「本業の資産は強みになる」——だが強みは制約に反転し、関連は万能でなく、親の資産には型がついてくる
本業の資産は強みになる、と教わる。皮肉なことに、本業が強い会社ほど、新しい事業でつまずきやすい。強いということは、うまくいくやり方が体に染みついているということで、その染みついたやり方こそが、新しい方向への一歩を鈍らせる。磨いた能力は疑いにくく、成功した見方は捨てにくい。だから、持っているものが多いほど、それに縛られる。ゼロから始める人には、少なくとも、捨てるべき過去がない。
前の単位で、価格は聞くだけでは分からず、実際に売って確かめるものだと分かった。ここから段はひとつ進む。初期市場と採算の段から、スケールと社内の段——事業を大きくし、組織の中で通していく話に入る。まず扱うのは、その最大の元手であるはずの「本業の資産」を、新しい事業にどう活かすかである。
「本業の資産は強みになる」——これが、この単位が向き合う俗説だ。すでに持っている顧客、設備、信用、やり方(ルーティン)。ゼロから始める人に比べれば、有利に決まっている、という発想である。たしかに、資産は元手になる。だが、この単位で見るのは、その裏面だ。本業で強みだったものが、新しい事業では、そのまま足枷に反転しうる。 まず断っておく。ここで言うのは「本業の資産を使うな」ではない。扱うのは、どの資産が助けになり、どの資産が枷になるのか——その見分け方の構造である。この話は、大企業の新規事業部だけのものではない。本業の傍らで新しい売り物を試す店主も、家業に新しい柱を作ろうとする後継ぎも、みな同じ問いに立つ。手元にある顧客名簿、使い慣れた設備、積み上げた信用——それらは、次の事業を後押しもすれば、古い型に引き戻しもする。
中核の強みは、中核の足枷になる
出発点は、一つの逆説だ。長く本業を支えてきた強み——磨き上げた能力や、成功をもたらした物の見方——が、新しい機会の前では、かえって動きを鈍らせる。二〇〇〇年、Tripsas と Gavetti が *Strategic Management Journal* 誌 21(10-11):1147-1161 で、デジタル画像への転換に直面した企業を調べ、既存の能力と、経営者の凝り固まった認知(ものの見方)が、慣性(inertia)となって、新しい方向への動きを妨げることを示した。強かった会社ほど、その強さの前提を疑えない。うまくいったやり方が、体に染みついているからだ。具体的には、こういうことだ。長く同じ商いをしていると、「うちの客はこういうものを求めている」「うちのやり方はこうだ」という前提が、意識しないほど当たり前になる。その前提は、本業では正しかった。だが新しい事業の客は、別のものを求めているかもしれない。にもかかわらず、染みついた前提が、新しい事実を見えなくする。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——使える資産があるほど有利だと思い込み、その資産が新しい事業では制約に反転することを見落とす。 中核の能力は、そのまま、中核の硬直になりうる。しかも過去に成功した会社ほど、その硬直は強い。
足枷は、資産と慣行の両面から来る
その硬直は、どこから来るのか。二〇〇五年、Gilbert が *Academy of Management Journal* 誌 48(5):741-763 で、組織の慣性を二つに分けて調べた。一つは資源の硬直(resource rigidity)——持っている資産や予算を、新しい方向へ振り向けられないこと。もう一つは業務慣行の硬直(routine rigidity)——日々のやり方や手順を、変えられないこと。彼が示したのは、この二つは別々に効き、片方を解いても、もう片方が足を引っ張ることだ。たとえば、新事業に資金は付けられても(資源は動かせても)、現場のやり方が本業のままなら(慣行が硬いなら)、その資金は本業の型で使われてしまう。だから、「資産を回せば新事業は動く」とは限らない。回すべきは資産だけでなく、やり方のほうでもある。 この二つを分けて見るのは、実務でも効く。新事業がうまく回らないとき、「資金が足りないのか(資源の問題)」なのか、「使えるはずの資源を、本業のやり方のまま使ってしまっているのか(慣行の問題)」なのかを、切り分けて問う。答えが後者なら、いくら資金を足しても解決しない。変えるべきは、お金ではなく、手つきのほうだからだ。
「本業と近い」は、必ずしも有利ではない
では、本業と関連の深い事業を選べば安全か。そうとも言えない。一九九五年、Sorrentino と Williams が *Journal of Business Venturing* 誌 10(1):59-73 で、社内の新規事業が本業とどれだけ関連しているかと、その成否の関係を調べ、関連性が高いほど有利、とは必ずしも言えないことを示した。近すぎる事業は、本業の常識や慣行を、そっくり引き継いでしまいやすいからだ。関連は、資産を流用しやすくする一方で、硬直も一緒に流し込む。さらに、既存の会社が新しい事業から学べるかどうかも、自動ではない。二〇〇五年、Dushnitsky と Lenox が *Research Policy* 誌 34(5):615-639 で、既存企業がベンチャーから学ぶには特定の条件がいることを示した。近いだけでは、学びは起きない。「本業と近いから活かせる」は、条件つきの話なのだ。 ここに、判断の難しさがある。本業から遠すぎる事業は、資産を活かせず、ゼロから始めるのと変わらない。かといって近すぎる事業は、本業の型ごと引き継いで、結局は本業の延長にしかならない。狙い目は、その中間——資産の一部は活きるが、やり方は新しく組み直せる距離だ。だが、その距離を最初から正しく測るのは難しい。だからこそ、資産を「一括で活かす/活かさない」で決めず、一つずつ、この資産は活きる、この慣行は捨てる、と選り分ける手間がいる。
社内の新事業は、親の構造の中でしか進めない
もう一つ、社内で新規事業を進める人が直面する現実がある。一九八三年、Burgelman が *Administrative Science Quarterly* 誌 28(2):223-244 で、多角化した大企業の社内ベンチャーの過程を調べ、社内の新事業は、親会社の構造・評価・選抜の過程の中でしか進められないことを示した。どんなに筋の良い事業でも、親会社の予算の付け方、評価の基準、人の選び方という「型」の中を通らねばならない。ここに、独立性とのトレードオフがある。親の資産を借りるほど、親の型に縛られる。二〇〇六年、Dushnitsky と Lenox が *Journal of Business Venturing* 誌 21(6):753-772 で、親会社の投資(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)が価値を生むのも条件つきだと示した。親の資産は、無条件の強みではない。借りた資産の分だけ、親会社の期待や評価に応える義務も生まれ、新事業が親の都合で早すぎる判断を迫られることもある。借りるほど、返すもの(自由)がある。
時間・変化:1983年から2006年へ
順に置く。一九八三年、Burgelman が、社内の新事業は親会社の構造の中でしか進めないことを示す。一九九五年、Sorrentino と Williams が、本業との関連性は必ずしも有利でないことを示す。二〇〇〇年、Tripsas と Gavetti が、既存の能力と認知が慣性となって新しい動きを妨げることを示す。二〇〇五年、Gilbert が、硬直は資源と慣行の両面で効くことを、Dushnitsky と Lenox が、既存企業が新事業から学ぶには条件がいることを示す。二〇〇六年、Dushnitsky と Lenox が、親会社の投資が価値を生むのも条件つきだと示す。この二十年あまりで確からしくなったのは、「本業の資産は強みになる」ではない。確からしくなったのは、強みは制約に反転しうる・関連は万能でない・親の資産には型がついてくる——という向きのほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、本業の資産を、無条件の強みだと思い込むことである。そう思っている限り、資産をそのまま新事業に持ち込み、一緒に付いてくる硬直に気づけない。うまくいったやり方ほど、疑うのが難しい。助けになるのは、自分の資産を一つずつ、「これは助けか、枷か」と仕分けることだ。この顧客は新事業の顧客になるか、それとも本業の常識を押しつけてくるか。この設備は使えるか、それとも古いやり方に縛るか。この信用は届くか、それとも本業の看板が邪魔をするか。資産ごとに、助けと枷の両面を見る。
この見分けは、家業や小さな商いでも同じだ。たとえば、本業で築いた常連客は、新しい売り物にとって最初の支持者になりうる。だが同時に、「あの店らしくない」という常連の声が、新しい挑戦を縛ることもある。使い慣れた設備は元手になるが、その設備でできることの範囲に、発想を閉じ込めもする。積み上げた信用は追い風だが、本業の看板が、まるで別の事業には届かない、あるいはかえって邪魔をすることもある。どれも、助けと枷が同じ資産に同居している。
この単位は、実在の企業の良し悪しを判定しない。「資産を捨てて独立せよ」とも言わない。言うのは、本業の資産は両刃——助けになる資産と、足枷になる資産を見分け、必要なら、やり方のほうを新事業用に組み直せということだ。借りるのは資産であって、型ではない。ここを取り違えないことだ。
最初の一歩は10分。自分の本業の資産——顧客、設備、信用、日々のやり方(慣行)——を思い浮かべる。そのうえで、(1)新しい事業に流用したとき、助けになりそうな資産を一つ、なぜ助けになるかとともに書く。(2)逆に、足枷になりそうな資産(またはやり方)を一つ、なぜ枷になるかとともに書く。(3)その枷を、新事業ではどう組み直せるかを一行書く。資産の棚卸しではなく、資産の「両面」の棚卸しだ。強みと決めつけているものの、裏面を見るのである。
- 桃の段の頭、スケールと社内の単位。本業の資産(顧客・設備・信用・ルーティン)は元手になるが両刃。Tripsas・Gavetti 2000(Strategic Management Journal 21(10-11):1147-1161)は、デジタル画像への転換に直面した企業で、既存の能力と経営者の凝り固まった認知が慣性(inertia)となって新しい方向への動きを妨げると示した。強かった会社ほど強さの前提を疑えない。中核の能力は、そのまま中核の硬直になりうる
- 証拠の読み違え方は、使える資産があるほど有利だと思い込み、その資産が新しい事業では制約に反転することを見落とすこと。中心命題は、本業の強みは制約に反転しうる・関連は万能でない・独立性とのトレードオフがある。両利きやオープンイノベーションは概念として触れるにとどめ出典に引かない(F01の持ち場)。F01(技術・製品開発)とは対構造で、525は事業モデルとしての社内資産活用
- Gilbert 2005(Academy of Management Journal 48(5):741-763)は、組織の慣性を資源の硬直(資産・予算を新方向へ振り向けられない)と業務慣行の硬直(日々のやり方・手順を変えられない)に分け、二つは別々に効き片方を解いてももう片方が足を引っ張ると示した。新事業に資金を付けても現場のやり方が本業のままなら、その資金は本業の型で使われる。回すべきは資産だけでなく、やり方でもある
- Sorrentino・Williams 1995(Journal of Business Venturing 10(1):59-73)は、社内の新規事業と本業の関連性が高いほど有利とは必ずしも言えないと示した。近すぎる事業は本業の常識・慣行をそっくり引き継ぎやすく、関連は資産の流用を助ける一方で硬直も流し込む。Dushnitsky・Lenox 2005(Research Policy 34(5):615-639)は、新事業から学ぶには特定の条件がいると示した。本業と近いから活かせるは条件つき
- Burgelman 1983(Administrative Science Quarterly 28(2):223-244)は、社内ベンチャーが親会社の構造・評価・選抜の過程の中でしか進められないと示した(527と共有・同一棚2セル)。親の予算・評価基準・人の選び方という型を通らねばならず、独立性とのトレードオフがある。Dushnitsky・Lenox 2006(Journal of Business Venturing 21(6):753-772)は、親会社の投資(CVC)が価値を生むのも条件つきだと示した。親の資産は無条件の強みではない
- 妨げるのは、本業の資産を無条件の強みだと思い込むこと。資産をそのまま持ち込み、一緒に付いてくる硬直に気づけない。助けになるのは、資産を一つずつ助けか枷かと仕分けること。この顧客は新事業の顧客になるか本業の常識を押しつけるか、設備は使えるか発想を縛るか。資産ごとに両面を見る。大企業CVC実証を中小・家業に断定転用しない
- 中心命題は、本業の資産は両刃で、助けになる資産と足枷になる資産を見分け、必要ならやり方を組み直すこと。資産を捨てて独立せよではなく、借りた力に借りた型まで無自覚についてこさせるな。実在企業を優劣評価しない。次は526で、その事業をどう段階的にスケールするか
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| すでに顧客・設備・信用・やり方を持っているのだから、ゼロから始める人より必ず有利だ | Tripsas・Gavetti 2000は、新しい機会に直面した企業で、既存の能力と経営者の凝り固まった認知が慣性(inertia)となって新しい方向への動きを妨げると示した。強かった会社ほど、その強さの前提を疑えず、うまくいったやり方が体に染みついている。使える資産があるほど有利だと思い込み、その資産が新しい事業では制約に反転することを見落としてはならない。中核の能力は、そのまま中核の硬直になりうる。持っているものが多いほど縛られる |
| 新事業に資金や設備を回してやれば、本業の資産はそのまま新事業の力になる | Gilbert 2005は、組織の慣性を資源の硬直(持つ資産・予算を新方向へ振り向けられない)と業務慣行の硬直(日々のやり方・手順を変えられない)に分け、この二つは別々に効き片方を解いてももう片方が足を引っ張ると示した。新事業に資金を付けても現場のやり方が本業のままなら、その資金は本業の型で使われる。資産を回せば新事業が動くとは限らない。回すべきは資産だけでなく、やり方のほうでもある |
| 本業と関連の深い事業を選べば、資産を活かせて安全に立ち上げられる | Sorrentino・Williams 1995は、社内の新規事業と本業の関連性が高いほど有利とは必ずしも言えないと示した。近すぎる事業は本業の常識や慣行をそっくり引き継ぎやすく、関連は資産の流用を助ける一方で硬直も一緒に流し込む。さらにDushnitsky・Lenox 2005は、既存企業が新事業から学ぶには特定の条件がいると示した。本業と近いから活かせるは条件つきの話である |
皮肉なのは、本業が強い会社ほど、新しい事業でつまずきやすいことだ。強いということは、うまくいくやり方が体に染みついているということで、その染みついたやり方こそが、新しい方向への一歩を鈍らせる。磨いた能力は、疑いにくい。成功した見方は、捨てにくい。だから、持っているものが多いほど、それに縛られる。ゼロから始める人には、少なくとも、捨てるべき過去がない。本業の資産を借りるとき、いちばん危ないのは、それを無条件の強みだと信じ込むことだ。資産には裏面がある。この顧客は助けにも枷にもなり、設備は元手にも足枷にもなり、信用は追い風にも向かい風にもなる。だから借りる前に、一つずつ両面を見る。そして、枷になるやり方は、新事業のために組み直す。本業の資産は、使うなではなく、見分けて使え。借りた力に、借りた型まで無自覚についてこさせるな——それが、親の懐で新しい事業を育てる者の、最初の規律である。
Q1. 「本業の資産があるほど新規事業で有利だ」という見方の落とし穴を、Tripsas・Gavetti 2000 に触れて説明せよ。一問一答
Q2. Gilbert 2005 の「資源の硬直」と「業務慣行の硬直」の区別から言えることはどれか。選択
Q3. Sorrentino・Williams 1995 は、本業との ____ が高いほど新規事業に有利とは必ずしも言えないと示した。近すぎる事業は本業の常識や慣行をそっくり ____ やすく、関連は資産の流用を助ける一方で ____ も一緒に流し込む。穴埋め
Q4. 社内で新規事業を進めるとき、「親の資産を借りるほど、親の型に縛られる」とはどういうことか。Burgelman 1983 に触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Tripsas・Gavetti が能力と認知が慣性になると示す(イ)Burgelman が社内新事業は親の構造の中でしか進めないと示す(ウ)Dushnitsky・Lenox が親会社の投資は条件つきで価値を生むと示す(エ)Gilbert が硬直は資源と慣行の両面だと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の本業の資産——顧客、設備、信用、日々のやり方(慣行)——を思い浮かべる。そのうえで三つを書く。(1)新しい事業に流用したとき、助けになりそうな資産を一つ、なぜ助けになるかとともに書く。(2)逆に、足枷になりそうな資産(またはやり方)を一つ、なぜ枷になるかとともに書く(例:本業の常識を新事業の顧客に押しつけてしまう、現場のやり方が新事業に合わない)。(3)その枷を、新事業ではどう組み直せるかを一行書く。資産の棚卸しではなく、資産の両面の棚卸しである。強みと決めつけているものの裏面を見る。実在の他社を優劣評価したり、資産を捨てて独立せよといった話はしない。点検するのは、自分の資産の助けと枷の両面だけである。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Tripsas M., Gavetti G. (2000) ‘Capabilities, cognition, and inertia: evidence from digital imaging’, Strategic Management Journal 21(10-11):1147-1161 — doi.org
- Gilbert C.G. (2005) ‘Unbundling the Structure of Inertia: Resource Versus Routine Rigidity’, Academy of Management Journal 48(5):741-763 — doi.org
- Sorrentino M., Williams M.L. (1995) ‘Relatedness and corporate venturing: Does it really matter?’, Journal of Business Venturing 10(1):59-73 — doi.org
- Dushnitsky G., Lenox M.J. (2005) ‘When do incumbents learn from entrepreneurial ventures? Corporate venture capital and investing firm innovation rates’, Research Policy 34(5):615-639 — doi.org
- Burgelman R.A. (1983) ‘A Process Model of Internal Corporate Venturing in the Diversified Major Firm’, Administrative Science Quarterly 28(2):223-244 — doi.org
- Dushnitsky G., Lenox M.J. (2006) ‘When does corporate venture capital investment create firm value?’, Journal of Business Venturing 21(6):753-772 — doi.org