めていた作業を1つ選ぶ。始める前に、紙かメモアプリに作業の名前と、予定所要時間を分単位で書く。作業を終えたら、その横に実際にかかった時間を分単位で書く。差が何分だったかも書き添える。当たっている必要はない。むしろ外れた幅のほうが、この記録の中身である。作業のあいだに中断があった場合は、中断した回数だけを数字で足しておく。学校に通っていない場合も、資格の教材・仕事の書類・語学の課題など、始まりと終わりがはっきりしている作業なら同じようにできる。他人の作業時間は測らない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Halkjelsvik T., Jørgensen M. (2012) 'From origami to software development: A review of studies on judgment-based predictions of performance time', Psychological Bulletin 138(2):238-271 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Roy M.M., Christenfeld N.J.S., McKenzie C.R.M. (2005) 'Underestimating the Duration of Future Events: Memory Incorrectly Used or Memory Bias?', Psychological Bulletin 131(5):738-756 — pages.ucsd.edu
- Gollwitzer P.M. (1999) 'Implementation intentions: Strong effects of simple plans', American Psychologist 54(7):493-503 — colab.ws
- Oettingen G. (2012) 'Future thought and behaviour change', European Review of Social Psychology 23(1):1-63 — bpb-us-e1.wpmucdn.com
- Wang G., Wang Y., Gai X. (2021) 'A Meta-Analysis of the Effects of Mental Contrasting With Implementation Intentions on Goal Attainment', Frontiers in Psychology 12:565202 — pmc.ncbi.nlm.nih.gov
- Duckworth A.L., Kirby T.A., Gollwitzer A., Oettingen G. (2013) 'From Fantasy to Action: Mental Contrasting With Implementation Intentions (MCII) Improves Academic Performance in Children', Social Psychological and Personality Science 4(6):745-753 — bpb-us-e1.wpmucdn.com