「記者と仲良くなれば書かれ方が変わる」——だが関係で買えるのは、話を聞いてもらえる入口までだ
記者と仲良くなることに熱心な人ほど、その関係で「有利な中身」まで買えると思い込む。良い間柄が買えるのは、話を聞いてもらえる入口までだ——その先で記事の形を決めるのは、記者の判断であり、編集の都合であり、その媒体が置かれた市場の論理である。だから、いざというときにいちばん効くのは、飲みに行った回数ではなく、これまで正確で、速く、裏切らない情報源だったという履歴のほうだ。
記者と関係を築くとは、何を指すのか
前の単位で、内側の人へ危機を伝える構えが手に入った。それを、外側の伝え手である記者との関係づくりへ進める。
まず言葉をほどく。記者と関係を築くとは、報道する側の人と、平時から連絡が取れ、事情を説明できる間柄になっておくことである。俗説は言う——「記者と仲良くなれば、書かれ方が変わる」。この単位は、その一部は本当だと認めたうえで、どこまでが本当かを見る。手がかりになるのが、情報補助金(information subsidies)——広報が、整えた素材・データ・取材のアクセスを差し出して、報道の手間を肩代わりすることだ。取材を受けるのは広報担当だけではない。初めて取材の申し込みを受けた代表も、地元紙に載った個人事業主も、業界誌に語る店主も、ここに立つ。あらかじめ断っておく——この単位は、記者を買収的に扱う工作の手口は書かない。 特定のメディアや記者を、良い悪いで評価もしない。書けるのは、記者と広報の関係について研究が確かめてきた事実と、その効き目の限界までである。言うことは三つ。関係を築くとは何を指すのか、築くとどこまで書かれ方が変わると確かめられているのか、その範囲の外で何が起きるか。この単位も「これをやれば良く書かれる」の棚にはしない。
「仲良くなれば書かれ方が変わる」の裏——情報補助金は実在する
まず、本当の部分から。報道は、記者がゼロから調べ上げるものばかりではない。整えられた素材やデータが差し出されれば、忙しい報道の現場は、それを手がかりに記事を作る。この「報道の手間を肩代わりする素材」を、Gandyが1982年の著書『Beyond Agenda Setting』で情報補助金と名づけた(概念の由緒であり、ここではその名の出所として触れるにとどめる)。
Curtinが1999年に『Reevaluating Public Relations Information Subsidies』(Journal of Public Relations Research 11(1):53-90) で改めて検討したのは、この情報補助金が、市場に駆動されたジャーナリズム——コストと速さに追われる報道——のもとで、どう効き方を変えるか、ということだった。だから「広報が素材を出せば報道に影響しうる」こと自体は、実在する。ここで橙の段の見方を当てておく——広報の働きかけの由緒は確かにあるが、その効き目は条件しだいで、目の前の記者にどう効くかは別の話だ。「素材を出せば、必ず好意的に載る」ではない。
だが、関係と報道内容の間には距離がある
では、良い関係が、有利な報道を約束するのか。ここに、はっきりした留保がいる。Reichが2010年に『Measuring the Impact of PR on Published News』(Journalism Studies 11(6):799-816) で、広報が実際の報道にどれだけ影響するかを測ったところ、その影響は限定的で、断片化した報道環境のなかで一様ではなかった。
CameronとSallot、Curtinが1997年に『Public Relations and the Production of News』(Annals of the International Communication Association 20(1):111-155) で批判的に総説したように、記事の最終的な形は、広報との関係だけでなく、記者の判断・編集の都合・その媒体の論理が重なって決まる。つまり、関係はアクセスを助けるが、書かれ方(内容)を統べることはできない。 どれだけ良い間柄でも、その記者が「これはニュースだ」と判断しなければ載らないし、載っても、記者や編集の視点で書き直される。しかも、記者一人が「載せたい」と思っても、その先には紙面や放送枠の限りがあり、他のニュースとの競争があり、デスクや編集の判断がある。良い関係は、その競争のスタートラインに立たせてはくれるが、勝たせてはくれない。関係づくりに意味が無いのではない——ただ、関係で買えるのは「話を聞いてもらえる入口」までで、「有利な中身」までは買えない、ということだ。
影響は条件付き——PRから業績までの連鎖は一様でない
この「効き目の限界」を、もう一段ていねいに見ておく。KiousisとPopescu、Mitrookが2007年に『Understanding Influence on Corporate Reputation』(Journal of Public Relations Research 19(2):147-165) で調べたのは、広報の働きかけ→報道→世論→評判や業績という連鎖が、どこまでつながっているかだった。結果は、この連鎖が一様ではない、というものだった。
つまり、広報が素材を出したからといって、それが報道に反映されるとはかぎらず、報道が出たからといって、世論が動くとはかぎらず、世論が動いたからといって、評判や業績に効くとはかぎらない。鎖のどの環も、確実にはつながっていない。しかも、これらの研究の多くは海外の相関研究であって、因果は限定的にしか言えない。日本の、まして小さな商いの記者対応に、そのまま当てはめることはできない。だからこの単位は、「こう関係を築けば、こう書かれる」という処方を書かない。書けるのは、鎖はあるが、どの環も弱い、という構造の事実までである。
記者と広報は、対立と協働のあいだにいる
では、そもそも記者と広報は、どういう間柄なのか。SallotとJohnsonが2006年に『Investigating relationships between journalists and public relations practitioners』(Public Relations Review 32(2):151-159) で長い期間の研究を総括したところ、両者の関係は、単純な敵でも味方でもなく、対立と協働が入り混じったものだった。
記者は、広報が差し出す素材を使いながらも、それを鵜呑みにはしない——裏を取り、別の見方を探し、時に広報の意図と逆の記事を書く。広報は、報道を利用したい一方で、コントロールはできない。この、利用し合いながらも一線を引く関係を理解すると、記者との付き合い方が変わる。目指すべきは「言うことを聞いてくれる記者」を作ることではない。そんな関係は、記者の側からは信用されないし、いざというときに役に立たない。目指すべきは、事実を正確に、素早く渡せる、信頼できる情報源になることだ。それが、関係で築ける、いちばん堅いものである。ここで一つ、順番を思い出しておきたい。信頼できる情報源になれるかどうかは、平時にどう振る舞ってきたかで決まる。都合の良いときだけ素材を出し、都合の悪いことは隠す——そういう相手を、記者は覚えている。逆に、良い話も悪い話も、正確に、隠さずに渡してきた相手は、危機のときに「あの人が言うなら」と一度は耳を傾けてもらえる。関係とは、その一度の信用のことだ。そしてそれは、飲みに行って作るものではなく、日々の正確さの積み重ねでしか作れない。
時間・変化:1997年から2010年へ
順に置く。1997年、CameronとSallot、Curtinが、広報とニュース生産の関係を批判的に総説する。1999年、Curtinが、市場駆動のジャーナリズムのもとで情報補助金の効き方が変わることを示し、2006年、SallotとJohnsonが記者と広報の対立と協働の関係を総括する。2007年、Kiousisらが広報から業績までの連鎖が一様でないことを、2010年、Reichが広報の報道への影響が限定的であることを実測した。
この間に確からしくなったのは、「仲良くなれば書かれ方が変わる」という約束ではない。確からしくなったのは、情報補助金は実在するが効き方は条件しだいで、関係はアクセスを助けても内容を統べられず、広報から業績までの連鎖はどの環も弱く、記者と広報は対立と協働のあいだにいる、という関係の側の事実である。関係で買えるのは、入口までだ。だからといって関係が無意味なのではない——入口に立てること自体に、確かな値打ちがある。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「仲良くなれば、有利に書いてもらえる」と信じて、関係そのものを目的にすることである。関係で買えるのは入口までで、中身は買えない。もう一つの妨げは、記者を「言うことを聞かせる相手」として扱うことだ。それは信用を失い、いざというときに逆に働く。
助けになるのは、記者を動かそうとするより、自分が伝えたいことを、記者や読者にとっての「ニュース価値」に翻訳することである。誰にとって・何が新しく・なぜ今なのか——相手の論理で見て初めて、素材は使われうるものになる。工作ではなく、相手の仕事を助ける形に整えることだ。
最初の一歩は、次の単位に進む前に、自分がいちばん伝えたいことを一つ選び、それを「記者や読者にとって、誰にとって、何が新しいか」という観点で、一度書き直してみること。自分が言いたい形と、相手が受け取りたい形は、たいてい違う。その差を一度でも自分の手で埋めてみると、次に取材を受けるとき、相手が何を知りたいのかが少し見えるようになる。相手をウォッチしたり試したりする必要はなく、自分の伝えたいことを相手の論理で書き直すだけでよい。
次の単位は 491「報道される会社になるには?」——記者との関係から、実際にリリースや素材がどう報道に載る(載らない)のかへ進む。
- 記者と関係を築くとは報道する側と平時から連絡が取れ事情を説明できる間柄になること。手がかりは情報補助金(information subsidies=整えた素材・データ・取材のアクセスを差し出し報道の手間を肩代わりすること)。この単位は記者を買収的に扱う工作の手口を書かず特定メディア・記者を優劣評価せず、記者と広報の関係の研究の事実とその効き目の限界までを扱う
- 報道は記者がゼロから調べ上げるものばかりでなく、整えた素材が差し出されれば忙しい現場はそれを手がかりに記事を作る。この報道の手間を肩代わりする素材をGandyが1982年の著書『Beyond Agenda Setting』で情報補助金と名づけた(概念の由緒)。Curtin 1999『Reevaluating Public Relations Information Subsidies』(Journal of Public Relations Research 11(1):53-90)は市場駆動のジャーナリズムのもとで情報補助金の効き方が変わると再検討した
- 良い関係が有利な報道を約束するわけではない。Reich 2010『Measuring the Impact of PR on Published News』(Journalism Studies 11(6):799-816)は広報が実際の報道に与える影響が限定的で断片化した報道環境のなかで一様でないと実測した。関係はアクセス(話を聞いてもらえる入口)を助けるが、書かれ方(内容)を統べることはできない
- CameronとSallot・Curtin 1997『Public Relations and the Production of News』(Annals of the International Communication Association 20(1):111-155)が批判的に総説したように、記事の最終的な形は広報との関係だけでなく記者の判断・編集の都合・その媒体の論理が重なって決まる。どれだけ良い間柄でもニュースと判断されなければ載らず、載っても記者や編集の視点で書き直される
- Kiousisら2007『Understanding Influence on Corporate Reputation』(Journal of Public Relations Research 19(2):147-165)は広報の働きかけ→報道→世論→評判や業績という連鎖が一様でないことを示した。広報が素材を出しても報道に反映されるとはかぎらず、報道が出ても世論が動くとはかぎらず、世論が動いても業績に効くとはかぎらない。鎖のどの環も確実にはつながっておらず、多くは海外の相関研究で因果は限定的である
- SallotとJohnson 2006『Investigating relationships between journalists and public relations practitioners』(Public Relations Review 32(2):151-159)は記者と広報の関係が単純な敵でも味方でもなく対立と協働が入り混じったものだと総括した。記者は素材を使いつつ鵜呑みにせず裏を取り時に逆の記事を書く。目指すべきは言うことを聞く記者でなく、事実を正確に素早く渡せる信頼できる情報源になることである
- この間に確からしくなったのは仲良くなれば書かれ方が変わるという約束ではなく、情報補助金は実在するが効き方は条件しだいで、関係はアクセスを助けても内容を統べられず、広報から業績までの連鎖はどの環も弱く、記者と広報は対立と協働のあいだにいるという関係の側の事実である。関係で買えるのは入口までで、いざというとき効くのは正確で速く裏切らない情報源だった履歴である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 記者と親しくなれば、自社に有利に書いてもらえるようになる | 関係で買えるのは、話を聞いてもらえる入口(アクセス)までである。Reich 2010は広報が実際の報道に与える影響が限定的で一様でないと実測し、Cameron ら 1997は記事の最終的な形が広報との関係だけでなく記者の判断・編集の都合・媒体の論理で決まると総説した。どれだけ良い間柄でもニュースと判断されなければ載らず、載っても書き直される。関係で内容は統べられない |
| 広報が素材を出しさえすれば、それが報道になり、世論が動き、業績に効く | この連鎖はどの環も確実にはつながっていない。Kiousis ら 2007は広報の働きかけ→報道→世論→業績という連鎖が一様でないことを示した。素材を出しても報道に反映されるとはかぎらず、報道が出ても世論が動くとはかぎらず、世論が動いても業績に効くとはかぎらない。しかも多くは海外の相関研究で因果は限定的にしか言えず、日本の小さな商いにそのまま当てはめられない |
| 良い記者関係とは、こちらの言うことを聞いてくれる記者を作ることだ | 記者と広報は対立と協働が入り混じった関係にある(Sallot & Johnson 2006)。記者は素材を使いつつ鵜呑みにせず裏を取り時に逆の記事も書く。言うことを聞いてくれる記者を作ろうとすれば、記者の側から信用されず、いざというときに役に立たない。目指すべきは、事実を正確に・素早く渡せる、信頼できる情報源になることで、それが関係で築けるいちばん堅いものである。この単位は記者を買収的に扱う工作の手口は書かない |
皮肉なのは、記者と仲良くなることに熱心な人ほど、その関係で「有利な中身」まで買えると思い込むことである。良い間柄が買えるのは、話を聞いてもらえる入口までだ——その先で記事の形を決めるのは、記者の判断であり、編集の都合であり、その媒体が置かれた市場の論理である。だから、いざというときにいちばん効くのは、飲みに行った回数ではなく、これまで正確で、速く、裏切らない情報源だったという履歴のほうだ。関係は、そこに世間が付けた利子にすぎない——元本は、あなたがこれまで渡してきた事実の、確かさである。仲良くなることに費やした労力の大半は、たぶん、正確な素材を一つ用意することの前では、端数だ。
Q1. 「情報補助金(information subsidies)」とは何か。この単位が示す「実在するが必ず載るわけではない」という位置づけに触れて述べよ。一問一答
Q2. Reich 2010とCameronら1997が示すように、関係は ____(話を聞いてもらえる入口)を助けるが、書かれ方(____)を統べることはできない。記事の最終的な形は、関係だけでなく記者の ____・編集の都合・媒体の論理が重なって決まる。穴埋め
Q3. Kiousisら2007が示した「広報の働きかけ→報道→世論→業績」の連鎖について、この単位の説明に合うものはどれか。選択
Q4. Sallot & Johnson 2006を踏まえ、記者と広報の関係で「目指すべきもの」は何か。「言うことを聞いてくれる記者を作る」がなぜ違うのかにも触れよ。一問一答
Q5. 記者と広報の関係をめぐる研究を、年の早い順に並べよ。(ア)Kiousisらが広報から業績までの連鎖が一様でないと示す(イ)Cameronらが広報とニュース生産を批判的に総説する(ウ)Reichが広報の報道への影響が限定的と実測する(エ)Curtinが市場駆動下で情報補助金の効き方が変わると示す並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がいちばん世間に伝えたいこと(新しい取り組み・商品・出来事など)を一つ選び、まず自分が言いたいままの形で一〜二文書く。続けて、それを「記者や読者にとってのニュース価値」の観点で書き直す。(1)これは誰にとっての話か(読者の顔)、(2)何がこれまでと違って新しいのか、(3)なぜ今なのか——の三点を意識して、一〜二文にまとめ直す。最後に、自分が最初に書いた形と、書き直した形の違いに印を付ける。記者を動かそうとするのではなく、相手の仕事を助ける形に整えるのが目的である。他社の報道をウォッチしたり記者を試したりする必要はなく、自分の伝えたいことを相手の論理で書き直すだけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Curtin P.A. (1999) ‘Reevaluating Public Relations Information Subsidies: Market-Driven Journalism and Agenda-Building Theory and Practice’, Journal of Public Relations Research 11(1):53-90 — doi.org
- Kiousis S., Popescu C., Mitrook M. (2007) ‘Understanding Influence on Corporate Reputation: An Examination of Public Relations Efforts, Media Coverage, Public Opinion, and Financial Performance from an Agenda-Building and Agenda-Setting Perspective’, Journal of Public Relations Research 19(2):147-165 — doi.org
- Sallot L.M., Johnson E.A. (2006) ‘Investigating relationships between journalists and public relations practitioners: Working together to set, frame and build the public agenda, 1991–2004’, Public Relations Review 32(2):151-159 — doi.org
- Reich Z. (2010) ‘Measuring the Impact of PR on Published News in Increasingly Fragmented News Environments’, Journalism Studies 11(6):799-816 — doi.org
- Cameron G.T., Sallot L.M., Curtin P.A. (1997) ‘Public Relations and the Production of News: A Critical Review and Theoretical Framework’, Annals of the International Communication Association 20(1):111-155 — doi.org
- Gandy O.H. (1982) 『Beyond Agenda Setting: Information Subsidies and Public Policy』, Ablex — openlibrary.org