「マトリクスで優先順位は決まる」——だが掛け算は順位を逆転させ、境界とスケールは恣意的で、見積りは判断に頼る。確定装置でなく対話の道具
洗い出したリスクに優先順位をつける番だ。発生可能性と影響度を掛け合わせて点数にすれば客観的に決まると思いやすいが、マトリクスの点数は優先順位を確定しない。Duijm 2015 は設計と使用に既知の問題があり順位づけの妥当性は自明でないことを、Ball & Watt 2013 は掛け算が致命的リスクを平らにし境界の引き方が恣意的で情報が失われることを示した。Levine 2012 は軸に対数目盛りが要ること、Ni-Chen-Chen 2010 は素のマトリクスが拡張を要すること、Peace 2017 は結果が不確実であることを示し、French 2012 は見積りそのものが専門家判断に依存して不確実だと論じた。だからマトリクスは優先順位を確定する装置でなく、限界を承知で使う対話の道具である。
「マトリクスで優先順位は決まる」——だが、順位は自明でない
前の単位では、リスクを洗い出す話を扱った。漏れる前提で更新し続ける、と見た。洗い出したリスクは、たいてい、手に負えないほどの数になる。そこで、どれから手を打つかの順番をつけたくなる。よく使われるのが、リスクマトリクス——リスクを「起きやすさ(発生可能性)」と「起きたときの被害の大きさ(影響度)」の二つの軸で碁盤の目に並べ、右上(起きやすくて被害も大きい)ほど優先、と色分けする道具だ。
「発生可能性と影響度を掛け合わせて点数にすれば、リスクの優先順位は客観的に決まる」——そう思いやすい。数字が並び、赤・黄・緑で色分けされると、いかにも科学的に見える。だが、この単位が最初に置く注意はこうだ。マトリクスの点数は、優先順位を客観的に確定してはくれない。 見た目の明快さとは裏腹に、この道具には、構造的な落とし穴がいくつもある。掛け算で出た点数は、しばしば、本来の危険度の順番を、ひっくり返してしまう。マトリクスは「対話や共有の道具」としては役に立つ。だが、「優先順位を正しく決める装置」ではない。この違いを、はっきりさせておきたい。なぜ、この区別が大事なのか。人は、数字や色で示されたものを、つい「客観的な事実」として受け取ってしまうからだ。手書きのメモに「これは危ない気がする」と書いてあれば、私たちは、それを一つの意見として吟味する。だが、同じ内容が、赤く塗られたマス目に整然と収まっていると、もう疑わずに、そのまま結論として飲み込んでしまう。道具が立派に見えるほど、その中身への警戒が、緩んでしまうのだ。
発生可能性×影響度には、既知の落とし穴がある
リスクマトリクスの問題は、思いつきの批判ではなく、研究として積み重ねられてきた。Duijm が2015年に、リスクマトリクスの設計と使用には既知の問題があり、順位づけの妥当性は自明ではないため、設計上の推奨が必要なほどだ、と論じた。碁盤の目の作り方一つで、同じリスクが、違う順位に見えてしまうのだ。
とりわけ厄介なのが、掛け算による順位の逆転だ。たとえば「めったに起きないが、起きたら壊滅的」なリスクと、「しょっちゅう起きるが、被害は小さい」リスクを、可能性×影響度で点数にすると、後者のほうが高い点になることがある。だが、会社を潰しかねないのは、たいてい前者だ。点数は、この大事な差を、平らにならしてしまう。掛け算という仕組みは、「頻度が高い」ことと「一発が致命的」なことを、同じ土俵で足し合わせてしまう。だが、この二つは、本来まったく別ものだ。毎日起きる小さな不便は、慣れれば対処できる。だが、十年に一度でも、会社を吹き飛ばす一撃は、対処する二度目が来ない。頻度でならして安心してよいリスクと、一度きりで終わるリスクは、分けて考えなければならないのに、掛け算は、その区別を、一つの数字に溶かしてしまう。Ball と Watt が2013年に、リスクマトリクスの「有用性」そのものに疑問を投げかけ、カテゴリの境界の引き方が恣意的で、細かい情報が点数に丸められて失われることを指摘した。マス目に押し込んだ瞬間、リスクの微妙な違いは、消えてしまう。たとえば、「影響度・大」の一マスの中には、「数百万円の損失」も「会社の存続にかかわる致命傷」も、一緒くたに入ってしまう。この二つは、天と地ほど違うのに、同じ色、同じ点数で扱われる。マス目は、扱いやすくするために現実を単純化する道具だが、その単純化の過程で、いちばん大事な差が、しばしば削り落とされる。だから、点数が同じでも、中身は同じではない——このことを、忘れないでおきたい。
境界とスケールが、順位を歪める
歪みは、軸の目盛りの作り方からも生まれる。Levine が2012年に、リスクマトリクスの軸を、ふつうの等間隔(線形)の目盛りで区切るのは適切でなく、桁で変わる量には対数の目盛りが要る、と論じた。「1・2・3・4・5」と均等に刻んだ軸は、「1000倍の差」と「2倍の差」を、同じ「一段の差」として扱ってしまう。現実のリスクは、桁で違うのに、である。被害が「百万円」と「一億円」では、百倍もの開きがあるのに、軸の上では、隣り合った一マスの差にしかならない。この圧縮のせいで、桁違いに深刻なリスクが、少しだけ深刻なリスクと、ほとんど同じ場所に並んでしまう。
さらに、こうした限界を補うために、マトリクスを拡張・改良する提案が、次々と出されてきた。Ni、Chen、Chen が2010年に、素のマトリクスでは不十分で、いくつもの拡張が要ることを示している。「拡張し続けなければならない」という事実そのものが、素のマトリクスの不完全さを、静かに物語っている。Peace が2017年に、リスクマトリクスの出す結果が、しばしば不確実であることを、あらためて確かめた。同じリスクでも、誰が、どんなマス目に、どう置くかで、答えは揺れる。マトリクスは、客観の装置の顔をして、実は、多くの主観的な選択を、内側に隠している。マス目の数をいくつにするか、境界をどこに引くか、どの色を「危険」とするか——こうした一つひとつが、作り手の判断であり、その判断しだいで、同じリスクが、赤にも黄にもなりうる。にもかかわらず、出来上がった図は、まるで自然の法則のように、整然として見える。
そもそも見積りは、判断に頼る
もっと根っこには、前の単位でも触れた問題がある。マトリクスに置く「発生可能性」と「影響度」の見積りそのものが、人の判断に頼っている、ということだ。
French が2012年に、リスクの評価が専門家の判断に依存し、その判断は不確実であることを論じた。マトリクスは、この不確実な見積りを、いったんマスに入れてしまうと、あたかも確定した事実のように見せてしまう。「発生可能性・中、影響度・大」と書かれると、それが誰かの当て推量だったことは、忘れられる。マス目の格子が、見積りの曖昧さを、きれいに覆い隠すのだ。同じ「中」でも、確かな根拠があって「中」と置いた人と、なんとなく真ん中を選んだ人とでは、意味がまるで違う。だが、出来上がった図の上では、その二つは、見分けがつかない。だから、点数を信じ込む前に、その裏にある「この見積りは、どれくらい確かなのか」を、いつも問い直したい。とくに、まだ一度も起きたことのないリスクほど、見積りは頼りない。過去のデータがないぶん、可能性の数字は、ほとんど勘になる。だが、そういうリスクこそ、往々にして、いちばん大きな被害をもたらすものだ。数字が頼りないからと後回しにすると、いちばん備えるべきものを、見落とすことになりかねない。では、これほど限界だらけのマトリクスは、捨てるべきなのか。そうではない。ここが、この単位の勘どころだ。
時間・変化:2010年から今へ
順に置く。2010年、Ni、Chen、Chen が、素のマトリクスは拡張を要すると示す。2012年、Levine が、軸には対数の目盛りが要ると論じ、French が、見積りは専門家判断に依存し不確実だと示す。2013年、Ball と Watt が、マトリクスの有用性そのものに疑問を投げかける。2015年、Duijm が、設計と使用の既知の問題を整理し、2017年、Peace が、結果の不確実性を確かめた。
この間に確からしくなったのは、「マトリクスで優先順位は決まる」ということではない。確からしくなったのは、掛け算は順位を逆転させ、境界とスケールは恣意的で、見積りは判断に頼る——だからマトリクスは、優先順位を確定する装置ではなく、対話のための道具である——という、向きのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、マトリクスの色や点数を、そのまま「客観的な結論」として受け取ってしまうことである。赤いマスに入ったから最優先、緑だから後回し——そう機械的に決めると、掛け算に潰された「めったに起きないが致命的なリスク」を、取りこぼす。もう一つは、逆に、限界を知って「こんな当てにならない道具は無駄だ」と、投げ捨ててしまうことだ。だが、限界があることと、役に立たないことは、違う。マトリクスには、確かな効き目もある。ばらばらに語られていたリスクを、一枚の絵の上に並べると、みんなが同じものを見て話せるようになる。頭の中だけにあった不安が、目に見える形になり、「これとこれ、どっちが先か」と議論できる。その「共通の土俵を作る」働きは、決して小さくない。問題は、道具そのものではなく、その絵を「最終的な答え」だと思い込む使い方のほうにある。立派な図ほど、疑う目を手放さずにいたい。
助けになるのは、マトリクスを「答え」ではなく「たたき台」として使うことだ。最初の一歩は10分。洗い出したリスクを、ざっくり四つの区画——「起きやすく被害も大」「まれだが致命的」「よく起きるが軽い」「まれで軽い」——に、ひとまず振り分けてみる。そのうえで、必ず一つ、問い直す。「点数では低いが、起きたら会社が終わるリスクは、隠れていないか」。この問いが、掛け算の落とし穴から、あなたを引き上げる。マトリクスの値打ちは、順位を確定することではなく、みんなで同じ絵を見ながら、「本当にこの順でいいのか」を話し合う、その入口になることだ。限界を承知で、対話の道具として使う——それが、この道具との、正しい付き合い方である。数人の会社なら、立派なソフトも、細かい点数も要らない。紙に四つの区画を描き、付箋を貼って、みんなで眺めながら「これ、本当に後回しでいい?」と話すだけで、じゅうぶんに役目を果たす。大事なのは、道具の精巧さではなく、その絵を前にして、正直に問い直す時間を、持てるかどうかである。
- 青段(方針とリスク識別)3単位目。リスクにどう優先順位をつけるか=リスクマトリクス(発生可能性=起きやすさと影響度=被害の大きさの二軸で碁盤の目に並べ右上ほど優先と色分けする道具)を扱う。俗説はマトリクスで優先順位は決まる。だが最初の注意は、点数は優先順位を客観的に確定しないこと。見た目の明快さと裏腹に構造的な落とし穴があり、掛け算の点数はしばしば本来の危険度の順番をひっくり返す
- リスクマトリクスの問題は思いつきでなく研究として積み重ねられてきた。Duijm 2015 は設計と使用に既知の問題があり順位づけの妥当性は自明でないため設計上の推奨が必要なほどだと論じた。碁盤の目の作り方一つで同じリスクが違う順位に見える。とりわけ厄介なのが掛け算による順位の逆転——めったに起きないが致命的なリスクと、しょっちゅう起きるが軽いリスクを点数にすると後者が高くなることがあり、会社を潰しかねない前者を平らにならす
- Ball & Watt 2013 はマトリクスの有用性そのものに疑問を投げかけ、境界の引き方が恣意的で細かい情報が点数に丸められて失われると指摘した。マス目に押し込んだ瞬間リスクの微妙な違いは消える。だからこの棚は具体的な不正の手口・統制の抜け道を書かず、数字で人を評価・監視する使い方を勧めず、このマトリクスで優先順位は正しく決まると断定しない。統計・確率の個別判定もしない。効果量は書かない
- 歪みは軸の目盛りからも生まれる。Levine 2012 はリスクマトリクスの軸を等間隔(線形)で区切るのは適切でなく桁で変わる量には対数の目盛りが要ると論じた。均等に刻んだ軸は1000倍の差と2倍の差を同じ一段の差として扱う。さらに限界を補う拡張が次々提案され、Ni, Chen & Chen 2010 は素のマトリクスでは不十分でいくつもの拡張が要ると示した。拡張し続けねばならない事実そのものが素のマトリクスの不完全さを物語る
- Peace 2017 はリスクマトリクスの結果がしばしば不確実だと確かめた。同じリスクでも誰がどんなマス目にどう置くかで答えは揺れ、客観の装置の顔をして多くの主観的な選択を隠す。もっと根っこには、置く発生可能性と影響度の見積りそのものが人の判断に頼る問題がある。French 2012 はリスクの評価が専門家判断に依存し不確実だと論じた。※French 2012は546でも用いる(棚内2セル上限)。マス目の格子が見積りの曖昧さを覆い隠す
- この間に確からしくなったのは、マトリクスで優先順位は決まるでなく、掛け算は順位を逆転させ境界とスケールは恣意的で見積りは判断に頼る、だからマトリクスは優先順位を確定する装置でなく対話のための道具という向き。限界だらけだが捨てるべきでもない。限界があることと役に立たないことは違い、答えでなくたたき台として、みんなで同じ絵を見ながら本当にこの順でいいのかを話し合う入口として使う
- だからこの単位でやるのは、マトリクスを答えでなくたたき台として使うこと。洗い出したリスクをざっくり四区画(起きやすく被害も大・まれだが致命的・よく起きるが軽い・まれで軽い)に振り分け、必ず一つ問い直す——点数では低いが起きたら会社が終わるリスクは隠れていないか。この問いが掛け算の落とし穴から引き上げる。マトリクスの値打ちは順位を確定することでなく、本当にこの順でいいのかを話し合う入口になること。限界を承知で対話の道具として使う
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 発生可能性と影響度を掛け合わせて点数にすれば、リスクの優先順位は客観的に決まる | マトリクスの点数は、優先順位を客観的に確定してくれない。Duijm 2015 は、リスクマトリクスの設計と使用に既知の問題があり順位づけの妥当性が自明でないことを論じた。とりわけ厄介なのが掛け算による順位の逆転で、『めったに起きないが致命的』なリスクは点数が下がって後回しに見え、『よく起きるが軽い』リスクは上位に見える。だが会社を潰しかねないのはたいてい前者である。Ball & Watt 2013 は有用性そのものに疑問を投げかけ、境界の引き方が恣意的で細かい情報が点数に丸められて失われることを指摘した。マス目に押し込んだ瞬間、微妙な違いは消えてしまう |
| 軸を1・2・3・4・5と均等に刻んで点数化すれば、リスクの大小は正しく比べられる | 軸の目盛りの作り方が、順位を歪める。Levine 2012 は、軸を等間隔(線形)で区切るのは適切でなく、桁で変わる量には対数の目盛りが要ることを論じた。均等に刻んだ軸は、『1000倍の差』と『2倍の差』を同じ『一段の差』として扱ってしまう。現実のリスクは桁で違うのに、である。さらに、限界を補う拡張が次々と出され、Ni, Chen & Chen 2010 は素のマトリクスでは不十分でいくつもの拡張が要ると示した。『拡張し続けねばならない』事実そのものが、素のマトリクスの不完全さを物語る。Peace 2017 は結果がしばしば不確実だと確かめた |
| マス目に『発生可能性・中、影響度・大』と書き込めば、そのリスクは確かに評価できたことになる | マトリクスに置く見積りそのものが、人の判断に頼っている。French 2012 は、リスクの評価が専門家の判断に依存し、その判断が不確実だと論じた。マトリクスは、この不確実な見積りをマスに入れると、あたかも確定した事実のように見せてしまう。『発生可能性・中、影響度・大』と書かれると、それが当て推量だったことは忘れられ、マス目の格子が曖昧さをきれいに覆い隠す。だから点数を信じ込む前に、その裏の『この見積りはどれくらい確かか』を問い直したい。マトリクスは客観の装置の顔をして、多くの主観的な選択を隠している。この棚は統計・確率の個別判定をせず、数字で人を評価・監視する使い方を勧めない |
皮肉なのは、いちばん科学的に見える道具——色分けされた碁盤の目——が、いちばん多くの主観を、内側に隠していることだ。赤いマスは危険、緑は安全。そう並べられると、私たちは、その裏で行われた無数の当て推量や、掛け算が潰した『まれだが致命的』の存在を、忘れてしまう。確からしいのは、掛け算は順位を逆転させ、境界とスケールは恣意的で、見積りは人の判断に頼る、ということだ。だからといって、マトリクスを捨てる必要はない。限界があることと、役に立たないことは、違う。大事なのは、それを『答え』でなく『たたき台』として使うことだ。リスクをざっくり区画に分けたうえで、必ず一度、問い直す。『点数では低いが、起きたら会社が終わるリスクは、隠れていないか』。この一問こそが、掛け算の落とし穴から、あなたを引き上げてくれる。マトリクスの本当の値打ちは、順位を確定することではなく、みんなで同じ絵を見ながら、より深く話し合う、その入口になることにある。次の単位は 548「三つの防衛線を敷くには?」。リスクの見立てができたら、次は、それを誰がどう受け持つか——役割を分ける三線の話へ進む。
Q1. リスクマトリクスは発生可能性と影響度を ____ して点数にするが、この点数は優先順位を客観的に ____ しない。とりわけ『まれだが致命的』なリスクは、点数では低く出て、掛け算に ____ されやすい。穴埋め
Q2. Duijm 2015 が、リスクマトリクスについて論じたことはどれか。選択
Q3. リスクマトリクスの『掛け算』が危険な理由を、Ball & Watt 2013 に触れて述べよ。一問一答
Q4. 『限界だらけのマトリクスを、それでも使う』とは、どう使うことか。French 2012 の指摘にも触れて述べよ。一問一答
Q5. この単位が示した研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Ball & Watt が有用性そのものに疑問を投げる(イ)Ni, Chen & Chen が素のマトリクスは拡張を要すると示す(ウ)Duijm が設計と使用の既知の問題を整理する(エ)Levine が軸には対数目盛りが要ると論じる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、前の単位で洗い出した(または思いつく)自分の会社のリスクをいくつか選び、ざっくり四つの区画に振り分ける——(A) 起きやすく被害も大きい、(B) めったに起きないが起きたら致命的、(C) よく起きるが被害は軽い、(D) まれで被害も軽い。数字で厳密に点数化する必要はなく、感覚で置いてよい。そのうえで、いちばん大事な問いを一つ立てる。『(B) の区画——点数にすれば低く出るが起きたら会社が終わりかねないリスク——に、見落としているものはないか』。もしあれば一つ書き出し、点数の高低にかかわらず優先して備えるものとして印をつける。最後に、この振り分けを『答え』でなく『話し合いのたたき台』として、誰かと一度見直す予定を一言書く。統計的な確率の判定はしない。数字で人を評価・監視する使い方にはしない。自分の会社のリスク一覧の読み直しとして完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Duijm N.J. (2015) ‘Recommendations on the use and design of risk matrices’, Safety Science 76:21-31 — doi.org
- Ball D.J., Watt J. (2013) ‘Further Thoughts on the Utility of Risk Matrices’, Risk Analysis 33(11):2068-2078 — doi.org
- Levine E.S. (2012) ‘Improving risk matrices: the advantages of logarithmically scaled axes’, Journal of Risk Research 15(2):209-222 — doi.org
- Peace C. (2017) ‘The risk matrix: uncertain results?’, Policy and Practice in Health and Safety 15(2):131-144 — doi.org
- Ni H., Chen A., Chen N. (2010) ‘Some extensions on risk matrix approach’, Safety Science 48(10):1269-1278 — doi.org
- French S. (2012) ‘Expert Judgment, Meta-analysis, and Participatory Risk Analysis’, Decision Analysis 9(2):119-127 — doi.org