「一番危ない仮説から検証する」は良い出発点だが唯一の正解手順ではない——順番はコスト・不確実性・同時に試せるかで変わり、その最適順序の実証は薄い
一番危ない仮説から確かめるのが正解だ——よく言われる心得だ。外れたら事業が崩れる根っこの前提を、いちばん先に安く確かめておきたい。理にはかなっている。だが、その順番が本当に他のどんな順番より良い結果を生むのかを正面から確かめた研究は、じつは薄い。順番は危なさの大きさだけでは決まらず、確かめる手軽さ・コスト・同時に試せるかで動く。一番危ないから、は良い出発点であって、証明された唯一の正解手順ではない。
検証の順番を決める——「一番危ない仮説から」は良い出発点だが、唯一の正解手順ではない
前の単位で、思い込みをキャンバスに並べ直し、各枠に「これは事実か、思い込みか」の印を付けた。では、その怪しい「?」たちを、どの順番で確かめていくのか。ここでは、検証の順番の決め方を扱う。
用語をほどく。よく言われる原則に、「一番危ない仮説(riskiest assumption)から検証せよ」というものがある。ここでの「一番危ない仮説」とは、外れたら事業全体が崩れてしまう、いちばん根っこの前提のことだ。狙いははっきりしている——どうせ間違えるなら、事業の土台が崩れるかどうかを、いちばん先に、安く確かめておきたい。だから「一番危ないものから確かめるのが正解だ」と言われる。
この単位が示すのは、これが良い出発点ではあるが、証明された唯一の正解手順ではない、ということだ。順番の決め方は、コスト・不確実性・同時に試せるかどうかで変わる。しかも――ここが大事なのだが――「どの順番が最適か」を直接確かめた研究は、じつは薄い。その薄さ自体を、正直に事実として受け取るところから始める。
まず、順序の『実証は薄い』を正直に置く
「一番危ない仮説から」という言い方は、リーンスタートアップ系の実務書が広めた、経験に根ざした発見的な原則だ。役に立つ心得ではある。だが、「本当にその順番が、他のどんな順番よりも良い結果を生むのか」を正面から比べた査読研究は、ほとんど見当たらない。
ここで大事なのは、その空白を、あたかも証明があるかのように埋めてしまわないことだ。「一番危ない仮説から検証するのが科学的に正しい」と言い切れるほどの実証は、まだ無い。だから、この原則は、「証明された最適手順」ではなく「経験から来る良い出発点」として受け取るのが正確だ。良い出発点を、唯一の正解と取り違えると、状況によってはもっと良い進め方があるのに、それが見えなくなる。薄い場所を薄いと認めることは、後退ではない。どこまでが確かで、どこからが心得なのかの線を、はっきりさせる前進だ。
なぜ、順序の実証はこれほど薄いのか。考えてみれば無理もない。ある事業で「一番危ない仮説から確かめた」場合と「そうしなかった」場合を、同じ条件で並べて比べることは、現実にはほとんどできない。事業は一つひとつ違うし、時間を巻き戻してやり直すこともできない。だから研究者は、順番そのものの良し悪しを、きれいに切り出して測れない。ここで大事なのは、「実証が薄い=この原則は間違い」ではない、ということだ。薄いのは、確かめようがないから薄いのであって、否定されたわけではない。だから私たちは、この原則を捨てる必要もないし、逆に、証明ずみの法則のように振りかざす必要もない。経験に裏打ちされた、使い勝手のいい出発点——ちょうどそれくらいの重さで、手元に置いておけばいい。
順番は『何を試すかの選択問題』——一律ではない
では、実際には何が順番を決めるのか。Gans・Stern・Wu が2019年に示したのは、新しい事業を進めるとは、先の読めない中で、「どの実験を選び、どこにどれだけ本気で賭けるか」を選び続けることだ、という見方だった。つまり、検証の順番は、あらかじめ決まった一本道ではなく、その都度の選択の連なりである。
この見方に立つと、「一番危ないものから一つずつ」という手順は、数ある選び方の一つにすぎないことが見えてくる。一番危ない前提が、たまたま、いちばん確かめるのに時間もお金もかかるものだったら、どうだろう。それを先に確かめている間に、安く早く試せたはずの他の前提が、丸ごと後回しになる。順番は、危なさの大きさだけでは決まらない。危なさと、確かめる手軽さと、その両方を天秤にかけて、その都度選ぶものだ。
具体的に思い描いてみよう。あなたの事業に、「そもそも人はこれにお金を払うのか」という、外れたら全部が崩れる大きな前提があるとする。これはたしかに一番危ない。だが、それをきちんと確かめるには、実際に売り場を作り、人を集め、値段を提示して……と、何週間もかかるかもしれない。一方で、「この作り方なら原価がこの範囲に収まるか」という、少し小さめの前提が、半日の試算と一本の電話で確かめられるとする。このとき、「一番危ないものから」を杓子定規に守って大きな前提の検証に何週間もかける間、その事業がそもそも原価的に成り立たない、という事実は、ずっと伏せられたままになる。もし先に半日で原価を確かめていたら、その時点で「この作り方では無理だ」と分かり、大きな検証にかける何週間を、まるごと節約できたかもしれない。危なさと手軽さは、こうして絡み合う。
順番を動かす三つの力——コスト・同時実験・非予測
順番を動かす力を、研究に沿って三つ挙げる。一つめはコスト構造。Ewens・Nanda・Rhodes-Kropf が2018年に示したのは、何を先に試すべきかが、それぞれの実験にかかる費用の大きさで変わる、ということだった。安く試せるものから先に回せば、同じお金で、より多くの前提を確かめられる。
二つめは同時に試すという手。Andries・Debackere・Van Looy が2013年に示したのは、先の読めない状況では、危ないものから一つずつ順に試すより、複数の型を同時に並べて試すほうが、学びの戦略として優れうる、ということだった。「一つずつ」は、いつでも最善とは限らない。三つめはそもそも予測に頼らない進め方。Sarasvathy が2001年に示したのは、どれが危ないかを見積もって計画する道(予測型)とは別に、手元にある資源から始めて、できることを試しながら進むという、非予測的な進め方(エフェクチュエーション)がある、ということだ。Chwolka と Raith が2012年に示したように、計画や意思決定の価値そのものが条件しだいである以上、順番の正解も、状況によって動く。そして、たとえ順番を誤って失敗しても、Shepherd が2003年に示したように、そこから意図的に学べば、次の仮説に活きる。順番選びは、当てにいく賭けではなく、外しても学べるように設計する営みだ。
この三つの力を、一本の糸で結ぶと、こうなる——順番の正解は、机の上で考え抜いて先に決めるものではなく、コストと不確実性の中で、試しながら手繰り寄せていくものだ。安く試せるものは、迷う前に試してしまえば、その結果が次にどれを確かめるべきかを教えてくれる。同時に試せるものは、並べて試せば、待ち時間そのものが減る。予測が難しいところでは、無理に見通そうとせず、手元でできることから動いて、道を作りながら進む。そして、どんなに賢く並べても、外れることはある。そのときに大事なのは、外れを隠したり嘆いたりして終わらせず、「なぜ外れたのか」を書き留めて、次の順番選びに繰り込むことだ。この、外しても学びに変える構えが、緑の段の締めであるピボット、そして棚の終わりの検死へと、まっすぐつながっていく。
時間・変化:検証の進め方の研究が積み上げてきた向き
順に置く。2001年、Sarasvathy が、予測に頼らず手元資源から進む道を示す。2003年、Shepherd が、失敗からの意図的な学習を示す。2012年、Chwolka と Raith が、計画・意思決定の価値は条件付きだと示す。2013年、Andries たちが、同時に試すことが優りうると示す。2018年、Ewens たちが、順番は実験コストで変わると示し、2019年、Gans たちが、進め方は何を試すかの選択問題だと示した。
この流れで確からしくなったのは、「一番危ない仮説から検証するのが唯一の正解」ではない。確からしくなったのは、検証の順番は、危なさだけでなくコスト・不確実性・同時に試せるかで変わる選択問題であり、その最適な順序を直接確かめた実証は薄い、という向きのほうである。だから、原則は原則として使い、断定はしない。六つの研究は、別々の入口から入って、同じ一つの部屋——順番は状況しだいで動く——にたどり着いている。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「一番危ない仮説から、が唯一の正解だ」という思い込みだ。この一本道を疑わずに進むと、危ないが高くつく前提に手間取り、安く早く試せた前提を、まるごと後回しにしてしまう。もうひとつの妨げは、逆に順番をまったく考えず、確かめやすいものから手当たり次第に試すこと——それでは、事業の土台が崩れるかどうかが、最後まで分からない。
助けになるのは、各仮説を、「外れたときの痛手の大きさ」と「確かめる手軽さ(安さ・速さ)」の二つの物差しで見ることだ。痛手が大きく、しかも手軽に試せるものから先に確かめる。痛手は大きいが、確かめるのに時間もお金もかかるものは、もっと安く試せる形に工夫できないかを、まず考える。この二つの物差しで見れば、「一番危ないものから」を、状況に合わせて賢く曲げられる。
最初の一歩は10分。前の単位で並べた「?」(まだ思い込みの前提)を三つ選び、それぞれに「外れたときの痛手(大・中・小)」と「確かめる手軽さ(安い・普通・高い)」の二つを書き添え、痛手が大きく手軽なものから順に番号を振る。この順番が唯一の正解だと断定する必要はない——自分の検証計画のメモとして、危なさと手軽さの両にらみで並べ替えることだけで完結する。この並べ替えが、行き当たりばったりの検証を、道筋のある検証に変える。
次の単位は 520 へ。確かめていくうちに、前提が大きく外れたと分かったとき——方向を変える「ピボット」の話に進む。
- この棚の読者は新しい商いを自分で立ち上げる人で、緑の段3単位目として検証の順番の決め方を扱う。よく言われる原則は一番危ない仮説(外れたら事業全体が崩れる根っこの前提)から検証せよで、俗説はそれが唯一の正解だという受け取り。この単位はそれが良い出発点ではあるが証明された唯一の正解手順ではないことを示す
- まず順序の実証が薄いことを正直に置く。一番危ない仮説からはリーンスタートアップ系の実務書が広めた経験に根ざす発見的原則で、その順番が他のどんな順番より良い結果を生むのかを正面から比べた査読研究はほとんど見当たらない。この空白を証明があるかのように埋めず、原則は証明された最適手順ではなく経験から来る良い出発点として受け取る
- 順番は何を試すかの選択問題で一律ではない。Gans・Stern・Wu 2019は、新しい事業を進めることが先の読めない中でどの実験を選びどこにどれだけ賭けるかを選び続けることだと示した。一番危ない前提がたまたま確かめるのに時間もお金もかかるものなら、それを先に確かめる間に安く早く試せた他の前提が後回しになる。順番は危なさと手軽さを天秤にかけて選ぶ
- 順番を動かす一つめの力はコスト構造。Ewens・Nanda・Rhodes-Kropf 2018は、何を先に試すべきかがそれぞれの実験にかかる費用の大きさで変わることを示した。安く試せるものから先に回せば同じお金でより多くの前提を確かめられる。危なさの大きさだけでなく確かめる費用も順番を左右する
- 二つめの力は同時に試すという手で、三つめは予測に頼らない進め方。Andries ら 2013は先の読めない状況では一つずつより複数の型を同時に並べて試すほうが優りうることを、Sarasvathy 2001は手元資源から始めて試しながら進む非予測的な進め方(エフェクチュエーション)があることを示した。計画の価値は条件付き(Chwolka & Raith 2012)で、順番の正解も状況で動く
- 確からしくなったのは一番危ない仮説から検証するのが唯一の正解ではなく、検証の順番は危なさだけでなくコスト・不確実性・同時に試せるかで変わる選択問題であり、その最適な順序を直接確かめた実証は薄い、という向きである。だから原則は原則として使い断定しない。順番を誤って失敗しても意図的に学べば次に活きる(Shepherd 2003)
- 最初の一歩は10分。前の単位で並べた?(まだ思い込みの前提)を三つ選び、それぞれに外れたときの痛手(大・中・小)と確かめる手軽さ(安い・普通・高い)を書き添え、痛手が大きく手軽なものから順に番号を振る。この順番が唯一の正解だと断定する必要はなく、危なさと手軽さの両にらみで並べ替えるだけで完結する自分の検証計画のメモである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 一番危ない仮説から検証するのが、科学的に正しい唯一の順番だ | 一番危ない仮説からはリーンスタートアップ系の実務書が広めた経験に根ざす発見的原則で、役に立つ心得ではある。だがその順番が他のどんな順番よりも良い結果を生むのかを正面から比べた査読研究はほとんど見当たらない。この空白を証明があるかのように埋めてはいけない。原則は証明された最適手順ではなく経験から来る良い出発点として受け取るのが正確で、唯一の正解と取り違えると状況によってはもっと良い進め方が見えなくなる |
| 順番は、その仮説がどれだけ危ないかの大きさだけで決まる | 順番は危なさの大きさだけでは決まらない。Gans・Stern・Wu 2019は、新しい事業を進めることがどの実験を選びどこにどれだけ賭けるかを選び続ける選択問題であることを示した。一番危ない前提がたまたま確かめるのに時間もお金もいちばんかかるものなら、それを先に確かめている間に安く早く試せた他の前提が丸ごと後回しになる。順番は危なさと確かめる手軽さの両方を天秤にかけてその都度選ぶものである |
| 危ない仮説は、必ず一つずつ順に確かめていくべきだ | 一つずつがいつでも最善とは限らない。Andries ら 2013は、先の読めない状況では危ないものから一つずつ試すより複数の型を同時に並べて試すほうが学びの戦略として優れうることを、Ewens ら 2018は何を先に試すべきかが実験にかかる費用の大きさで変わることを、Sarasvathy 2001は手元資源から始めて試しながら進む非予測的な進め方があることを示した。たとえ順番を誤って失敗しても意図的に学べば次の仮説に活きる(Shepherd 2003) |
皮肉なのは、順番の正解を求めれば求めるほど、確かめる前の思案に時間を溶かしてしまうことだ。どの前提がいちばん危ないか、どう並べるのが最適か——机の上で考え込んでいる間、事業は一歩も前に進んでいない。だが、正解の順番は、考え抜いて見つけるものではなく、実際に試して初めて分かることのほうが多い。安く試せるものは、迷う前に試してしまえばいい。試せば、その結果が、次にどれを確かめるべきかを教えてくれる。順番選びのほんとうの値打ちは、完璧な順序を先に描くことではなく、外れたときにいちばん傷が浅く、しかも次の一手が見えやすい並びを選べることにある。一番危ないものから、は良い出発点だ。ただしそれを、地図ではなく羅針盤として持つ——進みながら、その都度向きを直していく。次は、確かめた結果、前提が大きく外れたと分かったときの、方向の変え方へ進む。
Q1. 『一番危ない仮説から検証するのが科学的に正しい唯一の順番だ』はなぜ値切られるのか。『実証の薄さ』に触れて説明せよ。一問一答
Q2. 検証の順番を決める要因について、Gans・Stern・Wu 2019とEwens ら 2018をふまえた説明として正しいものはどれか。選択
Q3. Andries ら 2013によれば、先の読めない状況では、危ないものから ____ に一つずつ試すより、複数の型を ____ に並べて試すほうが、学びの戦略として優れうる。穴埋め
Q4. 『一番危ないものから』を状況に合わせて賢く曲げるために、この単位は各仮説をどんな二つの物差しで見よと勧めているか。両方を挙げ、どう使うか説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った検証の進め方の研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Andries らが同時に試すことが優りうると示す(イ)Sarasvathy が予測に頼らず手元資源から進む道を示す(ウ)Gans らが進め方は何を試すかの選択問題だと示す(エ)Ewens らが順番は実験コストで変わると示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。前の単位でキャンバスに並べた『?』(まだ思い込みの前提)の中から、三つを選んで書き出す。次に、それぞれの横に二つの物差しを書き添える。①外れたときの痛手——もしこの前提が外れたら、事業はどれくらい困るか(大・中・小)。②確かめる手軽さ——この前提を確かめるのは、どれくらい安く早くできるか(安い・普通・高い)。書けたら、痛手が大きく、しかも手軽なものから順に、①②③と番号を振る。痛手は大きいが高くつくものは、もっと安く試せる形に工夫できないかを一行メモする。この順番が唯一の正解だと断定する必要はなく、自分の検証計画のメモとして完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Gans J.S., Stern S., Wu J. (2019) ‘Foundations of entrepreneurial strategy’, Strategic Management Journal 40(5):736-756 — doi.org
- Andries P., Debackere K., Van Looy B. (2013) ‘Simultaneous Experimentation as a Learning Strategy: Business Model Development Under Uncertainty’, Strategic Entrepreneurship Journal 7(4):288-310 — doi.org
- Ewens M., Nanda R., Rhodes-Kropf M. (2018) ‘Cost of experimentation and the evolution of venture capital’, Journal of Financial Economics 128(3):422-442 — doi.org
- Sarasvathy S.D. (2001) ‘Causation and Effectuation: Toward a Theoretical Shift from Economic Inevitability to Entrepreneurial Contingency’, Academy of Management Review 26(2):243-263 — doi.org
- Chwolka A., Raith M.G. (2012) ‘The value of business planning before start-up — A decision-theoretical perspective’, Journal of Business Venturing 27(3):385-399 — doi.org
- Shepherd D.A. (2003) ‘Learning from Business Failure: Propositions of Grief Recovery for the Self-Employed’, Academy of Management Review 28(2):318-328 — doi.org