「ピボットは思い切りの一夜の決断」ではない——周りとの関係と自分の物語を管理しながら、証拠を積み重ねて少しずつ向きを直していく漸進的なプロセス
ピボットは、腹をくくって一夜で舵を切る、思い切りのいる大決断だ——そう語られがちだ。だが方向を変えていった事業を丹念に調べると、ピボットは劇的な瞬間ではなく、周りとの関係と自分の物語を少しずつ管理しながら、証拠を積み重ねて向きを直していく、時間のかかるプロセスだった。方向を変えるのは誰かの度胸ではない。検証で溜まった証拠の束が、静かに方向を変えていく。決断の劇的さに気を取られると、いちばん手間のかかる部分が見えなくなる。
ピボットを決断する——それは『思い切りの一夜の決断』ではなく、証拠の積み重ねによる漸進的な方向づけ
前の単位で、検証の順番を、危なさと手軽さの両にらみで並べた。確かめていくうちに、根っこの前提が大きく外れていた、と分かる日が来る。そのとき、方向を変える——これがピボットだ。緑の段の締めとして、この方向転換を扱う。
用語をほどく。ピボットとは、事業の向きを変えること。ただし、何もかもを捨てて別物に化けることではなく、片足を軸として残したまま、もう片足で向きを変える——バスケットボールで軸足を残して体の向きを変える、あの動きが語源だ。よく聞くのは「ピボットは、思い切りのいる、一夜の大きな決断だ」という声である。腹をくくって、えいやと舵を切る。そういう劇的な場面として、ピボットは語られがちだ。
この単位が示すのは、それが劇的な一夜の決断ではなく、証拠を積み重ねながら、少しずつ向きを直していく、漸進的なプロセスだ、ということだ。方向を変えるのは、誰かの度胸ではない。検証で溜まった証拠の束が、静かに方向を変えていく。順に見ていく。
ピボットは、関係を管理しながら向きを変える『プロセス』
まず、ピボットが単発の決断ではない、という一点から。Hampel・Tracey・Weber が2020年に、方向を変えていった新しい事業を丹念に調べて示したのは、ピボットが、周りの人たちとの結びつきを管理しながら、時間をかけて向きを変えていくプロセスだ、ということだった。
どういうことか。事業には、これまで応援してくれた人、買ってくれた人、一緒にやってきた仲間がいる。その人たちは、いまの事業の姿に、期待や思い入れを寄せている。だから、向きを変えるということは、その人たちとの結びつきを、ていねいに変えていくことでもある。いきなり全部を切り替えれば、応援してくれた人は置いていかれ、離れていく。だから実際のピボットは、「昨日までこう言っていたが、今日から別物です」という一夜の宣言ではなく、関係をつなぎ直しながら、少しずつ向きをずらしていく、時間のかかる営みになる。劇的な決断の瞬間として描くと、この、いちばん手間のかかる部分が、まるごと見えなくなる。だから、ピボットがうまい人は、劇的に舵を切るのがうまい人ではない。むしろ、応援してくれた人に「なぜ向きを変えるのか」をていねいに伝え、その人たちを置き去りにせず、少しずつ一緒に向きを変えていくのがうまい人だ。方向転換は、一人の度胸の見せ場ではなく、関係を保ちながら進める、地味な調整の連続なのである。
向きを変えるとき、人は『自分の物語』も書き換えている
もう一つ、見えにくいことがある。事業の向きを変えるとき、立ち上げた人は、同時に「自分は何をやる人間なのか」という、自分についての物語も、書き換えている。Grimes が2018年に示したのは、創業者がフィードバックを受けて方向を変えるとき、アイデアそのものと、自分が何者かという意識(アイデンティティ)とを、行きつ戻りつしながら、すり合わせていく、ということだった。
これが、ピボットが一夜で終わらない、もう一つの理由だ。「この事業でいく」と決めた自分が、そこには居る。方向を変えるとは、その自分の一部を手放し、別の自分を引き受けることでもある。人は、そう簡単には、昨日の自分を捨てられない。だからこそ、ピボットは、証拠を見て頭で決めれば一瞬で終わる、という種類のものではない。証拠と、自分の思い入れと、周りの期待とを、少しずつ折り合わせていく——その時間が、どうしても要る。この時間を「決断力が足りないから遅い」と責めるのは、的外れだ。それは、ていねいに向きを変えるために、必要な時間である。
ここには、落とし穴も待っている。自分の物語を手放したくないあまり、証拠が方向転換を告げているのに、「もう少し粘れば」と目をそらしてしまうことだ。思い入れは、事業を前に進める力にもなるが、方向を変えるべき時に足を止めさせる重しにもなる。だからこそ、決めるのを自分の気持ちだけに委ねない工夫が要る。気持ちは揺れる。昨日は続けたいと思い、今日は諦めたいと思う。その揺れの外側に、動かない基準——検証で溜めた証拠——を置いておく。気持ちではなく証拠を見て向きを判断する。この構えが、思い入れという重しに引きずられず、かといって勢いだけで舵を切りすぎもしない、ちょうどよい足場になる。
一度きりの転回ではなく、『試しながら作り直す』繰り返し
さらに、ピボットは一度きりの大転回でもない。McDonald と Eisenhardt が2020年に、まだ形の定まらない市場で戦う新しい事業を調べて示したのは、うまくいく事業モデルが、複数の型を同時に試しながら、少しずつ設計し直していく(並行遊び)中から立ち現れる、ということだった。
Berends たちが2016年に示したのも、事業モデルの作り直しが、一回のひらめきではなく、学びながら何度も配置を組み替えていく、続きもののプロセスだ、ということ。McGrath が2010年に示した「計画は、学びに応じて書き換える仮説だ」という見方(前に518で見た)は、ここでもそのまま効いている。つまり、ピボットは「当たりを引くまでの一発逆転」ではなく、試して、少し直して、また試す——その積み重ねの中の、大きめの方向修正にすぎない。そして、たとえ方向を変えた先でうまくいかなくても、Shepherd が2003年に示したように、そこから意図的に学べば、次の仮説に活きる。方向転換は、成功の保証ではない。だが、外しても学びに変えられるなら、それは無駄打ちではなくなる。この見方は、方向転換の重さを、ずいぶん軽くしてくれる。一発で当てなければならないと思えば、ピボットは怖い。だが、試して直してまた試す、その途中の一歩だと思えば、一回の方向転換に、事業のすべてを賭けなくてよくなる。外れたら、また直せばいい。大事なのは、一回一回の方向転換を、次に活きる学びとして記録に残しておくことだ。その記録の積み重ねこそが、次に方向を変えるとき、もっと速く、もっと軽く動ける下地になる。
時間・変化:ピボットの研究が積み上げてきた向き
順に置く。2003年、Shepherd が、失敗からの意図的な学習を示す。2010年、McGrath が、計画は学びに応じて書き換える仮説だと示す。2016年、Berends たちが、事業モデルの作り直しは続きもののプロセスだと示す。2018年、Grimes が、ピボットはアイデアとアイデンティティのすり合わせだと示す。2020年、Hampel たちが、ピボットは関係を管理する漸進的プロセスだと示し、同じ年、McDonald と Eisenhardt が、並行して試しながら作り直すと示した。
この流れで確からしくなったのは、「ピボットは思い切りの一夜の決断」ではない。確からしくなったのは、ピボットが、周りとの関係と自分の物語を管理しながら、証拠を積み重ねて少しずつ向きを直していく、漸進的なプロセスだ、という向きのほうである。方向を変えるのは度胸ではなく、溜まった証拠の束だ。五つの年の研究が、別々の入口から入って、同じ一点——ピボットは決断の一瞬ではなく、証拠に導かれた漸進のプロセスだ——を指している。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「ピボットは、一世一代の大決断だ」という思い込みだ。大決断だと思うほど、その一回の重さに身がすくみ、証拠がとっくに方向転換を告げているのに、決断の瞬間を先延ばしにしてしまう。逆に、劇的さに酔って、証拠も薄いのに、勢いで舵を切りすぎることもある。もうひとつの妨げは、方向を変えた自分を「ぶれた」「失敗した」と責めること——向きを直すのは、負けではなく、証拠に正直であることだ。
助けになるのは、ピボットを「決断の瞬間」ではなく、「証拠の束が指し示す、方向のずれ」として読むことだ。今日いきなり決めるのではない。検証で溜めてきた記録を並べ、当初の前提と、実際に起きたこととの間に、どれだけのずれが積み上がっているかを見る。ずれが十分に大きく、一貫していれば、方向を変えるべき時が、証拠のほうから近づいてくる。一度きりの大きなずれではなく、何度確かめても同じ方向に出るずれ——その一貫性こそが、様子見と方向転換を分ける線だ。たまたまの一回に振り回されないために、ずれは必ず、複数の記録で確かめる。度胸で決めるのではなく、証拠に決めてもらう——この構えが、この棚の最後で扱う「事業化の関門」を越える力の、いちばん深い源になる(→528)。関門で問われるのは、結局、方向を変えた判断を、勢いや思い込みでなく、証拠で裏づけられるかどうかだ。だからこそ、日々のずれの記録は、いつか関門をくぐる日の、いちばん頼れる味方になる。
最初の一歩は10分。自分の事業について、「当初こうなるはずだと思っていたこと」と「実際に検証で分かったこと」を左右に並べ、その間にどんなずれが積み上がっているかを三つ書き出す。そのうえで、そのずれは、まだ様子を見るべき小さな揺れか、それとも方向を変えるべき一貫したずれか、を一言添える。今すぐピボットすべきだと結論づける必要も、粘るのが正解だと決める必要もない——自分の検証記録とピボット仮説のメモとして、ずれを見える形にすることだけで完結する。このずれの一覧が、いつか方向を変える日の、劇的でない、確かな根拠になる。
これで、仮説と検証を設計する緑の段を歩ききった。次の単位は 521 へ。設計した検証を携えて、いよいよ初めての顧客——最初に手を挙げてくれる人を、どう見つけるかの話に進む。
- この棚の読者は新しい商いを自分で立ち上げる人で、緑の段の締めとしてピボット(事業の向きを変えること=片足を軸に残してもう片足で向きを変える)を扱う。俗説はピボットが一夜の大決断だという受け取りで、この単位はそれが劇的な決断ではなく証拠を積み重ねて少しずつ向きを直す漸進的なプロセスであることを示す。方向を変えるのは度胸ではなく証拠の束である
- ピボットは単発の決断ではなくプロセスだ。Hampel・Tracey・Weber 2020は、ピボットが周りの人たちとの結びつきを管理しながら時間をかけて向きを変えていくプロセスであることを示した。応援・購入・協働してくれた人との関係をつなぎ直しながら少しずつ向きをずらす営みで、一夜の宣言として描くといちばん手間のかかる部分が見えなくなる
- 向きを変えるとき人は自分の物語も書き換えている。Grimes 2018は、創業者が方向を変えるとき、アイデアそのものと自分が何者かという意識(アイデンティティ)とを行きつ戻りつしながらすり合わせることを示した。決めた自分の一部を手放すことでもあり、証拠と思い入れと周りの期待を折り合わせる時間は、ていねいに向きを変えるために必要な時間である
- ピボットは一度きりの大転回でも一発逆転でもない。McDonald & Eisenhardt 2020は、形の定まらない市場でうまくいく事業モデルが複数の型を同時に試しながら設計し直す(並行遊び)中から立ち現れることを、Berends ら 2016は作り直しが学びながら何度も配置を組み替える続きもののプロセスであることを示した(計画は書き換える仮説というMcGrath 2010の見方もここで効く)
- ピボットは試して直してまた試す積み重ねの中の大きめの方向修正で、方向を変えた先でうまくいかなくてもShepherd 2003が示したように意図的に学べば次の仮説に活きる。確からしくなったのは、ピボットが関係と自分の物語を管理しながら証拠を積み重ねて少しずつ向きを直す漸進的なプロセスだという向きである
- 妨げるのはピボットを一世一代の大決断だと思う思い込みで、重さに身がすくみ証拠がとっくに方向転換を告げているのに先延ばししたり、逆に劇的さに酔って証拠が薄いのに勢いで切りすぎたりする。向きを変えた自分をぶれた・失敗したと責めるのも妨げで、向きを直すのは負けではなく証拠に正直であることだ
- 最初の一歩は10分。当初こうなるはずと思っていたことと実際に検証で分かったことを左右に並べ、その間のずれを三つ書き出し、そのずれが様子見の小さな揺れか方向を変える一貫したずれかを一言添える。今すぐピボットせよとも粘れとも結論づけず、自分の検証記録とピボット仮説のメモとしてずれを見える形にするだけで完結する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ピボットは、腹をくくって一夜で舵を切る、思い切りのいる大きな決断だ | ピボットは劇的な一夜の決断ではなく、証拠を積み重ねて少しずつ向きを直す漸進的なプロセスだ。Hampel・Tracey・Weber 2020は、ピボットが周りの人たちとの結びつきを管理しながら時間をかけて向きを変えるプロセスであることを示した。応援・購入してくれた人との関係をつなぎ直しながら向きをずらす営みで、一夜の宣言として描くと手間のかかる部分が見えなくなる。方向を変えるのは度胸ではなく証拠の束である |
| 方向を変えられないのは、決断力や度胸が足りないからだ | 向きを変えるのに時間がかかるのは、度胸の不足ではない。Grimes 2018は、創業者が方向を変えるとき、アイデアそのものと自分が何者かという意識(アイデンティティ)とを行きつ戻りつしながらすり合わせていくことを示した。方向を変えるとは決めた自分の一部を手放すことでもあり、人はそう簡単に昨日の自分を捨てられない。証拠と思い入れと周りの期待を折り合わせるその時間は、ていねいに向きを変えるために必要な時間である |
| ピボットは一度きりの大転回で、正しく決めれば一発で当たりに変わる | ピボットは一度きりの大転回でも一発逆転でもない。McDonald & Eisenhardt 2020は、形の定まらない市場でうまくいく事業モデルが複数の型を同時に試しながら設計し直す(並行遊び)中から立ち現れることを、Berends ら 2016は作り直しが学びながら何度も配置を組み替える続きもののプロセスであることを示した(計画は書き換える仮説というMcGrath 2010の見方もここで効く)。ピボットは試して直してまた試す積み重ねの中の大きめの方向修正で、外しても意図的に学べば次に活きる(Shepherd 2003) |
皮肉なのは、ピボットを一世一代の大決断だと思うほど、決めるのが遅れることだ。重さに身がすくみ、証拠がとっくに方向転換を告げているのに、劇的な瞬間を待って先延ばしにしてしまう。逆に、劇的さに酔えば、証拠も薄いのに勢いで舵を切りすぎる。どちらも、ピボットを度胸の問題にするから起きる。方向を変えるのは、度胸ではなく、証拠の束だ。当初の前提と実際に起きたことのずれを検証の記録として淡々と積み上げれば、方向を変えるべき時は証拠のほうから近づいてくる。ピボットのほんとうの値打ちは、劇的に舵を切れる勇気ではなく、ずれに正直でいられること、そして向きを直した自分を責めないことにある。ぶれたのではない。証拠に従ったのだ。この、証拠に決めてもらう構えは、緑の段の締めであると同時に、棚の終わりで待つ事業化の関門を越える力の、いちばん深い源でもある。次は、その検証を携えて、初めての顧客を見つけにいく。
Q1. 『ピボットは思い切りのいる一夜の大決断だ』はなぜ値切られるのか。Hampel・Tracey・Weber 2020をふまえて説明せよ。一問一答
Q2. 『方向を変えるのに時間がかかるのは決断力や度胸が足りないからだ』という見方について、Grimes 2018をふまえた説明として正しいものはどれか。選択
Q3. McDonald & Eisenhardt 2020によれば、まだ形の定まらない市場でうまくいく事業モデルは、複数の型を ____ に試しながら少しずつ ____ し直す(並行遊び)中から立ち現れる。だからピボットは一度きりの ____ ではない。穴埋め
Q4. この単位は、ピボットを『決断の瞬間』ではなく何として読めと勧めているか。最初の一歩でずれをどう扱うかに触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱ったピボットと事業モデルの研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Grimes がアイデアとアイデンティティのすり合わせを示す(イ)Shepherd が失敗からの意図的な学習を示す(ウ)Hampel らがピボットは関係を管理する漸進プロセスだと示す(エ)Berends らが作り直しは続きもののプロセスだと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の事業について、紙を左右に分け、左に『当初こうなるはずだと思っていたこと』、右に『実際に検証で分かったこと』を対応させて書き出す。次に、その左右の食い違い——ずれ——を三つ選んで番号を振り、それぞれの横に『まだ様子を見るべき小さな揺れ』か『方向を変えるべき一貫したずれ』かを一言添える。今すぐピボットすべきだと結論づける必要も、粘るのが正解だと決める必要も、実在の他社を評価する必要もない。自分の検証記録とピボット仮説のメモとして完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Hampel C.E., Tracey P., Weber K. (2020) ‘The Art of the Pivot: How New Ventures Manage Identification Relationships with Stakeholders as They Change Direction’, Academy of Management Journal 63(2):440-471 — doi.org
- Grimes M.G. (2018) ‘The Pivot: How Founders Respond to Feedback through Idea and Identity Work’, Academy of Management Journal 61(5):1692-1717 — doi.org
- McDonald R.M., Eisenhardt K.M. (2020) ‘Parallel Play: Startups, Nascent Markets, and Effective Business-model Design’, Administrative Science Quarterly 65(2):483-523 — doi.org
- Berends H., Smits A., Reymen I., Podoynitsyna K. (2016) ‘Learning while (re)configuring: Business model innovation processes in established firms’, Strategic Organization 14(3):181-219 — doi.org
- McGrath R.G. (2010) ‘Business Models: A Discovery Driven Approach’, Long Range Planning 43(2-3):247-261 — doi.org
- Shepherd D.A. (2003) ‘Learning from Business Failure: Propositions of Grief Recovery for the Self-Employed’, Academy of Management Review 28(2):318-328 — doi.org