「デマは打ち消せば消える」——だが鐘は、一度鳴らせば鳴らなかったことにはできない
デマを一つひとつ打ち消すことに必死になる人ほど、その噂が湧き出す源を放置している。噂は、悪意からではなく、たいてい不確実性から生まれる——人は、何が起きているか分からないとき、あり合わせの断片で空白を埋めずにはいられない。だから、否定を積み重ねても、空白がそこにあるかぎり、次の噂がまた湧く。訂正は効く、ただし完全には消えない——鐘は、一度鳴らせば、鳴らなかったことにはできない。
憶測とデマに対処するとは、何を指すのか
前の単位で、狙って報道される話の限界が手に入った。それを、望まないのにひとりでに広がる憶測やデマへの対処へ進める。関係者への伝達の段(橙)は、この単位でひとまず区切りになる。
まず言葉をほどく。憶測やデマとは、確かめられていない、あるいは事実に反する話が、あなたやあなたの商いについて広がることである。訂正とは、その誤りに対して、正しい事実を示すこと。俗説は言う——「デマは、打ち消せば消える」。この単位が見るのは、その打ち消しが、どこまで効くかだ。評判を背負うのは広報担当だけではない。事実と違う口コミに晒された店主も、誤解されたまま広まった個人事業主も、身に覚えのない噂を立てられた人も、ここに立つ。あらかじめ強く断っておく——この単位は、名誉毀損が成り立つかどうかといった法的な判断は書かない。 それは資格を持つ専門家の仕事だ。工作的に噂をもみ消す手口も書かないし、批判した人や告発した人を「敵」として描くこともしない。もし心身がつらいときは、対処の技術より先に、専門の相談窓口に頼ってほしい。書けるのは、訂正と噂について研究が確かめてきた事実までである。言うことは三つ。対処とは何を指すのか、打ち消すとどこまで消えると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。
「打ち消せば消える」の裏——訂正は効くが、完全には消えない
まず、訂正の効き目から。WalterとMurphyが2018年に『How to unring the bell』(Communication Monographs 85(3):423-441) で、誤情報の訂正を扱った多くの研究をまとめたところ、訂正は確かに効く。だが、誤情報を完全には消せない。 一度広まった話は、訂正した後も、人々の判断のなかに影響を残す。
これを、WalterとTukachinskyが2020年に『A Meta-Analytic Examination of the Continued Influence of Misinformation』(Communication Research 47(2):155-177) で、継続的影響(continued influence)——訂正されてもなお残る影響——として詳しく調べている。鐘は、一度鳴らすと、鳴らなかったことにはできない。ここで橙の段の見方を当てておく——訂正の効き目は測られていて、確かに存在する。だが「打ち消せば、きれいに消える」は言い過ぎだ。訂正は、汚れを拭き取るのではなく、薄める作業に近い。しかも、これらの研究の多くは政治や健康にまつわる誤情報を対象にしたもので、企業や個人の風評にそのまま当てはめることはできない。一般的な向きとして受け取るのがよい。
だが、逆効果はまれ——だから訂正はやる価値がある
「訂正しても消えないなら、いっそ何もしないほうがいいのでは」と思うかもしれない。よく聞くのは、「訂正すると、かえって相手が信じ込んでしまう(逆効果=backfire)」という不安だ。だが、ここは近年の実証がはっきりさせている。WoodとPorterが2019年に『The Elusive Backfire Effect』(Political Behavior 41(1):135-163) で大規模に調べたところ、この逆効果は、めったに起きない。 人は、事実を示されれば、多くの場合、それに応じて考えを改める。
WalterとCohen、Holbert、Moragが2020年に『Fact-Checking: A Meta-Analysis of What Works and for Whom』(Political Communication 37(3):350-375) でまとめたように、ファクトチェック(事実の確認による訂正)は効く——ただし、相手や条件によって効き方に差はある。つまり、訂正は、完璧ではないが、やる価値がある。 「訂正すると逆効果だから黙っていよう」というのは、根拠の薄い恐れだ。消し切れないことと、やる意味がないことは、違う。薄める作業にも、確かな値打ちがある。ここでも棚の見方を思い出しておく——「逆効果が怖い」という直感は広く流通しているが、その直感を支える実証は、近年むしろ弱くなっている。恐れの由緒と、恐れの証明は、別物だ。だから、根拠の薄い不安に引きずられて黙るより、確かめられた事実を、静かに出すほうがよい。
デマは、不確実性のなかの集団的な意味づけである
では、そもそもなぜ、デマや噂は広がるのか。BordiaとDiFonzoが2004年に『Rumor As Social Cognition』(Social Psychology Quarterly 67(1):33-49) で、インターネット上のやりとりを分析して示したのは、噂とは、不確実な状況を前にした人々が、集団で意味を作ろうとする営みだ、ということだった(この研究は、組織変革の不確実性を扱った同名の別著者の作品とは別のものである)。
人は、何が起きているか分からないとき、その空白を埋めようとする。確かな情報が無ければ、あり合わせの断片をつなぎ、推測で穴を埋める——それが、噂の正体だ。だから噂は、悪意から生まれるとはかぎらない。噂を流す人の多くは、あなたを陥れようとしているのではなく、自分なりに「たぶんこういうことだろう」と辻褄を合わせているだけのことが多い。むしろ、不確実性が高く、確かな説明が不足しているところに、噂は湧く。 沈黙は、その空白をいちばん広げる。会社が何も言わないと、人は「言えない事情があるのだろう」と、いっそう悪いほうへ推測を膨らませる。ここが、対処の考え方を変える。噂を一つひとつ打ち消すだけでは、湧き出る源——不確実性そのもの——は残ったままだ。打ち消しても打ち消しても、次の噂が湧くなら、埋めるべきは個々の噂ではなく、その手前の空白のほうである。
だから、打ち消すだけでなく、空白を埋める
では、実際にどう対処するのか。DiFonzoとBordiaが2000年に『How top PR professionals handle hearsay』(Public Relations Review 26(2):173-190) で、企業の風評への実務的な対処を調べたところ、鍵になったのは、不確実性を減らすことだった。
具体的には、三つの向きがある。早く——空白が広がる前に、確かな事実を出す。遅れれば遅れるほど、推測が空白を埋めてしまう。最初の推測がいったん定着すると、後からの訂正はそれを薄めることしかできない。繰り返し——一度の訂正では消えない(継続的影響)のだから、同じ事実を、根気よく、複数回伝える。一度言えば分かるはず、という前提を捨てる。そして、代替の物語で——「それは違う」と否定するだけでなく、「本当は、こうだ」という筋の通った説明を差し出す。人は、空いた穴をそのままにはしておけない。否定だけでは穴は空いたままで、また推測で埋まる。だから、正しい事実で穴のほうを埋める。これは、相手を言い負かすことでも、都合よく話をすり替えることでもない。都合の悪い事実まで隠して「本当はこうだ」と言えば、それはもう一つのデマになる。差し出すべきは、あくまで確かめられた事実だ。不確実性という、噂の栄養源を断つ、という向きの対処である。
時間・変化:2000年から2020年へ
順に置く。2000年、DiFonzoとBordiaが、企業の風評への実務的な対処——不確実性の低減——を調べる。2004年、BordiaとDiFonzoが、噂を不確実性下の集団的な意味づけとして説明し、2018年、WalterとMurphyが、訂正は効くが完全には消せないことをメタ分析で示す。2019年、WoodとPorterが、訂正の逆効果はまれだと示し、2020年、Walterらが継続的影響とファクトチェックの効き方を、それぞれメタ分析でまとめた。
この間に確からしくなったのは、「デマは打ち消せば消える」という約束ではない。確からしくなったのは、訂正は効くが完全には消せず、逆効果はまれだからやる価値があり、噂は不確実性のなかの集団的な意味づけとして湧くため、打ち消しだけでなく不確実性を減らすことが要る、という向きの事実である。消すのではなく、埋める——それが、この単位の芯である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「訂正すると逆効果だから」と黙り込むことである。逆効果はめったに起きず、訂正には確かな値打ちがある。もう一つの妨げは、噂を一つひとつ打ち消すことに追われて、その手前の空白——確かな説明の不足——を放置することだ。源が残れば、噂はまた湧く。
助けになるのは、噂を否定することより、その噂が埋めている「空白」は何かを見極め、そこを、早く・繰り返し・代替の説明で埋めることである。人が何を不安に思い、どこを推測で埋めているのかが分かれば、出すべき事実が見えてくる。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分に向いている誤解や憶測を一つ取り出し、それを法的にどうこうするのではなく、(1)背後にある空白(人が何を知りたがっているか)、(2)差し出せる確かな事実、(3)繰り返し伝える手順、を書き出してみること。相手を敵として描く必要はない。埋めるべき空白と、埋める材料を、自分の手元で整理するだけでよい。
次の単位は 493「経営者の顔を作るには?」——望まない話への対処から、望んで作りにいく「顔」——トップの発信の話へと、信頼の再建の段に進む。
- 憶測やデマとは確かめられていない・事実に反する話が広がること、訂正とはその誤りに正しい事実を示すこと。この単位は名誉毀損が成り立つかといった法的判断を書かず、工作的にもみ消す手口も書かず、批判者や告発者を敵として描かない。心身がつらいときは対処の技術より先に専門の相談窓口に頼るよう案内し、訂正と噂の研究の事実までを扱う
- WalterとMurphy 2018『How to unring the bell』(Communication Monographs 85(3):423-441)は誤情報の訂正を扱った多くの研究をまとめ、訂正は確かに効くが誤情報を完全には消せないことを示した。WalterとTukachinsky 2020『A Meta-Analytic Examination of the Continued Influence of Misinformation』(Communication Research 47(2):155-177)は訂正されてもなお残る継続的影響を調べた。訂正は汚れを拭き取るより薄める作業に近い
- 訂正メタの多くは政治や健康の誤情報が対象で企業や個人の風評にそのまま当てはめられず一般的な向きとして受け取る。よく聞く「訂正すると相手が信じ込む逆効果(backfire)」は、WoodとPorter 2019『The Elusive Backfire Effect』(Political Behavior 41(1):135-163)が大規模に調べてめったに起きないと示した。人は事実を示されれば多くの場合考えを改める
- WalterとCohen・Holbert・Morag 2020『Fact-Checking: A Meta-Analysis of What Works and for Whom』(Political Communication 37(3):350-375)はファクトチェックが効くが相手や条件で効き方に差があると示した。訂正は完璧ではないがやる価値があり、逆効果だから黙るのは根拠の薄い恐れである。消し切れないことと、やる意味がないことは違う
- BordiaとDiFonzo 2004『Rumor As Social Cognition』(Social Psychology Quarterly 67(1):33-49)は、噂が不確実な状況を前にした人々が集団で意味を作ろうとする営みだと示した(組織変革の不確実性を扱った同名の別著者の作品とは別)。人は何が起きているか分からないとき推測で空白を埋め、それが噂の正体で、不確実性が高く確かな説明が不足するところに噂は湧く
- だから噂を一つひとつ打ち消すだけでは湧き出す源(不確実性)は残る。埋めるべきは個々の噂でなくその手前の空白である。DiFonzoとBordia 2000『How top PR professionals handle hearsay』(Public Relations Review 26(2):173-190)は企業の風評への実務的対処の鍵が不確実性を減らすことだと調べた
- 対処には三つの向きがある。早く(空白が広がる前に確かな事実を出す)・繰り返し(一度では消えないので複数回伝える)・代替の物語で(それは違うと否定するだけでなく本当はこうだという筋の通った説明を差し出す)。否定だけでは穴は空いたまままた推測で埋まる。正しい事実で穴を埋め、不確実性という噂の栄養源を断つのが向きである。消すのではなく埋める
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 自分に向いたデマは、はっきり打ち消せばきれいに消える | 訂正は効くが、完全には消せない。Walter & Murphy 2018は訂正が効くが誤情報を完全には消せないことを、Walter & Tukachinsky 2020は訂正後も残る継続的影響を示した。一度広まった話は訂正後も判断に影響を残す。訂正は汚れを拭き取るより薄める作業に近い。しかもこれらの研究の多くは政治や健康の誤情報が対象で、企業や個人の風評には一般的な向きとして受け取る |
| 訂正するとかえって相手が信じ込む(逆効果)から、黙っているほうが安全だ | 逆効果(backfire)はめったに起きない。Wood & Porter 2019が大規模に調べたところ、人は事実を示されれば多くの場合考えを改めた。Walterら2020もファクトチェックが効く(相手・条件で差はある)ことを示した。訂正は完璧ではないがやる価値があり、逆効果を恐れて黙るのは根拠の薄い恐れである。消し切れないことと、やる意味がないことは違う |
| デマは、湧いてきた一つひとつを打ち消していけば、いずれ収まる | 噂は不確実性のなかの集団的な意味づけとして湧く。Bordia & DiFonzo 2004は、噂が不確実な状況を前にした人々が集団で意味を作ろうとする営みだと示した。不確実性が高く確かな説明が不足するところに噂は湧くため、個々の噂を打ち消しても源が残れば次が湧く。DiFonzo & Bordia 2000が示すように、対処の鍵は不確実性を減らすこと——早く・繰り返し・代替の説明で空白のほうを埋めることである |
皮肉なのは、デマを一つひとつ打ち消すことに必死になる人ほど、その噂が湧き出す源を放置していることである。噂は、悪意からではなく、たいてい不確実性から生まれる——人は、何が起きているか分からないとき、あり合わせの断片で空白を埋めずにはいられない。だから、否定を積み重ねても、空白がそこにあるかぎり、次の噂がまた湧く。訂正は効く、ただし完全には消えない——鐘は、一度鳴らせば、鳴らなかったことにはできない。できるのは、消すことではなく、埋めることだ。早く、繰り返し、そして「本当はこうだ」という筋の通った話で。いちばん強い火消しは、たぶん、火を消すことではなく、燃えるものを先に片づけておくこと——確かな説明を、噂が湧く前に、その場所に置いておくことである。
Q1. Walter & Murphy 2018とWalter & Tukachinsky 2020によれば、訂正は効くが誤情報を ____ には消せず、訂正後も判断に影響が残る(____ 影響)。ただしこれらの研究の多くは政治や ____ の誤情報が対象で、風評には一般的な向きとして受け取る。穴埋め
Q2. 「訂正すると逆効果(backfire)になるから黙っていよう」という不安について、Wood & Porter 2019とWalterら2020が示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. Bordia & DiFonzo 2004が示した「噂とは何か」を述べ、そこから導かれる「打ち消すべきは何か」を説明せよ。一問一答
Q4. DiFonzo & Bordia 2000を踏まえ、噂への対処の「三つの向き」を挙げ、なぜ否定だけでは足りないのかを述べよ。一問一答
Q5. 噂と訂正をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Walter & Murphyが訂正は効くが完全には消せないと示す(イ)DiFonzo & Bordiaが企業の風評への対処=不確実性の低減を調べる(ウ)Wood & Porterが訂正の逆効果はまれと示す(エ)Bordia & DiFonzoが噂を集団的意味づけとして説明する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分や自分の商いに向いている誤解・憶測(事実と違う口コミ、身に覚えのない噂など)を一つ思い浮かべる。それについて、法的にどうこうするのではなく、三つを書き出す。(1)背後にある空白——その誤解が広がる裏で、人は本当は何を知りたがっているのか、どこに確かな説明が足りていないのか。(2)差し出せる確かな事実——その空白を埋められる、自分の側の正しい情報。(3)繰り返し伝える手順——それを、早く・複数回・どこで伝えるか。相手を敵として描いたり、噂の出どころを詮索したりする必要はない。埋めるべき空白と、埋める材料を、自分の手元で整理して完結させる。もし心身がつらければ、この課題より先に専門の相談窓口に頼ること。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Walter N., Murphy S.T. (2018) ‘How to unring the bell: A meta-analytic approach to correction of misinformation’, Communication Monographs 85(3):423-441 — doi.org
- Walter N., Tukachinsky R. (2020) ‘A Meta-Analytic Examination of the Continued Influence of Misinformation in the Face of Correction: How Powerful Is It, Why Does It Happen, and How to Stop It?’, Communication Research 47(2):155-177 — doi.org
- Walter N., Cohen J., Holbert R.L., Morag Y. (2020) ‘Fact-Checking: A Meta-Analysis of What Works and for Whom’, Political Communication 37(3):350-375 — doi.org
- Wood T., Porter E. (2019) ‘The Elusive Backfire Effect: Mass Attitudes’ Steadfast Factual Adherence’, Political Behavior 41(1):135-163 — doi.org
- DiFonzo N., Bordia P. (2000) ‘How top PR professionals handle hearsay: corporate rumors, their effects, and strategies to manage them’, Public Relations Review 26(2):173-190 — doi.org
- Bordia P., DiFonzo N. (2004) ‘Problem Solving in Social Interactions on the Internet: Rumor As Social Cognition’, Social Psychology Quarterly 67(1):33-49 — doi.org