「社外取締役を入れれば統治は効く」ではない——構成と業績の相関は弱く内生性で因果とも読めない。効き目は構成でなく議論・情報・独立した判断が働く過程に宿る
社外取締役という外の目を入れさえすれば、統治はちゃんと効く——そう思いたくなる。だが取締役会の顔ぶれを整えることと、統治が実際に効くことの間には、はっきりした関係が意外なほど見当たらない。山ほどの研究をまとめても、構成と業績の相関はほぼゼロから弱く、しかも取締役会は会社の側の事情で内側から決まるので、相関を因果と読むこともできない。効き目は、誰を入れたかではなく、議論・情報・独立した判断が実際に働くかという過程に宿る。
取締役会を機能させる——「社外取締役を入れれば統治は効く」ではない。効き目は、構成ではなく過程に宿る
前の単位では、守りの役割を三つの線に分ける「三線(スリーライン)」を扱った。ここから、棚の色が変わる——方針とリスクを見定める青の段から、それを支える体制をつくる緑の段に入る。まず扱うのは、体制の頂点にある取締役会だ。
用語をほどく。取締役会とは、会社の重要な方針を決め、経営を監督する会議体だ。その中でも、その会社の社員でも取引先でもない立場から加わる人を社外取締役と呼ぶ。上場企業には、その置き方をめぐる規範としてコーポレートガバナンス・コード(CGコード)がある——ただしこれは、後で触れるとおり、上場企業に向けた規範であって、数人の会社にそのまま義務づけられるものではない。よく聞くのは「社外取締役という外の目を入れさえすれば、統治はちゃんと効く」という声である。
この単位が示すのは、それが思うほど単純ではない、ということだ。取締役会の顔ぶれ(構成)を整えることと、統治が実際に効くことの間には、はっきりした関係が、意外なほど見当たらない。効き目は、誰を入れたかという構成そのものより、その会議で何が起きるか——議論・情報・独立した判断が実際に働くかという「過程」に宿る。順に見ていく。
構成と業績の関係は、驚くほど弱い
まず、事実から。取締役会の顔ぶれと、会社の成績の関係は、長く、たくさん調べられてきた。Dalton たちが1998年と1999年に、それまでの多くの研究をまとめて解析した(メタ分析)ところ、取締役会の独立性やリーダーシップの形、そして人数と、会社の財務業績との相関は、ほぼゼロから、あってもごく弱いものだった。
これは、直感に反する。外の目を増やせば、規模を最適にすれば、成績も上がるはずだ——そう思いたくなる。だが、山ほどの研究を積み上げて見えてきたのは、「顔ぶれをこう整えれば成績が上がる」という、きれいな関係が、実は見当たらない、ということだった。もちろん、これは「社外取締役に意味がない」という意味ではない。そうではなく、「頭数をそろえること自体が、成果を約束するわけではない」ということだ。構成は、入口にすぎない。入口を整えただけで、中で良い判断が生まれるとは限らない。
なぜ、こんなに関係が弱いのか。少し考えれば腑に落ちる。社外取締役を一人加えても、その人が会社の中で実際に何が起きているかを知る手立てが乏しければ、まともな判断のしようがない。逆に、社内の事情に通じた人ばかりでも、おかしいと言える空気さえあれば、鋭い監督が働くこともある。「外の人か、中の人か」という顔ぶれの区別は、その人が良い判断を下せるかどうかの、ごく一部しか決めていない。判断の質を左右するのは、手元に届く情報の量と質、発言できる雰囲気、そして流されずに考える姿勢——どれも、顔ぶれの一覧表には表れないものだ。だから、名簿を整えることと、判断が良くなることの間に、きれいな比例が現れないのは、むしろ自然なことなのである。
しかも、相関を因果と読むことすらできない
話は、さらに込み入っている。仮に、ある構成の会社の成績が良かったとしても、それを「その構成のおかげ」と読むことは、そう簡単にはできない。Adams・Hermalin・Weisbach が2010年に整理したのは、取締役会の姿は、会社の側の事情によって内側から決まってくる(内生的だ)、ということだった。
どういうことか。たとえば、もともと調子の良い会社が、余裕があるからこそ立派な取締役会を整える、という順序かもしれない。あるいは、難しい局面にある会社ほど、外の力を借りようと社外取締役を増やす、という逆の順序もありうる。つまり、構成と成績が一緒に動いていても、どちらが原因でどちらが結果か——あるいは、両方を動かす別の事情があるのか——を、切り分けるのがとても難しい。前の緑の段の隣、データを読む力の単位で見た「相関は因果ではない」が、ここでもそのまま効いている。Bhagat と Black が1999年と2002年に示したように、取締役会の独立性と長期の業績の間には、はっきりした相関は見られず、関係は不確かなままだ。「外の目を入れたから良くなった」とは、データからは簡単には言えないのである。
この点は、身近な例に置き換えると、もっとはっきりする。「立派なアドバイザーを迎えた会社は伸びている」という話を聞いたとする。だが、それは、アドバイザーが会社を伸ばしたのかもしれないし、もともと伸びている勢いのある会社だからこそ、立派なアドバイザーを迎えられたのかもしれない。順序を取り違えると、「アドバイザーさえ迎えれば伸びる」と、逆立ちした結論に飛びついてしまう。取締役会の構成をめぐる議論でも、まったく同じ取り違えが起きうる。だからこそ、「この会社は良い構成で、成績も良い」という一枚の写真を見せられても、そこから「構成が成績を生んだ」と読むことには、慎重でなければならない。写真に写っているのは、原因と結果ではなく、一緒に写っている二人にすぎないかもしれないのだ。
効き目は「構成」ではなく「過程」に宿る
では、取締役会は無力なのか。そうではない。これらの研究が指し示すのは、効き目のありかが、顔ぶれという「静的な構成」ではなく、会議で実際に何が起きるかという「動的な過程」にある、ということだ。
同じ顔ぶれでも、まったく違うことが起きうる。経営陣の説明を、必要な情報とともに吟味できているか。おかしいと思ったことを、口に出せる空気があるか。多数派やトップの意向に流されず、独立した判断が実際に働いているか。この「過程」が生きていれば、たとえ小さな会議体でも、統治は機能する。逆に、立派な顔ぶれをそろえても、資料を眺めて追認するだけの場になっていれば、構成は飾りになる。ここで、CGコードの性格を、はっきりさせておく。CGコードは、上場企業に向けて作られた規範であって、数人の会社や非上場の組織に、そのまま当てはめる話ではない。だが、その根っこにある問い——「重要な決定を、独立した目で、まともに吟味できているか」——は、会社の大小を問わず持ち帰れる。小さな組織の人にとって大事なのは、社外取締役の頭数ではなく、この過程の問いのほうだ。
過程が生きているかどうかは、じつは、外からは見えにくい。議事録には「全会一致で承認」とだけ残り、その裏で、誰も異論を口にできなかったのか、それとも異論が出たうえで納得して一致したのかは、記録の上では見分けがつかない。同じ「全会一致」が、健全な合意のこともあれば、沈黙の追認のこともある。だからこそ、統治を見るときに問うべきは、結論が一致したかどうかではなく、そこに至るまでに、反対や疑問が安全に口にできたかどうかだ。異論の出ない会議は、意見がそろっているのではなく、意見が言えないだけかもしれない。この違いに敏感でいることが、過程を見る目の核心になる。
時間・変化:取締役会の研究が積み上げてきた向き
順に置く。1998年、Dalton たちが、構成・リーダーシップ構造と業績の相関が弱いことをメタ分析で示す。1999年、同じ Dalton たちが、取締役会の規模と業績の関係も弱いと示す。2002年、Bhagat と Black が、独立性と長期業績に相関が見られないと示す(1999年の同著者の整理を含む)。2010年、Adams・Hermalin・Weisbach が、取締役会が内生的に決まるため構成から業績への因果は識別が難しい、と整理した。
この流れで確からしくなったのは、「社外取締役を入れれば統治は効く」ではない。確からしくなったのは、構成と業績の相関は弱く、しかも内生性のせいで因果とも読めない——だから、取締役会の効き目は、構成ではなく、議論・情報・独立した判断が実際に働く過程に宿る、という向きのほうである。半世紀近くにわたる研究の蓄積が、この同じ地味な事実を、角度を変えて何度も指し示してきた。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「外の目を一人入れたのだから、これで統治は大丈夫」という安心だ。構成を整えることは入口にすぎず、その先で過程が生きていなければ、外の目は追認する目に変わる。もうひとつの妨げは、逆に「うちは小さくて取締役会もないから、統治とは無縁だ」と切り離すこと——顔ぶれの話は上場企業のものでも、過程の問いは、一人で決める店主にも、部門を任された課長にも、そのまま効く。
助けになるのは、統治を「誰を置くか」ではなく、「重要な決定が、独立した目で、まともに吟味されているか」という過程の問いとして持つことだ。決めるとき、必要な情報がそろっているか。異論が出る余地があるか。おかしいと言った人が、不利にならずにいられるか。この問いは、会議体の有無にかかわらず立てられる。
最初の一歩は10分。自分の組織で、最近くだした重要な決定を一つ思い出し、「誰が、どんな情報をもとに決めたか」「その場に、異論を言える人はいたか」「反対意見は、実際に出て、検討されたか」の三つを書き出し、それぞれ十分だったか・足りなかったかを一言添える。取締役会の是非を論じる必要はない——自分の組織の意思決定の流れを、過程の目で棚卸しするメモとして完結する。実在企業の取締役会を評価する必要もない。この小さな棚卸しが、「置いたかどうか」から「実際に働いているかどうか」へと、目を移す最初の一歩になる。
次の単位では、その決定を実際に動かす権限——誰が何を決めてよいかを定める権限規程というものが、なぜ紙に書いたとおりには働かないのかを扱う。
- この棚の読者は会社を預かる人・部門や小さな組織を任された人で、緑の段(体制)の頭として取締役会(重要な方針を決め経営を監督する会議体)の実効性を扱う。俗説は社外取締役という外の目を入れれば統治は効くで、この単位はそれが思うほど単純ではなく、効き目が構成でなく過程に宿ることを示す(取締役の法的責任の個別判定はしない)
- 取締役会の構成と業績の関係は驚くほど弱い。Dalton ら 1998・1999は、独立性・リーダーシップ構造・規模と財務業績の相関がメタ分析でほぼゼロからあってもごく弱いことを示した。これは社外取締役に意味がないのではなく、頭数をそろえること自体が成果を約束しないということで、構成は入口にすぎず整えただけで中で良い判断が生まれるとは限らない
- しかも相関を因果と読むことすらできない。Adams・Hermalin・Weisbach 2010は、取締役会の姿が会社の側の事情で内側から決まる内生的なものだと整理した。調子の良い会社が余裕から整える順序も、難しい会社が外の力を借りて増やす逆の順序もありうる。Bhagat & Black 1999・2002も独立性と長期業績に相関が見られないと示し、外の目を入れたから良くなったとはデータから簡単に言えない
- 効き目は静的な構成ではなく会議で実際に何が起きるかという過程に宿る。同じ顔ぶれでも、経営陣の説明を必要な情報とともに吟味できているか・おかしいと口に出せる空気があるか・多数派やトップに流されず独立した判断が働くかで、まったく違うことが起きる。過程が生きていれば小さな会議体でも機能し、資料を追認するだけなら立派な構成も飾りになる
- コーポレートガバナンス・コードは上場企業に向けて作られた規範であって、数人の会社や非上場の組織にそのまま当てはめる話ではない(東証 CGコード 2021)。だが根っこの問い、重要な決定を独立した目でまともに吟味できているかは会社の大小を問わず持ち帰れる。小さな組織の人に大事なのは社外取締役の頭数ではなくこの過程の問いのほうだ
- 確からしくなったのは社外取締役を入れれば統治は効くではなく、構成と業績の相関は弱く内生性のせいで因果とも読めない、だから効き目は構成でなく議論・情報・独立した判断が実際に働く過程に宿る、という向きである。構成を整えることは入口にすぎず、その先で過程が生きていなければ外の目は追認する目に変わる
- 最初の一歩は10分。最近くだした重要な決定を一つ思い出し、誰がどんな情報をもとに決めたか・その場に異論を言える人はいたか・反対意見は実際に出て検討されたかの三つを書き出し、それぞれ十分だったか足りなかったかを一言添える。取締役会の是非や実在企業の評価は要らず、自分の組織の意思決定の流れを過程の目で棚卸しするメモとして完結する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 社外取締役という外の目を入れれば、それで統治は効くようになる | 取締役会の顔ぶれを整えることと統治が実際に効くことの間には、はっきりした関係が見当たらない。Dalton ら 1998・1999は、取締役会の独立性・リーダーシップ構造・規模と財務業績の相関が、メタ分析でほぼゼロからあってもごく弱いことを示した。これは社外取締役に意味がないという意味ではなく、頭数をそろえること自体が成果を約束するわけではないということだ。構成は入口にすぎず、入口を整えただけで中で良い判断が生まれるとは限らない |
| ある構成の会社の成績が良ければ、その構成のおかげだと読んでよい | 構成と成績が一緒に動いていても、どちらが原因でどちらが結果かは簡単には切り分けられない。Adams・Hermalin・Weisbach 2010は、取締役会の姿が会社の側の事情によって内側から決まる(内生的だ)ことを整理した。もともと調子の良い会社が余裕から立派な取締役会を整える順序も、難しい局面の会社ほど外の力を借りて社外取締役を増やす逆の順序もありうる。Bhagat & Black 1999・2002も独立性と長期業績に相関が見られないと示した。外の目を入れたから良くなったとはデータから簡単には言えない |
| うちは小さくて取締役会もないから、取締役会の統治の話は無縁だ | 顔ぶれの話は上場企業のものでも、過程の問いは会社の大小を問わず効く。取締役会の効き目は静的な構成ではなく、経営陣の説明を必要な情報とともに吟味できているか・おかしいと思ったことを口に出せるか・多数派やトップに流されず独立した判断が働くかという過程に宿る。コーポレートガバナンス・コードは上場企業向けの規範でそのまま当てはまらないが、重要な決定を独立した目でまともに吟味できているかという根っこの問いは、一人で決める店主にも部門を任された課長にも持ち帰れる |
皮肉なのは、立派な顔ぶれをそろえた取締役会ほど、安心して中身の議論がやせ細ることがある、ということだ。名の通った社外取締役が並んでいるという事実そのものが、これで大丈夫という空気を生み、資料を追認するだけの場に静かに変わっていく。だが、研究が半世紀近くかけて指し示したのは、顔ぶれと成果の間に、きれいな関係は見当たらない、という地味な事実だった。取締役会のほんとうの値打ちは、誰が座っているかではなく、その席で、独立した判断が実際に働いているかにある。重要な決定が、必要な情報とともに吟味され、異論が口に出せ、反対した人が不利にならない——その過程が生きているかどうか。これは、取締役会を持つ大企業だけの話ではない。一人で、あるいは数人で決めるすべての場に、そのまま効く問いだ。次は、その決定を動かす権限が、なぜ紙の規程のとおりには働かないかへ進む。
Q1. 『社外取締役を入れれば統治は効く』はなぜ値切られるのか。構成と業績の関係、および因果の読み取りに触れて説明せよ。一問一答
Q2. Adams・Hermalin・Weisbach 2010によれば、取締役会の姿は会社の側の事情によって内側から決まる ____ なものなので、構成から業績への ____ を観察データから識別するのは難しい。穴埋め
Q3. 取締役会の『効き目は過程に宿る』という主張の説明として、この単位の趣旨に最も合うものはどれか。選択
Q4. コーポレートガバナンス・コードの性格を、小さな組織の読者にとっての意味とあわせて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った取締役会の研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Adams・Hermalin・Weisbach が取締役会は内生的で因果識別が難しいと整理する(イ)Dalton らが構成・リーダーシップ構造と業績の相関が弱いとメタ分析で示す(ウ)Bhagat & Black が独立性と長期業績に相関が見られないと示す(エ)Dalton らが規模と業績の関係も弱いと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の組織(会社でも、任された部門でも、数人のチームでもよい)で、最近くだした重要な決定を一つ思い出して、何の決定かを一言書く。次に、三つを書き出し、それぞれ十分だったか・足りなかったかを一言添える。①誰が、どんな情報をもとに決めたか。②その場に、異論を言える立場の人はいたか。③反対意見や懸念は、実際に口に出て、検討されたか。取締役会があるかないか、社外取締役の是非を論じる必要はない。実在企業の取締役会を評価する必要もない。自分の組織の意思決定の流れを、過程の目で棚卸しするメモとして完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Dalton D.R., Daily C.M., Ellstrand A.E., Johnson J.L. (1998) ‘Meta-analytic reviews of board composition, leadership structure, and financial performance’, Strategic Management Journal 19(3):269-290 — doi.org
- Dalton D.R., Daily C.M., Johnson J.L., Ellstrand A.E. (1999) ‘Number of Directors and Financial Performance: A Meta-Analysis’, Academy of Management Journal 42(6):674-686 — doi.org
- Adams R.B., Hermalin B.E., Weisbach M.S. (2010) ‘The Role of Boards of Directors in Corporate Governance: A Conceptual Framework and Survey’, Journal of Economic Literature 48(1):58-107 — doi.org
- Bhagat S., Black B.S. (2002) ‘The Non-Correlation Between Board Independence and Long-Term Firm Performance’, Journal of Corporation Law 27:231-273 — doi.org
- Bhagat S., Black B. (1999) ‘The Uncertain Relationship Between Board Composition and Firm Performance’, The Business Lawyer 54:921-963 — doi.org
- 東京証券取引所 (2021) 『コーポレートガバナンス・コード』(2021年改訂) — www.jpx.co.jp