「トップの顔で好感を作れる」——だが、顔は資産であると同時に、失点を引き受ける負債でもある
うちの代表を前に出していい顔を作れば会社の好感度は上がる、と教わる。皮肉なことに、いちばん熱心にいい顔を作ろうとする会社ほど、その顔にいちばん大きな負債を積み上げている。前に出すほど好感は集まるが、同じ大きさの期待が張りつき、約束を一つ違えた日、世間は会社ではなくその顔を責める。顔は盾ではなく避雷針だ。称賛の電流も非難の電流も、同じ一点に落ちる。
前の単位で、広がるデマにどう向き合うかが手に入った。ここでは、その発信の中心に立つ人——経営者やトップの「顔」を、どう扱えばいいのかを扱う。ここから段はひとつ進んで、関係者への伝達から、崩れた信頼をどう建て直すかの段に入る。
「うちの代表を前に出して、いい顔を作れば、会社の好感度は上がる」——これが、この単位が向き合う俗説である。トップの顔で好感を作る、という発想は、たしかに一理ある。人は、組織という抽象を、生身の一人の顔を通して受け取るからだ。だが、その「顔」には、思っているほど単純ではない性質がある。顔は、好感を集める資産になると同時に、失点を引き受ける負債にもなる。まず断っておくと、この単位は実在の経営者を名指しで良し悪し評価しない。扱うのは、トップという「顔」が、評判の上でどう働くのか——その資産と負債の両面の構造である。中小や個人事業で、自分がそのまま商いの顔になっている人にも、この構造はそのまま届く。従業員がいてもいなくても、前に立つ一人がいれば、そこに資産と負債が同時に集まるからだ。
トップの顔は、資産であると同時に負債である
まず、事実として。経営者は、企業の評判にとって実在の「顔」である。二〇一七年、Love・Lim・Bednar が *Academy of Management Journal* 誌 60(4):1462-1481 で、CEOが企業の評判にどう影響するかを調べ、トップの人物像が、会社そのものの評判を左右することを示した。二〇一二年、Men が *Public Relations Review* 誌 38(1):171-173 で、CEOの信頼性が、組織の評判や従業員の関与に効くことを示している。顔が立てば、会社は信頼されやすい。だが、ここに裏面がある。顔が会社の評判を背負うということは、会社の失点もまた、その顔に返ってくるということだ。組織の誰か一人がしくじっても、世間はその一人ではなく、前に立っていた顔を責める。トップが目立つほど、何かあったとき、その一身に非難が集まる。ここに、この単位の「証拠の読み違え方」がある——顔が好感を集める資産の面だけを見て、顔が失点を引き受ける負債の面を見落とす。 顔を前に出すとは、好感という資産と、失点という負債を、同じ一人に集めることである。だからこそ、前に出す前に、負債の側を見ておく必要がある。目立つ顔を作れば作るほど、しくじったときに払う代償も、同じだけ大きくなる。これは、顔を前に出すなという話ではなく、前に出すなら、その顔がいざというとき引き受けるものの大きさを、あらかじめ計算に入れておけ、という話だ。
社会・政治的な発信は、支持と反発の両方を呼ぶ
近年、トップが社会や政治の話題に声を上げること(アクティビズム)が増えた。だが、これはとりわけ両刃である。二〇一九年、Chatterji と Toffel が *Organization & Environment* 誌 32(2):159-185 で、CEOの社会的発信が世論や消費者の態度を実際に動かすことを実験的に示したが、それは支持を得ると同時に、反対の立場の人を遠ざける動きでもあった。ある層が拍手する言葉は、別の層には反発の理由になる。中立に見える発信でも、沈黙していた立場の人には、片方に肩入れした表明として受け取られることがある。二〇二〇年、Bhagwat・Warren・Beck・Watson が *Journal of Marketing* 誌 84(5):1-21 で、企業の社会政治的な発信が企業価値に及ぼす影響を調べ、株価の反応が一様ではなく、賛否で割れることを示した。つまり、トップの発信は、好感を「増やす」だけの操作ではない。一方の支持を得るぶん、もう一方の反発を買う。 ここでの実証は米国のデータが中心で、日本の中小や個人事業の「代表の顔」にそのまま当てはまるわけではないが、発信は分断を生みうるという構造は、規模を越えて通じる。だから発信の前に、これは誰の支持を得て、同時に誰を遠ざけるのかを、両方数えておく。
セレブ化は、過信を招く
もう一つ、顔を前に出すことには、当人への副作用がある。二〇〇四年、Hayward・Rindova・Pollock が *Strategic Management Journal* 誌 25(7):637-653 で、CEOがメディアにもてはやされて「セレブ」になる過程と、その帰結を調べた。彼らが示したのは、もてはやす記事を、当人が信じ込んでしまうという危うさだ。称賛は、当人が努めて集めたものであるほど、真実に見えてくる。自分についての称賛を真に受けたトップは、自信過剰になり、問題を含んだ意思決定に傾きやすくなる。顔を作る取り組みが、皮肉なことに、その顔の中身である判断を鈍らせる。好感を集めるほど、集めた本人が、その好感の理由を見失っていく。 顔は、実際の行動が積み上げた信頼の反映のはずなのに、いつしか行動より先に、顔だけが独り歩きを始める。周りが称賛ばかりを届け、耳の痛い話をしなくなると、この独り歩きは加速する。だから、トップを前に出すなら、称賛を額面どおりに受け取らない冷静さを、当人と周りの両方が保てるかが問われる。称賛を運んでくる人と同じくらい、耳の痛い苦言を運んでくる人を、そばに残しておけるか——それが、顔を負債にしないための歯止めになる。
「CEO評判の数字」は、売り物である
トップの評判は、しばしば数字で語られる。「経営者信頼度ランキング」「CEO評判指数」といったものだ。だが、その数字の出どころには注意がいる。こうしたランキングや評判スコアの多くは、調査会社が作って売っている商品である。 二〇一五年、ウェーバー・シャンドウィックの調査報告「CEO レピュテーション・プレミアム」のように、CEOの評判を数値化した調査は、実務では広く引かれるが、その定義もデータの取り方も、調査を作った側が決めている。何をもって「評判」とし、誰に、どう尋ねたか——そこが変われば、順位は変わる。だから「わが社のトップの評判は業界◯位」という数字を見たら、それが誰の・どんな方法で作られた指標なのかを、まず問う。これは、この棚の締めで正面から扱う見方——評判の測定は、事実の写真ではなく、売られる商品である——の、最初の顔出しだ。数字が独り歩きするとき、それは順位を上げる圧力として、かえって顔づくりを歪ませる。順位を上げるために発信を盛れば、盛ったぶんだけ、実際の行動との差が広がる。その差は、いつか誰かに見つかり、負債として顔に返る。数字は、顔の実力をそのまま映す鏡ではなく、追いかけると顔をやせさせる蜃気楼になりうる。
時間・変化:2004年から2020年へ
順に置く。二〇〇四年、Hayward らが、CEOのセレブ化が過信と問題含みの判断を招くことを示す。二〇一二年、Men が、CEOの信頼性が評判や従業員の関与に効くことを示す。二〇一七年、Love らが、トップの人物像が会社の評判を左右することを示す。二〇一九年、Chatterji と Toffel が、CEOの社会的発信が世論を動かし、同時に分断を生むことを示す。二〇二〇年、Bhagwat らが、社会政治的発信への株価の反応が賛否で割れることを示す。研究は顔を「作る技」を精密にしてきたのではなく、顔という装置が両刃であることを、年ごとに確かめてきた。個々の数字は入れ替わっても、この向きだけは動いていない。この十数年で確からしくなったのは、「トップの顔で好感を作れる」という向きではない。確からしくなったのは、顔は資産であり負債であり、発信は支持と反発を同時に呼び、称賛は過信を招く——という向きのほうだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、トップを前に出すことを、好感を「増やすだけ」の操作だと考えることである。顔は、集めた好感と同じ量の負債を、同じ一人に背負わせる。何かあれば、その顔に非難が返る。増やすだけのつもりで、負債の側を数えていないのだ。助けになるのは、顔を前に出す前に、「これは資産にも負債にもなる」と両面で覚悟し、発信の中身を、時々で変えない一貫したものにしておくことだ。支持を狙って調子よく話を合わせると、立場の違う相手の前で矛盾が露見し、かえって信頼を失う。一貫していることが、顔の負債を小さく保つ。逆に、その日の相手に合わせて言うことを変える顔は、資産を積むどころか、負債だけを増やしていく。もう一つ助けになるのは、顔の出番を、本業の行動が裏づけられる範囲に絞ることだ。行動が伴わない発信は、その場では好感を生んでも、あとになって必ず差額を請求される。顔が語ってよいのは、その顔が実際にやってみせたことまで——そう一つ決めておくだけで、発信は身の丈に収まり、負債は膨らまない。
この棚は、実在の経営者の良し悪しを判定しない。ここで挙げたのは、顔という装置の構造であって、誰かの人物評ではない。「発信するな」とも言わない。言うのは、顔を前に出すなら、返ってくる負債を引き受ける覚悟と、時々でぶれない一貫性を、セットで持てということだ。
最初の一歩は10分。自分(=自分の商いの代表)が最近した、あるいはこれからしそうな発信を一つ思い浮かべる。それについて、(1)その発信は、どんな人の支持を集めそうか、(2)同時に、どんな人の反発を買いそうか、(3)その発信は、別の相手の前でした過去の発言と、矛盾しないか、を書き出す。他社の経営者の炎上をウォッチして品定めしない。点検するのは、自分の発信が、支持と反発の両方にどう返るか、それだけである。
- 桃の段(信頼の再建)の頭の単位。経営者は企業の評判にとって実在の顔である。Love・Lim・Bednar 2017(Academy of Management Journal 60(4):1462-1481)はトップの人物像が会社そのものの評判を左右すると示し、Men 2012(Public Relations Review 38(1):171-173)はCEOの信頼性が評判や従業員の関与に効くと示した。だが顔が会社の評判を背負うとは、会社の失点もその顔に返ることでもある。証拠の読み違え方は、顔が好感を集める資産の面だけ見て失点を引き受ける負債の面を見落とすこと
- 顔を前に出すとは、資産と負債を同じ一人に集めること。トップが目立つほど、何かあったときその一身に非難が集まる。顔は盾ではなく避雷針で、称賛の電流も非難の電流も同じ一点に落ちる。いちばん強い顔は、いつも同じことを言い、言ったことを行動で裏切らない顔であり、それは作るものではなく日々の行動があとから顔にしていくもの
- 社会・政治的な発信(アクティビズム)はとりわけ両刃。Chatterji・Toffel 2019(Organization & Environment 32(2):159-185)は、CEOの社会的発信が世論や消費者の態度を実際に動かす一方、支持を得ると同時に反対の立場の人を遠ざけると実験的に示した。発信は好感を増やすだけの操作ではなく、一方の支持を得るぶんもう一方の反発を買う
- Bhagwat・Warren・Beck・Watson 2020(Journal of Marketing 84(5):1-21)は、企業の社会政治的な発信への株価の反応が一様でなく賛否で割れると示した。実証は米国データ中心で日本の中小・個人事業の代表の顔にそのまま当てはまらないが、発信は分断を生みうるという構造は規模を越えて通じる。発信するな、ではなく、返ってくる負債を引き受ける覚悟と一貫性を持て
- Hayward・Rindova・Pollock 2004(Strategic Management Journal 25(7):637-653)は、CEOがメディアにもてはやされてセレブになる過程と帰結を調べ、もてはやす記事を当人が信じ込んでしまう危うさを示した。称賛を真に受けたトップは自信過剰になり、問題を含んだ意思決定に傾きやすい。好感を集めるほど集めた本人がその理由を見失う。称賛を額面どおり受け取らない冷静さを当人と周りが保てるかが問われる
- トップの評判はしばしば数字で語られるが、経営者信頼度ランキングやCEO評判指数の多くは調査会社が作って売る商品である。定義もデータの取り方も調査を作った側が決めている。業界何位という数字を見たら誰のどんな方法で作られた指標かをまず問う。評判の測定は事実の写真ではなく売られる商品で、これは棚の締めで正面から扱う見方の最初の顔出し
- 確からしくなったのは、トップの顔で好感を作れる、ではない。顔は資産であり負債であり、発信は支持と反発を同時に呼び、称賛は過信を招く、という向き。妨げるのは顔を前に出すことを好感を増やすだけの操作と考えること。助けになるのは、資産にも負債にもなると両面で覚悟し、発信の中身を時々で変えない一貫したものにしておくこと。一貫していることが顔の負債を小さく保つ。実在の経営者を名指しで良し悪し評価しない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| うちの代表を前に出していい顔を作れば、会社の好感度は増えていく一方だ | Love ら2017は、トップの人物像が会社そのものの評判を左右することを示し、Men 2012はCEOの信頼性が評判や従業員の関与に効くと示した。だが、顔が会社の評判を背負うということは、会社の失点もまたその顔に返ってくるということだ。トップが目立つほど、何かあったときその一身に非難が集まる。顔が好感を集める資産の面だけを見て、失点を引き受ける負債の面を見落としてはならない。顔を前に出すとは、資産と負債を同じ一人に集めること |
| トップが社会や政治の話題に発信すれば、支持を集めて好感度を高められる | Chatterji・Toffel 2019は、CEOの社会的発信が世論や消費者の態度を実際に動かす一方、支持を得ると同時に反対の立場の人を遠ざける動きでもあると示した。Bhagwat ら2020は、企業の社会政治的な発信への株価の反応が一様でなく賛否で割れると示した。発信は好感を増やすだけの操作ではなく、一方の支持を得るぶん、もう一方の反発を買う。発信は分断を生みうるという構造は規模を越えて通じる |
| 評判ランキングでトップの順位が上がれば、それだけ好感を作れている証拠だ | 経営者信頼度ランキングやCEO評判指数の多くは、調査会社が作って売っている商品である。定義もデータの取り方も、調査を作った側が決めている。業界何位という数字を見たら、誰のどんな方法で作られた指標かをまず問う。評判の測定は事実の写真ではなく売られる商品であり、順位を上げる圧力はかえって顔づくりを歪ませる |
皮肉なのは、いちばん熱心に「いい顔」を作ろうとする会社ほど、その顔に、いちばん大きな負債を積み上げていることである。前に出せば出すほど、好感は集まる。だが、集まった好感とちょうど同じ大きさの期待が、その顔に張りつく。そして、何か一つ約束を違えた日、世間は、会社ではなく、その顔を責める。顔は、盾ではなく、避雷針だ。称賛の電流も、非難の電流も、同じ一点に落ちる。だから、トップを前に出すという判断は、好感度を上げる広報の技ではなく、負債をどこに集めるかという、覚悟のいる設計である。いちばん強い顔は、いつも同じことを言い、言ったことを、行動で裏切らない顔だ。それは、作るものではなく、日々の行動が、あとから顔にしていくものである。
Q1. 「トップの顔で好感を作れる」という言い方の落とし穴を、Love ら2017/Men 2012 に触れて説明せよ。何を何と取り違えているのかにも触れること。一問一答
Q2. Chatterji・Toffel 2019 と Bhagwat ら2020 が、トップの社会・政治的な発信について示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. Hayward ら2004 は、CEOがメディアにもてはやされて ____ 化する過程を調べ、もてはやす記事を当人が ____ ことで ____ 過剰になり、問題を含んだ意思決定に傾きやすくなることを示した。好感を集めるほど、集めた ____ が、その理由を見失っていく。穴埋め
Q4. 「CEO評判ランキングで順位が上がれば好感を作れている」という受け取り方の問題を説明せよ。この棚の締めのどの見方の最初の顔出しかにも触れること。一問一答
Q5. この単位が扱った研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Love らがトップの人物像が会社の評判を左右すると示す(イ)Hayward らがセレブ化が過信を招くと示す(ウ)Bhagwat らが社会政治的発信への株価反応は賛否で割れると示す(エ)Chatterji・Toffel が社会的発信は世論を動かし分断も生むと示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分(=自分の商いの代表)が最近した、あるいはこれからしそうな発信を一つ思い浮かべる——SNSの投稿、取材での発言、あいさつ文、姿勢の表明など。それについて三つを書く。(1)その発信は、どんな人の支持を集めそうか。(2)同時に、どんな人の反発を買いそうか。(3)その発信は、別の相手の前でした過去の発言と、矛盾しないか。最後に、この発信で返ってくる負債(反発や、後で問われる期待)を引き受ける覚悟があるかを一言。他社の経営者の炎上をウォッチして品定めしない。点検するのは、自分の発信が支持と反発の両方にどう返るか、そして一貫しているかだけである。一人で商いを回している場合も、自分の発信について同じ三つを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Love E.G., Lim J., Bednar M.K. (2017) ‘The Face of the Firm: The Influence of CEOs on Corporate Reputation’, Academy of Management Journal 60(4):1462-1481 — doi.org
- Men L.R. (2012) ‘CEO Credibility, Perceived Organizational Reputation, and Employee Engagement’, Public Relations Review 38(1):171-173 — doi.org
- Chatterji A.K., Toffel M.W. (2019) ‘Assessing the Impact of CEO Activism’, Organization & Environment 32(2):159-185 — doi.org
- Bhagwat Y., Warren N.L., Beck J.T., Watson G.F. (2020) ‘Corporate Sociopolitical Activism and Firm Value’, Journal of Marketing 84(5):1-21 — doi.org
- Hayward M.L.A., Rindova V.P., Pollock T.G. (2004) ‘Believing One’s Own Press: The Causes and Consequences of CEO Celebrity’, Strategic Management Journal 25(7):637-653 — doi.org
- Weber Shandwick (2015) ‘The CEO Reputation Premium: Gaining Advantage in the Engagement Era’(CEO評判の調査報告・非査読の業界調査) — www.webershandwick.com