「声を聞き切れば正しく進める」——だが母親でさえ、あなたの事業案を褒めてくれる
いちばん熱心に「いいね」を集めた人ほど、そのいいねの一つひとつが、いちばん財布から遠い。人は、面と向かえば気を遣って褒め、満足度を聞かれれば高めに答え、買うと言っておいて買わない——どれも嘘ではなく、ごく普通のことだ。だから、集めた好意を足し上げて需要の証拠にすると、たいてい上振れした幻を数えることになる。証拠になるのは、意見ではなく、行動の痕跡のほうだ。
初期ユーザーの声を聞き切るとは、何を指すのか
前の単位で、最初の客と本流の客を描き分ける構えが手に入った。それを、その最初の客の声を、どう扱うかへ進める。
まず言葉をほどく。フィードバックとは、試してくれた人からの、感想や意見のこと。新しい商いでは、この声を集めて、次に進む手がかりにする。俗説は言う——「初期ユーザーの声を聞き切れば、正しく進める」。この単位が見るのは、その声が、どこまで信じられるかだ。読者の半分は、スタートアップの創業者ではない——本業の傍らで新しい売り物を試す店主も、頒布の新シリーズの感想を集める人も、ここに立つ。あらかじめ断っておく——この単位は、顧客に本音を吐かせるための操作や、相手を欺くインタビューの手口は書かない。 誠実に聞くことが前提だ。書けるのは、集めた声がどれだけ当てになるかについての、研究の知見までである。言うことは三つ。声を聞き切るとは何を指すのか、聞くとどこまで正しく進めると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。なお、値付けを「いくらなら買うか」と聞く話は、次の次の単位で扱う——ここでは、感想そのものの当てにならなさを見る。
「聞き切れば正しく進める」の裏——声は「良い方」に歪む
まず、いちばん基本的な歪みから。人は、面と向かって感想を聞かれると、本音より好意的に答える傾向がある。Fisherが1993年に『Social Desirability Bias and the Validity of Indirect Questioning』(Journal of Consumer Research 20(2):303-315) で示したのは、社会的望ましさのバイアス——「こう答えるのが望ましい・角が立たない」という気持ちが、回答を良い方へ引っ張る、という傾向だった。あなたの新しい売り物を前にした人は、たとえ内心では今ひとつと思っていても、「いいですね」と言いがちなのだ。
しかも、この歪みは、聞き方そのものに埋め込まれている。PetersonとWilsonが1992年に『Measuring customer satisfaction: Fact and artifact』(Journal of the Academy of Marketing Science 20(1):61-71) で示したのは、満足度は、測るというその行為自体によって、正の方へ偏る、ということだった。満足度調査をすると、たいてい高めの点が出る——それは実態というより、測り方が生む「作りもの(アーティファクト)」の部分を含んでいる。ここで橙の段の見方を当てておく——「良い感想がたくさん集まった」という事実と、「本当に良い」という証明は、別物だ。「いいね」は、証拠ではない。集まった好意は、まず割り引いて受け取る必要がある。
言うことと、払う・使うことは違う
次に、もっと手強い歪みがある。人は、言うことと、実際にすることが、しばしば食い違う。 「ぜひ使いたい」「絶対に買う」と言った人が、いざとなると使わない、買わない——これは、意地悪でも嘘つきでもなく、ごく普通に起きる。
JamiesonとBassが1989年に『Adjusting Stated Intention Measures to Predict Trial Purchase of New Products』(Journal of Marketing Research 26(3):336-345) で示したのは、「買うつもり」という購買意向の申告を、そのまま足し上げると、実際の試用購買を過大に予測してしまう、ということだった。彼らは、申告値を補正(下方に調整)して初めて、実売の予測に使えるようになると示した。つまり、「買いたい」という声を額面どおり足し上げて、売上の見込みにするのは危うい。声は「買いたい気持ち」を映してはいるが、「実際に財布を開く行動」とは、別の目盛りだ。だから、聞き取るべきは「これからどうしたいか(意見・意向)」より、「これまで実際にどうしてきたか(過去の行動)」のほうである。過去に、似た困りごとに、お金や時間をどう使ってきたか——そこには、意見のような好意の歪みが、入り込みにくい。
誰の声を聞くかで、価値が変わる
三つ目に、声は、誰から聞くかで、価値がまるで違う。すべての初期ユーザーの声が、等しく役立つわけではない。von Hippelが1986年に『Lead Users: A Source of Novel Product Concepts』(Management Science 32(7):791-805) で示したのは、とりわけ有用な示唆は、「リードユーザー」——その困りごとを人より先に、人より強く抱えていて、自分なりの工夫までしている人——から来る、ということだった。
PoetzとSchreierが2012年に『The Value of Crowdsourcing』(Journal of Product Innovation Management 29(2):245-256) で示したのも、ユーザーから出るアイデアの価値が、「誰から、どう選ぶか」に大きく依存する、ということだった。つまり、初期ユーザー一般の声を平らに聞くのではなく、誰の声が、深い困りごとから出ているのかを見極めることが要る。百人の「いいね」より、一人の「これがなくて本当に困っていて、こんな不格好な自作でしのいでいた」という声のほうが、はるかに重い。なぜなら、自作までしていたという事実は、その人が本当に困っていたことの、動かぬ証拠だからだ。困っていない人は、わざわざ手間をかけて代用品を作ったりしない。だから、感想を聞くときは、「そのために、これまで何か自分で工夫したり、お金を払ったりしたことはありますか」と一言添えるだけで、声の深さが測れる。声の数を数えるのではなく、声の出どころの深さを見る——それが、初期の声を活かす鍵になる。ただし、これらの実証の多くは製品開発の文脈で、非テックの小さな商いにそのまま当てはまる保証はない。受け取るのは、誰の声かで価値が違う、という一般的な向きである。
だから、「意見」ではなく「過去の行動」を聞く
これらを踏まえると、聞き方の原則が見えてくる。実務の世界には、これを言い当てた有名な言い回しがある。顧客インタビューの実務書『The Mom Test』(Rob Fitzpatrick、実務書であって査読研究ではない)が説くのは、「意見を聞くな、過去の行動を聞け」という原則だ。
「このアイデア、いいと思いますか」と聞けば、相手は気を遣って「いいね」と言う。母親に自分の事業案を聞けば、たいてい褒めてくれる——だから「母のテスト」と呼ばれる。そうではなく、「最近、その困りごとにどう対処しましたか」「前回、いくら払いましたか」「そのために何時間かけましたか」と、過ぎた事実を聞く。 事実は、好意で盛れない。もう一つ、この原則には誠実さの利点もある。意見を誘導して「いいね」を引き出す聞き方は、相手を、こちらの欲しい答えへそっと押しやることになりかねない。だが過去の事実を尋ねるのは、相手の実際の経験を教えてもらうだけで、そこに操作の入り込む余地は小さい。誠実に聞くことと、正確に知ることが、ここでは同じ方向を向いている。これは実務の知恵であって、その効き目を厳密に測った研究があるわけではないが、ここまで見てきた実証——好意バイアス(Fisher)、満足の測定の偏り(Peterson & Wilson)、言うことと払うことの乖離(Jamieson & Bass)——と、きれいに符合する。意見は歪む。行動は、歪みにくい。
時間・変化:1986年から2012年へ
順に置く。1986年、von Hippelが、有用な示唆は特定のリードユーザーから来ることを示す。1989年、JamiesonとBassが、購買意向の申告は補正しないと実売を過大に予測すると示す。1992年、PetersonとWilsonが、満足度は測るだけで正に偏ることを、1993年、Fisherが、社会的望ましさで回答が好意側に歪むことを示す。2012年、PoetzとSchreierが、ユーザーの声の価値が誰から聞くかに依存することを示した。
この間に確からしくなったのは、「声を聞き切れば正しく進める」という約束ではない。確からしくなったのは、声は好意の方へ歪み、言うことと払う・使うことは食い違い、そして声の価値は誰から聞くかで大きく変わる、という向きの事実である。だから、好意を割り引き、過去の行動を聞き、誰の声かを見極める。「いいね」は、証拠ではない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、集まった「いいね」の数を、需要の証拠と取り違えることである。好意は測るだけで盛れ、言うことは行動と食い違う。もう一つの妨げは、声の数だけを見て、その声が深い困りごとから出ているかを見ないことだ。百の薄い好意より、一つの切実な困りごとが重い。
助けになるのは、集めた好意的な感想を、「では、この人は実際に買ったか・使ったか・過去にお金や時間をかけたか」という行動の物差しで、検算することである。意見の熱ではなく、行動の痕跡を探す。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分が最近もらった(あるいはこれからもらう)好意的な感想を一つ取り出し、その相手が「実際に買ったか・使い続けたか・過去に似た困りごとにお金や時間をかけたか」を書き出して、感想の熱と行動の有無を突き合わせてみること。相手を無断で試す必要はない。手元にある感想と、分かる範囲の行動を、突き合わせるだけでよい。
次の単位は 523「採算の型を見つけるには?」——声という当てにならないものから、数字という、これもまた当てにしすぎると危ういものへ進む。
- フィードバックとは試してくれた人からの感想や意見で、新しい商いでは集めて次の手がかりにする。俗説は初期ユーザーの声を聞き切れば正しく進めると言う。この単位は本音を吐かせる操作や相手を欺くインタビューの手口を書かず誠実に聞くことが前提で、集めた声がどれだけ当てになるかの研究知見までを扱う。値付けを聞く話は524で扱い、ここでは感想そのものの当てにならなさを見る
- Fisher 1993『Social Desirability Bias and the Validity of Indirect Questioning』(Journal of Consumer Research 20(2):303-315)は社会的望ましさのバイアス(こう答えるのが望ましいという気持ちが回答を良い方へ引っ張る)を示した。PetersonとWilson 1992『Measuring customer satisfaction: Fact and artifact』(Journal of the Academy of Marketing Science 20(1):61-71)は満足度が測るというその行為自体で正の方へ偏る(作りもの=アーティファクトを含む)と示した
- 良い感想がたくさん集まったという事実と本当に良いという証明は別物で、いいねは証拠でなく集まった好意はまず割り引いて受け取る必要がある。あなたの売り物を前にした人は内心今ひとつと思っても角が立たないよういいねと言いがちである
- JamiesonとBass 1989『Adjusting Stated Intention Measures to Predict Trial Purchase of New Products』(Journal of Marketing Research 26(3):336-345)は購買意向の申告をそのまま足し上げると実際の試用購買を過大に予測し、補正して初めて実売の予測に使えると示した。買いたいという声を額面どおり足し上げて売上見込みにするのは危うく、声は買いたい気持ちを映すが実際に財布を開く行動とは別の目盛りである
- だから聞き取るべきはこれからどうしたいか(意見・意向)よりこれまで実際にどうしてきたか(過去の行動)で、過去に似た困りごとにお金や時間をどう使ってきたかには意見のような好意の歪みが入り込みにくい。人は言うことと実際にすることがしばしば食い違い、それは意地悪でも嘘つきでもなくごく普通に起きる
- von Hippel 1986『Lead Users: A Source of Novel Product Concepts』(Management Science 32(7):791-805)は有用な示唆がとりわけリードユーザー(その困りごとを人より先に強く抱え自分なりの工夫までしている人)から来ると示した。PoetzとSchreier 2012『The Value of Crowdsourcing』(Journal of Product Innovation Management 29(2):245-256)もユーザーのアイデアの価値が誰からどう選ぶかに大きく依存すると示した
- 初期ユーザー一般の声を平らに聞くのでなく誰の声が深い困りごとから出ているかを見極めることが要る。百人のいいねより一人のこれがなくて本当に困りこんな不格好な自作でしのいでいたという声のほうがはるかに重い。実務書『The Mom Test』(Rob Fitzpatrick・査読研究でない実務書)の意見を聞くな過去の行動を聞けという原則は、Fisher・Peterson&Wilson・Jamieson&Bassの実証と符合する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 初期ユーザーから好意的な感想がたくさん集まったなら、需要がある証拠だ | 集まった好意は、まず割り引く必要がある。Fisher 1993は社会的望ましさのバイアス(角が立たないよう良く答える気持ち)で回答が好意側に歪むことを、Peterson & Wilson 1992は満足度が測るというその行為自体で正の方へ偏り作りもの(アーティファクト)を含むことを示した。良い感想がたくさん集まったという事実と、本当に良いという証明は別物で、「いいね」は証拠ではない |
| 「ぜひ使いたい」「絶対に買う」という声を集めれば、売上の見込みが立つ | 人は言うことと実際にすることがしばしば食い違う。Jamieson & Bass 1989は、「買うつもり」という購買意向の申告をそのまま足し上げると実際の試用購買を過大に予測し、補正して初めて実売の予測に使えることを示した。声は買いたい気持ちを映すが実際に財布を開く行動とは別の目盛りなので、「買いたい」を額面どおり足し上げると上振れした幻を数える。だから聞くべきはこれからの意向より、これまで実際にどうしてきたか(過去の行動)である |
| 初期ユーザーの声は、多く集めて平らに聞けば、正しい方向が分かる | 声の価値は数でなく出どころの深さで決まる。von Hippel 1986はとりわけ有用な示唆が、その困りごとを人より先に強く抱え自分なりの工夫までしているリードユーザーから来ることを示し、Poetz & Schreier 2012はユーザーのアイデアの価値が誰からどう選ぶかに大きく依存すると示した。百人の薄い「いいね」より、一人の切実な困りごとが重く、誰の声が深い困りごとから出ているかを見極めることが要る |
皮肉なのは、いちばん熱心に「いいね」を集めた人ほど、そのいいねの一つひとつが、いちばん財布から遠いことである。人は、面と向かえば気を遣って褒め、満足度を聞かれれば高めに答え、買うと言っておいて買わない——どれも嘘ではなく、ごく普通のことだ。だから、集めた好意を足し上げて需要の証拠にすると、たいてい上振れした幻を数えることになる。証拠になるのは、意見ではなく、行動の痕跡のほうだ——実際に払った、使い続けた、その困りごとのために不格好な自作までしていた、という過ぎた事実。母親でさえ褒めてくれるアイデアに、意味はない。意味があるのは、誰かが、それが無くて、本当に困っていた、という証拠のほうである。
Q1. Fisher 1993が示した ____ のバイアスは、角が立たないよう良く答える気持ちが回答を良い方へ引っ張る。Peterson & Wilson 1992は、満足度が測るというその行為自体で正の方へ偏り ____(作りもの)の部分を含むと示した。だから「いいね」は ____ ではない。穴埋め
Q2. Jamieson & Bass 1989を踏まえ、「買いたい」という声を額面どおり足し上げて売上見込みにするのが危ういのはなぜか。代わりに何を聞くべきかも述べよ。一問一答
Q3. von Hippel 1986とPoetz & Schreier 2012が示した「声の価値」についての知見として、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. 実務書『The Mom Test』の「意見を聞くな、過去の行動を聞け」という原則を説明せよ。この単位が、それを実務の知恵として扱いつつ根拠にできると考える理由も述べよ。一問一答
Q5. 初期ユーザーの声をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Peterson & Wilsonが満足度は測るだけで正に偏ると示す(イ)von Hippelが有用な示唆はリードユーザーからと示す(ウ)Poetz & Schreierが声の価値は誰から聞くかに依存すると示す(エ)Jamieson & Bassが購買意向は補正しないと実売を過大予測すると示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の売り物や試みについて最近もらった(またはこれからもらう)好意的な感想を一つ取り出す。その感想(例:「いいですね」「ぜひ使いたい」)を書き写す。続けて、その相手について、分かる範囲で三つを書き出す。(1)実際に買った・申し込んだか。(2)一度きりでなく使い続けているか。(3)そもそも過去に、同じような困りごとのために、お金や時間をかけていた形跡があるか。最後に、感想の「熱」と、これら行動の「有無」を突き合わせ、熱と行動が食い違っていた点に印を付ける。相手を無断で試したり、本音を探るために欺いたりする必要はなく、手元の感想と分かる範囲の行動を突き合わせるだけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Fisher R.J. (1993) ‘Social Desirability Bias and the Validity of Indirect Questioning’, Journal of Consumer Research 20(2):303-315 — doi.org
- Peterson R.A., Wilson W.R. (1992) ‘Measuring customer satisfaction: Fact and artifact’, Journal of the Academy of Marketing Science 20(1):61-71 — doi.org
- Jamieson L.F., Bass F.M. (1989) ‘Adjusting Stated Intention Measures to Predict Trial Purchase of New Products: A Comparison of Models and Methods’, Journal of Marketing Research 26(3):336-345 — doi.org
- von Hippel E. (1986) ‘Lead Users: A Source of Novel Product Concepts’, Management Science 32(7):791-805 — doi.org
- Poetz M.K., Schreier M. (2012) ‘The Value of Crowdsourcing: Can Users Really Compete with Professionals in Generating New Product Ideas?’, Journal of Product Innovation Management 29(2):245-256 — doi.org
- Fitzpatrick R. (2013) 『The Mom Test: How to Talk to Customers & Learn if Your Business is a Good Idea When Everyone is Lying to You』 — openlibrary.org