「相手ごとに語り分ければ届く」——だが場はもう分かれておらず、芯の違う語り分けは矛盾として露見する
相手ごとに語り分ければそれぞれに届く、と教わる。皮肉なことに、丁寧に届けようとした語り分けが、いちばん信頼を損なう瞬間に化ける。こちらには安さを、あちらには品質を強調する。どちらも嘘ではないと本人は思う。だが、その二つが同じ画面に並んだとき、人が読み取るのは、この会社は相手を見て言うことを変える、という一点である。場が分かれていた時代なら見えなかった食い違いが、いまはひと目で並ぶ。
前の単位で、崩れた信頼を、非対称なものとしてどう建て直すかが手に入った。ここでは、その信頼を、関心の異なる相手——顧客・取引先・従業員・地域・世間——へ、どう伝え分けるのかを扱う。
「相手ごとに語り分ければ、それぞれにちゃんと届く」——これが、この単位が向き合う俗説である。相手が違えば関心も違うのだから、語り分けの発想そのものは理にかなう。だが、SNSの時代に、この「語り分け」は思わぬ落とし穴を持つ。相手ごとに違う画面へ届けたはずの言葉が、同じ一つの画面に並んでしまうからだ。まず断っておく。ここで勧めるのは、相手ごとに違う「物語」を作る二枚舌ではない。扱うのは、同じ実質を相手の関心に「翻訳」しつつ、どうすれば矛盾させずに済むか——その一貫性の構造である。前の段で建て直した信頼は、相手が一人なら守りやすい。だが、関心の違う相手が何組もいて、その全員が同じ画面を見ているとき、守り方は一気に難しくなる。この単位が向き合うのは、まさにその難しさである。
相手ごとに関心は違う。だから、誰が本当に重要かを見極める
出発点として。会社の周りには、関心も要求も異なる相手がいる。この「利害を持つ相手(ステークホルダー)」という見方の由緒は、一九八四年、Freeman の著書『Strategic Management: A Stakeholder Approach』(Pitman、書籍)にさかのぼる。一九九五年、Donaldson と Preston が *Academy of Management Review* 誌 20(1):65-91 で、この理論を概念・規範・実証の面から整理し、相手ごとに要求が異なることを、企業がどう受け止めるべきかを論じた。ただし語り分けの要諦は、全員に同じだけ応えることではない。一九九七年、Mitchell・Agle・Wood が同誌 22(4):853-886 で、誰が「本当に重要な」相手かを見極める枠組み(salience)を示した。相手の力・正当性・緊急性によって、向き合う優先順位は変わる。声の大きい相手が、いちばん応えるべき相手とは限らない。逆に、静かだが自分の商いを支えている相手を、見落としてはならない。つまり、語り分けの前に、まず誰に、どの順で応えるかの地図がいる。ここまでは、語り分けの発想を裏づける側の話だ。相手が違えば関心が違い、その関心に合わせて言葉を選ぶこと自体は、まっとうな配慮である。
だが、SNS時代は、文脈が崩壊する
問題はここからだ。かつては、相手ごとに別の場で語れた。取引先には商談の席で、従業員には朝礼で、世間には広告で。場が分かれていれば、語り分けは露見しない。ところが、SNSはこの「場の壁」を壊す。二〇一一年、Marwick と boyd が *New Media & Society* 誌 13(1):114-133 で、Twitter利用者が直面する文脈の崩壊(context collapse)を調べた。一つの投稿が、想定していた相手だけでなく、あらゆる相手の目に同時に触れる。彼らが描いたのは、利用者が「想像上の聴衆」を思い浮かべながら、実際には多様な相手が一画面に共存する中で発信している、という姿だった。頭の中では特定の相手に語りかけているのに、実際に読むのは、その相手だけではない。取引先向けのつもりで書いた言葉を、顧客も従業員も競合も、同じ画面で読む。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——相手ごとに場が分かれている前提で語り分け、実際には一つの画面に全員が居合わせていることを見落とす。 場は、もう分かれていない。すべての語り分けが、同じ一枚のテーブルの上に、並べて置かれる時代になった。
文脈の崩壊は、発信を縛り、矛盾を露見させる
文脈が崩壊すると、何が起きるか。二〇一二年、Vitak が *Journal of Broadcasting & Electronic Media* 誌 56(4):451-470 で、文脈の崩壊が、人の発信や開示を制約することを実証した。多様な相手が同じ場にいると分かると、人は当たり障りのないことしか言えなくなる。二〇一四年、Davis と Jurgenson が *Information, Communication & Society* 誌 17(4):476-485 で、文脈が意図せず衝突・混線する仕組みを理論として整理した。異なる相手に向けた別々の言葉が、同じ場でぶつかると、その食い違いが露見する。ある相手に「安さが自慢」と言い、別の相手に「品質にこだわる」と言っていたのが、並んで見えたとき——語り分けは、二枚舌として跳ね返る。悪気があったかどうかは、見る側には関係がない。並んだ二つが食い違っていれば、そこには「この会社は相手を見て言うことを変える」という読みだけが残る。しかも、その読みは一度つくと消えにくい。なお、これらの実証はSNS利用者の研究が中心で、企業広報にそのまま当てはまるわけではないが、複数の聴衆が一画面に共存する時代に、語り分けの矛盾は露見しやすいという構造は、広く通じる。
語り分けは翻訳であって、二枚舌ではない
では、語り分けをやめるべきか。そうではない。要点は、語り分けを「翻訳」に留め、「別の物語」にしないことだ。翻訳とは、同じ一つの実質を、相手の関心の言葉に置き換えることである。品質へのこだわりという同じ芯を、顧客には「長く使える」、取引先には「返品が少ない」、従業員には「胸を張れる仕事」と、相手の関心に合わせて言い換える。言っている中身は、どれも同じ一つの事実だ。芯は一つだから、三つを並べても、互いを打ち消さない。むしろ同じ芯が三つの角度から見えて、像はより確かになる。二枚舌とは、相手ごとに芯そのものを変えることだ。こちらには安さを、あちらには品質を、と実質の違うことを言えば、一画面に並んだ瞬間に食い違いが露見する。翻訳なら、相手が増えても、言い換えが増えるだけで済む。二枚舌は、相手が増えるほど、抱える「真実」が増え、どこかで必ずぶつかる。翻訳は、一つの真実の言い換え。二枚舌は、複数の真実の使い分け。 見分ける問いは一つ——「この二つを、相手が並べて読んでも、矛盾しないか」。この問いに胸を張って「しない」と言えるなら、それは翻訳だ。少しでも口ごもるなら、芯が二つに割れかけている合図である。
時間・変化:1984年から2014年へ
順に置く。一九八四年、Freeman が、利害を持つ相手という見方の由緒を与える。一九九五年、Donaldson と Preston が、相手ごとに要求が異なることの受け止め方を整理する。一九九七年、Mitchell らが、誰が本当に重要かを見極める枠組みを示す。二〇一一年、Marwick と boyd が、SNSで文脈が崩壊し、多様な相手が一画面に共存することを示す。二〇一二年、Vitak が、文脈の崩壊が発信を制約することを、二〇一四年、Davis と Jurgenson が、文脈の衝突・混線の仕組みを示す。研究は、語り分けの技を細かくしてきたのではなく、その語り分けが露見する舞台のほうを描いてきた。この三十年で、話は「相手ごとに語り分ければ届く」から動いた。相手を見極めて翻訳することは要る。だが、場はもう分かれておらず、芯の違う語り分けは矛盾として露見する——確からしくなったのは、そういう向きだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、相手ごとに場が分かれているという古い前提である。その前提に立つと、こちらには安さ、あちらには品質、と芯まで変えて語り分けてしまう。だが場はもう分かれていない。一つの画面に全員が居合わせ、食い違いは並んで露見する。相手の顔を見て中身を変える癖は、対面の商いでは器用さと呼ばれたが、いまはそのまま弱みになる。助けになるのは、語り分ける前に、変えてよいもの(言葉・切り口)と、変えてはいけないもの(芯・実質)を、はっきり分けておくことだ。相手の関心に合わせて言葉は翻訳する。だが芯は動かさない。そうすれば、どの二つを並べられても、矛盾はしない。実務では、発信する前に、想定していない相手がこれを読んだらどう映るか、を一度だけ想像してみるとよい。取引先向けの一文を、顧客が読んだら。従業員向けの表明を、世間が読んだら。その一手間が、場が崩壊した時代の、いちばん安い保険になる。読んだ相手の顔ぶれは選べないが、書く前に想像しておく相手の幅のほうは、自分でいくらでも広げられる。ここを広げておくほど、思わぬ相手に読まれても慌てずに済む。
この単位は、相手を欺くための語り分けを勧めない。誰が本当に重要かを見極めるのは、切り捨てるためではなく、限りある力を、応えるべき相手にきちんと向けるためだ。声の大きさに引きずられて、いちばん支えてくれている静かな相手を後回しにしないための、優先順位でもある。言うのは、相手ごとに翻訳はしても、芯は一つに保て。並べて読まれても矛盾しないか、で自分を点検せよということである。
最初の一歩は10分。自分の商いで最近伝えた(これから伝える)メッセージを一つ選ぶ。それを、二種類の相手向けに書き分けてみる。次に、その二つを紙の上に並べて、(1)芯(実質)は同じか、変わっていないか、(2)相手が両方を並べて読んだとき、矛盾しないか、(3)変えたのは言葉・切り口だけで、約束の中身まで変えていないか、を確かめる。他人を実験台にして反応を試さない。点検するのは、自分の書き分けが、翻訳に留まっているか、それとも二枚舌になっていないかだけである。
- 桃の段、関心の異なる関係者へ信頼を伝え分ける単位。会社の周りには関心も要求も異なる相手(ステークホルダー)がいる。この見方の由緒はFreeman 1984『Strategic Management: A Stakeholder Approach』(Pitman、書籍)にさかのぼる。Donaldson・Preston 1995(Academy of Management Review 20(1):65-91)は相手ごとに要求が異なることの受け止め方を整理し、Mitchell・Agle・Wood 1997(同 22(4):853-886)は誰が本当に重要か(salience)を見極める枠組みを示した。語り分けの前に、誰にどの順で応えるかの地図がいる
- 証拠の読み違え方は、相手ごとに場が分かれている前提で語り分け、実際には一つの画面に全員が居合わせていることを見落とすこと。Marwick・boyd 2011(New Media & Society 13(1):114-133)は、Twitter利用者の文脈の崩壊(context collapse)を調べ、一つの投稿が想定した相手だけでなくあらゆる相手の目に同時に触れること、利用者が想像上の聴衆を思い浮かべながら発信していることを描いた。場はもう分かれていない
- Vitak 2012(Journal of Broadcasting & Electronic Media 56(4):451-470)は、文脈の崩壊が人の発信や開示を制約すると実証した。多様な相手が同じ場にいると分かると、人は当たり障りのないことしか言えなくなる。Davis・Jurgenson 2014(Information, Communication & Society 17(4):476-485)は、文脈が意図せず衝突・混線する仕組みを理論として整理した。異なる相手に向けた別々の言葉が同じ場でぶつかると食い違いが露見する
- 実証はSNS利用者研究が中心で企業広報にそのまま当てはまらないが、複数の聴衆が一画面に共存する時代に語り分けの矛盾は露見しやすいという構造は広く通じる。ある相手に安さが自慢と言い、別の相手に品質にこだわると言っていたのが並んで見えたとき、語り分けは二枚舌として跳ね返る。★481の断り(順番を間違えた対応を世間は見抜く)に通じる
- 中心命題は、語り分けは翻訳であって二枚舌ではない。翻訳とは同じ一つの実質を相手の関心の言葉に置き換えること。品質へのこだわりという同じ芯を、顧客には長く使える、取引先には返品が少ない、従業員には胸を張れる仕事と言い換える。芯は一つだから並べても矛盾しない。二枚舌は芯そのものを相手ごとに変えること。翻訳は一つの真実の言い換え、二枚舌は複数の真実の使い分け
- 妨げるのは、相手ごとに場が分かれているという古い前提。その前提に立つと、こちらには安さ、あちらには品質と芯まで変えて語り分けてしまう。助けになるのは、語り分ける前に、変えてよいもの(言葉・切り口)と変えてはいけないもの(芯・実質)をはっきり分けておくこと。相手の関心に合わせて言葉は翻訳するが芯は動かさない。そうすればどの二つを並べられても矛盾しない
- 相手を欺くための語り分けを勧めない。誰が本当に重要かを見極めるのは切り捨てのためではなく、限りある力を応えるべき相手に向けるため。見分ける問いは、この二つを相手が並べて読んでも矛盾しないか。翻訳はいくらでも増やしてよいが、増やしてはいけないのは真実の数のほう。一つの真実を相手の数だけ言い換えるのが、二枚舌にならない語り分け
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 相手ごとに関心が違うのだから、それぞれに合わせて語り分ければ、みなにちゃんと届く | Donaldson・Preston 1995は相手ごとに要求が異なることの受け止め方を整理し、Mitchell ら1997は誰が本当に重要かを見極める枠組み(salience)を示した。相手を見極めて翻訳することは要る。だがMarwick・boyd 2011が示したように、SNSでは文脈が崩壊し、想定した相手だけでなくあらゆる相手の目に同時に触れる。相手ごとに場が分かれている前提で語り分け、一つの画面に全員が居合わせていることを見落としてはならない |
| 同じ画面に多様な相手がいても、当たり障りなく発信していれば問題は起きない | Vitak 2012は、文脈の崩壊が人の発信や開示を制約すると実証した。多様な相手が同じ場にいると分かると、人は当たり障りのないことしか言えなくなる。Davis・Jurgenson 2014は、文脈が意図せず衝突・混線する仕組みを整理した。異なる相手に向けた別々の言葉が同じ場でぶつかると食い違いが露見する。ある相手に安さが自慢と言い別の相手に品質にこだわると言っていたのが並んで見えたとき、語り分けは二枚舌として跳ね返る |
| 露見が怖いなら、相手ごとの語り分けはやめて、全員に同じことだけ言うのが安全だ | 語り分けをやめる必要はない。要点は語り分けを翻訳に留め、別の物語にしないこと。翻訳とは同じ一つの実質を相手の関心の言葉に置き換えること。品質へのこだわりという同じ芯を、顧客には長く使える、取引先には返品が少ない、と言い換える。芯は一つだから並べても矛盾しない。二枚舌は芯そのものを相手ごとに変えること。見分ける問いは、並べて読んでも矛盾しないか |
皮肉なのは、相手に丁寧に届けようとした語り分けが、いちばん信頼を損なう瞬間に化けることだ。良かれと思って、こちらには安さを、あちらには品質を強調する。どちらも嘘ではない、と本人は思っている。だが、その二つが同じ画面に並んだとき、人が読み取るのは「この会社は、相手を見て言うことを変える」という一点である。場が分かれていた時代なら見えなかった食い違いが、いまはひと目で並ぶ。だからこそ、語り分けの技を磨くより先に、芯を一つに定めるほうが効く。芯が一つなら、どんなに多くの相手に、どんな言葉で語っても、並べられて困ることはない。翻訳はいくらでも増やしてよい。増やしてはいけないのは、真実の数のほうだ。一つの真実を、相手の数だけ言い換える——それが、二枚舌にならない語り分けだ。
Q1. 「相手ごとに語り分ければ届く」という発想の落とし穴を、Marwick・boyd 2011 の文脈の崩壊に触れて説明せよ。何を見落としているのかにも触れること。一問一答
Q2. この単位が言う「語り分けは翻訳であって二枚舌ではない」の意味として、正しいものはどれか。選択
Q3. Vitak 2012 は、文脈の崩壊が人の発信や開示を ____ すると示した。Davis・Jurgenson 2014 は、文脈が意図せず ____ ・混線する仕組みを整理した。芯の違う語り分けは、一画面に ____ 瞬間に食い違いが露見する。穴埋め
Q4. 誰が「本当に重要な」相手かを見極める必要があるのはなぜか。Mitchell ら1997 の枠組みに触れ、それが切り捨てのためではないことにも触れて説明せよ。一問一答
Q5. この単位が扱った出典を、年の早い順に並べよ。(ア)Marwick・boyd がSNSの文脈崩壊を示す(イ)Freeman が利害を持つ相手という見方の由緒を与える(ウ)Davis・Jurgenson が文脈の衝突・混線を整理(エ)Mitchell らが誰が本当に重要かの枠組みを示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分の商いで最近伝えた(これから伝える)メッセージを一つ選ぶ——値上げの知らせ、新商品の案内、方針の表明など。それを、二種類の相手向けに書き分けてみる(例:顧客向けと取引先向け、常連向けと新規向け)。次に、その二つを紙の上に並べて三つを確かめる。(1)芯(実質)は同じか、変わっていないか。(2)相手が両方を並べて読んだとき、矛盾しないか。(3)変えたのは言葉・切り口だけで、約束の中身まで変えていないか。もし矛盾していたら、芯を一つに決め直し、そこから両方を翻訳し直す。他人を実験台にして反応を試さない。点検するのは、自分の書き分けが翻訳に留まっているか、二枚舌になっていないかだけである。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Donaldson T., Preston L.E. (1995) ‘The Stakeholder Theory of the Corporation: Concepts, Evidence, and Implications’, Academy of Management Review 20(1):65-91 — doi.org
- Mitchell R.K., Agle B.R., Wood D.J. (1997) ‘Toward a Theory of Stakeholder Identification and Salience: Defining the Principle of Who and What Really Counts’, Academy of Management Review 22(4):853-886 — doi.org
- Marwick A.E., boyd d. (2011) ‘I Tweet Honestly, I Tweet Passionately: Twitter Users, Context Collapse, and the Imagined Audience’, New Media & Society 13(1):114-133 — doi.org
- Vitak J. (2012) ‘The Impact of Context Collapse and Privacy on Social Network Site Disclosures’, Journal of Broadcasting & Electronic Media 56(4):451-470 — doi.org
- Davis J.L., Jurgenson N. (2014) ‘Context Collapse: Theorizing Context Collusions and Collisions’, Information, Communication & Society 17(4):476-485 — doi.org
- Freeman R.E. (1984) 『Strategic Management: A Stakeholder Approach』, Pitman(2010年 Cambridge University Press リプリント版あり・ステークホルダー論の由緒・書籍) — doi.org