「三線を敷けば守れる」——だが三線は責任を分ける地図であって、線の間は断絶しうるし独立性には構造的な緊張がある。地図があること自体は守りにならない
リスクの優先順位が見えたら、次は誰がどう受け持つか——三線モデルだ。第1線は現場でリスクを取り管理し、第2線は方針を示し見張り、第3線は独立に確かめる。三つを敷けば守れると思いやすいが、三線は責任を整理する地図であって、地図があること自体は守りにならない。Davies & Zhivitskaya 2018 は三線を『堅牢な枠組みか砂上の線か』と問い直し、Stewart & Subramaniam 2010 は第3線の独立性の構造的な緊張を整理した。効果の実証でなく規範であり運用の強化が要る(Luburić 2017、Kotb ら 2020)。作り手のIIAは2020年改訂で名称から『防衛』を外した(Tawfik ら 2023)。三線は守りの保証でなく役割を確かめ合う地図である。
「三線を敷けば守れる」——だが、地図があることは守りにならない
前の単位では、リスクに優先順位をつける話を扱った。マトリクスは順位を確定する装置ではなく、対話の道具だと見た。優先順位の見立てができたら、次は、そのリスクを誰がどう受け持つか——役割の分担だ。ここでよく使われるのが、三線モデル(three lines)——リスク管理と統制の責任を、大きく三つの線(ライン)に分けて整理する枠組みである。第1線は、現場で日々の仕事をしながらリスクを取り、それを管理する部門。第2線は、その現場を横から支え、方針や基準を示してリスク管理を見張る部門(管理・コンプライアンスなど)。第3線は、その全体が本当に機能しているかを、独立の立場から確かめる内部監査だ。
「この三つの線をきちんと敷けば、会社は守られる」——そう思いやすい。役割の絵がきれいに描かれ、誰が何を受け持つかが一目で分かると、いかにも堅牢に見える。だが、この単位が最初に置く注意はこうだ。三線は、責任を整理する「地図」であって、地図があること自体は、守りにならない。 線を引いたことと、その線が実際に働くことは、別ものだ。Davies と Zhivitskaya が2018年に、三線の枠組みを「堅牢な組織化の枠組みか、それとも砂の上に引いた線にすぎないか」と問い直した。図の上できれいに分かれている線が、現場では曖昧に溶け合い、誰の責任でもない隙間が生まれる。なぜ、この区別が大事なのか。人は、組織図の上にきれいな箱と線が並ぶと、そこに描かれたとおりに現実が動いていると、つい思い込んでしまうからだ。「担当」と書いてあれば、その人が本当に見ているつもりになり、「監査」と書いてあれば、独立の目が働いているつもりになる。だが、紙の上の役割と、実際にその役割が果たされていることは、まったく別のことだ。線は、引いた瞬間に働きはじめるのではない。だから、絵が整っていることに安心するのではなく、その線が本当に働いているかを、いつも確かめ続けなければならない。整った図ほど、点検を忘れさせる力を持っている。
三線とは、責任を分ける地図である
まず、三線が何のための道具かを、正確につかんでおきたい。これは、リスク管理の責任を「現場」「見張り」「独立の確認」の三層に分けて、誰がどこまで受け持つかを、組織の中ではっきりさせるための枠組みだ。狙いは、責任のなすりつけ合いや、逆に全員が同じ仕事を重複してやる無駄を、防ぐことにある。
大事なのは、これが「効果が実証された仕組み」ではなく、「役割を整理するための約束ごと(規範)」だ、という点である。三線モデルは、内部監査人協会(IIA)などが示す、業界のコンセンサスにもとづく枠組みであって、「この形にすれば不祥事が減る」という実験で確かめられた法則ではない。だから、三線を敷いたという事実は、守りができたことの証明にはならない。Luburić が2017年に、三線の運用そのものを強化する必要を論じたのも、線を引くだけでは足りず、それを実際に機能させる不断の手入れが要るからだ。規範とは、「こう分けるのが望ましい」という、みんなで合意した約束ごとである。約束ごとには、それ自体に効き目を保証する力はない。交通ルールを紙に書いても、みんなが守らなければ事故は減らないのと同じで、三線も、その線を実際に人が受け持ち、動かして、はじめて意味を持つ。だから「うちは三線を敷いています」という言葉は、安心の理由にはならない。問うべきは、敷いたかどうかではなく、その三つが本当に別々の目として働いているか、である。地図を持つことと、道に迷わないことは、違う。
線の間は、しばしば断絶する
三線モデルのいちばんの弱点は、線と線の「間」にある。図の上では三つの層はきれいに分かれているが、現実の仕事は、そんなにはっきりとは切れない。第1線と第2線は、どこまでが現場の責任で、どこからが見張りの責任か、境目が曖昧になりやすい。「見張る側」と「見張られる側」が近づきすぎれば、なれ合いが生まれ、遠すぎれば、現場の実態が見えなくなる。小さな組織ほど、この難しさは大きい。人手が限られていれば、現場で仕事をする人が、同時にその仕事を見張る役も兼ねることになりがちだ。すると、第1線と第2線が、同じ一人の中に重なってしまう。自分の仕事を、自分で見張る。それは、線が二本あるように見えて、実は一本しかない状態だ。図の上では二つの箱に分かれていても、中身が同じ人なら、独立した目は働いていない。
とりわけ難しいのが、第3線——内部監査の独立性だ。Stewart と Subramaniam が2010年に、内部監査の独立性と客観性には、構造的な緊張があることを整理した。内部監査は、同じ会社に雇われ、その会社の給料で動きながら、その会社を厳しく点検しなければならない。自分を雇っている相手を、身内としてかばう力と、独立して切り込む役割とが、いつも引っ張り合う。この緊張は、担当者の心がけだけで消せるものではなく、仕組みそのものに埋め込まれている。Kotb、Elbardan、Halabi が2020年に、エンロン事件以降の内部監査研究を広く整理したように、この分野が長く問い続けてきたのは、まさに「独立した確認は、どうすれば本当に独立でいられるか」だった。線を引いただけでは、この緊張は解けない。
作り手自身が、「防衛」を外した
象徴的な出来事がある。この枠組みは、もともと「三つの防衛線(Three Lines of Defense)」と呼ばれていた。守りの陣地を三重に敷く、という軍隊のような比喩である。ところが、IIA は2020年の改訂で、名称から「防衛(defense)」という言葉を外し、「Three Lines Model(三線モデル)」へと改めた。作り手自身が、「防衛線」という比喩の限界を認めたのだ。
なぜか。「防衛線」という言葉は、三つの線を、敵の侵入を食い止める壁のように思わせる。だが、実際のガバナンスは、ただ守るだけの営みではない。第1線は、そもそもリスクを取って価値を生む現場であり、守りの壁ではない。三本の壁を築けば安全、という発想そのものが、現場を萎縮させ、線の間の連携を見えなくしてしまう。2020年の改訂は、三線を「壁」ではなく、目的を達するために各自の役割と協働を整理する「モデル(枠組み)」として捉え直すものだった。ここには、大事な発想の転換がある。守りとは、挑戦をやめて城にこもることではない。むしろ、リスクを取って前へ進む会社が、転んでも立ち上がれるように、役割を分けて備えておくことだ。第1線が萎縮して何も取らなくなれば、そもそも守るべき価値も生まれない。三線は、攻めを止めるための壁ではなく、攻め続けられる会社であるための、役割の地図なのである。作り手が言葉を替えたという事実は、「線を敷けば守れる」という受け取り方が、当の作り手からも否定されたことを意味する。
時間・変化:2010年から今へ
順に置く。2010年、Stewart と Subramaniam が、内部監査の独立性と客観性の構造的な緊張を整理する。2017年、Luburić が、三線を実際に機能させるには運用の強化が要ると論じる。2018年、Davies と Zhivitskaya が、三線は「堅牢な枠組みか、砂上の線か」と問い直す。2020年、IIA が改訂で名称から「防衛」を外し、同じ年、Kotb らがエンロン後の内部監査研究を整理する。2023年、Tawfik らが、三線モデルの中で内部監査が果たす役割をあらためて論じた。
この間に確からしくなったのは、「三線を敷けば守れる」ということではない。確からしくなったのは、三線は責任を分ける地図であって、線の間は断絶しうるし、独立性には構造的な緊張がある——だから地図があること自体は、守りにならない——という、向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、組織図に三本の線を描いたことで、守りができたと安心してしまうことである。絵が整うほど、線の間の隙間や、独立性の緊張は、見えなくなる。もう一つは、逆に、限界を知って「どうせ形だけだ」と、役割分担そのものを投げ出してしまうことだ。だが、地図が完全でないことと、地図が無駄なことは、違う。誰が何を受け持つかがはっきりしていなければ、いざというとき、責任のなすりつけ合いで時間を失う。三線という共通の言葉があるだけで、「これは誰の仕事か」を、落ち着いて話し合える。大事なのは、三線を「完成した守り」としてではなく、「点検のための問いのリスト」として持つことだ。線を引いて終わりにするのではなく、その線に沿って「ここは本当に別の人が見ているか」「独立の確認は、形だけになっていないか」と、折にふれて問い直す。地図は、目的地に着いたことを保証しないが、いま自分がどこにいて、どこが空白かを教えてくれる。三線の価値も、そこにある。
助けになるのは、三線を「守りの保証」ではなく「役割を確かめ合うための地図」として使うことだ。最初の一歩は10分。自分の会社の主なリスクを一つ思い浮かべ、それについて「現場で管理する人(第1線)」「方針を示し見張る人(第2線)」「独立して確かめる人(第3線)」が、それぞれ誰なのかを書き出してみる。小さな組織なら、一人が二役、三役を兼ねていて当たり前だ。そのうえで、必ず一つ問い直す。「この三つが、同じ一人に重なっていないか。もし重なっているなら、独立の確認は、どこにあるのか」。この問いが、絵の上の安心から、あなたを引き戻す。三線の値打ちは、線を敷いたことにあるのではなく、その線が本当に働いているかを、問い続けられることにある。
- 青段(方針とリスク識別)の締め。リスクを誰がどう受け持つかの役割分担=三線モデル(three lines)を扱う。第1線は現場でリスクを取り管理する部門、第2線は方針や基準を示し見張る部門(管理・コンプライアンス)、第3線は全体が機能するか独立に確かめる内部監査。俗説は三線を敷けば守れる。だが最初の注意は、三線は責任を整理する地図であって地図があること自体は守りにならないこと
- 三線は効果が実証された仕組みでなく、役割を整理するための約束ごと(規範)である。内部監査人協会(IIA)などが示す業界のコンセンサスにもとづく枠組みで、この形にすれば不祥事が減るという実験で確かめられた法則ではない。だから三線を敷いた事実は守りができた証明にならない。Luburić 2017 が三線の運用そのものの強化を論じたのも、実際に機能させる不断の手入れが要るから
- 三線の弱点は線と線の間にある。図の上では三層はきれいに分かれるが、現実の仕事はそう切れない。第1線と第2線は境目が曖昧になりやすく、近すぎればなれ合い、遠すぎれば実態が見えない。Davies & Zhivitskaya 2018 は三線を『堅牢な組織化の枠組みか、砂の上に引いた線か』と問い直した。この棚は個別適法判定をせず不正の手口を書かず、監視を勧めず特定の監査法人・GRCツールを名指しで優劣評価しない
- とりわけ難しいのが第3線(内部監査)の独立性。Stewart & Subramaniam 2010 は内部監査の独立性と客観性に構造的な緊張があると整理した。内部監査は同じ会社に雇われその給料で動きながらその会社を厳しく点検せねばならず、身内としてかばう力と独立して切り込む役割が引っ張り合う。この緊張は仕組みに埋め込まれている。Kotb, Elbardan & Halabi 2020 はエンロン後の内部監査研究を広く整理した。※Stewart & Subramaniam 2010は551でも用いる(棚内2セル上限)
- 象徴的なのは、この枠組みがもともと『三つの防衛線(Three Lines of Defense)』と呼ばれ、IIA が2020年の改訂で名称から『防衛(defense)』を外し『Three Lines Model(三線モデル)』へ改めたこと。作り手自身が防衛線という比喩の限界を認めた。第1線はそもそもリスクを取って価値を生む現場であり守りの壁ではない。壁を築けば安全という発想は現場を萎縮させる。作り手が言葉を替えた事実は、線を敷けば守れるという受け取り方が当の作り手からも否定されたことを意味する
- この間に確からしくなったのは、三線を敷けば守れるでなく、三線は責任を分ける地図であって線の間は断絶しうるし独立性には構造的な緊張がある、だから地図があること自体は守りにならないという向き。Tawfik ら2023 は三線での内部監査の役割をあらためて論じた。地図が完全でないことと無駄なことは違い、誰が何を受け持つかがはっきりしなければいざというとき責任のなすりつけ合いで時間を失う
- だからこの単位でやるのは、三線を守りの保証でなく役割を確かめ合う地図として使うこと。自分の会社の主なリスクを一つ選び、現場で管理する人(第1線)・方針を示し見張る人(第2線)・独立して確かめる人(第3線)がそれぞれ誰かを書き出す。小さな組織では一人が兼務して当たり前。必ず問い直す——三つが同じ一人に重なっていないか、重なるなら独立の確認はどこにあるか。取締役・監査役の法的責任の個別判定はしない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 第1線・第2線・第3線の三つの防衛線をきちんと敷けば、会社は守られる | 三線は、責任を整理する『地図』であって、地図があること自体は守りにならない。線を引くことと、その線が実際に働くことは別ものだ。Davies & Zhivitskaya 2018 は、三線の枠組みを『堅牢な組織化の枠組みか、それとも砂の上に引いた線にすぎないか』と問い直した。図の上できれいに分かれている線が、現場では曖昧に溶け合い、誰の責任でもない隙間が生まれる。さらに三線は効果の実証でなく役割を整理する規範であり、Luburić 2017 が論じたように、実際に機能させる不断の手入れが要る。絵の整いに安心せず、その線が本当に働いているかを確かめ続けたい |
| 第3線の内部監査は独立しているから、客観的に会社を点検できるはずだ | 第3線の独立性には、構造的な緊張が埋め込まれている。Stewart & Subramaniam 2010 は、内部監査の独立性と客観性に構造的な緊張があることを整理した。内部監査は、同じ会社に雇われ、その会社の給料で動きながら、その会社を厳しく点検しなければならない。身内としてかばう力と、独立して切り込む役割とが、いつも引っ張り合う。この緊張は心がけだけで消せず、仕組みそのものに埋め込まれている。Kotb, Elbardan & Halabi 2020 がエンロン事件以降の内部監査研究を広く整理したように、長く問い続けられてきたのは『独立した確認は、どうすれば本当に独立でいられるか』だった。この棚は特定の監査法人・GRCツールを名指しで優劣評価せず、取締役・監査役の法的責任の個別判定もしない |
| 『三つの防衛線』という言葉のとおり、三線は敵の侵入を食い止める守りの壁である | 作り手自身が、その比喩の限界を認めている。この枠組みはもともと『三つの防衛線(Three Lines of Defense)』と呼ばれていたが、IIA は2020年の改訂で、名称から『防衛(defense)』を外し『Three Lines Model(三線モデル)』へと改めた。『防衛線』という言葉は三つの線を敵を食い止める壁のように思わせるが、実際のガバナンスはただ守るだけの営みではない。第1線は、そもそもリスクを取って価値を生む現場であり、守りの壁ではない。壁を築けば安全という発想そのものが、現場を萎縮させ、線の間の連携を見えなくする。作り手が言葉を替えた事実は、『線を敷けば守れる』という受け取り方が当の作り手からも否定されたことを意味する。Tawfik ら 2023 も、三線の中で内部監査が果たす役割を、あらためて問い直している |
皮肉なのは、いちばん整って見える絵——三本の線がきれいに分かれた組織図——が、いちばん多くの隙間を、内側に隠していることだ。線を引いた瞬間、私たちは、その間に空いた『誰の責任でもない領域』や、第3線が抱える『雇われながら点検する』という緊張を、忘れてしまう。確からしいのは、三線は責任を分ける地図であって、線の間は断絶しうるし、独立性には構造的な緊張がある、ということだ。だからといって、捨てる必要はない。地図が完全でないことと、地図が無駄なことは、違う。大事なのは、それを『守りの保証』でなく『役割を確かめ合う地図』として使うことだ。三つの線が誰なのかを書き出したうえで、必ず一度、問い直す。『この三つが同じ一人に重なっていないか。独立の確認は、どこにあるのか』。三線の本当の値打ちは、線を敷いたことにあるのではなく、その線が本当に働いているかを、問い続けられることにある。ここまでで、方針を決め、リスクを見立て、役割を分ける——青段(方針とリスク識別)を、ひととおり歩いた。次の単位 549 からは、その方針と役割を、日々の記録と決裁のなかで、どう回していくかへ進む。
Q1. 三線モデルは、リスク管理の責任を、現場でリスクを取り管理する第1線、方針を示し見張る第2線、独立して確かめる ____ の第3線に分ける。だがこれは効果の実証でなく役割を整理する ____ であり、線を敷いた事実は守りができた ____ にはならない。穴埋め
Q2. IIA が2020年の改訂で三線モデルについて行ったことは、次のどれか。選択
Q3. 『三線の弱点は線と線の間にある』とはどういうことか。Stewart & Subramaniam 2010 に触れて述べよ。一問一答
Q4. 『三線を敷けば守れる』が値切られるのはなぜか。三線を、それでもどう使うかも含めて述べよ。一問一答
Q5. この単位が示した出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)Davies & Zhivitskaya が『堅牢な枠組みか、砂上の線か』と問い直す(イ)Stewart & Subramaniam が内部監査の独立性の緊張を整理する(ウ)IIA が名称から『防衛』を外す(エ)Luburić が運用の強化が要ると論じる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の会社の主なリスクを一つ選ぶ(たとえば、金銭の取り扱い、個人情報の管理、品質など)。そのリスクについて、三つの役割が『誰』なのかを書き出す——(1) 現場で日々そのリスクを取り管理している人(第1線)、(2) 方針や基準を示し現場を横から見張る人(第2線)、(3) その全体が機能しているかを独立の立場から確かめる人(第3線)。小さな組織では一人が二役・三役を兼ねていて当たり前なので、そのまま正直に書く。そのうえで、いちばん大事な問いを立てる。『この三つが、同じ一人に重なっていないか。重なっているなら、独立して確かめる目は、どこにあるのか』。もし独立の確認がどこにもなければ、それを気づきとして書き留める(誰かに時々見てもらう、記録を残して後から誰でも確かめられるようにする、など無理のない代わりの一手を一つ)。特定の個人の適否や法的責任は判定しない。実在の不祥事や通報者・当事者の個人情報は材料にしない。自分の会社の役割分担の棚卸しとして完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Davies H., Zhivitskaya M. (2018) ‘Three Lines of Defence: A Robust Organising Framework, or Just Lines in the Sand?’, Global Policy 9(S1):34-42 — doi.org
- Stewart J., Subramaniam N. (2010) ‘Internal audit independence and objectivity: emerging research opportunities’, Managerial Auditing Journal 25(4):328-360 — doi.org
- Luburić R. (2017) ‘Strengthening the Three Lines of Defence in Terms of More Efficient Operational Risk Management in Central Banks’, Journal of Central Banking Theory and Practice 6(1):29-53 — doi.org
- Kotb A., Elbardan H., Halabi H. (2020) ‘Mapping of internal audit research: a post-Enron structured literature review’, Accounting, Auditing & Accountability Journal 33(8):1969-1996 — doi.org
- Tawfik O.I. et al. (2023) ‘The Role of the Internal Auditor in Strengthening the Governance of Economic Organizations Using the Three Lines of Defense Model’, Journal of Risk and Financial Management 16(7):341 — doi.org
- The Institute of Internal Auditors (IIA) (2020)『The IIA's Three Lines Model: An Update of the Three Lines of Defense』(業界公式文書・規範) — www.theiia.org