「値付けは聞けば分かる」——だが快く「買う」と言った人ほど、前払いを募ると静かになる
いちばん快く「その値段なら、ぜひ買います」と言ってくれる人ほど、いざ前払いを募ると、いちばん静かになる。仮に聞かれた値段は、痛みを伴わない約束だから、人は気前よく高めに答える。だが、財布を開く段になると、その気前は、みるみるしぼむ。だから、聞いて集めた「買う」の合計は、たいてい、実際に払われる額より高い幻だ。価格を確かめる唯一の確かな方法は、言葉ではなく、実際にお金が動くかを見ることである。
値付けを試すとは、何を指すのか
前の単位で、採算の数字を前提ごと疑う構えが手に入った。それを、採算の分子——いくらもらうか、つまり価格そのものの検証へ進める。初期市場と採算の段は、この単位でひとまず区切りになる。
まず言葉をほどく。支払意思(WTP=Willingness To Pay)とは、「その人が、それにいくらまでなら払うか」という金額のこと。俗説は言う——「値付けは、客に聞けば分かる。『いくらなら買いますか』と尋ねればいい」。この単位が見るのは、その「聞いた答え」が、どこまで当てになるかだ。ちまたには、この問いを体系立てた価格感度メーター(PSM=van Westendorp)のような実務手法もあるが、それも「仮想の価格を尋ねる」やり方に依っている——後で見るとおり、そこには共通の落とし穴がある。読者の半分は、資金調達型のスタートアップではない——自己資金で新しい売り物を試す店主も、頒布の価格を決めかねている人もいる。あらかじめ断っておく——この単位は、価格を試すために相手を欺くやり方は書かない。 事前に予約を募るときも、見せ方に嘘を混ぜない。また、特定の調査ツールを名指しで良し悪し評価しない。言うことは三つ。値付けを試すとは何を指すのか、聞くとどこまで分かると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。
「聞けば分かる」の裏——申告された価格は、実際より高く出る
まず、いちばん根本の歪みから。人は、「いくらなら買うか」と仮に問われると、実際に財布を開くときより、高い金額を答える。MurphyとAllen、Stevens、Weatherheadが2005年に『A Meta-analysis of Hypothetical Bias in Stated Preference Valuation』(Environmental and Resource Economics 30(3):313-325) で、多くの研究をメタ分析でまとめたところ、仮に申告された支払意思は、実際の支払いより、系統的に過大になるという傾向が、繰り返し確かめられていた。これを仮想バイアス(hypothetical bias)という。
なぜ、そうなるのか。仮に「いくらなら払う?」と聞かれる場面では、答えても、実際にお金は出ていかない。だから人は、気前よく、少し高めに答えてしまう。痛みが伴わない約束は、安い。ListとGalletが2001年に『What Experimental Protocol Influence Disparities Between Actual and Hypothetical Stated Values?』(Environmental and Resource Economics 20(3):241-254) で示したように、この過大の大きさは、聞き方の手続きによっても変わる。より新しくは、SchmidtとBijmoltが2019年に『Accurately measuring willingness to pay for consumer goods』(Journal of the Academy of Marketing Science) で、消費財の支払意思にしぼって仮想バイアスをメタ分析し、仮に申告された支払意思が実際より大きく過大になる向きを、改めて確かめている(過大の倍率は研究によって幅があるので、ここでは向きだけを受け取る)。ここで橙の段の見方を当てておく——「客がこの値段なら買うと言った」という答えと、「本当にその値段で買う」という証明は、別物だ。聞いた価格は、まず割り引いて受け取る必要がある。
測り方で結果が変わる——「実際に払う」方法ほど、低く出る
では、どう測れば、実態に近づくのか。ここが肝心だ。WertenbrochとSkieraが2002年に『Measuring Consumers' Willingness to Pay at the Point of Purchase』(Journal of Marketing Research 39(2):228-241) で示したのは、回答が実際の購入につながる仕組み(インセンティブ整合的な方法)で測ると、ただ仮に尋ねる方法より、支払意思が低く出る、ということだった。
つまり、「本当に払うことになるかもしれない」という緊張が入るほど、答えは実態に近づき、低くなる。Voelcknerが2006年に『An empirical comparison of methods for measuring consumers' willingness to pay』(Marketing Letters 17(2):137-149) で複数の測定法を比べたときも、MillerとHofstetter、Krohmer、Zhangが2011年に『How Should Consumers' Willingness to Pay Be Measured?』(Journal of Marketing Research 48(1):172-184) で最新の手法を突き合わせたときも、結論の向きは同じだった——仮に聞く方法は高く出て、実際の支払いに近い方法ほど、低く、そして正確に出る。 だから、値付けを「聞く」なら、せめて「本当に払う場面」に近い聞き方を選ぶこと。ただし、これらの実証の多くは、環境財や消費財の実験で、BtoBや少数の顧客を相手にする小さな新規事業に、そのまま当てはまる保証はない。受け取るのは、「聞いた価格は高めに出る」という一般的な向きである。
仮想の価格質問は、みなこの落とし穴の上にある
ここで、実務でよく使われる価格の聞き方に立ち返る。冒頭で触れた価格感度メーター(PSM)は、「高すぎて買わないのはいくらから?」「安すぎて品質が不安なのはいくら?」といった問いを重ねて、受け入れられる価格帯を探る手法だ。よくできた道具で、価格の当たりをつけるには役に立つ。
だが、思い出してほしい。この問いは、どれも「仮に」の質問である。実際に払う場面ではない。ということは、ここまで見てきた仮想バイアスの影響を、まともに受ける。PSMで出てきた「受け入れられる価格帯」は、実際の支払いより高めに寄っている可能性が高い。これは「PSMを使うな」という話ではない。価格の候補を絞る入口としては有用だ。ただ、その答えを最終の値段として確定してはいけない、ということだ。仮想の質問で出した価格は、あくまで仮説であって、検証の済んだ結論ではない。
だから、「払う場面」で検証する
では、どうやって検証するのか。答えは、これまでの単位と地続きだ。声を行動で検算したように、価格もまた、言葉ではなく、実際の支払いで確かめる。 具体的には、事前に予約や前払いを募ってみる——「この値段で、先に申し込んでくれますか」と。財布を開く痛みが伴う場面で、なお払ってくれるかどうかが、いちばん確かな検証になる。
ここで、誠実さの線を引いておく。事前販売や予約の検証は、相手を欺いてはならない。 まだ無いものを「もうある」と偽って売る、届ける気のないものを予約させる——それは検証ではなく、詐欺だ。誠実な事前販売とは、「これから作るこういうものを、この値段で提供したい。関心があれば、先に申し込んでほしい。もし実現しなければ、返金する」と、正直に伝えたうえで、実際の申し込みを見ることである。集まれば、その価格に、言葉ではなく行動の裏づけがある。集まらなければ、聞いたときの「いいね、その値段なら買う」が、仮想バイアスの産物だったと分かる。どちらでも、聞くだけでは得られない、確かなことが分かる。しかも、事前販売には、検証を超えた実利もある。実現する前にお金が集まれば、それは、作るための元手になる。前の単位までで見た採算の数字も、実際の前払いが一件でも入れば、仮定の掛け算ではなく、確かめられた一点を持つことになる。借金をして見切り発車する前に、まず「本当に払う人がいるか」を、痛みの伴うお金で確かめておく——それが、この棚がずっと言ってきた「安く・早く・賢く間違える」の、価格における実践である。
時間・変化:2001年から2011年へ
順に置く。2001年、ListとGalletが、申告値と実値の差が手続きで変わることをメタ分析で示す。2002年、WertenbrochとSkieraが、実際の購入につながる方法ほど支払意思が低く出ることを、2005年、Murphyらが、申告値は実値より系統的に過大だとメタ分析で示す。2006年、Voelcknerが測定法を比較し、2011年、Millerらが最新手法を突き合わせて、いずれも同じ向き——仮想は高く、実払いに近いほど低く正確——を確かめた。
この間に確からしくなったのは、「聞けば値付けが分かる」という約束ではない。確からしくなったのは、仮に聞いた支払意思は実際より高く出て、測り方(実払いに近いか)で結果が変わり、だから聞くだけでなく払う場面での検証が要る、という向きの事実である。聞いた価格は、仮説。払われた価格が、証拠だ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「この値段なら買う」という客の答えを、そのまま値付けの根拠にすることである。仮の答えは、実際の支払いより高めに出る。もう一つの妨げは、PSMのような手法で出た価格帯を、検証済みの結論と取り違えることだ。仮想の質問から出た数字は、まだ仮説にすぎない。
助けになるのは、聞いて得た希望価格を、「では、その値段で、実際に前払いや予約をしてくれるか」という、財布の痛みが伴う場面で確かめる設計に落とすことである。もちろん、誠実に——欺かず、実現しなければ返す前提で。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分の売り物の希望価格を一つ決め、それを「実際に前払い(あるいは予約)してくれるか」で検証する、誠実なやり方を一つ、紙に書き出してみること。実際に募集をかける必要はまだない。どう伝え、どう申し込んでもらい、実現しなければどう返すか——その設計を、自分の手元で描くだけでよい。
次の単位は 525「本業の資産を借りるには?」——初期市場と採算の話から、事業を大きくする段——本業や親会社の資産をどう使うかへ進む。
- 支払意思(WTP)とはその人がそれにいくらまでなら払うかという金額。俗説は値付けは客にいくらなら買うかと聞けば分かると言う。価格感度メーター(PSM=van Westendorp)のような実務手法も仮想の価格を尋ねるやり方に依る。この単位は価格を試すために相手を欺くやり方を書かず事前予約でも見せ方に嘘を混ぜず、特定の調査ツールを名指し評価しない
- MurphyとAllen・Stevens・Weatherhead 2005『A Meta-analysis of Hypothetical Bias in Stated Preference Valuation』(Environmental and Resource Economics 30(3):313-325)は多くの研究のメタ分析で、仮に申告された支払意思が実際の支払いより系統的に過大になる傾向(仮想バイアス=hypothetical bias)を確かめた。仮に問われる場面では答えてもお金が出ていかないので人は気前よく高めに答える。痛みが伴わない約束は安い
- ListとGallet 2001『What Experimental Protocol Influence Disparities...』(Environmental and Resource Economics 20(3):241-254)は申告値と実値の差の大きさが聞き方の手続きで変わることを示した。客がこの値段なら買うと言った答えと本当にその値段で買うという証明は別物で、聞いた価格はまず割り引いて受け取る必要がある
- WertenbrochとSkiera 2002『Measuring Consumers' Willingness to Pay at the Point of Purchase』(Journal of Marketing Research 39(2):228-241)は回答が実際の購入につながる仕組み(インセンティブ整合的な方法)で測るとただ仮に尋ねる方法より支払意思が低く出ると示した。本当に払うことになるかもしれない緊張が入るほど答えは実態に近づき低くなる
- Voelckner 2006(Marketing Letters 17(2):137-149)が測定法を比べたときもMillerとHofstetter・Krohmer・Zhang 2011『How Should Consumers' Willingness to Pay Be Measured?』(Journal of Marketing Research 48(1):172-184)が最新手法を突き合わせたときも向きは同じで、仮に聞く方法は高く出て実際の支払いに近い方法ほど低く正確に出る。実証の多くは環境財や消費財の実験で小さな新規事業に断定転用せず聞いた価格は高めに出る一般的な向きとして受け取る
- 価格感度メーター(PSM)は高すぎて買わないのはいくらからなどの問いで受け入れられる価格帯を探る手法で価格の当たりをつけるには役立つが、問いはどれも仮にの質問で仮想バイアスの影響を受ける。PSMで出た受け入れられる価格帯は実際の支払いより高めに寄っている可能性が高く、価格の候補を絞る入口としては有用だがその答えを最終の値段として確定してはいけない。仮想の質問で出した価格は仮説であって検証済みの結論ではない
- だから価格は言葉でなく実際の支払いで確かめる。事前に予約や前払いを募り財布を開く痛みが伴う場面でなお払ってくれるかが確かな検証になる。ただし相手を欺いてはならず、まだ無いものをあると偽って売ったり届ける気のないものを予約させたりは詐欺で、これから作るものをこの値段で提供したい実現しなければ返金すると正直に伝えて実際の申し込みを見ることが誠実な事前販売である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 値付けは、客に「いくらなら買うか」と聞けば、その答えで決められる | 仮に聞いた支払意思は、実際より高く出る。Murphyら2005はメタ分析で、仮に申告された支払意思が実際の支払いより系統的に過大になる傾向(仮想バイアス)を確かめた。答えても実際にお金は出ていかないので、人は気前よく高めに答える。痛みが伴わない約束は安い。List & Gallet 2001が示すようにこの過大の大きさは聞き方でも変わる。だから「この値段なら買う」という答えと「本当にその値段で買う」という証明は別物で、聞いた価格はまず割り引いて受け取る |
| 価格感度メーターのような手法で出た価格帯なら、そのまま値段を決めてよい | PSMも仮想の質問に依っている。冒頭の問いはどれも「仮に」の質問なので、仮想バイアスの影響をまともに受け、出てくる価格帯は実際の支払いより高めに寄っている可能性が高い。価格の候補を絞る入口としては有用だが、その答えを最終の値段として確定してはいけない。仮想の質問で出した価格はあくまで仮説であって、検証の済んだ結論ではない。測り方を実払いに近づけるほど支払意思は低く正確に出る(Wertenbroch & Skiera 2002・Miller ら 2011) |
| 価格を試すには、買うと言わせて反応を見るのがいちばん手っ取り早い | 価格は言葉でなく実際の支払いで確かめる。事前に予約や前払いを募り、財布を開く痛みが伴う場面でなお払ってくれるかを見るのが確かな検証で、集まれば行動の裏づけがあり集まらなければ好意が仮想バイアスの産物だったと分かる。ただし相手を欺いてはならない——まだ無いものをあると偽って売ったり届ける気のないものを予約させたりは詐欺である。これから作るものをこの値段で提供したい、実現しなければ返金すると正直に伝えたうえで実際の申し込みを見るのが誠実な事前販売である |
皮肉なのは、いちばん快く「その値段なら、ぜひ買います」と言ってくれる人ほど、いざ前払いを募ると、いちばん静かになることである。仮に聞かれた値段は、痛みを伴わない約束だから、人は気前よく高めに答える。だが、財布を開く段になると、その気前は、みるみるしぼむ。だから、聞いて集めた「買う」の合計は、たいてい、実際に払われる額より高い幻だ。価格を確かめる唯一の確かな方法は、言葉ではなく、実際にお金が動くかを見ること——ただし、まだ無いものをあると偽ってはならない。誠実に「これを作りたい、この値段で、先に申し込んでほしい」と伝えて、それでも財布が開くなら、その値段には、言葉ではない裏づけがある。開かないなら、それもまた、聞くだけでは決して分からなかった、確かな答えである。
Q1. Murphyら2005がメタ分析で示したように、仮に申告された支払意思は実際の支払いより系統的に ____ になる(____ バイアス=hypothetical bias)。理由は、仮に問われても実際にお金が ____ からで、痛みが伴わない約束は安い。穴埋め
Q2. Wertenbroch & Skiera 2002、Voelckner 2006、Miller ら 2011が、支払意思の測り方について共通して示した向きはどれか。選択
Q3. 価格感度メーター(PSM)について、この単位はどう位置づけるか。有用な点と、してはいけないことの両方を述べよ。一問一答
Q4. 価格を「払う場面」で検証するとはどうすることか。その際に守るべき「誠実さの線」も述べよ。一問一答
Q5. 支払意思の測定をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Murphyらが申告値は実値より系統的に過大とメタ分析で示す(イ)List & Galletが差は手続きで変わるとメタ分析で示す(ウ)Millerらが最新手法を突き合わせる(エ)Wertenbroch & Skieraが実払いに近い方法ほど低いと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の売り物(これから出したいもの)の希望価格を一つ、思い切って決める。そのうえで、その価格を「言葉ではなく実際の支払いで確かめる」ための、誠実な検証の設計を書き出す。(1)誰に、どう伝えるか(「これから作るこういうものを、この値段で提供したい」と、まだ無いことを隠さず正直に)。(2)どう申し込んでもらうか(前払い・予約・申込リストなど、財布の痛みが伴う形)。(3)もし実現しなかったら、どう返す・どう詫びるか。最後に、何件集まれば「この価格に行動の裏づけがある」と判断するかの目安を書く。実際に募集をかける必要はまだなく、欺かない検証の設計を自分の手元で描くだけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Murphy J.J., Allen P.G., Stevens T.H., Weatherhead D. (2005) ‘A Meta-analysis of Hypothetical Bias in Stated Preference Valuation’, Environmental and Resource Economics 30(3):313-325 — doi.org
- List J.A., Gallet C.A. (2001) ‘What Experimental Protocol Influence Disparities Between Actual and Hypothetical Stated Values?’, Environmental and Resource Economics 20(3):241-254 — doi.org
- Wertenbroch K., Skiera B. (2002) ‘Measuring Consumers’ Willingness to Pay at the Point of Purchase’, Journal of Marketing Research 39(2):228-241 — doi.org
- Voelckner F. (2006) ‘An empirical comparison of methods for measuring consumers’ willingness to pay’, Marketing Letters 17(2):137-149 — doi.org
- Miller K.M., Hofstetter R., Krohmer H., Zhang Z.J. (2011) ‘How Should Consumers’ Willingness to Pay Be Measured? An Empirical Comparison of State-of-the-Art Approaches’, Journal of Marketing Research 48(1):172-184 — doi.org
- Schmidt J., Bijmolt T.H.A. (2019) ‘Accurately measuring willingness to pay for consumer goods: a meta-analysis of the hypothetical bias’, Journal of the Academy of Marketing Science 48:499-518 — doi.org